ファッションは最もクリエイティブな産業であると同時に、国連の統計によると、2番目に多くの汚染を生みだす産業だ。世界中のファッション産業が生みだす二酸化炭素排出量は、世界中の空を飛び交う飛行機と海を行き交う輸送船すべてを足したものよりも大きい。

大量の廃棄を生み出し、水を汚染し、途上国での労働者搾取に非難が集まるそんなファッション産業を、まったく別のアプローチで汚染と廃棄ゼロに導くデジタルファッションスタジオがある。オランダ・アムステルダムに拠点を置く、デジタル完結型ファッション専門家集団「The Fabricant」だ。今回、The Fabricantの共同創業者でクリエイティブ・ディレクターを努めるAmber Slootenさんに、デジタルファッションの今について話を聞いた。

今回の取材に応えてくれたAmber Slootenさん
今回の取材に応えてくれたAmber Slootenさん| Image via The Fabricant

洋服が存在するのに物質的である必要はない

「The Fabricantの創業者、Kerry Murphyは元々ビジュアルエフェクトという、特に映画などの特撮では表現できない画面表現を実現することを専門としていました。この経験から、テクノロジーは映像産業の中で想像の自由を広げ、廃棄を減らすことができる大きなポテンシャルを秘めていることに気付きました。しかし、完全にデジタルで完結するファッションはまだ存在していなかった。そこでKerryはこの可能性をファッション産業の中で実現することにしました。ファッションとテクノロジーを融合した専門家集団The Fabricantは、2018年1月1日、『洋服が存在するのに物質的である必要はないことを世界に示す(Show the world that clothing does not have to be physical to exist)』をビジョンとして創業しました。創業当初から一貫して、我々はデジタル完結型ファッションとは自由・ファンタジー・自己実現の場であり、ブランドや個々人がこの分野の無限の可能性を模索する後押しをしたいと考えています。

デジタルファッションは、物理的には不可能だったことが可能になる、壮大なクリエイティブな空間です。我々は、デジタルクチュールと3Dファッションを通して、この新しい世界の可能性を探求することにコミットしています。」

私たちのアイデンティティの多くはすでにデジタル

「我々は、身体を守るために必要なのが洋服、アイデンティティを表現するために必要なのがファッションだと考えています。我々のアイデンティティのほとんどがソーシャルメディアなどのオンライン上に存在するこの時代に、自己表現をするために物理的なアイテムは必要でしょうか?デジタル完結型ファッションにより、我々はアイデンティティと個性を完全な形で表現することが可能になります。自己隔離と『ソーシャルディス・ディスタンシング』の時代に、デジタルアイデンティティに必要なのは表現の自由である一方、我々の生身の身体が欲するのは心地良さです。『スクリーンウェア(画面上のファッション)』は新しいストリートウェアになるのです。

我々にとってのデジタルファッションとは、コ・クリエイターたちが高い洞察力と創造力を用いることで、オーディエンスが見たいと望むビジュアル表現を共創することです。この性質上、デジタルファッションは常に未完成で発展途上です。常に変化し続けるテクノロジーと人々の価値観とともに、より良いものにするため試行錯誤は尽きることがありません。アイデアやユーザーの望みをのせた、無数の可能性と結果を伴うワクワクする旅です。」

100万円のデジタルドレスが売れる

実際にEthereal Summitで販売された作品
実際にEthereal Summitで販売された作品 | Image via The Fabricant

「昨年、ニューヨークで行われたブロックチェーンとイーサリウムのカンファレンス『Ethereal Summit』内のオークションで、我々の扱うデジタルファッションアイテムの1点が9500ドル(約100万円)ほどで落札されました。ブロックチェーンにより販売された初めてのデジタルクチュールアイテムとして注目を集めましたが、我々にとってもこの金額で買い手がつくという確かな手応えを感じる機会となりました。我々の製品が、デジタルファッションの歴史を作り、非常に希少価値のある再販可能なデジタルコレクションとなったのです。落札したのはブロックチェーンビジネスの起業家で、このデジタルドレスを自身の妻のために購入しました。我々はドレスの新しい持ち主にデジタル・フィッティングを施し、彼女はデジタル空間でこのドレスを完璧に着こなしています。

購入者の妻にデジタル・フィッティングされたドレス
購入者の妻にデジタル・フィッティングされたドレス | Image via The Fabricant
購入者の妻にデジタル・フィッティングされたドレス
購入者の妻にデジタル・フィッティングされたドレス | Image via The Fabricant

The Fabricantでは、作品を『オートクチュール』ではなく『ソート・クチュール(思考のクチュール)』と呼んでいます。思考のように、物体を超えて存在するからです。

今日、私たちは皆異なるデジタル・アイデンティティがあり、異なるデジタルコミュニティに属している中で、デジタルファッションはメインストリームにまで広がっていく可能性があり、今後もますます注目を集めていくと考えています。」

デジタルファッションの楽しみ方は人それぞれ

「今日までに、私たちが無料で公開しているデジタル・クチュール・アイテムは10,000回以上ダウンロードされています。特に若い人たちはデジタルスペースが秘める自己表現の力を本能的に感じ取り、物理的なファッションにもデジタル上のファッションにも両方の素晴らしさがあることを理解しています。そして、すでに実社会での生活と同等かそれ以上の価値がある、デジタル上の生活を送っているのです。

私たちの作るデジタルファッションアイテムをダウンロードする人たちの多くは、デジタルファッションが好きで、自らの写真にファッションアイテムをデジタル・フィッティングし、デジタル空間に映し出して楽しんでいます。他には、自分のデジタル・クローゼットを充実させるためにダウンロードして楽しむコレクターなども一定数います。」

The Fabricant
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ただデジタルに置き換えるのではない。デジタル空間だからこその創造性がある

「我々には、自問し続けている問いがあります。『ファッション業界は、シーズンごとのランウェイショーを、完全に非物理的な3D体験として再構築することができるのか』ということです。

デジタル空間では、これまでランウェイの上では不可能とされてきたことの多くが可能になります。メジャーなブランドなどの伝統的なキープレイヤーはまだまだファッションのデジタル化が何を意味するのかを解明するフェーズにいるようです。ファッション産業はこれまでもイノベーションや伝統を変えることに対する抵抗が大きく、変化には時間を要する業界でした。

しかし、そんな中でも世界をまったく新しい捉え方で表現するデジタルファッションプロジェクトも複数進行しています。」

新型コロナ危機が変えたファッションの常識

The Fabricant
Image via The Fabricant

「新型コロナウイルスのパンデミックによりすべての前提が塗り替えられた今ほど、世界の常識の再構築に適した時はありません。しかし、『ビジネス・アズ・ユージュアル(パンデミック前の当たり前)』に戻れるという淡い期待にしがみつく人も存在します。

未来の物語はまだ誰も知りませんが、多くの当たり前が変わってしまった現実は疑う余地もありません。特にファッション産業のプレイヤーたちは『3Dは現実世界での創造に匹敵するか?』という議論をすべき時はとうの昔に過ぎてしまったことを直視しなければなりません。これまで以上に向き合わなければいけないのは、『3Dの驚異的な可能性に、ようやく現実世界がついてきただろうか』という問いであるはずです。

世界がロックダウンされる中で、現実社会での交流は激減しました。これは、ファッション産業のニーズとThe Fabricantのミッションとを、予期できないほどの速さで結びつけることになりました。ファッション業界は突然デジタル化を迫られたのですから。今回のCOVID-19により、デジタルファッションは「nice-to-have(あったらいいもの)」から「must-have(なくてはならないもの)」へと変わりました。物理的なサンプルが手に入らなくなり、製造・輸送手段は絶たれ、消費も急激に落ち込みました。その中で、The Fabricantはファッションのキープレイヤーたちが活動を続けられるよう次のサポートをしてきました。

①3Dサンプリング
セールス&マーケティングのチームが飛行機に乗ったり国境を超えることなくリモートで業務をこなすことを可能に。

②デジタル・ショールームとデジタル・ファッションショー
3Dハイパー・リアル没入型のショールームやファッションショーを実現。新しいシーズンのファッションをすぐに利用者に届ける。

③完全デジタル完結型ファッション
顧客とのブランドエンゲージメントを創造し、シェアできるコンテンツとしてのデジタルファッションアイテムをブランドの新たなビジネスモデルに。

どんなブランドや組織も、企業体力や能力に関わらず、ファッションを作る側としての存在意義を考え直さなければいけない局面にきています。スマートで、レジリエンスの高い、廃棄のないデジタル中心の未来で存在していくためには、何をしていくべきか、今こそ見つめる機会といえるでしょう」

The Fabricant
Image via The Fabricant

物理的制限から解き放たれることで、誰もが別け隔てなく楽しめるデジタルファッション

「The Fabricantは、ファッションとはアイデンティティと個性を探求し、表現するための遊びの場であるという、ファッションが本来あるべき姿に常に立ち返って考えています。

誰もが制限されることなく自己表現を楽しみ、デジタルファッションを通じたバーチャルアイデンティティを作っていける新しいビジネスモデルを、地球に負荷をかけることなく作り上げているのです。私たちが作り上げるのは、クリエイティブで、分断されていたものをつなぎ合わせるファッションです。著名ブランドは利用者のニーズに応え、社会の声に応えていく過程で、必然的にインクルーシブで、多様性に富むデジタル空間で作られる非物質的ファッションに関わっていくことになるはずです。」

The Fabricant
Image via The Fabricant

究極のサステナブルファッション

「ファッション業界は年間2兆3000億ユーロを生み出し、海に放出されるマイクロプラスチックの35%を占めています。産業汚染水のうち20%はファッション産業からくるもので、二酸化炭素排出量は世界中の空を飛び交う飛行機と海を行き交う輸送船を合わせたものを上回るほどです。

それがデジタルファッションでは、サンプルを作る必要も、豊富な在庫を確保する必要も、さらには幅広いサイズを揃える必要もありません。デジタルファッションが生み出すものは、汚染と廃棄物とは一切無縁で持続可能です。デジタルファッションの本質そのものがサステナブルなのです。デジタルファッションが消費するのはデータだけで、取り出すのは創造力だけです。高品質の3Dデジタルビジュアルと没入型の作品を制作する私たちのプロセスは、実際に製品を作って撮影する従来型の方法よりも人を引き込む力が強く、サステナブルです。

我々の作業の多くは、様々なデジタルプラットフォーム上のスクリーンを介して行われています。私たちはデジタル空間において実に多くの時間を自己を創造し、表現し、探求しています。デジタルファッションを楽しむために物理的な資産を製造する必要はありません。物理的に衣服が作られない世界において、ファッションは地球規模のサステナビリティに大きく貢献する存在です。

デジタルファッションによってもたらされるサステナビリティ上の利点は数多くあります。デジタルである以上、人々は自己表現に必要となるファッションアイテムを制限なく集めることができ、人や地球には何の犠牲も強いません。非物理的なので、製造、包装、輸送、自然資源の採掘や廃棄、途上国などでの労働搾取が生まれないのです。

つまり、デジタルファッション自体が究極のエシカル、サステナブルファッションなのです。そして、幅広い世代の利用者が自由に自分の賛同する環境・社会意識を表現する手段として用いることができるのです。

実際に、我々はトミー・ヒルフィガーやプーマなどのグローバルブランドやリテーラーとともにコラボレーションした作品を多く作り出してきました。デジタルファッションのリーダーとして、ブランドが無限の可能性に飛び出す手助けをしています。」

The Fabricant
Pumaとのコラボレート作品 | Image via The Fabricant
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トミー・ヒルフィガーとのコラボレート作品 | Image via The Fabricant

インタビュー後記

私たちのアイデンティティの多くがオンライン上にある時代に、自己表現のためのファッションもデジタル化すればいいという発想にハッとさせられた。ソーシャルメディアに載せるために多くの消費がなされるが、そもそも製品の物理的な消費は不要だったのだ。視座を変えるだけで、多大なる環境負荷をかける産業が廃棄や汚染とは無縁の、インクルーシブなものに変わる。

メジャーなファッションブランドを巻き込みながらデジタルファッションの潮流を作るThe Fabricantは、今後ますます伝統的なファッション産業に大きな変化をもたらす存在になるだろう。デジタルファッションとThe Fabricantの今後の活躍から目が離せない。

【参考サイト】 The Fabricant