地球規模で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が猛威を振るう中、感染症と生物多様性に影響を及ぼす活動との関係を示唆する文献がメディア上で再び脚光を浴びている。この問題は様々な場所で度々取り上げられてきたが、今回の危機に際し改めて注目が集められた格好だ。

現在、差し迫った状況に置かれている私たちはまずは命を守る緊急対応が当然先決ではあるが、同時にこの問題の本質にも迫らなければならない。気候変動やサーキュラーエコノミーへの移行含め、今後の経済活動の本質的なあり方を考えるきっかけになりうる内容であるため、Circular Economy Hubでは特に注目されている報告書を取り上げる。

報告書は、環境分野における国連の主要機関である国際連合環境計画(UNEP)が2016年に発行したUNEP FRONTIERS 2016 REPORT -Emerging Issues of Environmental Concern(国連環境計画 フロンティア2016報告書-新たに懸念すべき環境問題)内のZoonoses: Blurred Lines of Emergent Disease and Ecosystem Health(P18-30)(人獣共通感染症:新興感染症と生態系の健全性との曖昧な境界線)である。感染症と環境破壊の関係は現在も研究が進んでおり、まだ把握されていないことも多い。

同報告書は、現在分かっていることについて様々な論文を参照しながら、この関係を包括的にまとめている。直接サーキュラーエコノミーについての言及はないが、経済成長と環境負荷の分離(デカップリング)を意図するサーキュラーエコノミーや広い意味でのサステナビリティ関連施策を考える上で、私たちに示唆を与えてくれる。

国連環境計画フロンティア報告書2016の主なポイント

国連環境計画はフロンティア報告書で新しく発生した環境問題に焦点を当てており、2016年版では6つの問題を取り上げている。そのうちのひとつが、人獣共通感染症だ。人獣共通感染症とは、脊椎動物から人・人から脊椎動物へ伝播する感染症のことで、世界保健機関(WHO)のレポートによると、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も人獣共通感染症のひとつであるとする証拠が増えてきているという。

同報告書では、人類の感染症全体の60%、新しく発生している感染症の75%は人獣共通感染症だというデータを紹介。また、平均して4ヶ月に1回、新しい感染症が発生。研究者はこれらの病原体が人へ感染する引き金を引く原因として、環境・動物あるいは人・病原体の3つの変化を挙げている。

1. 環境の変化

環境の変化は主に土地利用や地球温暖化など人間の活動の結果によって引き起こされる。生態系が維持された状態では、その環境全体として病原体に対する抵抗力を持っている。一方、資源開発・農地開発・入植などによって生態系が破壊される場合、病原菌が野生動物から(多くの場合、中間宿主を介して)人へ感染が起こりやすくなる。

気候変動も感染症を発生しやすくする主な原因である。気候変動は、病原菌や媒介生物、宿主の生存や繁殖・分布・感染手段・アウトブレイク(感染爆発)の頻度に変化をもたらす。今後、気候変動による感染爆発や伝染病がさらに頻発することが予想される。

2. 動物あるいは人の変化

同報告書は、野生生物から直接人間に病原菌が感染することは稀であり、家畜が両者の感染を運ぶ宿主になることを示唆する論文を引用。特に途上国の人口増加に伴う牛肉や牛乳などの需要拡大が、家畜頭羽数の急速な増加につながり、感染症を引き起しやすくしている。その多くは集約畜産を伴い、同質の遺伝子を持つ家畜が、狭い敷地内で飼育されることになる。これは単一家畜効果と呼ばれ、他の遺伝子を持つ家畜や多様な生物との接触がなくなり、病原菌の拡大を防ぐ抵抗力が弱まる。さらにこのような集約畜産は多量の飼料や廃棄物を発生させ、病原菌を活性させるに十分な栄養環境が整う。

一方、人の変化としては、移動や移住・紛争・野生生物の取引・グローバル化・都市化などが感染を引き起こしやすくなるとしている。

3. 病原菌の変化

病原菌の変化は、新しく出会った宿主を利用したり、増す圧力に適応したりすることによって起こるという。例えば、病原菌は抗菌薬に暴露され続けることで薬剤耐性を獲得する。抗菌薬は時に誤用される形で家畜にも使用されるという。さらに家畜の工業化も薬剤耐性獲得を後押ししている。家畜内で薬剤耐性を持った病原菌は、人に感染した場合でも耐性を保持する。国立国際医療研究センター病院 AMR臨床リファレンスセンターの研究によって、薬剤耐性の中でも活発なメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)とフルオロキノロン耐性大腸菌(FQREC)の2種類だけでも国内で年間8000名が死亡していることが明らかにされた。世界的に見ても、2050年には薬剤耐性に関連する死亡者数が年間1000万人に達する調査もある。

ワンヘルス・アプローチの広がり

同報告書では、これまで狂犬病・ブルセラ病・リーシュマニア症・SARS(重症急性呼吸器症候群)などの感染症に対して、世界保健機関(WHO)・国際獣疫事務局(OIE)・国際連合食糧農業機関(FAO)・研究者・各国政府・自治体・医療従事者や団体など様々なセクターが共同でアプローチすることにより成功した短中期的な例も挙げている。人も動物も環境も同じように健康であることと、分野横断的に関係するセクターが連携して取り組むという「ワンヘルス・アプローチ」という考え方が広がっているが、農業分野での取り組みなどそれぞれの地域での取り組みが不足しており、今後の課題として指摘している。

感染症が与える経済損失

同報告書では、経済損失についても触れられている。2000年代の10年で200億ドル(約2.2兆円)もの予算が感染症発生に伴う直接対策に注ぎ込まれた。さらに、間接的対策を含むと2000億ドル(約22兆円)にも上るという。今回の新型コロナウイルス感染症蔓延による世界経済の損失額は2兆ドル〜4兆ドル(約215兆円〜約430兆円)にもなるというアジア開発銀行の試算もある。各国が実施している直接的・間接的経済対策を見るとこの数字をはるかに超えるだろう。まさに今私たちが直面している状況下で述べるまでもないが、感染症予防対策や感染爆発後の事後対応に費やされるコストは甚大だ。

生態系の保持が人間の健康を保つことにつながる

今後、発展途上国の急速な発展に伴う野生生物の生息圏への移住や鉱山開発・農地開拓のための森林伐採が行われると、人間と動物との境界線がますます失われることが予想される。この状態は、感染症の発生や伝播を容易にすることを意味する。これに対して、生物多様性が生み出す生態系サービスを維持することで、病原菌の人への急速な感染を防止することにつながるという。生態系と調和する形で人間社会の発展が必要だと報告書は締めくくる。

経済成長と環境負荷の分離という道

新型コロナウイルス感染症の収束に向け、世界中で実施されている都市封鎖や社会的距離政策、人工呼吸器の製造やワクチン開発などの緊急対策がとられている。今回の危機的状況が示すように、一旦感染爆発が起これば、経済的な損失は甚大となる。そのため、長期的には、この報告書が取り上げた根本原因を見据えて取り組まなければならない。まずは、人間や動物が享受している生態系サービスの価値を改めて認識し再生する必要がある。

長期的な取り組みの一つとして考えられるサーキュラーエコノミーは生物多様性の維持にもつながる新たな原材料採取をなくすことを目指しながら、経済を循環させるというシステムの転換である。サーキュラーエコノミーの推進機関であるエレン・マッカーサー財団が定義するサーキュラーエコノミーの3つの原則の1つに自然システムの再生(Regenerate natural systems)がある。例えば、豊富な栄養を土に還し、経済価値を生み出しながらその土地を再生していくことを目指すアプローチだ。このような経済成長と環境負荷を分離(デカップリング)、さらには自然システムの再生を進めていくことが、この問題の本質的なアプローチにつながるということを考えさせられる報告書である。

【参考文献】
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