ウェルビーイングとは?
Well-being(ウェルビーイング)とは、「幸福」のことで、心身と社会的な健康を意味する概念。定訳はなく、満足した生活を送れている状態、幸福な状態、充実した状態などの多面的な幸せを表す言葉である。瞬間的な幸せを表す英語Happinessとは異なり、「持続的な」幸せを意味するのがウェルビーイングだ。
初めてウェルビーイングという言葉が言及されたのは、1946年の世界保健機関(WHO)設立の際に考案された憲章。WHO設立者の1人である施思明(スーミン・スー)が、予防医学(病気の予防・治療)だけでなく、健康の促進の重要性を提唱し、“健康”を機関名や憲章に取り入れるよう提案した。
健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態(well-being)にあることをいいます(日本WHO協会:訳)
幸福度を測るさまざまな指標
ポジティブ心理学を提唱した米国のセリングマンは、「持続的な幸せ」の重要性を説き、2011年に計測可能なウェルビーイング理論を構築した。イニシャルをとって「PERMAの法則」とも呼ばれるこの理論は、個人の幸福を構成する以下の5つの柱から構成されている。
- 幸福の法則(PERMAの法則)
- Positive Emotion(ポジティブな感情):嬉しい、面白い、楽しい、感動など
- Engagement(エンゲージメント、没頭):時間を忘れて何かに積極的にかかわる
- Relationship(ポジティブな人間関係):援助を受ける、与える
- Meaning and Purpose(意味や目的):自分は何のために生きているのか
- Achievement/ Accomplish(達成):何かを達成する
その他の幸福度の指標として、主に独立した6の説明変数(一人当たりGDP、社会的支援、健康年齢、人生選択の自由度、寛大さ、汚職)で幸福度を計測している世界幸福度報告(World Happiness Report、以下WHR)や、Gallup and the Wellbeing for Planet Earth Foundationが、2020年から世界160カ国のウェルビーイングの測定しているGlobal Wellbeing Initiative (GWI) がある。さらに、幸福×平均寿命×不平等をエコロジカルフットプリントで割った「Happy Planet Index(HPI)」が、持続可能な幸福の指標として登場した。
すでに、WHRやその他の研究では、所得不平等よりも生活満足度不平等の方が、人々の幸福度に悪い影響を及ぼすことが明らかになっており、生活評価(満足度)の格差が小さいほど、居住する国・地域への満足度は高い傾向が示されている。特に社会的支援の有無や健康年齢の長さは、幸福度向上への大きな影響力をもつとされており、今やGDP以外の幸福度を測る指標が増えている。
なぜいま、ウェルビーイングが大事なのか?
ではなぜ今ウェルビーイングという言葉が注目されているのか。いくつか理由があるがここでは以下の4つの事象について言及する。
1. 世界経済フォーラム2021
2021年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)のテーマは、より良い世界のために、私たちの社会と経済のあらゆる側面を見直し、刷新する「グレート・リセット」である。グレートリセットのためには、人々のウェルビーイングについて再考することが大事だと言われており、世界経済フォーラム創設者であり会長のクラウス・シュワブ氏は、以下のように述べる。
「世界の社会経済システムを考え直さねばならない。第2次世界大戦後から続くシステムは環境破壊を引き起こし、持続性に乏しく、もはや時代遅れだ。人々の幸福を中心とした経済に考え直すべきだ」
2. OECD「教育2030」
OECD(経済協力開発機構)は、新たな教育のフレームワーク「教育2030」の中で、全人類の繁栄や持続可能性、ウェルビーイングに価値を置くべきであり、それらを重視した教育をすべきだと明記。また、個人と集団の両方のウェルビーイングのためにも、物質的な資源へのアクセスのみならず、教育や安全、環境や社会参画などへの公平なアクセスの重要性が指摘されている。
経済協力開発機構(OECD)教育スキル局長のアンドレアス・シュライヒャー氏は以下のように述べている。
「……単に自分が良い仕事や高い収入を得るということだけでなく,友人や家族,コミュニティや地球全体のウェルビーイングのことを考えられなければならないのである。(OECDより)」
3. コロナ禍で高まる健康意識
これまで、ESG投資の一番の関心事はE(Environment:気候変動)だったが、昨今ではS(Social:社会正義)に注目が集まっている。その理由の一つには、Black Lives Matterや新型コロナによって浮き彫りになった格差がある。例えば新型コロナウイルスの感染リスクに関して、脆弱なコミュニティほど感染率が高いことが明らかとなっており、感染を食い止めるためにはコミュニティへの投資が重要だという認識が高まっている。環境と社会が切り離せない要素であることを今、世界は再認識しているのだ。
こういった社会の変化に伴う「生命」への関心の高まりや、コロナ禍で失われつつある「つながり」の重視などから、環境に配慮した経済回復を目指すGreen Recoveryではなく、人々の健康や幸福、つまりウェルビーイングにも焦点を当てたGreen&just Recoveryという言葉も出てきた。
4.新しい経済
さらに、健康な地球上での社会正義を実現するウェルビーイングエコノミーやドーナツ経済学など、「ウェルビーイング」がキーワードとなった新たな経済の概念が登場していることからも、その注目度は高いと言える。例えばスコットランド、ニュージーランド、アイスランド、ウェールズ、フィンランドは、Wellbeing Economy Governmentsに加盟しており、国や地域としてウェルビーイングエコノミーの理解を深め、推進することを目指している。ウェルビーイングエコノミーにとおいては、自然へのアクセスや社会参加、コミュニティのつながりや公平さといった人間にとって必要とされるニーズを満たすことが大切だ。
国内でのウェルビーイングの関心の高まり
ウェルビーイングへの関心の高まりは、日本国内においてもみられる。政府や企業の間においても、ウェルビーイングの重要性がしばしば言及されるようになった。
- 自民党「日本Well-being計画推進プロジェクト」
- パナソニック、ロボティクスを活用して、人間の身体能力や感性を「拡張」し、ウェルビーイングにつなげるための研究の場「Aug Lab」
- グーグル、ツイッター、マイクロソフトなどのテック企業、従業員用にメンタルヘルスケアのためのテクノロジーを導入
その他、京セラを創業し、日本航空などの経営にも携わった稲盛和夫氏は、「全社員の物心両面の幸福」を経営理念としているほか、近年では、トヨタ自動車の豊田章男社長が「トヨタの使命は幸せを量産すること」と述べている。さらに、積水ハウスの仲井嘉浩社長が「『わが家』を世界一幸せな場所にする」と表明するなど、多くの企業などで幸福が重視されている。
ビジネスにおけるウェルビーイング
個人の健康と社会の健康を満たしたものがウェルビーイングであり、個人がウェルビーイングであるためには、社会、地球もウェルビーイングである必要がある。公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表の石川善樹氏は、個人的な健康より社会的な健康が先にある「個に先立つ、社会的なウェルビーイング」の重要性を指摘する。例えば、飲み過ぎの男性が存在するという背景には、社会の問題があり、社会が健康であれば個人も健康になるからだ。
もともと、社会福祉・医療・心理などの分野で使われていたウェルビーイングという言葉だが、昨今、職場環境や働き方を見直す一つの指標になり、ビジネスシーンなどでも用いられるようになった。その背景には、2019年4月1日から部分的に施行されている「働き方改革関連法案」による多様な働き方への容認や意識改革、それに伴い「働くことにおける幸福」が目指されるようになったこともあると想像されるが、上述のような世界での関心の高まりも大きな理由であるだろう。さらに、経済産業省によるウェルビーイング経営(健康経済)の促進、新型コロナウイルス感染症のまん延に伴い、自分らしい働き方を追求する人が増えていることもきっかけだと考えられる。
以下は、ウェルビーイングビジネスを定義する8つの原則だ。
- ビジョンの再定義:自然との調和を保ちながら、社会のニーズに応える
- 透明性の確保:環境、社会、経済のパフォーマンスに関するデータを開示
- 外部生の内部化:環境的及び社会的影響を認識し、不備外部性を減らす
- 長期的なビジョン:会社、社会、自然を含む全ての重要な利害関係者に利益を
- 人を資産にする:社内の声を優先する
- 生産のローカライズ:エネルギー源や財源、流通のローカライズ
- サーキュラーエコノミーへの切り替え:環境・お呼び社会システムとの共存
- 多様性を受け入れる:価値観、所有構造、財務の多様性を認識
企業の経営や従業員の働く環境を整えることで、心身ともに健康的な状態で働くことができることが、従業員のモチベーションアップ、人間関係の改善、帰属意識の向上などにつながり、組織としてもプラスに働くことが想定される。例えば、PwC Japanは、Physical(身体的)、Mental(精神的)、Emotional(感情的)、Spritual(スピリチュアルな)の4つの領域からウェルビーイングを捉え、従業員が充実した仕事や生活ができるよう、各種施策や組織風土つくりを推進している。
ウェルビーイングに率先して取り組んでいるのはアメリカやヨーロッパであり、近年ではオーストラリアなどでも注目を集めている。アメリカでは高額な医療費ゆえに、健康への予防意識が強く、企業でも積極的な施策が打たれているほか、ヨーロッパでは昔から社会保障が発展している。また、長い間環境の保護に積極的に取り組んできたオーストラリアでは、人や環境にやさしいオフィスが多く存在し、社員にやさしいウェルビーイングの概念が浸透している。
デジタルウェルビーイング
デジタルウェルビーイング(Digital Wellbeing)とは、2018年5月にGoogleが提唱した言葉。テクノロジーとの生活バランスを取り、翻弄されることなく、メリットを享受するための取り組み。
Googleの調査によると、インターネットユーザーの約7割がデジタル機器に触れている時間が多すぎるために、自分らしい生活ができていないと悩んでおり、スマホやネットへの依存による健康や生活への影響が指摘されている。近年ではデジタルデバイスを、長時間使用することによる身体への負担に加えて、複数の端末やアプリを切り替えながらのマルチタスクやプッシュ通知による集中力の低下などがウェルビーイングを脅かす存在となっている。
例えば、ビジネスチャットやSNSでは常に周囲の誰かが活動しており、その動きを見ていなくてはならないというプレッシャーと緊張感からストレスを生み、孤独や不安など鬱状態を助長している。さらに、仕事を終えてからも布団にまでスマホを持ち込むことで睡眠障害が誘発されるなど、デジタルデバイスが引き起こすさまざまな健康の阻害が指摘されている。
こういったデジタルウェルビーイングを維持するための方法としてデジタルデトックスなども注目されている。心身、社会の健康を守るため、会社の施策に委ねるだけでなく、一人ひとりにできることもやっていくことが必要であろう。
ウェルビーイングの今後
個人レベルから企業、そして社会、環境まで、今世界中でウェルビーイングが叫ばれている。これまでのGDP中心の「幸せ」の指標に身をゆだねるのではなく、私たち一人ひとりが自らの「ウェルビーイング」を追求していくことが今必要なのかもしれない。まずは自分自身の、そして地球のウェルビーイングとは何か?それぞれが、その問いの答えを探すところから始めてみてはどうだろうか。
※2021年4月より、IDEAS FOR GOODはウェルビーイング特集を開始した。約半年間にわたり、ウェルビーイングを考えるヒントとなるような記事を配信していくので、是非見てみてほしい。
【参照サイト】金沢工業大学 心理学研究所
【参照サイト】ウェルビーイング(Well-being)とは? 言葉の意味や尺度、デジタルテクノロジーの応用例を解説
【関連サイト】サーキュラーエコノミー時代の人材マネジメントはこう変わる。Circular HRMに聞く、CE移行に欠かせない「人」という視点
【関連記事】デジタルデトックスとは・意味
(※こちらの記事は、IDEAS FOR GOODの用語集「ウェルビーイング」を転載しております。)