オーストリアでは、連邦政府機関の気候行動・環境・エネルギー・モビリティ・革新・技術局が持続可能な事業や活動に対しオーストリア・エコラベルを発行している。対象となる分野は、消費財・観光業界・教育業界・イベント・金融など多岐にわたる。観光業界のカテゴリーには、博物館や美術館も含まれている。今回、厳しい条件を満たし、国内で3番目、地域では初のエコラベルを取得し「グリーン博物館」となった低地オーストリア博物館(低地オーストリア)を訪ね、取材した。
博物館は、ウィーンから電車で約30分、低部オーストリア地域St.Pöltenという街に位置する近代的な建物だ。建物の前には野外カフェが併設され、その隣には水を張ったプールスペースがあり、カフェで寛ぐ人たちが涼を取っている。
館内へ入ると、券売カウンターの横にある大きな告知版が目に入る。博物館が承認を受けたエコラベルについての説明があり、その基準に関連する館内での必要な取り組みへの協力を来場者へ呼びかけている。例えば、館内における水や電気の使用を最小限にし、炭素排出の削減を心がける、ごみは持ち帰る、買い物をする際は環境に優しい製品を、博物館への来場には自動車を避け公共交通機関か自転車を利用する、などだ。
博物館がオーストリアのエコラベル承認を受けるには、前述の気候行動・環境・エネルギー・モビリティ・革新・技術局が設定する「博物館・美術館および展示会場」を対象にした基準を満たす必要がある。それには、雇用者への持続可能な事業における概念教育、節電技術、再生可能エネルギーの使用、水の使用や節水技術、廃棄物管理、騒音レベル、清掃に使用する洗剤に含まれる物質など実に多くの項目が含まれている。また、来場者への持続可能な開発や文化についての教育プログラムの提供義務や所蔵品の保管・保存など博物館特有の基準もある。
6,000㎡におよぶ館内の各展示部門、併設カフェ、売店、庭など全てが政府によるエコラベル基準を満たしている。カフェでは、使い捨てプラスチックや材料は禁止されており、再利用可能な食器を使用、照明設備はLED、電力は再生可能エネルギーを使用、廃棄物の分別も厳しく行っている。
低地オーストリア博物館は、もともと建築家が集まり、政府の支援により低部オーストリア地域に歴史と自然や動物をテーマにした博物館として2002年にスタートした。当時はまだ緑が少なかったため、その後庭園を増設し、現在そこでは40種類の生き物が生息している。動物園としての承認も得ており、動物の世話係も3人抱える。館内は展示内容によって色分けされており、黄色が歴史、緑が自然についての展示物となっており、こちらに動物の住む庭園や環境問題を扱う特別展も含まれている。
今回の同博物館で取材をしたのは、低地オーストリア博物館を運営するNÖ Museum Betriebs GmbH の最高経営責任者(CEO)Pacher Matthias氏だ。グリーン博物館とは実際どのようなものなのか、その概念から「グリーン」となるにあたっての条件や実現までの苦労話、グリーン博物館が環境に対して担う役割とは何かについて話を伺った。
グリーン博物館となる決意
Q. このたび、オーストリア・エコラベル承認を受けられましたが、承認基準を満たすためにはどのようなことが必要なのでしょうか?また、気になる改装予算については?
エコラベル承認を受けるには、館内で使用されるエネルギーや水などの資源効率、原材料から製品の再利用性やリサイクル性、廃棄物の廃棄方法など政府が定めた多数の基準を満たす必要があります。
承認を申請することを当館が決定した際、まず、どのような準備か必要かについてのインベントリーを行いました。当館は既に現代的な建築物であり、例えば申請前の時点で既にLED照明設備はほぼ整っていました。具体的な数字は今挙げられませんが、持続可能な基準を満たす設備投資の面では、実はそれほどの出費はかかりませんでした。
国内には、他にもエコラベル承認を希望する美術館や博物館がありますが、それらの中には古城や宮殿を使用しているものもあります。こういった建物を持続可能な基準に改装するには、相当の予算が必要となります。特に、エコラベルで最も強調される項目の一つが気候変動対策であり、古い建築は全体的にエネルギー効率の改善が非常に難しいからです。
エネルギーについては、当館では現在太陽光発電設備を建設しており、22年に完成予定です。この設備が稼働すれば、当館の年間電気使用量のうち5〜8%は自家発電で賄うことができるようになります。
申請に際し最も時間を費やしたのは、現状に対し何を改善する必要があるのかについて全ての項目を網羅する作業でした。予算については先ほども述べた通り現代建築の土台がありましたので、大きな問題ではありませんでした。
ただ、エコラベル承認は一度受けたらそこで終わりではなく、2年ごとの更新が必要となります。つまり、その都度基準を維持しているかが問われるのです。また向こう10年間に何を改善していくかについて、長期的計画を提出する必要があるので、常に先へ進む必要があるのです。これは、いわゆる「グリーンウォッシュ」防止対策でもあります。
同じ到達点を目指すことの重要性
Q. 申請に当たって一番苦労した点は?
私の立場上大きな懸念は、エコラベル申請を実施するにあたり、その概念から改装工事、その後のグリーン博物館としての運営などについて、館内のそれぞれの部署の人材教育をどう行っていくか、果たしてそれが可能なのかということでした。これには、最も時間を費やしましたし、難しいと感じたこともありました。最終的に実現できたのは、新型コロナウイルス感染症の蔓延により博物館が閉館したため、皆に時間ができたからです。
もう一つ非常に重要だったことは、当館を運営していく上で、サステナビリティにおける基準についてどうしても対応が難しい事項を把握することでした。例えば、博物館の所蔵品の中には、考古学的価値の非常に高いものがあり、正しく保存を行うには常に一定温度を保つ必要があります。しかし、それにはエネルギーを大幅に消費します。当然これは妥協できない点もあり、そこを明確に説明する必要がありました。
申請前準備には、政府が提示する基準項目について現状との比較調査を実施する必要があります。それに加え、政府が最も重要な事項の一つに規定しているのは、組織の人事管理システムです。それは、エコラベルの申請にあたり、館内で働く管理職から一般職まで全ての雇用者が、サステナビリティに対する明確なビジョンを持つ必要があるからです。館内の従業員全てが、その概念を理解し、賛同し、その実践に参加する必要があります。全員の合意と協力体制が必須なのです。それは、決して一日でできることではありません。そのため、専門家による教育プログラムや、ワークショップを繰り返しました。そのお陰で、皆が同じゴールを目指す準備が整ったのです。この過程を経ずしては、グリーン博物館の運営は成り立ちません。
皆にとって大変な作業でした。しかしながら、最終的に全員が同じ地点に立てたのは、新型コロナ感染症蔓延による大きなショックが関係していると思っています。危機的状況の下、将来を見据えて新たな目的を見つけることに対し、当館のスタッフは大きな興味を示してくれました。実を言うと、私自身はもっと以前からエコラベル申請を考えていました。しかし、館内の雇用者と話す十分な時間も取れず、その時点では、私のビジョンを共有できる人は少ないと感じていました。それが、このコロナ禍で皆に考える時間ができたのです。また、ワークショップを担当した専門家の手腕もありました。最終的に、皆が「グリーン博物館を目指しましょう」と言ってくれたのです。
エコラベル承認が降りたのは、昨年の11月でしたが、当初は予期していなかった利点もありました。それはメディアが興味を示してくれたことでした。新聞・ラジオ・ビデオ映像などを通じて、当館がエコラベルを取得したことが報道されました。2020年11月といえば国内は封鎖措置下にあり、博物館の経営者としては経営面での大きな懸念がありました。そのため、非常に良いタイミングで当館についてのメディア報道が行われ、閉館中でも宣伝効果に繋がりました。メディアにとっても、文化部門による環境への取り組みはまだ珍しかったのです。
若い世代の教育、伝えることの重要性
Q. グリーン博物館となってから、来場者の態度に変化はありましたか?
確実に変化が見られます。例えば、当館の売店で買い物する人たちへ支払い時に「袋は必要ですか」と聞くと、「プラスチックの袋なら要りません」という声が聞かれるようになりました。また当館では、来場者への「教育」にも注力しています。ワークショップやガイドツアーを開催しており、その中でガイドが我々のサステナビリティにおける取り組みについて趣旨を伝えます。
学生の来場者に対しては、物を廃棄する際の注意点や、オーストリア国内の環境規制について話します。特に、若い世代への説明に注力しています。というのも、当館の来場者の5割は20歳未満の若者や子供だからです。我々の目指すものは、子どもたちや若い世代に環境問題についてこれまで知らなかったことを伝え、示し、興味を持ってもらうことです。例えば、都会には牛を一度も見たことがない子どももおり、自然を知らないで育つ子が大勢います。そのような子どもたちが自然と触れ合い、その大切さを理解することに役立ててほしいのです。
博物館ができること
Q. 気候変動への取り組みについて、博物館のような文化施設が担う役割とは?
エコラベル承認は、これまでは企業を対象としたものがほとんどでした。ただ、常に多様な人が集まる我々のような文化施設と比較した場合、企業が一般の人々にサステナビリティの概念を広めるということは難しい。だからこそ、民間部門だけでなく、文化施設も含め公共部門が全て一体となって、同じ方向を目指す必要があると思うのです。その方向とは、将来に向けた持続可能な開発とは何かを再考することなのです。
館内の中庭の亀が生息する一角
この10年、デジタル化など技術の進歩はあまりにも早く、追いつくことだけに夢中になっています。我々は立ち止まって、自然とは何か、我々はどこから来たのか、について考える時間がありませんでした。当館のような文化施設は、人々に自然とは何か、環境とは何かに興味を持ってもらい、これまで忘れていた我々に必要不可欠なものについて、考えてもらう機会を与えることができると思っています。
そのため、私は他の博物館や美術館にも、当館のような活動を行うよう呼びかけを行っています。文化施設は、事業活動だけでなく、人々の心に何かを訴えかけることも可能です。文化施設に足を運ぶ人の数、特に学校の授業の一環として訪れる子どもの数を考える時、特にその必要性を感じます。子どもたちは、学校の先生や両親に連れられてやって来ます。ある意味強制で、本人の選択ではないかもしれません。でも、少なくとも子供たちが成長した時、あの博物館を訪れたこと、そこで見たこと、学んだことのうち何か一つでも思い出してくれるかもしれない。
国内の文化施設が一体となって、訪れる人々へ同じ方向性を提示すれば、将来を担う世代が、我々人類の生存には環境と自然が不可欠であることを理解できるよう、将来を担う世代へ影響を与えることができるかもしれない。今行動を起こさなければ、気候変動が訪れ、我々はあらゆる災害に直面することになるのです。そうなってしまったら、もう考える機会も行動する時間もなくなるのです。
理想的に聞こえるかもしれません。でも私は少なくともそう信じており、自身に確信がなければ、今回のエコラベル申請も行ってはいないでしょう。
「気候と私」展
携帯電話など、各製品を製造する際に排出されるCO2の量を実際の重さで表現したオブジェ。自分で手に取ってその重みを体験できる
取材の後、Matthias氏に現在開催中の特別展に案内していただいた。「気候と私」と題したこの特別展は、訪れる人へ気候変動によって現在我々が直面している環境問題の提示を行うものだ。なかでも特に炭素排出に焦点を当て、その削減へ向け、日常生活で我々が起こすべき行動について呼びかけるものだ。
今回の特別展には、温室効果ガスについての教育プログラムも含まれているが、Matthias氏によると、開催に当たって懸念もあったという。博物館や美術館に来る人たちは娯楽を求めており、そこにこのような比較的「かたい」テーマの学びの場を設けて、果たして人々の興味を惹くかという疑問だ。そこで、博物館学芸員と協議し、視覚的に人の目を引き、訪れる人が内容に興味を持ってくれるよう、「参加型」の展示にすることを決定した。
特別展の入り口には、大きな地球を模したオブジェが置かれている。来場者が今回の特別展を見て、自分が起こせる行動について緑のカードに記し、それをこのオブジェに貼り付けることができる。「テスラ(EV)を買います」「肉を食べる量を減らします」「菜食主義者になります」などといったメッセージか書かれているカードが見える。また、製品が製造される際に排出される二酸化炭素の重さが金属オブジェで表現されており、来場者は手にとってその重さを体感できる。特別展は非常に人気で、学校の授業の場としても頻繁に利用されているという。
来場者がメッセージを書いて貼る地球型のオブジェ
海洋汚染で被害を受ける動物たちを表現したオブジェ。「実態を理解してもらうには、 視覚的にショッキングなものも必要です」とMatthias氏。
取材協力:NÖ Museum Betriebs GmbH、CEO Pacher Matthias
【参照サイト】Niederösterreichische Museum
【参考サイト】The Austrian Ecolabel
【参考サイト】Österreichisches Umweltzeichen: Eco-Guidline EL200