新型コロナウイルス感染症のまん延により、飲食業界が甚大な被害を受けたことは周知の通りだ。しかし、新型コロナ危機以前からも飲食業界を巡る課題は多くあった。人手不足・訪日外国人対応・消費税増税・食材仕入れ価格の変動などが業界を悩ませてきた。そのため経営環境も厳しい状況だ。帝国データバンクの調査によると、2018年の飲食店の「倒産・休廃業・解散」は計1,180件と過去最多となった。
さまざまなデータがあるものの、一般的に飲食業界は3年以内に約7割は閉店してしまうとよくいわれる。店舗の閉店は残念でならないが、閉店時の廃棄物という観点に目を転じると、店舗の入れ替わりが引き起こすインテリア・家具・備品の廃棄や購入の環境負荷は低いとはいえない。
今回、この課題を解決しようとサービスを立ち上げた、飲食店舗の企画・設計・施工を行う株式会社モデレージ代表取締役の橋本洋二さんを取材した。同社が開始するのは、閉店する店舗で使用されていた備品(家具・建材・厨房機器・調理器具など)を新規出店者が購入できるようにするガレージセールサイト「STOLOOP(ストループ)」だ。STOLOOPが取り組むのは、「閉店時の原状回復費用の負担軽減」「新規出店者の初期投資費用の軽減」「サーキュラーエコノミー移行への第一歩」の3つである。
株式会社モデレージ代表取締役 橋本洋二さん
閉店する店舗と新規出店者の負担を軽減
STOLOOPは、「閉店時の原状回復費用の負担軽減」と「新規出店者の初期投資費用の軽減」を同時に達成する目的がある。
閉店することになった店舗の家具や建材などといった備品の多くは廃棄される。橋本さんによると、コロナ禍においても長年の夢であった開業を成し遂げる方は多くいるが、購入する備品は新品だという。経済的にも環境的にも双方に大きな負荷がかかる。さらに、新型コロナにより初期費用はますます抑えられる傾向にあるという。そこで、このSTOLOOPは、備品を誰かに受け継いでほしいと考える閉店する店舗と、初期投資を減らしたいと考える新規出店者をマッチングさせるプラットフォームとして機能する。
STOLOOP 資料より
橋本さんは今の日本の開廃業の状況に対してこのように語る。「店舗設計をする立場として、現場には無駄が多いことが課題だと感じています。閉店する際、解体工事によって大量の廃棄物が出ます。同じ飲食店の入店が次に決まっていたとしても、スケルトンに戻して原状回復をする慣習があります。次に入る飲食店がまた施工をし、一から家具や厨房機器を調達するのです。もちろん前のお店の内装や設備を引き継ぐ居抜き物件もありますが、スケルトンに戻すことはまだまだ多いと感じています。店舗設計の仕事をするなかで、この無駄を何とかできないかとずっと思ってきました」
閉店する際には原状回復費用が発生するとともに、備品の廃棄費用ものしかかる。もちろん、「まだ使える備品を捨てる」ので、環境負荷の大きさは言及するまでもない。新規出店者も同じで、内装工事から備品購入まで一から準備をする。そのため、STOLOOPには、備品廃棄あるいは備品購入だけでも初期投資を抑えられるようにすることと、同時に環境負荷も抑える目的がある。
サーキュラーエコノミー移行への第一歩
橋本さんは、STOLOOPをサーキュラーエコノミー移行への第一歩となるツールと位置づける。捨てられるはずの備品がどこか別の店舗へと引き継がれていく。当然、資源集約的な備品ほど、廃棄することで製造時に費やしたエネルギー・人件費・原材料が失われる。これらを引き継ぎたいと思う新規出店者がいるのにも関わらず、だ。サーキュラーエコノミーの原則の一つに、「製品や原材料を使い続けること」が掲げられている。STOLOOPはまさにこの部分にアプローチするものだ。
さらに、「店舗設計する者として、壊すということ自体を控えて、今あるものでいかにクリエイティブにしていくか、いかにそれがかっこいいと思える風潮を作っていきたいと考えています。欧州ではその文化が古くからあり、再生原材料のインテリアや内装が最近盛り上がりを見せているのです。日本にも例えば桐タンスを受け継ぐ素晴らしい文化がもともとあったはず」と、再生製品がクールな文化として定着する重要性を語る。長く使うという文化が生まれれば、新しいものを作る際には、長期間利用することを見据えた付加価値の高いデザインに移行していくという。まさにサーキュラーエコノミーの本質に迫るものだ。
備品だけではなく、「思い」も引き継ぐ
昨今、フリマアプリの人気が高まっているが、それとは違った2つの特徴があるという。まずは、STOLOOPは飲食店に特化していることが挙げられる。もう一つは、オンラインとリアル社会の「いいとこどり」をしているという点だ。STOLOOPの本当の目的は人と人が出会い、感動を与え合うということだという。どういうことなのか。これにはSTOLOOPの仕組みを理解する必要がある。
STOLOOPのデモ画面
STOLOOPの仕組みは次の通りだ。まず閉店するお店は店舗情報を登録し、数点商品を登録する。登録する商品は、家具のほか、調理器具やレストランのカウンター、玄関ドア、厨房機器など、あらゆるものを想定している。登録は「数点」ということだが、もちろんすべての商品を登録してもよい。ただ、閉店時の多忙ななか、これには多大な労力を要するので数点の登録を想定しているそうだ。結果、上のようなページが出来上がる。
店舗はお店の雰囲気も写真や文章などで登録するので、新規出店者はその店舗のコンセプトや雰囲気、空気感を見て実際にそのお店に出向くことを想定している。例えば、オーガニックをテーマとしたお店同士がつながることなど、同じテイストのお店のマッチングができるのが特徴だ。一度店舗に行くと、他にも多くの廃棄予定の商材が見つかるだろう。もちろん、フリマアプリのようにプラットフォーム上でも売買もできるが、「ガレージセール」の現代版を意図しているため、そのような仕組みとなっている。
「閉店する側から、何かしらのアドバイスなどがもらえるかもしれません。備品に対する思いも聞けることもあり得ます。これをきっかけに人が関係を築いて、感動を与え合いながら、今まで使っていた家具を引き継いでいくということを理想としています。」オンラインをきっかけとして、人と人が出会うことで、新しい何かが生まれるということだ。その「何か」について橋本さんはこう考える。
「人の思いがこもったものを、次の人は簡単には捨てないでしょう。そういったものは価値の高いものだと想定されます。価値あるもので店舗づくりをすると、そこに個性という付加価値が生まれるし、大量廃棄の文化を変えていくこともできます。」つまり、付加価値の高い商品を揃えていくことで、その店舗の個性として店舗全体の価値も高まる可能性がある。
STOLOOPの根底に流れるのは、スウェーデンの建築家ビャルケ・インゲルス氏が提唱する「ヘドニスティック・サステナビリティ(快楽主義的サステナビリティ)」だ。つまり、持続可能であるためには、我慢するのではなく楽しみながらサステナビリティを実践するという概念だ。その考えがSTOLOOPに色濃く反映されている。橋本さんは業界の課題について、「衣食住のうち、食や衣は少しずつサステナビリティを意識した風潮が強まっているが、住である建築・設計・インテリアの分野はまさにこれからだと思います」と語ったが、特にインテリアや内装などは楽しみながら実践していくことが大切だということだろう。
この点は、「我慢はするものの環境悪化やティッピングポイント(転換点)を遅らせるというよりも、楽しめる『仕組み』を作って環境を再生させていこう」というサーキュラーエコノミーが大切にする考えにも通じる。
STOLOOP、サーキュラーエコノミーの3つの観点
STOLOOPのサーキュラーエコノミーにおける観点を3つ挙げて考えてみたい。
1. 再利用のサイクルを何度も回す(廃棄されるはずのものが引き継がれる)
サーキュラーエコノミーにおいては、再利用は一手段である。しかし、再利用は「製品をなるべく長期間維持すること」の次に優先順位が高い(下図エレン・マッカーサー財団のサーキュラエコノミー概念図「バタフライダイアグラム」参照)。
エレン・マッカーサー財団「バタフライダイアグラム」
閉店時の廃棄物は多く、本来発生すべきでない環境負荷が生じる。新規出店者も多くは新品を購入することになるため、経済的コストに加えて、備品を製造する際に要する原材料・エネルギーなどの環境負荷が高くなる。そこで、この2者のニーズをマッチングさせることで、製品が「思いを持った形で」引き継がれ、再利用される。それも(多くは)実際店舗に行って引き継がれたものであるので、大切に使ってもらえることを想定しているという。STOLOOPは、この再利用のサイクルを回す仕組みとして役割を果たしていくことになる。
サーキュラーエコノミーは、「循環する経済」と説明されるが、これは少々乱暴な言い方かもしれない。STOLOOPがまさにそうだが、まずは長期間維持することが前提で、その後に人と人や利用者と利用者・サプライチェーン間を付加価値を高めながら循環させ、製品や原材料が長期間利用されるというところがポイントだ。その「付加価値」の部分に経済性(キャッシュポイント)を発生させる仕組みということである。
2. 循環型の文化を前提としたデザインへ
1 に関連するが、日本の建築やインテリア業界の「再生資源」に対する文化の醸成はこれからだ、というのが橋本さんの見方だ。欧州ではインテリアや内装を再生させることが一つのトレンドとなっており、デザインの世界でもクールなものとして位置づけられているという。一般的に新品思考の文化だといわれる日本だが、価値あるものを長く使うことがかっこいいと思える土壌をつくりたいというのがSTOLOOPのねらいだ。逆にいうと、長く使える付加価値の高い製品が重宝されていくようにする意味合いもある。その結果、この循環型の文化を前提として、製品がデザインされていくことになるだろう。つまり、利用者が変われど、いかに長く使ってもらえるか、いかに楽しんで使ってもらえるかということを想定してデザインが変わっていくということだ。
3. 可能にさせるツール(イネーブラー)=デジタル技術としての役割
サーキュラーエコノミーを実現するには「イネーブラー(支えるもの)」としてのデジタル技術が不可欠となる。STOLOOPは、利用者がガレージセールに出向いてもらうことを最終目標としているが、そのきっかけを与えるプラットフォーム、すなわちオフラインとオンラインの融合型が特徴だ。
完全なオフライン型だと、利用者はそのガレージセールがあることを知っている一部の人にとどまる。完全オンライン型だと、該当する商品を売買するのみとなり、他の商品の売買には波及しにくい。人と人のつながりが生まれにくいというのもある。この双方の課題をクリアしたのが、STOLOOPである。さらに、「ある人にとっては必要がなくなったものですが、ある人にとっては資源として必要としている人がいます」というように、お互いのニーズがマッチングするはずなのに実現できていなかった現状を変えることができる。マッチングに関しても、お店のテイストや規模など、より細分化された形でのマッチングが可能となる。
終わりに
新型コロナが飲食店のあり方を変える可能性があるなか、STOLOOPは循環型の文化を形成する「仕組み」として機能していくはずだ。橋本さんが語るように、その仕組みには人と人が触れ合うことによる感動が生まれ、備品に対する思いも引き継いでいくことも含まれる。今後のSTOLOOPの展開が楽しみだ。
【参照ページ】 株式会社モデレージ公式ホームページ
【参照記事】新サービス 店舗で使用されていた家具や備品を、誰でも直接購入できる新たなプラットフォームづくりの為クラウドファンディングを開始
【参考記事】特別企画:「飲食店」の倒産、休廃業・解散動向調査(2018 年度) 「倒産、休廃業・解散計 1180 件、過去最多」
【関連記事】Circular Economy Hub Learning #3 (動画「Dame Ellen MacArthur: food, health and the circular economy」よりバタフライダイアグラムの解説)