アムステルダムのザイト地区に本拠を置くオランダの三大銀行のうちの一つ、ABN AMRO(エービーエヌ・アムロ)の前に、堂々と佇む建物がある。同銀行が建てた複合施設「CIRCL(サークル)」だ。

サーキュラーエコノミー(※1)の考え方に基づいて建設された3階建ての本施設には、会議室やイベントホール、カフェテリア、バー、ショップ、アートの展示などが並ぶ。ABN AMROの会議室であり第二のオフィスとして建てられた施設ながら、クライアントや地域住民、通りすがっただけの人など、誰もが気軽に訪れる場となっている。

館内のカフェ
洗練されて開けた空間

伝統的で保守的なイメージの強いメガバンクが、どんな企業よりも時代の先端を行く。サーキュラーエコノミーに関する高い目標を掲げながら、みんなが気持ちいい空間をつくる。そんなCIRCLの訪問レポート。この記事を読み終えたとき、あなたの「オフィス」の概念は変わっているかもしれない。

※1 循環経済、循環型社会。これまで廃棄されていたものを「資源」と捉え、再生させることで環境+経済双方のメリットがある経済の仕組みのこと。

銀行施設を、人が集まる場にするには?

ABN AMROは、オランダのメガバンクの中でも森林破壊に加担する産業や、軍事産業、そして原発への投融資をやめ、サステナビリティに積極的に取り組んでいる企業だ。

そんな同社がCIRCLをつくった理由は、人々が銀行に来る機会が限られることだった。本社の人員増加から会議室が足りなくなり、新たに施設を建てようというとき、役員らは考えた。どうしたら、口座開設や預金引き出しのときだけでなく、日常的に市民が銀行に立ち寄れるような場づくりができるのか。

そして、多様な人が多様な目的で訪れてくれるよう、オランダ企業がつくるアップサイクル品を集めたセレクトショップやオープンなカフェテリア、アート作品や遊び心のある手話カフェなどを設置して2017年にオープン。定期的にヨガや他業種のミートアップなどのイベントも開催することにした。現在、銀行関連の手続き以外でもCIRCLを訪れる人は多く、地域住民との関係性を築くことができている。

エントランスを入ってすぐの場所にある、オランダのアップサイクル・エシカル商品を売るショップ
エントランスを入ってすぐの場所にある、オランダのアップサイクル・エシカル商品を売るセレクトショップ
手話で注文するカフェ。画面をタップすると、コーヒーの頼み方を手話で教えてくれる。ドリンクにいれるミントもその場で栽培している。
手話で注文するカフェ。画面をタップすると、コーヒーの頼み方を手話で教えてくれる。ドリンクにいれるミントもその場で栽培している。

CIRCLでは、建材やインテリア、食事などあらゆる分野でサーキュラーエコノミーの考え方を取り入れている。名前も、本来であれば「CIRCLE」としたいところだが、「CIRCL」のままでも「サークル」と読めることから、サーキュラーエコノミーの前提となる“無駄を省く精神”を重視して「E」を省略した。

解体を前提とした「サーキュラーデザイン」建築

CIRCLのユニークな点は、解体時の環境負荷をできるだけ少なくすることを念頭に置いて設計されていることだ。そのため、建物に使われている木材や屋上パネルのアルミニウム、オフィスのインテリアなどは、すでに使用済みのものか、今後再利用できるものばかり。化学接着剤は使用せず、取り外し可能な金具のみで建設された。

たとえば、柱が通常の建物に比べて太いのは、施設解体後に表面を削ることで新たな木材としてもう一度使えるようにするためである。床には、アムステルダム内で解体済みの他の建築物から集められた木材が敷き詰められている。コンクリートも30%がリサイクルコンクリートだ。

CIRCLの柱
CIRCLの柱

天井の断熱材は、16,000組以上の使用済みジーンズをダウンサイクルしてつくられた。そして天井に吊り下げられたパーティションにはリサイクルアルミ素材が使われ、防音材にはABN AMROの従業員ユニフォームを使用。これにより、大規模なイベントを開催する際も他の人が静かに作業できる空間を作り出している。

CIRCLの天井
CIRCLの天井。使用済みジーンズの繊維で作られた断熱材が入っている

地下会議室の窓枠は、同じくアムステルダムにオフィスを構えるフィリップス社の旧オフィスビル解体時に運びこまれたもの。机や椅子なども、同じくフィリップス社の旧オフィスで使われていたものをそのまま使用している。

このように、アムステルダムやその周辺地域などの都市から「ゴミ」として廃棄されるものを採掘し、価値を見出して再利用することを「アーバンマイニング(都市鉱山)」と呼ぶ。もともと日本を発祥とするこのアーバンマイニングの考え方を取り入れ、優れたデザインと掛け合わせることで、CIRCLは廃棄物を減らしているのだ。

サーキュラーエコノミーを体現するアイデアの宝庫

CIRCLは、日本の企業でも取り組めそうなサーキュラーエコノミーアイデアの宝庫だ。いくつか事例を紹介したい。

地下1階にある受付デスクは、シュレッダーにかけた機密文書を固めて作られている。

シュレッダーにかけた機密文書を入れ込んだデスク
シュレッダーにかけた機密文書を入れ込んだデスク

そしてその横にあるスタンディングカフェスペースの机は、ダンボールでできている。

ダンボールでできたカフェテーブル
ダンボールでできたカフェテーブル

サーキュラーデザインの考え方は、エレベーターにも適用されている。CIRCLのエレベーターはPaas(Product as a Service)形式で契約されており、単なるリース契約ではなく、使用量に応じて課金される従量課金システムが導入されている。こうすることで、なるべくエレベーターを利用せずに階段を利用するというインセンティブも生まれる。

PaaS形式で契約されている従量課金制のエレベーター

また、CIRCLは訪れるものを楽しませる遊び心にも満ちている。壁にはサーキュラーエコノミーを体現したアート作品が飾られており、オフィス移転時に出る不要なパソコンの電源ケーブルから作られた木のアート、空調ダクトのアルミを活用して作られたアートなど、とてもユニークな作品が並ぶ。

パソコンケーブルで作った木のアート作品
パソコンの電源ケーブルで作った木のアート作品
空調ダクトのアルミから作ったアート作品
空調ダクトのアルミから作ったアート作品

そして、建物の外にも数多くの工夫を見ることができる。庭には太陽光発電により携帯電話の充電ができるUSBポート、自転車をアップサイクルして作られたベンチなどが設置されている。サイクリストが多いアムステルダムで、彼らが休めるベンチを自転車で作るというのも面白い。庭の下には雨水を貯める巨大なタンクがあり、それらは植物への水やりやトイレの水として使われているそうだ。

充電もできるアップサイクルベンチ
太陽光発電で携帯電話の充電ができるUSBポート
自転車をアップサイクルしてできたベンチ
自転車をアップサイクルしてできたベンチ

1階にあるレストランもアイデアの宝庫だ。同レストランでは廃棄食材を使ったレストランを市内で展開しているInstockから食材を調達しており、少しでもフードロスを減らすために食材の一部は発酵させて保存している。そしてそれを壁のインテリアに活用するというセンスも素敵だ。

驚くべきことに、同レストランではスキポール空港で撃たれた鳥の肉(Unwanted Meat)も提供されている。空港では安全な離着陸のために滑走路に近づきすぎた鳥は撃ち殺され、以前はそのまま廃棄処分されていたが、最近ではこれらの鳥肉を料理として提供するのがアムステルダムでトレンドになっているそうだ。

廃棄物ゼロレストランInstockから廃棄食材を調達するカフェテリア。空港の事故などで死んでしまった鳥(Unwanted Meal)の肉も利用している。
廃棄物ゼロレストランInstockから廃棄食材を調達するカフェテリア。空港で撃たれた鳥(Unwanted Meal)の肉も利用。椅子は、冷蔵庫のラジエーターをアップサイクルした
食材は発酵させて保存。昼に提供した茶葉はとっておき、夜にルーフトップバーで酒の味付けに使う
食材は発酵させて保存。昼に提供した茶葉はとっておき、夜にルーフトップバーで酒の味付けに使う

また、昼にレストランで使った茶葉も捨てることなく、夜になるとルーフトップバーで出すお酒の味付けに使われる。そしてレストランの椅子も冷蔵庫のラジエーターをアップサイクルして作られており、お店の外にはコンポスト用のWorm Hotelも設置されているなど、レストラン全体でサーキュラーエコノミーを体現している。もちろん提供される食事も抜群に美味しく、夜になれば多くの人で賑わう。

玄関にあるWorm Hotel。店で出た廃棄をコンポストする実験
玄関にあるWorm Hotel。店で出た廃棄をコンポストする実験

これらの事例のように、さまざまなアイデアが生まれるのは、ABN AMROが自社だけでサーキュラーエコノミーに独自に取り組むのではなく、さまざまな企業と手を組んでいるからだ。

自社でもぜひサーキュラーエコノミーやサステナビリティに取り組みたいという人や、同社のサステナビリティ活動についてより詳しく知りたい人のために、地下1階にはサステナビリティヘルプデスク(相談室)が用意されている。ABN AMROのサステナビリティ担当職員と気軽に話せる部屋だ。それもABN AMRO側が一方的にアドバイスするのではなく、訪問者と「互いに学びあう」姿勢を重要視している。部屋の壁はガラス張りとなっており、銀行としての透明性を表現している。

地下のサステナビリティヘルプデスク
地下のサステナビリティヘルプデスク。

発想とデザインで「思い込み」を壊す場

ABN AMROは今後、2023年までにEUの平均エネルギーラベル(※2)を最高ランクのAに引き上げ、2030年までの気候変動抑制目標も設定している。そんな中、CIRCLは単にサーキュラーエコノミーのお手本となる施設に留まらない。

ここはメガバンクであるABN AMROの従業員からクライアント、地元住民や旅行者まで、よく持続可能な経済の形成について誰もが話し合うことができる開かれた場だ。サステナビリティへの関心が低い人でも、人と待ち合わせをする場や、コーヒーを飲みにいく場として思わず立ち寄りたくなる。

天井・壁・床に再利用素材を使ったオフィス

サーキュラーエコノミーに取り組みたい人へ。最後に、ABN AMROからのメッセージを共有したい。

私たちは、理論と実践の両方のアプローチから循環経済のために必要なことを絶え間なく試し、社会が持続可能になるように促します。大きく考え、まずは小さく始めるのです。個人を含め、サーキュラーエコノミーに取り組みたいすべての人が、私たちがCIRCL建設で得た知識・経験を活用してくれることを願っています。私たちは、Copy right(著作権)を行使するのではなく、Right to copy(コピーする権利)を与えたいのです。これまでサーキュラーエコノミーに関わってきたか、経験があるかなどは関係ありません。どこからでも、持続可能な世界の旅に出かけましょう。

解体を前提とした建築や、さまざまな素材のアップサイクル、廃棄物の削減。今回の訪問で筆者は、いくつか自分のオフィスでも取り入れたいアイデアを見つけた。たとえばパソコンのケーブルや空調のアルミからアート作品をつくるとは考えもしなかったが、なぜ「活用できないもの」と思い込んでいたのだろう。固定観念にとらわれず、“Learning by doing(やりながら学んでいく)” の姿勢で、サーキュラーエコノミーをオフィスに取り入れていくABN AMROからは、多くの学びを得た。

CIRCLの取り組みを見て、あなたはどう感じただろうか。サーキュラーエコノミーに関する目標を持ち、協力しながら自分に身近な場所で始めていけるとよい。グッドアイデアのRight to copy(コピーする権利)は、すでに持っているのだから。

※2 EU諸国で見られる、家電製品などのエネルギー消費効率。AからGまでの10段階(Aが最高レベル)が一般的。

CIRCLの詳細
施設名CIRCL(サークル)
住所Gustav Mahlerplein 1B, 1082 MS Amsterdam
営業時間8:00~21:00
営業日月曜~金曜
URLhttps://circl.nl/

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。