環境に配慮した行動が、必ずしもウェルビーイング向上に繋がらないとしても、あなたは気候変動対策を続けるだろうか。続けるならば、どうコミュニケーションを図るだろうか。

この2つは、どちらも「善いこと」として実現が求められている。しかし、データは社会に難題を突きつける。地球環境への負荷を軽減していくほど、個人の幸福度が下がっていく側面が明らかになったのだ。このジレンマと気候変動リスクを前に、私たちはどう立ち振る舞えばよいのだろうか。

2025年11月25〜26日に横浜で開催されたアジア・スマートシティ会議2025(Asia Smart City Conference / 以下、ASCC)にて、「環境アクションとウェルビーイングの両立」をテーマにしたトークセッションが行われた。登壇者は、スマートシティ・インスティテュート代表理事の南雲岳彦氏、環境省大臣官房総合政策課 環境計画室長の黒部一隆氏、横浜市政策経営局データ経営部データ経営課 担当課長の出口聖子氏、そして横浜市立大学 研究・産学連携推進センター特任講師の雨宮愛理氏だ。

本記事では、国、自治体、アカデミアそれぞれの視点から語られた、環境とウェルビーイングの不都合な現実と、それを乗り越えるためのヒントをレポートする。

目標と現実の乖離。環境負荷と幸福度の負の相関関係

セッションの冒頭、モデレーターを務める一般社団法人スマートシティ・インスティテュート代表理事の南雲岳彦氏は、UNEP(国連環境計画)のレポートやSDGsの進捗データを提示した。各国のデータを分析すると、主観的な幸福度が高い国ほど、気候変動や海洋汚染といった環境に関連するSDGsのスコアが低いという負の相関が見られるというのだ。

つまり、個人の生活満足度が高い国の人々ほど、多くの資源を消費しCO2を排出していると言えるだろう。「頭では環境に良いことをすべきだと分かっていても、実際の行動や心の満足度は必ずしも一致しない」という実情が見えてくる。

南雲氏は、この状況を次のように指摘した。

「人が幸せになればなるほど、地球環境との共生に関わる項目が悪化する傾向があるのです。つまり、頭でわかっていることと、実際に起こっていること、理念と現実の乖離が非常に大きいのがこの領域で、人間と地球のウェルビーイングが二項対立の状況になっているということを表しています」

私たちが目指すべきは、この「二項対立」を解消し、主観的な幸福と客観的な環境評価が調和する状態を実現することだ。しかし、南雲氏が提示したモデルによれば、そこに至るまでには個々人が「課題の重大さの認識」「実行可能性への信頼」「自己満足を超えた社会的な善の実感」といった数々のハードルを越える“障害物競走”が必要になるという。

二項対立の解消は、簡単な道のりではない。現在の“幸せ”を損なわずに環境を守ることは可能なのか。はたまた、現代の“幸せ”自体をアップデートしなくてはならないのか。これは、当たり前とされる社会の指標や、欲との付き合い方への挑戦と言えるかもしれない。

スマートシティ・インスティテュート代表理事 南雲岳彦氏
スマートシティ・インスティテュート代表理事 南雲岳彦氏

迫るインフラの上限から、未来と共有する“身体”としての環境を考える

続いてバトンを受け取った環境省大臣官房総合政策課 環境計画室長の黒部一隆氏は、時間軸の捉え方にも触れながら視点を広げた。現在の私たちが感じる主観的なウェルビーイングだけを指標にすると、将来世代のウェルビーイングを確保する責任が抜け落ちてしまうという懸念だ。

黒部氏は、経済や社会資本、日々のウェルビーイングが「安定した環境」という土台の上に成り立っていると強調する。例えば、日本のJIS規格におけるエアコンの動作保証温度は外気温43℃までだという。つまり、近年の猛暑で気温が上昇し続ける中、あと数度上がれば、私たちの生活インフラは物理的に機能しなくなる恐れがある。私たちが今享受している快適さは、極めて脆いバランスの上に成り立っているのだ。

こうして身近に迫る気候変動の影響の捉え方において、黒部氏は、環境基本計画にも掲載されている「将来世代の視点」を取り入れる重要性を指摘し、人間の身体に例えてこう語った。

「気候変動は、人間の肝臓に例えると、今は肝臓が分解できないぐらいのアルコールを毎日入れているのとほぼ同じです。CO2が増えて地球の身体機能もどんどん弱ってきています。ただ、この気候変動において重要なのは、この肝臓にあたる地球が未来永劫共有されるということなのです」

自分の肝臓が悪化しても、負担を背負うのは自分だけ。しかし、地球環境という「肝臓」は、子どもや孫、まだ見ぬ未来の世代と共有し続ける身体なのだ。

現在の私たちが「安くて便利だから」と環境負荷の高い選択をすることは、未来世代が使うはずだった地球の機能を先取りしてしまっているのかもしれない。黒部氏の指摘は、ウェルビーイングという言葉が「現在の私だけの充足」という独りよがりな意味に陥ることに警鐘を鳴らす。真のウェルビーイングには、30年後、50年後、100年後の地球と人の健康状態を想像する力が不可欠だろう。

環境省大臣官房総合政策課 環境計画室長 黒部一隆氏
環境省大臣官房総合政策課 環境計画室長 黒部一隆氏

手触り感のある「行動の指標」は、環境とウェルビーイングを繋ぐか

では、具体的にどうすればウェルビーイングと気候変動対策が両立する行動を生み出せるのか。横浜市政策経営局データ経営部データ経営課 担当課長の出口聖子氏は、自治体の現場から「指標(KPI)」のあり方について問題提起を行った。

横浜市ではこれまで、温室効果ガスの排出削減量など、科学的だが市民には実感しにくい数値を目標に掲げてきた。しかし、UNハビタットとの連携によるサーキュラーエコノミー推進プロジェクトを通じて、視点が変わったという。排出量という「結果」だけでなく、市民が参加できる「プロセス」や「活動」を指標に組み込むことの重要性に気づいたのだ。

出口氏は、大きな目標と個人の行動の距離感について、次のように述べた。

「例えば、平和の大切さには誰もが共感するけれど、実際には何をしたらいいか分からない。同じように、環境問題も遠い問題のように感じてしまうのだろうと思いました。市民が実感できるような、手応えのある目標とか指標がないと行動変容につながらないのではないかと考えています」

「CO2を何トン減らす」と言われてもピンとこないかもしれないが、「地域のごみ拾いに参加する」「リユース品を選ぶ」といった目標があればアクションに繋げやすい。こうした具体的な活動への参加自体が、人とのつながりを生み、結果として個人の幸福度を高める可能性があると示された。

環境アクションを「我慢」ではなく、地域とのつながりや達成感といった「ポジティブな実感」に変換するには、指標の置き方も重要なのだ。横浜市の試みは、環境とウェルビーイングの二項対立を解くためのヒントとなるだろう。

横浜市政策経営局データ経営部データ経営課 担当課長 出口聖子氏
横浜市政策経営局データ経営部データ経営課 担当課長 出口聖子氏

身体感覚を取り戻す。データと「私」をつなぐ翻訳

最後に、横浜市立大学 研究・産学連携推進センター特任講師の雨宮愛理氏を交えてクロストークのセッションを開催。それぞれの立場から、環境とウェルビーイングの二項対立をどう埋めるかが議論された。

話題に上がった視点の一つが、独りよがりになりがちな主観ではなく客観的なウェルビーイングを測るための環境指標について。未だ確立した指標はないものの、海の状態を海だけでみるのではなく「海と山の健全性を繋げて測ること」や、一つの自治体ではなく「川で繋がる上流から下流への流域単位での循環を測ること」などがより客観的な指標のアイデアとして挙がった。

また一方で、気候変動やサーキュラーエコノミーといった大きな視点を、生活レベルで感じ取る仕掛けも必要である。雨宮氏は、健康に影響する環境の変化が特に「じぶんごと」として捉えるきっかけになると指摘した。

「健康の指標などは、比較的自分で感じやすいものだと思っています。例えば、暑くなると身体的に辛さを感じやすいのは、やはり自分の身体だからですよね。これは主観的かもしれないんですが、自分で今感じられる指標も大事ではないかと思います」

環境にもウェルビーイングにも、目的に応じた多様な指標が必要であることが見えてきた。気候変動においては、熱中症の危険を感じて身を守るように、地球環境の危機も肌感覚として捉えられるような「翻訳」が必要なのかもしれない。一方ウェルビーイングにおいては、将来世代や生態系を考慮した時間軸を重視していく必要がある。

南雲氏は最後に、「敵は人間の脳かもしれない」と述べた。遠い未来や見えない脅威を直感的に恐れることは難しい。だからこそ、データを「体感できる痛み」や「実践できる喜び」に変換する工夫が求められているのだ。

横浜市立大学 研究・産学連携推進センター特任講師 雨宮愛理氏
横浜市立大学 研究・産学連携推進センター特任講師 雨宮愛理氏

編集後記:想像力という名の処方箋

「幸せになるほど地球に負荷を与える」という現代社会の矛盾。これは、単に環境負荷を軽減するテクノロジーの不足を意味するのではない。そもそも、幸せが何に紐づいているかという価値観の問題にも帰着する。

ウェルビーイングは変動的だ。時代や個々人が何を幸せとして定義するかによって、環境負荷とウェルビーイングの相関も変わるだろう。つまり今回のデータが示すのは「“現代社会の幸せ”が環境負荷のもとで成り立つ」ということ。

だからこそ、今回のセッションで見えてきたのは、人間が本来持っている「想像力」への期待だった。

未来世代と共有する身体としての地球を想像すること。
今享受している幸せの定義と向き合い、再評価すること。
そして、数字で表現されるデータの裏にある痛みとして感じ取ろうとすること。

気候変動対策とウェルビーイングの両立は、決して自然に起こるものではない。私たちが意識的に「障害物競走」に挑み、想像力を働かせ続けた先にようやく現れる、新しい時代の豊かさの形であるのかもしれない。

【参照サイト】アジア・スマートシティ会議2025 | ASCC