株式会社博展、デザインスタジオwe+、セメダイン株式会社の3社は、水で剥がせる海藻由来のアルギン酸ナトリウム系接着剤 「LOOPGLUE(ループグルー)」を共同開発し、このほど実演発表会が開催された。

展示会やポップアップ等の仮設空間の設営では、壁面や木工造作物に接着剤で壁紙等を貼る表具工事が行われる。しかし、イベント終了後にきれいに剥がすことは難しく、糊が残ったりパネルの表面が傷ついたりするため、木工パネルは平均7回程度しか再利用できず、廃棄せざるを得ないのが現状だという。一方で、今回開発されたLOOPGLUEは強固に接着しながらも水を加えると簡単に剥がせる可逆性を持ち、被着体が損傷しない。

開発の起点となったのは、we+による海洋の未利用資源に関するリサーチだった。着目したのは、昆布やモズクなどの海藻に含まれるぬめり成分「アルギン酸ナトリウム」の粘着性。2023年の国際海洋環境デザイン会議終了後の懇親の席で、このぬめり成分で接着剤が作れるのではないかという問いが生まれ、we+と博展による小さなプロジェクトとして始まったという。その後、DIY的に試作を重ねたが、開発途中から製品化を見据えてセメダインが合流。配合の最適化や強度の向上などの技術を掛け合わせ、実用に耐えうる製品が完成した。

接着力と易解体性の両立でサーキュラーデザインを加速

LOOPGLUEの特長は2つある。一つは、自然由来という点だ。有害な化学溶剤を含んでいないため安全性も高い。イベント業界における循環性向上の観点では、これ自体が価値となる。we+共同主宰、武蔵野美術大学准教授の安藤北斗氏(冒頭写真中央)は、「アルギン酸ナトリウム以外の成分も混ぜているが、自然由来のものだけを配合することを最も重視した」と話す。

もう一つは、通常環境における「強力な接着力」と、解体時の「易解体性」の両立である。セメダイン株式会社製品部規格管理チームの西村香菜氏(冒頭写真左)は、「一般的に、しっかり接着しているものは剥がしづらく、接着しづらいものは剥がしやすい。このように、接着と剥離はトレードオフの関係にあるが、LOOPGLUEは二つの要素を両立させようというもの」と評価する。

加水後に剥離する様子(写真:博展)

剥離工程は至ってシンプルだ。被着体は木工パネルや紙などの多孔質材同士の使用が前提となるが、霧吹き等で水をかけて数分待つだけで接着強度が急激に低下し、壁紙をきれいに剥がすことができる。通常のデンプン系の糊等よりも素早く剥離できることが、セメダインによって実証されている。実演発表会では、下地の木工パネルを全く傷めずに、接着強度が低下した状態の表具を剥がす工程が披露された。

西村氏によると、熱を加えることで剥がせる接着剤もあるが、手間やエネルギーがかかるという。対してLOOPGLUEは、水で剥がせるため、剥離にかかる手間やエネルギーを削減することができる。

博展は、パネルの寿命が従来の7回程度から10〜20回へと大幅に延びることと剥離工程の削減により、資材調達費と制作にかかる人件費をそれぞれ約15%削減できると試算している。

業界全体にオープンにしていく

LOOPGLUE(写真:博展)

博展は「2030年までに、すべての体験や空間を資源循環型でつくる」という中期目標を掲げている。イベント業界の環境負荷の大きさは構造的な課題となっており、同社は業界のフロントランナーとして、その解決を自社のミッションに掲げ取り組んでいる。株式会社博展サステナビリティ推進部部長の鈴木亮介氏(冒頭写真右)は、「仮設空間は平均で2〜3日、短いケースだと数時間のために大量に資源を投入して、空間を構成する。もちろんリユースできる装飾物は多いが、それでも大量に廃棄物が出てしまう」と話す。同社は、サーキュラーデザインルームという組織立ち上げ、前述の目標を達成するためにイベント業務におけるライフサイクル全体で取り組むが、今回の開発もその一環である。

まずは博展が請け負う表具工事の3割にLOOPGLUEを使用する目標を掲げている。ただ、博展単独でLOOPGLUEを独占使用しても業界全体に広がらない。そのため、同社はLOOPGLUEを独占せず、特許などの権利関係を整理した上で、広く業界全体へオープンに提供していく方針だ。鈴木氏によると、使用を希望する顧客がすでにいるという。現在は2026年度内の一般提供を目指し、量産体制や価格設定の調整が進められている。

サーキュラーエコノミーにおけるLOOPGLUEの意義、3つの観点

今回の開発において、サーキュラーエコノミーの視点から以下3点を掘り下げてみたい。

1. 生態系に配慮した生物由来資源の活用

昨今、接着剤のバイオ化をめぐっては、木材パルプ製造時の副産物であるリグニンを使用した接着剤やヘミセルロースを活用した接着剤等の開発が進んでいる。接着剤に限ったことではないが、素材のバイオ化には調達地の生態系に配慮することが前提となる。

LOOPGLUEの原料となる海藻の原産地は南米のチリ。チリでは自然のライフサイクルを終え海岸に漂着したもの(漂着海藻)のみを採取する産業が成り立っている。つまり、生態系を改変させず、食料と競合する可能性も低いと考えられる。加えて、LOOPGLUEの開発と使用の広がりはチリ現地における雇用創出にもつながると三社は評価している。むろん、チリではなくアジア圏、もっというと国内でそうした小さなサプライチェーンを構築するのが理想的だが、当然海藻をめぐる生態系や食文化・産業構造は違う。そのため、産業が存在するチリ経由での素材調達が現実解となる。

チリでは海岸に漂着した海藻を採取する産業が成立(写真:博展)

これに関連して、今回一連のリサーチを手掛けたwe+は、自らを「多様な価値観を大切にしながら、自然環境や社会環境と親密な共存関係を築くオルタナティブなデザインを探求するコンテンポラリーデザインスタジオ」と称しており、今回のプロセスもこの考えに則って進められた。したがって、接着剤の原料をバイオ素材で代替するという単なる素材の置き換えにとどまらず、自然と社会生態系の共存を目指した延長線上に今回の開発があるという見方ができる。循環型素材開発には、ビジネス観点のみならず、環境におけるトレードオフ的観点を持つことや包摂性などの社会的観点を持つことがますます重要になるなか、複眼的なリサーチプロセスは、多方面に示唆を与えるものになるだろう。

2. サーキュラーデザインに貢献する易解体性と非破壊性

サーキュラーエコノミーにおける易解体性の重要性は高まるばかりだ。接着剤を使わないノン接着に加え、接着剤を使用する場合では、熱や電気・化学物質など特定刺激により脱着が可能なオンデマンド剥離などが台頭する。アパレルや医療、バッテリーやCFRP(炭素繊維強化プラスチック)など幅広い分野や製品で解体・剥離容易な接着剤が開発されている。たとえば、リサイクル可能なシューズとして話題となったアディダスのNIMBUS MIRAIは、熱を加えると剥離できる自社開発の接着剤を使うことでシューズのリサイクルを可能にしている。このように、「剥がしやすさ」という機能を持つ接着剤はサーキュラーエコノミー移行に不可欠なイネーブラーになるのだ。

もう一つ、被着体を破壊しない非破壊性はリユース等促進の観点で重要だ。オンデマンド剥離は、非破壊のために接着剤を使わないという選択肢一辺倒を避けることも可能である。

今回の開発は、接着剤を変えるということだけにとどまらず、デザインのあり方を循環型に変容させていく起点にもなりうるだろう。安藤氏は、「新しいデザインの可能性が増えていくのではないか」と話す。

3. 素材開発を起点として、サプライチェーンやビジネスモデルを変える

サーキュラーデザインにとどまらず、工程やサプライチェーン全体を変革する潜在性を秘めるのがLOOPGLUEの特徴である。循環型素材や製品を開発すれば、それに見合った工程やサプライチェーン、ビジネスモデルをつくる必要性はよく指摘されるところだが、まさにその例に当てはまるのではないだろうか。

たとえば、表具剥離工程を、革新といってもよいほど短縮できるのがLOOPGLUEである。従来型の接着剤ではヘラなどで力を入れて剥がす必要がある。そのため、剥離時間の長期化と取り残しの発生、さらには被着体に凹凸ができるといった課題を抱えていた。

従来工程の剥離後の凹凸(写真:博展)

これを大幅に改善する可能性があるのがLOOPGLUEだが、一連の既存工程にどのようにフィットさせるかも焦点となる。鈴木氏は、水に浸す加水と乾燥のオペレーションをどのように組み込むかが今後の検証事項になると語る。今後まずは博展内で大規模に実証・検証し、工程含めたシステムを水平展開していく予定だ。

ビジネスモデルでもさまざまな可能性が生まれるだろう。まず、パネルのような所有権の移転を伴わない形態においては、リユース回数を重ねれば重ねるほど、所有者のコスト削減につながる。つまり、自社で所有権を持ち続ける場合に、このように剥離容易で被接着体に損傷を与えないような接着剤を使うことで、経済的メリットが最大化され、リユースやリペアなど新たなモデルも創出される可能性がある。サーキュラリティを向上させることとビジネス性を両立させやすくなる点は、商用化を見据えた際の最大の魅力だ。「環境価値だけではなく経済価値も高めることが可能」と鈴木氏も話す。さまざまな展開の可能性を秘めたLOOPGLUEがどのように業界内外に浸透していくか注目したい。

【参考】