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新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、それまで普及していた「オフィスに出社して仕事をする」という働き方に大きな変容をもたらした。リモートワークの増加、都市部に集中していたオフィスの郊外や地方への分散、コロナ禍の終息後もリモートワークを前提とする企業のオフィス縮小など、働き方の多様化は今後も進むと見られる。また、リモートワークを経験したからこそ、オフィスで顔を合わせて直接コミュニケーションを図ることの重要性に改めて気づいた人も多くいるだろう。
働き方と共にオフィスの在り方も多様化してきたこの時期、オフィスの移転や縮小に伴う家具の廃棄がこれまで以上に懸念される。オフィス家具のうち、主に金属加工が施された家具やガラス・プラスチックの割合が高い家具は産業廃棄物に分類される。使用済みとなったオフィス家具の廃棄処理は、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」で定められており、家具の利用者が自らの責任で適正に処理することが義務付けられている。
このオフィス家具の廃棄問題に立ち向かう事業として関連業界やメディアからの注目を集めているのが、2021年末から三菱地所株式会社の新規事業として本格稼働が始まった、使用済みオフィス家具のリユース販売・リース事業「エコファニ」だ。
大手のデベロッパーとして多くのオフィステナントと関係性を持つ強みを活かし、東京の大丸有(大手町・丸の内・有楽町)地区を中心にできる限り狭いエリアで家具の循環を実現させるエコファニの事業モデルは、サーキュラーエコノミー型のビジネスモデルとしても大きな可能性を秘めている。
中古オフィス家具の流通・販売自体は決して新しい事業ではないものの、その中でもエコファニはなぜここまでの注目を集めており、どのような特徴があるのだろうか? 今回 Circular Economy Hub 編集部では、エコファニの事業責任者を務める、三菱地所株式会社 新事業創造部 副主事 本田宗洋氏に、事業立ち上げの背景から開始後の状況、今後の展望などについてお話を伺った。
大丸有エリアでオフィス家具を循環させる
エコファニとはどのような事業でしょうか?
本田氏:東京駅周辺、大丸有(大手町・丸の内・有楽町)エリアに所有・管理物件を多く持つ弊社の特性を活かし、そのエリアのオフィスから出た家具のうち、検品で利用可能と判断したものを清掃してリユース家具として取り揃え、手ごろな価格で販売しています。
商品は、棚、テーブル、デスク、椅子、ベンチ、ホワイトボードなどオフィスで使用される什器類を広くカバーし、オカムラ、コクヨ、イトーキ、内田洋行を始めとした国内外のブランドを扱っています。
また、販売以外にレンタルも行っており、いずれも家具単品だけでなく、オフィスに家具をレイアウトしたセットアップオフィスの提案も行っています。セットアップオフィスの提案時は、エコファニでストックしているカーペットの新古品等、家具を含めた周辺の利用環境を提案に含めることも可能です。
主な顧客企業は?
本田氏:東京駅周辺のオフィステナントのみならず、ベンチャー企業がレンタルオフィスから自社オフィスへ移ったり、地方企業が東京駅周辺に初出店されたりする際などに利用されるケースも多いです。自社オフィス用だけでなく、シェアオフィス等を運営される事業者様が購入されたこともありました。また、大丸有エリアではイベントが開催される機会も多いのですが、そのような際には短期間での貸し出しも行っており、主に往復2キロ圏内の近場のお客様にご利用頂いています。
オフィス家具の廃棄は「見えざる」ゴミ問題
事業立ち上げまでの経緯は?
本田氏:私は2013年に新卒で三菱地所に入社しました。オフィスビルの運営管理、テナント誘致などの業務を行うなかで、テナントがビルを退去する際にオフィス家具が大量に処分される現状を知り、その課題を解決する必要性を考えるようになりました。
オフィスは、基本的に床・壁・天井に装飾などを施さない状態でテナントに貸し出し、退去時にその状態に戻すことになっていますが、賃貸期間中にどのような家具を使用するかはテナント側の自由です。そして、テナント企業から排出される使用済み什器類については、ビルオーナーの管理対象外であるためモニタリングが難しく、量や内容などを把握する責任もありません。そのため、他の廃棄物とは異なり、大丸有地区でどの程度オフィス家具の廃棄が出ているのかは誰も分からない、というのが現状なのです。
入社して8年が経過した頃、社内の新規事業提案制度に、オフィスから廃棄される家具・什器類を引き取って再販することを事業化したいと提案しました。「エコファニ」と名付けた本事業を2021年から試験的に開始し、三菱地所が所有するオフィス物件とリユース家具とをセットで提案するサービスを始めたところ予想以上にニーズが多く、12月から本格的に新事業として開始することになりました。試験運用期間中にも売上を計上でき、需要の多さを定量的にも示すことが出来たことで、事業に対する社内の承認を得ることにつながり、本格始動に至りました。
コロナ禍におけるオフィス需要の変化も背景にあったのか?
本田氏:コロナ禍においてオフィス需要自体が減ってきているという見方もありますが、現場の目線としては、やはり街の開発が進む限り、オフィス移転等は存続し続け、また、ビルの入居契約を更新する際にオフィスのリニューアルなどで家具を入れ替える企業もかなり多くいらっしゃいます。
結果、本事業の顧客となるようなビルのテナント企業は常に一定数存在し、東京駅周辺の顧客数自体は大きく変化していないと認識しています。今年5月には倉庫兼ショールームを有楽町ビルに移転し、そこでは約600坪の空間に2,000~3,000点の在庫を保管しています。
企業内の新規事業として立ち上げた際の苦労は?
本田氏:ありがたくも順調に進んではいるのですが、やはり新しい事業を始めるとなるとその必然性を感じない方もいるので、そうした方々にどのように理解してもらうかも大事となります。その際に、数字は裏切らないなと感じています。フィジビリティ期間中にしっかりと収益を上げられることを定量的に示すことができたことで、応援してくださる方がすごく増えたという印象があります。
事業と社会的価値の両立を目指して
オフィス家具の廃棄問題がこれまで手つかずにされていた背景は?
本田氏: ビルのオーナーは、テナントから出る廃棄物に対して法律上管理責任を負っていないこともあると思いますし、本業からあがる収益と比較すると、このような事業で大きな利益を見込めない可能性が高いこともビジネスとして手を出しにくい理由です。
それでも今回私たちがこの事業にチャレンジするのは、社会的責任も重視しているからです。とはいえ、エコファニとしては、より多くの収益を出していくために収益の多角化も検討していく必要があると考えています。
デベロッパーとしての強みを活かす
エコファニならではの強みは?
本田氏: やはりテナントの入退去情報にアクセスしやすいため、仕入は非常にしやすい状態です。また、オフィス街の中心地にある既存の空室などを倉庫やショールームとしてうまく活用できるという点が、他社にはない強みにつながっています。
リユースオフィス家具市場をリブランディングする
事業を始めてから気づいた課題や難しさ、今後の事業の可能性は?
本田氏: 難しい点としては、想定通りではあるものの、やはり在庫点数が増えてくるにしたがって管理の煩雑さや人手が増えることなどが挙げられ、より投資が必要になると考えています。
一方で、資源を循環させるというビジネスモデルの価値に共感してくださる方が増えている状況なので、これまで以上に商品やパフォーマンスの質向上に務めていく必要があります。また、有楽町の倉庫からの輸送距離が短い顧客と取引が出来ればより環境負荷を下げられるため、納品先の距離のデータ分析や可視化も進めています。
今後は、他の中古家具販売事業者と連携・共存の可能性を模索したいと考えています。オフィス家具をより長く使っていく、というメッセージを発信するうえで大事なことは、既存の方々と自社を比較することではありません。私たちが目指しているのは、リユース家具というマーケット自体をリブランディングし、成長させることなので、他のデベロッパーが同じ事業を展開することがあれば家具の在庫情報を連携してもよいなと思っています。
サーキュラーエコノミーの視点では?
サーキュラーエコノミーの視点からエコファニの事業を見てみると、多くの参考になる点があるが、その中でも特にポイントだと感じた点をまとめると、下記の3つとなる。
- 経済価値とサステナビリティ価値の両立
- 商品価値を正しく理解してもらうための購買体験
- より小さく循環のループを回す
経済価値とサステナビリティ価値の両立
一つ目のポイントは、エコファニの事業は顧客視点でも自社視点でもしっかりと経済価値とサステナビリティ価値を両立させているという点だ。リユース品とは言えまだまだ十分に使用可能なオフィス家具を、新品と比較しても非常にリーズナブルな価格で提供することで、できる限りオフィス什器の費用を抑えつつ質の高いオフィスを作りたいという顧客企業のニーズにしっかりと答えている。
また、デベロッパーという自社の強みを活かした事業を展開するだけではなく、個人向けの販売はパートナー企業などに委ね、社員はメインターゲットとなる大口の法人顧客にフォーカスするなど、明確な戦略を持つことで事業の開始当初から採算性を社内に示すことができたことも、スムーズに新規事業が離陸した要因となっている。
サーキュラーエコノミー型の新規事業ではなかなか収益性が担保できないケースも多いが、環境だけではなく経済性もしっかりと重視するという本田氏の姿勢は、多くの経営者や事業開発担当者にとって参考になるのではないだろうか。
商品価値を正しく理解してもらうための購買体験
上記につながる二つ目のポイントは、ショールームにおける商品販売だ。本田氏が「目指すのはリユース家具市場全体のリブランディング」と語る通り、エコファニは家具の丁寧なディスプレイや魅力的なオフィスレイアウトの提案にこだわっており、商品がより魅力的に見えるようなショールーム作りに力を入れている。
価格はリーズナブルながらも質は高いと感じられる購買体験を提供することで、リユース家具市場全体のイメージを変えようとしているのだ。リユースやサーキュラーエコノミーといった環境価値を前面に押し出そうとせず、あくまで商品の魅力や提案力で顧客から選ばれているのが優れた点だと言える。
より小さく循環のループを回す
そして最後のポイントは、より小さな循環のループを優先しているという点だ。この「小さなループ」には二つの意味がある。一つは、製品をリサイクルするのではなく、できる限り製品価値を保ったまま循環させ続けるリユースというモデルを展開している点。そしてもう一つは、同じリユースだとしても大丸有エリアなどできる限り狭域における循環を優先することで、輸送に伴う環境負荷も抑えつつ、より顧客のニーズに沿った柔軟なサービスが提供できるという点だ。この小さいループを優先させるという原則が、経済面・環境面の双方においてプラスを生み出している。さらに、エコファニの倉庫兼ショールーム自体も改修予定の自社ビルの空きスペースが活用されており、商品だけではなく事業そのものが既存資産を活用した仕組みとなっている点も魅力的だ。
取材後記
オフィス家具は、毎日使用する環境下でも長く安全に使用できるように頑丈に設計されているものが多い。その製品寿命の長さに対して、顧客の利用期間が短いというギャップが、まだ使えるはずの家具の廃棄という経済・環境の両面で「もったいない」状況を生み出していた。
エコファニはこの課題に目を向け、様々な事業者とパートナーシップを組みながら、リユース家具市場全体の活性化に向けた新たなビジネスの形を構築しようとしている。一方で、最近はオフィス家具メーカーも循環型の家具利用を実現するためのサーキュラーデザインの推進や、循環型PaaSモデルを模索する動きもある。
オフィス家具のサーキュラーエコノミー実現には、上流側の循環型設計も、無駄な廃棄を減らすための出口に近い領域のソリューションも、両方が欠かせない。また、ポストコロナ時代における働き方、オフィスのあり方の多様化とともに、オフィス家具に対するニーズも変わっていくことが想定される。こうした新しい価値が求められる時代の中で、エコファニが次にどのような展開を見せるのか。今後も同社の動きから目が離せない。
【参照サイト】エコファニ