世界の都市化に伴い、都市は気候変動の影響を受けやすくなると同時に、気候変動対策を主導できる強い立場にある。オランダのアムステルダムや米国のノースカロライナ州シャーロットなどの都市では、アーバンリビングラボを通じた実験が行われている。これらのユーザー主体のオープンイノベーション・エコシステムにより、小規模から始めることで、都市部における循環型イノベーションの推進に大きく貢献できることが実証されたのだ。

この記事は、2021年11月29日、オランダのシンクタンクMetabolic社ウェブサイトに掲載されたAgnes Weber氏による記事を許諾を得て筆者が翻訳しています。

未来に向けた大計画ではなく、「いま」小さな試みで成功を収める

循環型経済に関する大がかりな計画を策定する都市が増えているが、特に規模が大きくなると、計画の実現は難しくなる。そこで役立つのがリビングラボだ。リビングラボは、都市の課題に対する現実的な解決策を模索・検証・改善するための手段になる。初期の顧客に対して価値を提供できる最小限の製品「minimum viable products(実用最小限の製品)」のように、リビングラボは、より小規模で簡略化された都市における循環型経済の中核的役割を検証するための「minimum viable ecosystems(実用最小限のエコシステム)」と見なせる。

シャーロット市で2021年9月に正式にオープンした「Charlotte Innovation Barn(シャーロット・イノベーション・バーン)」が例に挙げられるように、近隣地域やビジネスインキュベーターがリビングラボに該当する。こうした管理しやすいエコシステムで実験することで、地方自治体・企業・市民は、循環型経済の原則を実際に組み込める。また、システムのさまざまな要素がどのように組み合わされるかを確かめることで、循環型経済への移行過程を深く理解できるのだ。このような実世界での実験から得られた知見は、市民が確認できる目に見える成果物であり、より大規模な都市戦略の基礎にもなり得る。

リビングラボは、循環型イノベーションを創出する場になる(地域規模)/Image via Metabolic

Metabolic社のコンサルタントのChander van der Zande氏は、「何かがうまくいく、うまくいかない、そしてその理由を示すことは、単なるアイデアやコンセプト、またはそれらを提示することよりずっと価値があります」と話す。

アムステルダムのBuiksloterham地区には、サステナブルな水上集落「Schoonschip」と、クリーンテクノロジーのプレイグラウンド(遊び場)「De Ceuvel」の2つのリビングラボがある。これらは、地元での持続可能なエネルギー生産への移行など、循環型戦略のための実験場としての役割を果たしている。Schoonschipでは、運河の水から熱を抽出したり、太陽光発電で発電したり、適切な断熱材とエネルギー効率の高い機器を使用するなど、エネルギーニュートラルに向けたさまざまな取り組みが実施されている。アムステルダム全体で同様の循環型イノベーションを促進するため、すべての知見をオープンソース化し、プラットフォーム「Greenprint」でアクセスできるようにしている。循環型イノベーションのモットーは「実際に取り組み、再現してみる」ことだ。

リビングラボは、循環型イノベーションを創出する場になる(都市規模)/Image via Metabolic

同様にDe Ceuvelでは、ブロックチェーンベースのエネルギー共有プラットフォーム「Jouliette」のパイロット版を導入し、現地で生産した再生可能エネルギーをいかに共有・貯蔵・管理できるかを実証検証している。このマイクログリッド(小規模電力網)のパイロットは現在、より広範囲で実施されており、需要を上回る再生可能エネルギー発電量を有する地域(positive energy districts)の構築を試験的に展示する場の一部として、一つの大きなエネルギーコミュニティポートフォリオに統合されている。

De Ceuvel(左)とSchoonschip(右)/Image via Metabolic

リビングラボは、循環型イノベーションを創出して起業家精神を育成する場

最良の実験はトップダウンで行われるのではなく、地域のイノベーターや起業家が活躍できる健全な環境の下で行われる。米国初の循環型都市を目指すシャーロット市は、現地の廃棄物の流れを利用した地域イノベーションを促進するため、イノベーション・バーンと呼ばれるリビングラボをつくった。ここでは、装置だけでなく、専門家のアドバイスや商業化におけるフィードバックを提供し、起業家がシャーロット市の都市鉱山を利用することを奨励している。

地域イノベーションの例として挙げられるのが、人を刺さずに伝染病の媒体にもならず、ペットフードや家畜飼料などになるブラックソルジャーフライの飼育を通じた生ごみの栄養分の回収や、木材認証システム「TreeID」を使った木材のアップサイクルと管理体制の確立、回収したバイオ廃棄物から衣類・家具・生分解性容器包装などをつくることなどである。

Image via Envision Charlotte

リビングラボは、さまざまなことを検証できる遊び場のような役割を果たすが、戦略的選択が重要だ。起業家精神を効果的に育成するためには、リビングラボの目的を明確にする必要がある。

Metabolic社の共同創設者でベンチャーディレクターのChris Monaghan氏は、「私はリビングラボをさまざまな視点から見てきましたが、その核心は、何を研究しているのか、何のためのラボなのかを明確にすることです」と話す。「ラボで何をしようとしているのか、どのような相互作用があるのか、何を検証しようとしているのかを選択するのです」

イノベーション・バーンの場合、起業家精神の構築の第一歩として、プラスチック廃棄物に関する新しい価値提案の検証に重点を置いている。現時点ではパイロットプログラムの段階だが、「Plastics Lab(プラスチックラボ)」を運営して、リサイクル不可能なテイクアウト用食品容器をシャーロット市の住民から回収し、3Dプリンターで使用できるフィラメントに変換することで、新型コロナウイルスのパンデミックによる使い捨てプラスチックの増加に対処している。コロナ禍の需要の高まりを受けて、このフィラメントは現在、医療用フェイスシールドの上部に使用されている。パンデミック後、プラスチックラボで現地のイノベーターが新たなプロトタイプや製品をつくることで、プラスチック廃棄物の埋立地行きを回避できる。

Image via Envision Charlotte

体験によって人間の考え方が変わる

循環型経済が都市にもたらす可能性を示す説得力のある方法として、実践者や研究者は、実験スペースの重要性をますます強調するようになっている。米国の政治家で、第2代大統領を務めたジョン・アダムズ氏は「事実は不変だが、人間の心はもっと不変だ」という言葉を残した。循環型都市に関する本を読む代わりに、人々はリビングラボで循環型の暮らしを体験できる。こうした実証的な例は、循環型経済のコンセプトを生きた体験に変え、世界中でこのコンセプトに対する好奇心と興味を引き出す力がある。

De Ceuvelでは、まさに上記の方法を実践している。施設内で資源循環の輪をできる限り閉じることで、都市でどのように資源を管理できるかを世界中の都市の専門家に対して示す概念実証の役割を果たしているのだ。De Ceuvelのカフェの料理には、養殖と水耕栽培を掛け合わせた循環型有機農業法「アクアポニックス」の温室の閉じられた栄養ループ内で栽培した農作物を使っているため、市民にとってはインスピレーションを受けられる場所でもある。

Metabolic社の創設者兼最高経営責任者(CEO)のEva Gladek氏は、「この小さな実証実験は、世界中の多くの都市が循環型モデルへの移行に向けたより具体的な行動を起こすきっかけとなりました」と話す。「現在、当社は世界36都市と長期的な関係を築き、各都市の取り組みを支援しています」

【参照記事等】

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