EUではデジタルプロダクトパスポート(DPP)を規定するエコデザイン規則が2024年7月に施行された。現在、各製品群における詳細基準を策定すべく委任法令の準備が進んでいるが、DPPのシステム要件をめぐっては合同技術委員会 CEN/CENELEC JTC 24等で標準化に向けた議論が進行している。欧州委員会が資金拠出するCIRPASS 2プロジェクトでは繊維・電子機器・タイヤ・建設の4分野で13の実証実験が行われており、DPPの規制対応だけではない要素の洗い出しが行われている。トレーサビリティや開示を容易にするデジタルシステムプロバイダもDPPを見据えた動きを活発化させている状態だ。

EU域外でもサステナビリティ情報と製品流通の一体化の動きが起こっている。日本では、組織間の横断的なデータ・システム連携の実現を目指すウラノス・エコシステムが推進され、サーキュラーエコノミー移行に向けた産官学パートナーシップであるサーキュラーパートナーズ(CPs)では、DPPを見据えた情報流通プラットフォーム活用に向けた議論が行われている。多くの民間企業はその可能性に注目し、すでにボランタリーなDPP構築に動く事例も見られる。

こうしたなか、製品トレーサビリティプラットフォームを提供するオランダ・Circulariseは、本領域の先駆者とも評される。同社は、2025年1月に日本法人Circularise Japan株式会社を設立した。Circulariseはなぜ日本市場に注力するのか。その理由とともに、EUと日本のトレーサビリティにおける環境や考え方の違い、DPPの価値創出などについて、同社共同創設者・日本法人代表のジョルディ・デ・ヴォスさん(冒頭写真)に話を聞いた。

話者プロフィール:Circularise 共同創設者・日本法人代表 ジョルディ・デ・ヴォス さん
オランダ デルフト工科大学 機械工学・インダストリアルデザイン工学にてデザイン工学を学ぶ。戦略的パートナーシップ、事業運営、投資家対応を統括し、Circulariseのミッション推進とグローバルな事業拡大を牽引。

日本企業の慣行とDPPの親和性

ジョルディさんは、オランダ・デルフト工科大学に入学後、最初の授業で知り合ったメスバ・サブールさんとサーキュラーエコノミー移行のためのデータを共有するシステムを構築するためにCirculariseを2016年に創業した。その後、数々の企業との実証実験や各種基準策定づくりに貢献し、CirculariseはEUでの重要なDPPプラットフォーム提供企業の一つとなる。直近では、11月に発表されたGCP(グローバル循環プロトコル)の策定において、デジタルインフラ領域の技術的専門性を提供したという。

Circulariseのメンバー(写真:同社提供)

日本では、旭化成・帝人・積水化学から出資を受けている。EUではこれから本格的にDPPが稼働していくが、そんな時期に、なぜ同社は日本市場に本格的に参入したのだろうか。ジョルディさんはこう話す。

「我々の投資家の一人が日本市場に接点を持っており、日本でのイベントを通じて日本企業が弊社のプラットフォームに興味を持っていただいたことが参入するきっかけとなりました。その後、日本から弊社のサービスへの関心は高まるばかりでした。今では在EU日系企業含め、日系企業からの売上は約4分の1を占めています。そのため、我々は日本を単一の成功したマーケットと捉えています」

この背景を掘り下げると、トレーサビリティやDPPは日本企業の慣行と親和性があることが見えてくる。

「欧米では、サーキュラーエコノミーの『リブランディング』が進行中です。つまり強靭化により焦点を当て、競争力を高めるサーキュラーエコノミーへと衣替えしています。そのようななか、日本ではサステナビリティは常に最重要で、サプライチェーンの強靭化に取り組み、価格競争に陥ることない品質を重視した製品づくりに一貫して励んできました。こうしたことが背景にあると思うのですが、日本では、DPPは個別のサプライチェーンや社会にどのような利益があるのか、リユースモデルをDPPを使ってどう生み出していくのか、という議論がより活発ですね」

EUではDPPを遵守すべきものという規制的側面で捉えられるのに対し、日本ではよりサプライチェーンマネジメントの強化やサステナビリティ・品質を高めるツールとしてDPPを捉える傾向にあるというのがジョルディさんの見方だ、これは同時に、同社にとっては事業活動がしやすい環境にあることを示唆している。

「トレーサビリティがなければDPPの意味はない」

では、DPPはどんな規制対応以上の価値を生むのか、ジョルディさんの考えを聞いた。

「まず前提についてお話させてください。トレーサビリティがなければ、DPPの意味はありません。DPPは本来多くのデータが必要で、それらをもとにビジネスモデルを変える。『ウェブサイト』のようになってはいけないと考えています。

今、企業はトレーサビリティをコア・コンピタンスにしようと考え始め、DPP活用をスケールしようとしています。先ほど申し上げたサプライチェーンの強靭化とサステナビリティ向上に貢献するからです。

どう持続可能な形で製品が作られたのかすべての情報を保有することができますし、リサイクル以外の循環型手法の導入を支援することも可能です。製品のライフタイムバリューを倍増させることもできます。結果的に、消費者と企業双方に恩恵をもたらすはずです。DPPへの遵守を促すことだけではなく、こうしたDPPの価値を生み出す基盤をつくりメリットを享受してもらえるようにするのが我々の役割でもあります」と同氏は語る。

トレーサビリティを活用し新たな循環型ビジネスを生み出すことで、収益と循環性双方を向上させることができるのがDPPの価値だ。欧州や日本のDPP実証実験では、「二次流通の促進」から「労働環境の改善」まで、様々な潜在的価値が確認されている。各企業がこれらの価値を独自に見出し活用する動きは、DPPが共創基盤として機能し、その上で競争が展開されている状態ともいえる。Circulariseはあくまでもこの共創基盤を提供する役割に徹する。

機密性と信頼性の双方を担保し、データ収集負荷を削減することに注力

様々な可能性を秘めるDPPには、同時に様々な懸念点が挙げられてきた。そのうちデータ収集における負荷とデータ秘匿性は最も大きな懸念点だろう。この点に同社はどうアプローチしているのだろうか。

まず、Circulariseの製品トレーサビリティプラットフォームは、以下の3つのモジュールに大別される。

  1. サプライヤーからのデータ収集機能(サプライチェーン内での情報共有)
  2. 自社内の拠点トレーサビリティ(主にマスバランスアプローチのデジタル記帳の用途)
  3. DPPとしての開示機能(サプライチェーン外:消費者や監査機関などへの情報共有)

この3つの機能から、上記のデータ収集負荷と秘匿性の課題にどう取り組んでいるのか。

データの機密性と信頼性を担保する技術

同社が特許を保有するゼロ知識証明(ある事柄の真正性をその内容を根拠を明らかにせずに証明する方法)を活用した技術がデータの透明性・信頼性と機密性を可能にする。

「各サプライヤーの主張を証明するために我々は独自技術を開発しました。ある製品についての主張は各ユーザーから組み立てられたナラティブに基づいています。たとえば、サプライチェーンの初段階で「私のカーボンフットプリントはこれだけです」と言い、次の段階が「私のカーボンフットプリントはこれです」と続いていく。このように連鎖しながら続いていくことで、その製品についての一つのナラティブが構築されていくわけです。実際のデータを開示することなく、最後の結論はマッチします。詳細は明らかにされませんが、回答は信頼することができます」と同氏はその仕組みを説明する。

つまり、製品の組成や使用、再生材含有率、カーボンフットプリント等の情報を、ユーザーは秘匿性の度合いに応じて詳細を開示せずに証明ができ、それを選択的に開示ができる。

Circulariseと帝人によるDPP実証実験では、廃車由来リサイクルポリカーボネート樹脂のサプライチェーン透明化の有効性を検証。製造プロセスや取引関係などの機密情報を秘匿したまま、安心して情報提供が可能になることを確認した。(写真:Circularise)

データ収集負荷軽減に向けたアプローチ

ある企業がサプライチェーン内のトレーサビリティデータを収集したい場合、自社から見て上流か下流かによって2つの方法がある。

出荷された製品がどの顧客や工程に届いたのかを追跡することが、下流に向かうデータ収集である。この場合、その材料がどこに行くかを出荷先企業にインセンティブを与えるなどしてマッチさせる。

一方、上流に遡ってデータを追跡する、すなわち材料や部品のデータを供給源まで遡って確認する場合、「データ収集モジュール」が用意されている。ここでは、一定の規則に基づいて「質問票」を作成する「データキャンペーン」を行う。サプライヤーに質問票が送られ、受け取ったサプライヤーは質問票に回答を入力。もしそのサプライヤーが回答を持っていない場合は、次のサプライヤーに転送することができるという。これを同社は「データ収集のカスケード」と呼んでいる。

「サプライチェーンが長かったり、地域や国をまたいだりする場合は、それぞれのサプライチェーンが違うプラットフォームを使うと作業が煩雑になります。これに対応するために、EメールベースのAIデータ収集を実装しました。プラットフォームを介することなく、Eメールのやり取りだけで済みます。AIはデータを評価することができ、データポイントごとにそのデータが十分なものかどうかを判断することができる。回答が部分的であれば、それを理由とともに回答してくれます。その後、回答者に不完全である旨を通知して、『申し訳ありません。その情報に欠落があるため、再度ご回答いただけますでしょうか』というようなメッセージを送ってくれます。

ただし、Eメールはどのフォーマットでもいい反面、高い質のデータ取得という点では難点があります。常にプラットフォームのほうが良い質のデータが得られます。そこで、Google Formのようなフォームへの回答も用意しています。時間ロスを防ぐことができるのがメリットです。このように、状況に応じてEメールとプラットフォームの2つの方法を提示しているのです。いずれの方法でも、データ収集者がなぜそれを行っているかも含めることができます。データ収集の理由や目的を開示しなければ協力を得ることも難しいからです」

データ収集には、サプライチェーンにおける各プレイヤーがその目的について一定の納得感を得ることが最も重要な要素になる。ただし、サプライチェーンが多岐にわたる場合は、時間と労力がかかることもある。この状況の打破を支援するのが上記のような仕組みと解釈することもできる。

「データ共有でネットワークを活性化させる」

同社はLyondellBasell、Neste、QCP、Samsoniteなど、多数の企業とPoCもしくは本格実装を支援している。

そのなかでも、Samsoniteとの協業は「もっとも素晴らしいケースの一つ」(ジョルディさん)だという。耐久性の高いといわれるSamsoniteのスーツケースだが、Samsoniteはさらに高いサステナビリティ基準を満たすことを目指し、Circulariseのトレーサビリティプラットフォームを活用する。

両社は一つの製品からトレーサビリティ導入を始め、段階的なステップを踏み、知見を蓄積させた。直近の2025年には2つの循環型コレクションを発表しサーキュライズによるDPPが搭載されている。

Samsonite スーツケース「Magnum Eco Spinner suitcase」のDPPパイロットを同社が支援 (出典:Circularise)

このケースでは、製造過程において選定されたかつ詳細な情報を消費者に提供することができ、同社のサーキュラリティ向上に真摯に取り組む姿勢を示すことにつながっているという。

Samsoniteの循環型コレクションの一つ「PROXIS™ Circular(プロキシス・サーキュラー)」Circularise支援のDPPが閲覧できる

さらに、このコレクションではアフリカやアジア、欧州の27のサプライヤーがデータ提供しているが、そのサプライヤーがデータ収集のあり方について改善するきっかけを与える効果も出ているようだ。これは、「取引をするサプライチェーン」から、「新たな価値を生み出すエコシステム」へ発展するツールとしてDPPが機能しうるということなのかもしれない。

「データ共有でネットワークを活性化させるのです。彼らの価値はネットワークにおける優位性です。価値を一緒に実現しようとすると、皆が利益を得ます」とジョルディさん。

「我々はジェネラリスト」日本における今後の展望

同社は「情報共有によって資源が無駄なく活用される世界を作る」をビジョンとして掲げる。今後、日本でどんな展開を描いているのだろうか。直近では、ISCC認証取得や維持に向け、マスバランスアプローチのデジタル記帳の用途(先述の3つのモジュールのうちの2つ目:自社内の拠点トレーサビリティ)に関する問い合わせや導入が増えているという。こうした直近のニーズに応えながら、素材や燃料分野以外への展開もねらう。

また、上記のビジョンに照らし合わせると、日本で展開するトレーサビリティシステム提供企業との提携も見えてくるという。

「我々はジェネラリストで、技術にフォーカスしてきました。ただし、ビジネス側面を考えると、特定の顧客の理解が深まれば深まるほど、ビジネスとしての価値を創出するのがより容易になります。日本の同業他社は、特定の企業や消費者と協業しながら特定のユースケースをつくっています。我々はあらゆる企業との対話にオープンですし、協業させていただけることがあれば嬉しく思います」

取材後記

DPPをめぐる議論は国内外で若干の違いはあるものの、ユースケース特定・製品の循環性向上との連動、運用にあたっての課題、データ主権や秘匿性、競争と協調領域の特定などがテーマとなっている。こうした個別の議論とともに常に立ち返る必要があるのは、「何のためにDPPが必要なのか」という根源的な問いであろう。

DPPがうまく活用されれば、大量生産・大量消費・大量廃棄から脱却できる強力なツールとなりうる。サーキュラリティの漸進的改善の基盤になると同時に、イノベーションの源泉にもなりうる。ただし、規制がない国においては、そのメリットがコストを上回ると認識されることが活用の前提となる。数多くのPoCで実践知を蓄積してきた同社が、日本企業の信頼を獲得しながら、どのように日本のサーキュラーエコノミー発展に貢献していくのか注目したい。

【参考】Circularise Japan株式会社公式ウェブサイト
【参考】Creating a transparent supply chain: how Samsonite and Circularise are leading the future of sustainable luggage