サーキュラーエコノミーが経済の仕組みそのものの根本的なシフトだとすると、常に経済の中心で重要な役割を担ってきた金融業界は、どのように影響を受けるのだろうか。サーキュラーエコノミーという新たなパラダイムの中で、金融業界はどのようにリスクや機会を見出すべきなのだろうか。
その問いに対していち早く仮説を提示し、ビジネスモデルの転換を図ろうとしているのが、アムステルダムに本拠を置くオランダの最大手金融機関、INGグループだ。
INGグループは、SDGsやパリ合意、EUがサーキュラーエコノミーパッケージを採択するよりも以前の2015年5月に、”Rethinking finance in a circular economy(サーキュラーエコノミーにおける金融を再考する)“と題するレポートを公表し、サーキュラーエコノミーへの移行が金融業界に与える影響について非常に示唆に富む洞察を提供している。
また、2018年7月にはオランダ大手金融機関のABN Amro、Rabobankと共同で、金融業界におけるサーキュラーエコノミーに関する共通理解を醸成することを目的として”Circular Economy Finance guidelines(サーキュラーエコノミーファイナンスガイドライン)“も公表した。
現在はING銀行のコーポレートカラーでもあるオレンジに由来して「Orange Circle Programme」を展開しており、「ナレッジ」「オペレーション」「案件」「エコシステム」「イノベーション」という5つの重点領域を設定してサーキュラーエコノミーを推進している。また、エレン・マッカーサー財団のCE100プログラムにも加盟しているほか、アムステルダムに拠点を置くCircle Economyの会員としても活動している。
かねてより金融業界の中で他社に先駆けてサステナビリティに取り組んできたINGグループは、サーキュラーエコノミーへの移行という大きな変化をどのように捉え、新たな機会を見出しているのだろうか。今回IDEAS FOR GOOD編集部では、INGサステナブルファイナンス・サーキュラーエコノミーリードを務めるJoost van Dun氏にお話を伺ってきた。
「所有」しない時代に、銀行は何を「担保」に融資するのか?
一言でサーキュラーエコノミーと言っても、その定義に当てはまるビジネスモデルは幅広い。Joost氏によると、INGでは社内における顧客ビジネスモデル評価や従業員向けトレーニングでは、アクセンチュアが提示している「Circular Supply-Chain(再生型サプライ)」「Recovery & Recycling(回収とリサイクル)」「Product Life-Extension(製品寿命の延長)」「Sharing Platform(シェアリング・プラットフォーム)」「Product as a Service(サービスとしての製品)」という5つのビジネスモデル分類を活用しているそうだ。
これらのビジネスモデルの変化に伴い、銀行やその顧客はどのような変革を迫られているのだろうか。それを考えるための分かりやすい例としてJoost氏が挙げるのが、製品を売り切り型ではなくサービスとして提供する「PaaS(Product as a Service)」のビジネスだ。同氏は、PaaSの普及の背景やPaaSが企業や銀行にもたらす影響についてこう説明する。
「サーキュラーエコノミー型ビジネスモデルの代表例がPaaSで、多くの企業は製品を売るのではなくサービスとして提供するモデルへと転換を進めています。その背景には、資産やデバイスにお金を払うのではなく、それらへのアクセスに、つまり使ったぶんだけお金を払いたいと考える消費者が増えているという変化があります。一方で、これは製造側にも変化を起こします。PaaSとして提供する場合、製造側にはより耐久性の高い製品を作る動機が生まれます。できるだけループ(循環)の中にとどまる耐久性の長い商品を作ったほうが、より多くの収益を生み出すことができるからです。」
「このように顧客のビジネスモデルが変わることは、我々銀行にとっても大きな意味を持ちます。最も大きな変化は、製造側が製品の所有者になるという点です。また、収益の流れも変わります。これまでは製品が売れたときに売上が発生していましたが、これからはユーザーの利用量に応じて課金し、毎月いくらかのお金を受け取るという形となります。製品の所有者は消費者ではなく製造側になるので、彼らのバランスシートはより大きくなり、資本需要と財務比率に影響をおよぼします。」
「この変化により、我々銀行は融資の方法を再考しなければなりません。銀行は資産への融資からサービスへの融資へと焦点をシフトさせる必要があります。サーキュラーエコノミーにおいてはサービスの提供者と利用者との間の契約がとても重要となり、それは一種の新しい『担保』のようなものとなるのです。例えば洗濯機のサブスクリプションモデルを考えてみましょう。我々の融資先がユーザーに対して月額制の洗濯機利用サービスを提供しているとします。もし融資先が倒産した場合、私たちがユーザーから洗濯機を再回収することは経済的に考えて現実的ではありません。我々にとって大事なことはユーザーに継続して洗濯機を利用してもらうことであり、仮に問題が発生した場合、サービスを継続できる別の会社へと移行できるかどうかがとても重要となります。」
「お金を貸す」という銀行のビジネスモデルの根幹にある「担保」という仕組み。この前提は、サーキュラーエコノミーが普及して人々がモノを「所有」しない時代となれば大きく変わらざるを得ないということだ。Joost氏は、これを「We Finance Asset(資産に融資する)」から、「We Finance Service(サービスに融資する)」への変化だと説明する。
PaaSモデルが銀行に突きつけるジレンマ
いくら冷蔵庫を差し押さえても、ユーザーとの契約がなければ意味はない。「資産」ではなく「契約」を担保として融資をするとなると、企業評価の際に大事になってくるのは過去の財務状況ではなく、その契約が今後どの程度の収益を生み出すかという将来のキャッシュフロー予測だ。しかし、Joost氏はこの変化は銀行にとって難しいジレンマをもたらすと話す。
「これまでの銀行は、融資の際に過去の財務状況を見るのが普通でしたが、これからは将来キャッシュフローの評価に焦点を当てる必要があります。その際に大事になってくるのがやはり『契約』なのですが、ここで厄介な問題が生じます。我々銀行にとっては、数年にわたるより長期の契約があったほうが売上が見込めるので融資がしやすいのですが、反対にユーザーが契約に求めるのは『柔軟性』であり、彼ら3年、4年といった長期の契約を望みません。ここにトレードオフがあり、我々にはバランスが求められます。契約が柔軟であればあるほど、融資はしづらくなるのです。」
現在INGでは、このようにサーキュラーエコノミーへの移行において銀行が新たに直面する課題に対し、顧客と日常的に接している営業部門と審査部門が協働しながら、新たなリスク評価フレームワークの開発に取り組んでいるという。銀行にとっては融資リスクを正しく評価できるかどうかは事業の生命線だが、サーキュラーエコノミーへの移行はその方法を根本から見直す必要性を銀行に投げかけている。
個別企業ではなく、パートナーシップに融資する
企業の評価手法に加え、Joost氏がもう一つ大きく変わると話すのは、その対象だ。サーキュラーエコノミーにおいては「Close the Loop(循環を閉じる)」を1社だけで実現することは難しい。だからこそ、銀行は融資先の機会やリスクを正しく理解し、評価するためには、その企業だけではなくその企業が関わるバリューチェーンや業界全体を見る必要があるのだ。
「我々にとって新しいことは、よりパートナーシップに注目する必要性が高まっているということです。サーキュラーエコノミーは1社で実現することはできません。製品回収や部品の再利用などは自社では完結できないことも多く、サプライチェーン上はもちろん、バリューチェーンを超えてパートナーと協働することが求められます。実際に、これまで競合関係にあった企業や、一見すると協業することが合理的には思えない企業同士のパートナーシップも数多く生まれてきています。この変化は我々にとっても重要です。我々がどのようにコラボレーションを促進できるか、それらのパートナーシップに融資することでどのように価値を生み出せるかが問われているのです。」
単一企業ではなく、循環型バリューチェーンの実現に欠かせない他企業とのパートナーシップも含めて全体を評価するとなると、企業評価の難易度はより増しそうだが、その点についてはどう考えているのだろうか。
「たしかに、より多くのパートナーが加わるほど、評価が難しくなるという側面もあるかもしれません。一方で、小規模な企業にとっては別のポジティブな見方もできます。例えば我々銀行にとっては、スタートアップ企業に融資することは簡単ではありません。我々はお金を預けて下さっているお客様の資産を守る必要があり、リスクが高すぎる融資はできないのです。」
「しかし、もしそのスタートアップ企業が他のより成熟した大企業とパートナーシップを締結しており、彼らが製品開発に必要な資源を供給してくれることが確実なのであれば、そのパートナーシップに対して融資できるか可能性があります。」
単一企業への融資からパートナーシップへの融資へと移行することで、スタートアップ企業に対しても融資の可能性が広がるというのがJoost氏の見方だ。
「スタートアップ企業はアーリーステージだからこそ、過去のレガシーや古い思考に捉われることなく、本当に革新的なアイデアやコンセプトに対してオープンでいられます。一方で大企業には規模の強みがあり、実際に物事を動かす力もあります。我々にとってはいずれも重要なのです。」
共通理解のための「サーキュラーエコノミーファイナンスガイドライン」
ING銀行は、自社内でサーキュラーエコノミーへの対応を進めているだけではなく、金融業界全体に対する働きかけも積極的に進めている。その代表例が、2018年7月にABN Amroらと共同で公表した金融機関向けの「サーキュラーエコノミーファイナンスガイドライン」だ。
金融業界においてサーキュラーエコノミーに関する共通理解を醸成し、サーキュラー思考を浸透させる目的で作られた同ガイドラインは、「Use of Investments(投資の活用)」「Process for Project Evaluation and Selection(プロジェクト評価と選定のプロセス)」「Management of Investments(投資マネジメント)」「Reporting(報告)」という4分野で構成されている。投資の活用においては、サーキュラーエコノミー事業に投資するうえではビジネスモデル評価とインパクト評価の両方が重要だとしたうえで、対象となる代表的なビジネスモデルやインパクト評価の手順を紹介している。
Joost氏は、ガイドラインを策定した背景についてこう語る。
「ガイドラインを策定する前は、そもそも何がサーキュラーエコノミーなのか、サーキュラーエコノミーに融資するとはどのような意味なのか、という点についての共通理解がありませんでした。しかし、パートナーシップに対して融資をするうえでは、一つのサーキュラーエコノミープロジェクトに複数の金融機関が関わることもあるため、共通言語を話すことが非常に重要でした。」
「例えば、全ての人々がシェアリングエコノミーのプラットフォームがサーキュラーエコノミーの重要な一部であるということを理解しているわけではありません。ガイドラインは共通理解を生むためのスタート地点であり、当社の場合はこれをベースとして社内用に事業のサーキュラリティを評価するスコアカードを作成しました。」
「しかし、我々は次のステップに進む必要もあると考えています。第一段階として共通理解というベースラインを作ったので、次はそれをどのように測定していくか、という点が重要なトピックとなります。企業や取引ごとのサーキュラリティをどう測定するか。それが現在我々の取り組んでいるところです。すでにWBCSDやエレンマッカーサー財団など、いくつかのイニシアチブがサーキュラリティを測定するメトリクスの開発に取り組んでいます。これらはまだ途上ではありますが、いずれ我々が融資をする際に非常に役立つものになるでしょう。」
欧州では、サーキュラーエコノミーとは何か?という「What」の議論だけではなく、サーキュラリティをどのように測定するかという「How」の議論も進んでいる。明確なメトリクスが生まれることで、銀行は顧客の収益性だけではなくサーキュラリティも定量的にモニタリングできるようになり、リスク評価や利率設定などにも活かせるようになる。
サステナビリティ・リンク・ローンによる統合
実際に、INGはすでに顧客のサステナビリティパフォーマンスに利子を連動させる「Sustainability Linked Loan(サステナビリティ連動型ローン)」を2017年から提供しており、すでに60程度の企業に対して融資を行っている。
これは、当初は外部のESG評価機関によるスコアをベースとしてサステナビリティパフォーマンスの改善目標を設定し、目標を達成すれば利子率のディスカウントが受けることができ、達成できなかった場合はプレミアムを支払うといった形式のローンだ。同ローンの最初の顧客はフィリップス社だ。
しかし、新しいバージョンではCO2排出量など会社個別のKPIに連動した利子設定ができるローンの提供も開始しており、会社のサステナビリティパフォーマンス向上が財務パフォーマンス向上に直接的につながる仕組みを提供している。
サーキュラーエコノミーへの融資についても、サーキュラリティに関する客観的で測定可能な評価指標が開発されれば、同様のモデルは提供可能だろう。
サーキュラーエコノミーは、サステナビリティとイノベーションの交差点
上記のように、常に業界に先駆けて新しい取り組みを進めているINGだが、一般的に保守的なイメージが強い金融業界において、なぜ同社はサーキュラーエコノミーという新たな変化に素早く対応し、挑戦し続けることができているのだろうか。Joost氏に尋ねると、こう返ってきた。
「サーキュラーエコノミーの素晴らしい部分の一つは、それがサステナビリティとイノベーションのインターセクション(交差点)であるという点です。そしてそれら2つはINGにとってとても重要な要素なのです。これは、徐々に話題になりはじめたここ数年で培われたものではありません。INGは20年以上にわたり、サステナビリティの分野で積極的に活動してきました。私たちは2014、15年からサーキュラーエコノミーに取り組んでおり、シンクタンクのCircle Economyの会員にもなり、サーキュラーエコノミーらに積極的に取り組んでいる企業や政府、学術界のネットワーク、CE100にも参画しています。これらは他社がサーキュラーエコノミーにどのように取り組んでいるかを学ぶとてもよい手段となっており、我々はそこで学んだことを自社にも取り入れてきました。」
外部のサーキュラーエコノミー推進機関とも密に連携しながらインプットを行い、自社への適用を進めていく。その成果の表れの一つともいえるのが、同社が展開する「Orange Circle Programme」だ。同プログラムでは、社内外を含めたサーキュラーエコノミーに関する知識共有に加え、ING自体のサーキュラー調達にも取り組んでいるほか、サーキュラーエコノミーに関わる企業の合併やIPO案件、循環型ビジネスモデルへの移行を支援する取引に注力しており、ING全体として多角的にサーキュラーエコノミーを推進するドライバーとなっている。
日本の金融業界はどこから始めるべきか?
最後に、日本の金融業界はこの変化に対応するべく何から取り組み始めればよいのかを訊いてみた。
「まずは、サーキュラーエコノミーについてより多くの知識を身につけることですね。サーキュラーエコノミーとは何なのかが分かったら、次は顧客のもとを訪ね、彼らがビジネスモデルを移行するにあたって何が必要なのかを理解しましょう。そして、複数の顧客と話すことが大事です。なぜなら、彼らは恐らく一社でサーキュラーな解決策を模索しているわけではなく、彼らのパートナーと協働しているからです。バリューチェーン全体をしっかりと見て、そのうえで彼らの課題を解決できる金融ソリューションを開発しましょう。顧客にはそれぞれ異なる資金ニーズがありますので、それらを理解することが重要です。理解したら、あとは実行するのみです。」
サーキュラーエコノミーは、銀行をはじめとする金融業界全体に対しても大きな変革を迫っている。そのことにいち早く気づき、顧客企業や消費者のニーズに答えられる金融商品を開発できた金融機関は、新たな経済パラダイムにおける勝者となるだろう。
資産ではなくサービスに融資する。過去の財務状況ではなく将来キャッシュフローを評価する。単一企業ではなくバリューチェン全体を見て、パートナーシップに融資する。サーキュラリティをどのように測定するか。これらは全てが新しい領域であり、まだ理論も発展途上だ。だからこそ、そこには大きなチャンスがある。
【参照サイト】ING Group
【参照サイト】ING Circular Economy
【参照レポート】Rethinking finance in a circular economy
【参照レポート】Circular Economy Finance Guideline
【参照レポート】Accenture “無駄を富に変える”
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