神奈川県鎌倉市では、サーキュラーエコノミーに向けた地域づくり、いわゆるサーキュラーシティ(循環都市)に向けた動きが加速している。その仕掛けの一つが鎌倉サーキュラーアワードだ。同アワードはサーキュラーエコノミーに特化し、「市民部門」「スタートアップ部門」「事業者部門」の3つから成る。

今回、実行委員長の田中浩也氏(慶應義塾大学SFC環境情報学部教授、COI-NEXT慶應鎌倉拠点プロジェクトリーダー)と、実行委員・スタートアップ部門ファシリテーターの善積真吾氏(株式会社カマン代表取締役)に、鎌倉が持つサーキュラースタートアップの可能性について聞いた。同アワードが開催される背景には、鎌倉が培ってきたサーキュラーエコノミーに取り組みやすい歴史ある基盤と未来に向けた循環型コミュニティづくりがあることが見えてくる。

話者プロフィール:田中 浩也(たなか ひろや)氏

慶應義塾大学SFC環境情報学部教授/博士(工学)デザイン工学。1975年 北海道札幌市生まれのデザインエンジニア。専門分野は、デジタルファブリケーション、3D/4Dプリンティング、環境メタマテリアル。モットーは「技術と社会の両面から研究すること」。慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング創造センターセンター長。文部科学省COI-NEXT(2023-)「リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点」研究リーダー。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、世界初のリサイクル3Dプリントによる表彰台制作の設計統括を務めた。

話者プロフィール:善積 真吾(よしづみ しんご)氏

株式会社カマン代表取締役。ソニーで新規事業開発や新規事業創出プログラム立ち上げに参画した後、地域循環型社会構築のため、2020年末に株式会社カマンを創設。テイクアウト用の使い捨て容器削減のため、地域共通のリユース容器シェアリングサービスMeglooを立ち上げる。慶應義塾大学理工学研究科(修士)卒業。スペインIE Business SchoolにてMBA。慶應義塾大学SFC研究所 上席所員。CIRCULAR STARTUP TOKYOメンター

市民・スタートアップ・事業の3部門を同時に実施

「アワードでは、市民・スタートアップ・事業の3部門を同時に実施するというのがポイントです」と田中氏は開口一番、こう話す。

「鎌倉は30年ほど前から循環型社会をつくってきた歴史と礎があるので、スムーズにサーキュラーエコノミーに移行ができる可能性があります。これまでの循環型社会に向けた取り組みとスタートアップの文化をシームレスにつなげるのが最大の目的です」

鎌倉市は、人口10万人以上の都市におけるリサイクル率で何度も全国1位となり、令和4年度においては56.3%と全国平均の19.6%と比べて圧倒的に高い率を誇っている。同市では、市民・事業者・行政が三位一体となって、ごみ有料化やリサイクルをはじめとした循環型社会構築に向けた活動を進めており、第3次鎌倉市一般廃棄物処理基本計画では「ゼロ・ウェイストかまくら」を基本理念に掲げる。2025年3月には市内唯一のごみ焼却施設である名越クリーンセンターが稼働停止に。これまで以上にごみ減量やリサイクルが求められているのだ。こういったいわゆる環境負荷を抑える取り組みだけでは、ゼロ・ウェイストの実現はなかなか望めない。経済を絡めた施策に乗り出す必要があるのは、鎌倉も例外ではない。

長谷寺から撮影した鎌倉の風景。奥左には名越クリーンセンターが見える(写真:筆者撮影)

田中氏がプロジェクトリーダーを務める「リスペクトでつながる共生アップサイクル社会」では、「『循環者』になるまち〜社会でまわす、地球にかえす、未来へのこす〜」というビジョンを掲げる。3Dプリンターなどの新たな技術でリサイクルを超えたアップサイクルに取り組み、市民生活向上をねらう。3部門を設けたのは、このような市民生活や経済においてプラスになり、それぞれが刺激し合えるような新たな循環型施策が必要になっていることも背景としてあり、「全国でも例がない」(田中氏)という。

なぜ鎌倉でサーキュラースタートアップなのか?3つの理由

田中氏・善積氏は、鎌倉がサーキュラースタートアップと相性が良い理由を3つ挙げた。

1. 市民・事業者・自治体の環境意識が高く、協力的であること

鎌倉市民の環境意識の高さはよく知られている。もともと鎌倉はナショナル・トラスト運動発祥の地であり、市民自らが鎌倉の環境を守るという意識が育まれている。市民1096名を対象にしたアンケートでは、回答者の93%が「環境問題について考えている」と回答。これはほんの一例ではあるが、鎌倉の環境意識の高さはこうした定量的なデータとしても表れている。同様に市内事業者においても、サステナビリティに積極的に取り組む企業をいくつも挙げることができ、独自のコミュニティも生まれている。

鎌倉市在住の善積氏は、同市でリユース容器シェアリング事業を開始した。「10万人以上の人口で、リサイクル率が高く、市としてゼロ・ウェイストを(ごみ処理基本計画の)基本理念としており、弊社の事業は行政の向いている方向と一致しています。自然も近く、市民意識も高く、市民の『ノリが良い』ことが事業を後押ししてくれたように思います。大きな都市だと、前進をストップせざるを得ない話も出てくるのですが、鎌倉では良くも悪くも小さく進められました」と話す。

善積氏は、リユース容器シェアリングという事業特性上、自治体と多くの関わりを持つ。事業開始以降、さまざまな自治体に「泥臭く」アプローチしてきた。そのなかで、自治体によって行政や市民のサーキュラーエコノミーに対する感度の違いを感じることがあるという。「自治体の熱量が高くて市民意識が追いついていないケースやその逆もありますが、鎌倉ではどちらも高いと感じます。つまり、消費者は『目が肥えて』おり、環境に配慮した商品を選びたいという意識があると同時に、事業者は厳しいフィードバックが得られるのは確かですね」と評価。循環型製品・サービスの魅力を活かすマーケティングがしやすいという観点からも、鎌倉を選ぶ理由があると主張する。

2. 鎌倉市の人口は約17万人。観光客は約2000万人/年*。小さすきず大きすぎない都市

鎌倉の都市としての規模(人口でみると約17万人。観光客は約2000万人/年*)が「ちょうどよい」(善積氏)という。これくらいの規模が実証実験や初期マーケティングに最適で、その後大都市や小規模都市双方で水平展開しやすい。

*平成20年から令和元年まで2000万人前後で推移。令和5年度は1228万人。(出典:鎌倉市 観光客数及び海水浴客数  2024年5月31日

3. 北欧などの海外事業者が日本に展開する際の玄関口として、鎌倉が適している可能性

3つ目は、本インタビュー直前に田中氏が発想したもの。「海外から日本へサービス展開するにあたり、最初の一歩を踏み出してみる場所として最適かもしれません。鎌倉が海外でも知名度が高いことや、市民に北欧など海外ファンが多いこと、環境意識が高いことなどが理由です。つまり、このアワードは日本国内からの応募にこだわっていないということなのです」

上記3つの点含め、鎌倉の循環都市への可能性については「鎌倉から考える、 循環型社会への移行における中都市の可能性」(JST「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT) 「リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点」で様々な角度から分析されている。同レポートから、鎌倉ではサーキュラースタートアップが活躍しやすい基盤が整っていることが理解できるだろう。

10年単位で鎌倉をスタートアップの「聖地」に。10社育成を目標

左:田中氏、中央:善積氏(右は筆者)

「サーキュラーエコノミーはシステミックチェンジであり、鎌倉市自体も10年かけて変わっているところです。こういった比較的長い時間軸で、共に鎌倉の循環都市への移行を進めていけることが理想ですね」と田中氏は強調する。

田中氏がプロジェクトリーダーを務める先述の「リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)による「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」地域共創分野・本格型プロジェクトに採択されている。その最終年度が2032年。つまり、2〜3年といったスパンではなく、10年あるいはそれ以降も長く共に成長していける仲間を探しているということであり、そのきっかけの一つがこのアワードというわけだ。同プロジェクトでは、10社のサーキュラースタートアップを育成することを目標に掲げる。

しかしそれは、何か制限をかけるようなものでもない。善積氏は、「このアワードには、鎌倉で起業しなければならないという厳しい縛りはありません。ゆるい感じが良いのです。私たちとしては、スタートアップと何かしら接点を持っておきたい。そんな感覚ですね。いろいろな方と関係性を築けるコミュニティができれば嬉しく思います」と話す。審査基準の一つに鎌倉との連携可能性が設定されているが、応募条件はサーキュラーエコノミーに基づくビジネスモデルを持つスタートアップで、企業の所在地は問わない。

田中氏はさらに踏み込む。「このアワードを通じて、応募者と鎌倉でサーキュラーエコノミーの仕組みを一緒につくっていきたいと考えています。まだ仕組みが出来上がっていないという状態は確かに課題ではありますが、チャンスでもあるのではないでしょうか」

では、こういった仕組みが構築された先にどのような姿を描いているのだろうか。田中氏は「鎌倉をサーキュラースタートアップの聖地にしたい」と話し、善積氏は「鎌倉を多様な循環に関与するステークホルダーが集うサーキュラーヴィレッジにしたい」と語る。

「先日実施したアワードの内容を共有する交流会『鎌倉サーキュラーアワードギャザリング』には、高校生から60代の方まで様々な世代の方に参加いただきました。お子さんを連れて参加されている方もいました。これぞまさにダイバーシティ。聖地という言葉を使ってしまったがゆえに『聖地とは何か』という問いが良くも悪くも生まれていますが、多様な人々がイコールに何かを捧げられるから聖地なんだろうと、そのときに思いました」と田中氏。

鎌倉サーキュラーアワードギャザリングの様子(写真:鎌倉サーキュラーアワード実行委員会)

善積氏は、「実はいま、すでに『サーキュラーヴィレッジ』とも言える状態になってきていると感じます。『鎌倉といえば循環』と思ってもらいたい。今の動きを加速させていけば、鎌倉でもしっかりとしたエコシステムができるのではと考えています」と話す。

「サーキュラーエコノミーは、絶対チャンスだがプレイヤーが少ない」

最後に、応募者または応募を検討している方へのメッセージを兼ねて、サーキュラーエコノミー分野で起業・事業展開することにおける可能性について両者の意見を聞いた。

善積氏は、「大量生産・大量廃棄が続く中で、サーキュラーエコノミー市場が注目されています。しかし、まだまだプレイヤーが少ないと感じています。リユース容器シェアリングはシンプルなモデルですが、日本ではほとんど誰も実行に移していなかったので鎌倉での実証実験から注目いただきました。結果的にリサイクルだけではなくリユースも含めたプラスチックの資源循環という時代の大きな潮流と一致し、全国規模での展開へとつながりました。サーキュラーエコノミーはもはや国家戦略となっていて、新たな循環型モデルの事業展開がチャンスになるのは間違いありません」と話す。

田中氏も続ける。「10年ほど前、ハードウェアスタートアップは難しいと言われていた時期がありましたが、私の研究室からデザインテック・スタートアップが10社生まれました。勢いでこの世界に入り、ピボットして成長していくのが良いと思います。これだと思った人は飛び込むチャンスです。結果はその後からつくっていくしかありません。勇気を出して最初の一歩を踏み出してほしいと思います。その一歩を踏み出す手助けをするためのアワードという位置づけですね。そして最後にニュースなのですが、鎌倉サーキュラーアワード・スタートアップ部門は、締め切りを8月26日から 9月1日まで、約1週間延長することになりました。このニュースを読まれたみなさん、まだ間に合いますので、ふるってご応募ください!」

取材後記

サーキュラースタートアップの厳密な定義はないが、その要素にはサーキュラーエコノミーの追求と事業構築が含まれる。スタートアップには、ネットゼロやネイチャーポジティブなどとのトレードオフを一つひとつ解消し真の循環性向上に貢献しつつも、利益を創出する事業としても成り立たせることが求められることは確かだ。つまり、サーキュラーバリュープロポジションとでも呼ぶべき独自の価値創出が欠かせない。政策や消費・投資家意識などが未成熟な現在のサーキュラーエコノミーへの移行期において、その難易度は決して低くない。しかし、両氏はこの分野はブルーオーシャンだという点で一致する。これまで地域でサーキュラーエコノミーを進展させてきた二人だから言えるのだろう。

鎌倉にはすでにコミュニティが構築され始めており、市民・行政・事業者の意識が高いがゆえの市場があり、「踏み台に」(田中氏)できるくらいの支援体制と実証実験地としての開放性があることは挑戦者に大きな力となる。受け入れ側からみても、「鎌倉サーキュラーヴィレッジ」の発展にはスタートアップという新たな風が必要であることは間違いない。

【参考】

※冒頭の写真は、2024年8月2日に開催された鎌倉サーキュラーアワードギャザリングの集合写真(出典:鎌倉サーキュラーアワード実行委員会公式note)