世界最大手資産運用会社の米ブラックロックの会長兼最高経営責任者(CEO)であるラリー・フィンク氏は毎年、投資先企業のCEOに向けて要望を記した年次書簡を発表している。企業の情報開示や実績がブラックロックが求める基準に合致しない場合、株主として反対票を投じたり、ポートフォリオから除外したりする場合もあるなど、同書簡は企業に大きな影響力を持っている。フィンク氏はこれまでの書簡で、資本管理・長期戦略・企業理念・気候変動について取り上げてきたが、2021年版の書簡では気候変動対策のさらなる強化と情報開示の重要性を強調した。

今年発表された書簡について、改めて見ていこう。

前文

新型コロナウイルス感染症の蔓延が私たちの脆さを浮き彫りにするような危機をもたらしたことで、気候変動の世界的な脅威にさらに強く立ち向かい、それが私たちの生活をどのように変えるのか考えるようになった。2020年に人々は、気候変動による物理的な被害の増加を目の当たりにした。気候変動リスクに伴う社会経済の移行がもたらす重要な経済的機会と、それを公正かつ公平に実行する方法がより一層注目されており、気候変動は同社の顧客の最優先課題だ。

地殻変動的な変化の加速

2020年は資本の再配分が予想以上に加速し、投資信託やETFを通じた1月から11月までのサステナブル投資額は、世界で前年比96%増の2,880億ドル(約30兆5,000億円)だった。これはあらゆる種類の資産価格を再構築する、長期的だが急加速しつつある資本の再配分の始まりであると考える。気候リスクが投資リスクであることは年次書簡2020年版で言及したが、気候変動は歴史的な投資機会をもたらすものでもある。

現在、より優れたテクノロジーとデータにより、資産運用会社はカスタマイズしたインデックスポートフォリオをはるかに幅広い投資家に提供できるようになった。より多くの投資家が持続可能性を重視する企業に投資するようになるにつれ、現在の地殻変動的な変化はさらに加速するだろう。

ネットゼロへの移行がもたらす機会

ネットゼロへの移行が加速するにつれ、明確な長期戦略と移行に向けた計画を持つ企業は、この世界的な変革を先導できるという自信を持つことで、顧客・政策立案者・従業員・株主などのステークホルダーから信頼されるようになるだろう。

経済は、いまも化石燃料に大きく依存しており、S&P500とMSCIワールドインデックスの炭素集約度によると、パリ協定の2℃目標に対して現在3℃以上の上昇が見込まれる水準にある。これは、公平かつ平等に人々の生活を守るネットゼロへの移行達成には、数十年に及ぶ技術革新と計画策定が必要であることを意味する。移行および最大限の繁栄は、民間部門と連携する政府によるあらゆるレベルでの統率・協調・支援があってこそ達成できる。複雑かつ困難な移行といえるが、より多くの人々に利益をもたらすレジリエントな経済構築には不可欠だ。

情報開示の重要性

サステナビリティ・リスクを評価するには、一貫性があり高品質で重要な公開情報に投資家がアクセスできるようにする必要がある。そのため、2020年に「気候変動関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD)」と広範囲にわたりサステナビリティの重要課題を網羅する「サステナビリティ会計基準審議(以下、SASB)」の推奨事項に沿った情報開示を全企業に要請した。2020年におけるSASBに沿った情報開示は363%増加し、1,700以上の組織がTCFDの支持を表明している。

TCFDレポートは、企業が直面する最重要気候関連リスクとその管理方法を投資家が理解するのに役立つ世界基準だ。同社はビジネスモデルをネットゼロ経済と両立するための計画と、その計画がどのように長期戦略に組み込まれ、取締役会で議論されるかを開示するよう要請する。また、投資家が持続的かつ長期的な利益を得るためにより多くの情報に基づいて意思決定できるよう、世界統一基準への移行を強く支持している。

ブラックロックのネットゼロに向けた取り組み

同社を含むあらゆる企業は、ネットゼロに向けた取り組みをすぐに始めなくてはならない。投資家がネットゼロ社会に沿ったポートフォリオを作成できるよう、同社は以下のようなさまざまな施策を講じている。

  • 十分なデータが入手可能な場合における、ETFと公募の株式および債券ファンドの温暖化水準指標の公開
  • 資本市場予測への気候変動要素の組み込み
  • 重大な気候リスクを有する資産を運用する枠組みとしてのアクティブ・ポートフォリオへの「厳格な精査モデル」の導入
  • ネットゼロへの移行経路に沿った商品を含む、特定の温度目標に整合する投資商品の導入
  • スチュワードシップを通じて、顧客の投資先企業が気候リスクを軽減し、ネットゼロ移行によってもたらされる機会を考慮していることを確認

持続可能性とステークホルダーとのより深いつながりによる高利益創出

企業が顧客・従業員・地域社会に対して価値を提供する際に、企業理念をより一層明確に示せれば、競争力を高めて株主に長期的かつ持続的な利益をもたらせる。人種や民族の問題は国や地域により大きく異なるが、世界中の企業ができる限り多くの才能を引き出す人材戦略を持つことを期待する。企業がサステナビリティ報告書などを発行する際は、人材戦略に関する開示において、各地域に適した形で多様性・公平性・包括性の改善に向けた長期計画を網羅するよう要請する。

世界最大手の資産運用会社が発表した同書簡の影響力は非常に大きく、気候変動対策の強化や情報開示によって、企業は責任を果たすと同時に、投資家の要望にも応えられるようになると考えられる。一方、同書簡ではビジネスモデルをネットゼロ経済と両立するための計画開示などを要請しているものの、それが基準を満たすと判断するための指標や、盛り込むべき具体的な内容などは提示されていない。そのため、投資先企業が実施する施策の進捗状況の可視化に向けた共通指標の策定が喫緊の課題となるだろう。

【参照サイト】Larry Fink’s 2021 letter to CEOs
【参照サイト】ラリー・フィンク 2021 letter to CEOs