※この記事は、4月8日、英ガーディアン紙オンラインに掲載されたダニエル・ボフェイ氏による記事を許諾を得て筆者が翻訳しています。

オックスフォードで作られた「ドーナツ」が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延による経済的混乱からアムステルダムを救う存在になりそうだ。

オランダの首都アムステルダムでは、市民の安全を守るために試行錯誤を重ねる一方、市のリーダーらと英オックスフォード大学環境変動研究所の経済学者ケイト・ラワース氏が「ポストコロナ」の世界ではどのように都市を再建すべきか構想していた。

結論はどのようなものなのだろうか。経済成長と需要供給の法則への世界的な執着から脱し、ラワース氏が考案し提唱する、国・都市・人間が地球とバランスを取りながらともに繁栄する「ドーナツモデル」へと移行することだ。

2017年にベストセラーとなったラワース氏の著書『ドーナツ経済学が世界を救う』(河出書房新社)は大きな反響を呼び、イギリスのデイヴィッド・デイヴィス元EU離脱担当相やガーディアン紙コラムニストで環境活動家のジョージ・モンビオット氏の愛読書となった。ちなみに、モンビオット氏はこの本を「成長経済に代わる突破口」と表現した。

ラワース氏の提唱する経済学の「ドーナツ」の内側の円は、国連が持続可能な開発目標(SDGs)として提唱し、世界の政治リーダーたちが目指す最低限の人間らしい暮らしを意味する。食料から衛生的な水・居住環境・衛生・エネルギー・教育・ヘルスケア・男女平等・収入や政治的発言にいたるまで、すべての暮らしを形成するものが含まれ、最低限のニーズを満たすことができずにいる人はドーナツの穴に生きていると表現される。

ドーナツの外側の円は、地球システム科学者らが提唱する環境面での境界を表す。気候・土壌・海洋・オゾン層・真水や豊かな生物多様性にダメージを与えずにすむ境界線で、人間が活動してよいのはこのラインの内側となり、超えてはいけないとされる。

つまり、この内側と外側の円の間のドーナツ部分のおいしいところが、人間と地球のニーズが合致する場所である。

4月8日、このモデルは公共政策の意思決定の前提として正式にアムステルダム市で導入された。このようなコミットメントを発表するのは、都市として世界初となる。

「この経済モデルは危機的な状況に打ち勝つのに役に立つでしょう」そう語るのは、アムステルダム市副市長のマリーケ・ファン・ドーニンク氏だ。正式発表の直前、ラワース氏とともにガーディアン紙のスカイプでの取材に応じた。「(まだまだコロナの影響下にあるというのに、)それが過ぎ去った後のことを今話すのは違和感があるかもしれませんが、私たちは自治体として考える必要があります。安易に同じメカニズムに戻ってしまわないために」

「突然、環境や健康、雇用、住居、コミュニティを同時に心配しなければならなくなったとき、それらすべてに役立てられるフレームワークはあるのでしょうか」

ラワース氏は語る。「あるのです。準備はできています」

前提はシンプルだ。経済活動のゴールは、すべてのニーズを地球環境の許容範囲のなかで満たすこと。「ドーナツ」は実践の場においてそれがどういうことかを示してくれるのだ。

ラワース氏は、このモデルをアムステルダム市の現状に合わせて適用し、どこで人々のニーズが満たされておらず、どこで環境面の一線を超えてしまっているかを表してみせた。それぞれの課題がどのように関連し合っているかも示す。

「これは、ヒッピーのようなスピリチュアルな考え方をしよう、というものではありません」ヴァン・ドーニンク氏はそう話し、市の住宅不足を例に挙げる。

近年、住宅地確保のニーズを満たすことが難しくなっており、市の賃貸住宅居住者のうち約20%の人が家賃の支払い後に生活資金が足りない状況におかれるという。さらに現在、低所得者層向けのソーシャルハウジング(公営住宅)へのオンライン申込みは6万件に上っているものの、そのうちたった12%しか対応できていないのが現状だという。

さらに家を建てることがひとつの解決策になり得るかもしれないが、アムステルダムの「ドーナツ」によると、この地域のCO2排出量は1990年のレベルを31%も上回る。また、62%が建築材料・食品・消費財の市外からの流入からきている。

ヴァン・ドーニンク氏によると、建築業者が可能な限りリサイクルまたは木材などのバイオベースの建材を使用するように市が規制する計画だという。しかし、ドーナツモデルは政策立案者に対して将来を見据えるよう促す。

「住宅価格が高すぎるという状況は、建てられる家が少なすぎることだけが原因ではありません。世界中には投資のための多くの資本が流れていますが、現在、不動産への投資機会は大きいとみなされているため、価格の上昇につながっているのです」

「ドーナツは答えを教えてくれるのではなく、私たちが同じ構造のまま突き進まないための考え方を与えてくれるのです」

(アムステルダム市のドーナツ図は、Biomimicry 3.8、Circle Economy、C40. Photographによる協力を得て、Doughnut Economics Action Labが作成。 Amsterdam City DoughnutのP11に掲載。)

アムステルダム港は世界最大のカカオ豆の輸入港だが、そのほとんどが労働搾取が多くみられる西アフリカからきたものだ。

民間企業であればそのような商品を拒否し、それに伴う経済的打撃を引き受けることは選択肢になりうるが、行政としては難しい判断が迫られる。アムステルダムの5世帯に1世帯は低収入・低貯蓄のため社会保障を受けている現状があるためだ。(筆者注:低価格の商品すべてを排除すると経済的に困窮する人を切り捨てることにつながりうる。)

さらにヴァン・ドーニンク氏によると、新しいビジョンの一環としてアムステルダム港は化石燃料への依存から脱却する方法を検討している。それがより広い議論、すなわちドーナツモデルが他の解決すべき課題を見出す議論につながることを期待する。

「このような広い議論の場ができることで、児童労働やその他の労働搾取により生産された商品が取り扱われる都市でいいのか、ということを話すことができるようになります」

「アムステルダム市のあり方を考えることが、西アフリカの労働者の権利を考慮することにつながると考えたことがある人はどのくらいいるでしょうか。それがこのツールの価値なのです」ラワース氏はそう話す。

両氏は国の行政や国を超えた権力が向き合う必要性があると考えている。ベルギーが新型コロナウイルス感染症によるロックダウン(都市封鎖)に入る直前、ラワース氏はその地で欧州委員会と会合を行い意思表明をした。

ラワース氏は語る。「世界中が(新型コロナウイルス感染症という)ショックと大きな影響を受けています。これは私たちが成長という概念から『繁栄』へとシフトするきっかけとなります」

「繁栄とは、私たちのウェルビーイングが、均衡の取れた状態にあることを意味します。私たちは身体レベルで均衡の取れた状態を知っています。今こそ、私たちが身体と地球の健康を結びつけられる瞬間なのです」

【原文記事】Amsterdam to embrace ‘doughnut’ model to mend post-coronavirus economy

※本記事が取り上げているアムステルダム市のサーキュラー戦略 2020-2025について、Circular Economy Hubでもインサイトとして掲載。こちらで参照いただきたい。