セーヌ川のすぐそばを自転車で走る人、公園で何もせず、ただただのんびりとくつろぐ人々。通りに面したカフェでは、雑談が弾む。そんな風景が織りなすのは、フランスの首都、パリだ。
Photo by Erika Tomiyama
パリは、2018年にサーキュラーエコノミープランを発表し、官民の連携による実行を進めてきた。2021年に発表された更新版には、2024年までに市内で廃棄物の削減を目指すことや、地域経済の発展など様々な施策が含まれている。フランス全体では、世界で初めての「食品廃棄禁止法」や「食品以外の売れ残り製品の埋め立てや焼却を禁止」などを定め、廃棄物政策の面では世界でも類を見ない厳しい規定として大きな話題になった。
サーキュラーエコノミーを進めながらも、そもそもの資本主義の限界や資源の枯渇に対処するため、地球の限られた資源の範囲内で全ての人々の社会的公正を実現する動きも近年注目されている。そうした動きの一つであるのが、「脱成長」だ。そんな脱成長運動の発祥地でもあるフランスのパリで暮らす人々の根底には、どのような思想があるのだろうか。パリの街をつくり上げているのは、一体どのような人々なのか。そんな問いを探求するために開催したのが、欧州視察ツアー「Beyond Circularity 2023」だ。
IDEAS FOR GOOD/Circular Economy Hub編集部の欧州在住メンバーによる事業チーム「ハーチ欧州」と、サステナブルな旅を届ける株式会社ジャパングレーラインの共催で、サーキュラーエコノミー先端都市と呼ばれるロンドン・パリ・アムステルダムを巡るツアー「Beyond Circularity 2023」を開催した。世界的に注目されている経済・社会概念である「サーキュラーエコノミー」。世界に先駆けてサーキュラーエコノミーの実践を進めてきた欧州では今、どんな議論が繰り広げられているのか──そんな現地のリアルを、五感で体感した8日間の旅だ。本記事は、「Beyond Circularity 2023」のうち、パリに焦点を当てていく。
パリで訪れたのは合計7団体。欧州一量り売りのお店が多い街で市場の土台を作るイニシアチブや、サーキュラーエコノミーに特化したデザインスタジオなど企業を動かすアクセラレーター的存在の団体。また、欧州最大の屋上都市農園や、移動ができる設計のノマドレストラン、サステナブルなスニーカーブランドなど企業としてユニークかつ魅力的な方法で人々を巻き込む人々。
さらに、「脱成長」の研究を行うシンクタンク、パリで環境意識の高い人々が集まるサードプレイスを作る社会的連帯企業など、新しい経済や社会的公正を実現しようとする人々から話を聞き、新たな概念に悩んだり、立ち止まったりしながら「本質的なサーキュラーエコノミー」とは一体なにかを考えた。
本記事では、Beyond Circularity 2023のパリ編の中で編集部が見たものや感じたことを綴っていく。この旅の視点が、みなさんの活動のインスピレーションとなれば幸いだ。
目次
第一部:「市民」がつくる、フランスのサーキュラーエコノミーの土台
法整備では他国を牽引するフランス。その成果をつくりあげてきたのは、市民だ。たとえば2021年に可決されたフランスの「気候とレジリエンス法」は、くじ引き型の民主主義とも呼ばれ、ランダムに選ばれた150人の市民からなる市民の気候会議(CCC)が提案した146の提案の結果でもある。
たとえばこの法律では、「2030年までに、全てのフランスのスーパーマーケットは、店舗全体の20%以上を食品の量り売り(バルク販売)のスペースとすること」が義務付けられている。「市民からの提案」だからこそ、その内容は生活に根付いており、変化の大きいものが多いのだ。
欧州一量り売りのお店が多いパリ。その裏側を「Packaging-free Network」に聞く
包装なしで、自分が欲しい量だけを購入できる、量り売りのお店。パリの街を歩くと、そのお店の多さに驚く。そんなパリの量り売り市場を推進するのが、「Packaging-free Network(パッケージング・フリー・ネットワーク)」だ。同団体は、フランスで広がるゼロウェイストムーブメントの火付け役となった非営利団体「Zéro Waste France」の支援を受け、2016年に設立された。
「包装の廃棄物だけではなく、同時に食品廃棄物も減らしたい」。同団体の理事長を務めるCeliaさんはこう語る。
「商品といえばすでに決められた量があると思い込んでおり、60年以上もの間、私たち消費者は商品の“量”を選んできませんでした。“選ぶ”ことに慣れていない私たちは、どの程度の量が自分に合っているのかもわからないのです。量り売りは、ガソリンスタンドのように少量だけ買って試すことができたり、予算をコントロールしやすかったり、自分が使いたいものを選んだりすることができます。さらに、消費者が量を選べるので、『もっと買わせよう』といった、マーケティングがないことも魅力です」
Packaging-free Network理事長のCeliaさん
Celiaさんは、量り売りを浸透させるのに必要なことはまず、「市場を構造化すること」だという。つまり、量り売りが普及するためには、それを可能にするためのルール作りや、量り売りの商品を提供する生産者やサプライヤーを見つけるなどの活動が必要不可欠だと言うことだ。
Packaging-free Networkは、実は前述した「気候レジリエンス法」の量り売り設置に関する規則のロビー活動をした団体でもある。
また、小売店の教育として量り売りの見本市を2日間にわたって毎年開催。この見本市では、量り売りで購入ができる生産者やサプライヤーを見つけることができ、市場を発展させる役割を担う。
Packaging-free Networkの参加企業は現在1,500社。パリ11区にある量り売りのお店「TOUTBON(トゥボン)」もその一つだ。オーナーは、「お客さんの大半は近所の人。量り売りだから不便という声はなく、ここでの買い物が心地よいと言ってくれます」と話す。
店内の量り売りの買い方はとてもわかりやすい。一度に量が大量に出過ぎない設計で欲しい量を買いやすく、通常であればパッケージに記載されているような情報はQRコードに集約。「もっと知りたい人」は、このQRコードを読み取ることで商品情報にアクセスできるのだ。季節もののパッケージデザインがされた商品が、そのシーズンをすぎることで、食品ロスになる可能性も防げる。
Packaging-free Network参加企業TOUTBONのオーナー。商品情報が記載されたQRコードを読み取る様子。
どんなものにも、進んでいる理由がある。フランスでは、洋服や食品の廃棄禁止令や、コンポストの家庭での義務化(2024年から)など、他国と比べると法規制で進んでいる面が多い。そうした背景にあるのが、こうした市民主体の団体や企業の「声」なのだ。
企業がサーキュラーエコノミーに取り組むためのヒントは?「Circulab」
フランス初のサーキュラーエコノミーに特化したデザインスタジオ「Circulab(サーキュラボ)」。22か国、100人以上のサーキュラーエコノミーの専門家であるデザイナー、コンサルタント、トレーナーなどのコミュニティをつくり、それを通じて企業や自治体のコンサルティングおよび設計サービスを提供している。
「私たちの使命は、人間や都市、生物多様性にポジティブな影響を与えること。そして私たちは、経済活動がその推進力になると確信しています」
Circulab代表のJustineさん
Circulabが取り組むプロジェクトはさまざま。パリ市との使い捨てプラスチック段階的廃止のロードマップ構築や、企業の経営層を対象にした循環型のビジネスモデルのトレーニングなども行う。
Circulabの特徴は、自然からインスピレーションを得たアプローチにより、バイオミミクリーなどの手法をプロセスに取り入れている点だ。組織がビジネスモデルやプロジェクトを再考し、長期的な影響を生み出すことを支援するために、Circulabによって作成された独自のツール「Circular Canvas」を使用。システム思考により、経済的実行可能性やエコシステム、持続可能性のバランスを見つけることができる。
※Circular Canvasは、日本語でもダウンロード可能。
「サーキュラーエコノミーを推進するときには、『サステナビリティ』という言葉はあえて使わないようにデザインしています」それが、Circulabの考え方だ。
「サーキュラーエコノミーのプロセスにはさまざまなステップがありますが、循環させること自体が目的ではありません。人々が楽しむことができるという基本的なニーズに答えることが大切です」
企業や自治体、学生など幅広い層の思考を変えるCirculabの取り組みには、サステナビリティを推し進めるために大切なヒントが詰まっていた。
第二部:人々の五感に触れ、心地よいサステナビリティをつくる企業
パリで生活していると、「サステナビリティ」や「SDGs」などの言葉を見かけることは少ない。それは人々が、そうした「言葉」ではなく、「実感値としての心地よさ」を大切にしているからなのかもしれない。
欧州最大の都市農園「NATURE URBAINE」で学ぶ、都市の生物多様性
パリ15区にある、巨大な見本市会場「ポルト・ド・ヴェルサイユ」の建物のうちの一つの屋上にある、「NATURE URBAINE(ナチュール・ユベンヌ 以下、NU)」には、欧州最大の屋上都市農園がある。採れた野菜は近隣のレストランやスーパーマーケット、社員食堂にも販売。近隣のレストランで、NUで採れた野菜を味わった後、農園を訪問した。
14,000平米という広大な屋上を活用してできた農園は、ただ巨大なだけではない。その特徴は、テクノロジーである。「エアロポニックス」や「ハイドロポニックス」と呼ばれる、土を使わない水耕栽培・空中栽培を行うことで、通常の農業のおよそ10%の水の量で作物を育てており、無駄をなるべく出さない農法を実践。また、都市で出た廃熱や、有機廃棄物など不要なものを循環させている。さらにNUではパリ近隣の人々に向けてシェア畑のレンタルも行っており、庭師からアドバイスももらえる仕組みを導入。コロナ禍ではその全ての区画が埋まっていたという。
農園を案内してくれたNUのFloreさん
「北フランス出身で、伝統的な農場で働きたかった私は、最初はこうしたテクノロジーを使った生産には反対でした。一方でフランスの農業は労働環境などで複雑な問題を抱えており、私はNUで『都市における解決策は何か』に注目しました。完璧であるとはいえないかもしれませんが、ひとつの代替案であるともいえます」
農園について学んだ後、ツアーでは「シードボール」づくりを体験。シードボールとは、種子、粘土、良質な土を混ぜて作る小さな球状のもので、都市環境に植生を導入するためのツールだ。これらの球体を適切な場所に投げ込むことで、種子は発芽し、花や他の植物が生えてくる。荒れ地や放棄された土地などに緑を戻すためのゲリラガーデニングの手法としてよく使われる。
「今日、皆さんはグリーン・アーミーになります」と、Floreさんは私たちに向かって微笑んだ。
シードボールをつくるワークショップ
「グリーン・アーミーには3つの目標があります。第一に、このシードボールで生物多様性を増やすこと。鳥のために特別に作られた種によって鳥や昆虫が増えます。第二に、都市が抱える暑さや汚染を解消すること。この農場がそうであるように、植物には都市をリフレッシュさせる力があります。第三に、都市景観を保つことです。あなたは灰色の壁を見たいですか?私は、花を見る方が好きです」
実はシードボールの概念は、日本の農学者である福岡正信氏(自然農法・無農薬栽培の提唱者として知られている)によって広く普及したものなのだという。パリでよく見かけるこのシードボールの発祥が、日本の農学者だったというのも面白い。
季節ごとに美しい景色を目指して移動する。ノマドレストラン「Ventrus」で心地よさを体感
美しい運河で人々を魅了する、パリのラ・ヴィレット公園。その公園の中には、一風変わったレストランが佇む。
Ventrus
実はこのレストラン、一週間で組立てや解体ができ、移動ができる設計。「眺めの良い場所にレストランをつくる」という考えによって、人々の感性を刺激し、風土やその土地の個性を意味するテロワールを大切にしているレストランなのだ。
このレストラン「Ventrus(ヴェントス)」は、何年も世界を旅した創業者のGuillaume Chupeauさんによってうまれたレストランだ。Guillaumeさんは、このレストランを3つの言葉で言い表す。
ロケボア(Locavore): 「地産地消」「ローカルフード」
慈悲深い(Bienveillant): 「思いやりのある」「環境に優しい」
遍歴的(Itinérant): 「移動式の」「巡回する」
「きれいな景色を見て、地域を想いながら五感を使って食べるレストランが、環境を汚す場所であってはならない」。Ventrusは、その明確なコンセプトに基づいている。
Ventrusがある、ラ・ヴィレット公園の前を流れる運河。自由に移動できるノマドレストランがこの場所を選んだのも頷ける景色 Photo by Erika Tomiyama
降り立った地域に根ざすVentrusは、地元の生産者から食材を仕入れており、パリ市内の都市農園でできた作物を味わうことができる。また、廃棄物ゼロのポリシーに基づき、食材をそのまま使用することへのこだわりも。レストランで出た生ごみは堆肥化してパリ市内の農園で使用、エネルギーも独自に生産するなど、循環の仕組みを取り入れている。メニューは3週間毎に変わり、季節の食材が取り入れられているので、何度行っても楽しめるレストランだ。
Guillaumeさんは、この「ノマドレストラン」のアイデアを「クレイジーだ」と自身でも笑うが、その笑顔からはレストランを愛する気持ちが伝わってきた。「“心地よさ”や“美しさ”を追求した先にあったのが、サステナビリティだった」。綺麗な景色を見て心から美味しいと思える料理を食べながら、そんなメッセージを受け取った。
当日、お店のコンセプトを説明してくれた、創業者のGuillaume Chupeauさん
「広告費ゼロ」でも大人気。フランス発のサステナブルなスニーカー「VEJA」
パリの人々のファッションでよく見かけるのがスニーカーブランド「VEJA(ヴェジャ)」だ。驚くのは、広告費がゼロであるということ。VEJAは、どのようにして消費者とコミュニケーションをとっているのだろうか。パリ10区にあるVEJAの新オフィスを訪問し、コーポレートコミュニケーションを担当するBruneとAliceの二人に話を聞いた。
VEJAシューズ。「V」のマークが目印。
VEJAは2005年以来、社会的プロジェクト、経済的公正性、エコロジーな素材をスローガンにスニーカーを作り続けている。スニーカーの素材には、ブラジルとペルーのオーガニックコットンやアマゾンのゴム、そしてリサイクルプラスチックボトルやリサイクルポリエステルから作られた素材を使用。そのすべてがフェアトレードだ。
また、VEJAのヨーロッパの店舗と電子商取引の物流は「Log’ins」というソーシャルインクルージョンを大切にする企業によって管理されており、長期失業者や障害者、または社会的・経済的困難を抱えている人々などに労働市場に参入するためのトレーニングや支援が提供されている。
「広告費をゼロにすることで、フィクションではないリアリティに投資をしています。それによって、生産者に適切な賃金を支払いながらも他の大手競合ブランドと同じ価格を実現することを可能にしているのです」
VEJAの数値
創業から18年、すでに400人以上のチームメンバーを抱えるVEJA。その特徴は、企業の成長ペースを考慮していること。社員のウェルビーイングにも配慮しながら、快適に働けるペースを保っている。「これだけ大きな企業になっても代表との距離は近い。また、残業なども少なくのびのびと働いている」という話が出たのも印象的だった。これができるのは「VEJAが投資家のいない、完全に独立した企業」であるからだという。
成長しようと思えばもっとできた。だけど、VEJAはその道を選んでいない。そこから私たちが学べることはなんだろうか。
VEJAのコーポレートコミュニケーションを担当する二人。Brune(左)とAlice(右)
第三部:無限の成長を追求する資本主義に代わるものとは?
フランスは、行き過ぎた利潤の追求による弊害をなくし、民主的な運営により、人間や環境にとって持続可能な経済社会をつくることを目的とする「社会的連帯経済(économie sociale et solidaire: ESS)」が古くから発展している。2014年には社会的連帯経済担当大臣が任命され、市民が社会的な経済活動を行うための法整備が進む。
「人々の暮らしの質を高めるには、経済活動への市民の民主的な参加が必要」という哲学に基づき、いまや社会的連帯企業はフランス全体のGDPの10%、雇用の10.5%(民間雇用の12.7%)ほどを担う、フランス経済にとって重要な役割を担うものとなっている。
英米型のソーシャルビジネスとは異なり、社会的連帯経済は貧困や格差解決のために、市民や多様なステークホルダーの参画を推進する、民主的なガバナンスであることが特徴だ。こうした市民間の社会的なつながりを重視するパリでは、「ローカル」はひとつの大きなキーワードとなっていた。
パリで社会的インクルージョンを促進するサードプレイスを生み出す社会的連帯企業「Sinny&Ooko」
パリで「心地よい空間」と感じる多くの場所を手掛けているのが、サードプレイスを生み出す社会的連帯企業「Sinny&Ooko(シニーアンドオーコ)」だ。同社の目的は、放棄された都市部を再生し、社会的インクルージョンを促進するサードプレイスをつくること。今回ツアーでは、その同社が手がけたサードプレイスの一つ、環境配慮方複合施設「La REcyclerie(ラ・ルシクルリ)」を訪れた。
廃線になった駅の校舎をリノベーションして作られたLa REcyclerieは、パリ18区のクリニャンクールという、経済的に豊かではない人々も暮らす郊外の街にある。
「La REcyclerieができた10年前は、都市部であってもこうした庶民的な地区でサードプレイスをつくるという試みは斬新なことでした。けれどそういう場所で環境問題について話し、興味のない人の意識を高めていくことに意味があると感じ、この場所を選んだのです」と、コミュニケーション担当のMargotさんは言う。
La REcyclerieでは、食事をする人、休憩する人、友人との時間を楽しむ人、仕事をする人など、多様な人が集まる。
季節の食材を提供する食堂スペースや修理ができるDIYスペース、近隣住民が生ごみを持ち寄りコンポストができるシェア農園など、多くの機能を備えているLa REcyclerie。この多様なビジネスモデルが重要なのだと、Sinny&Ooko創業者のStéphane Vatinelさんは言う。
「大切なことは、私たちは何かのエキスパートになろうとしているわけではないということ。一人でも多くの方々が、カフェに来てみようと思ったり、修理をしてみようと思ったり、コンポストに生ごみを入れようとここに足を運んでくれる。その人がまた次の人を呼んでその輪が広がっていく。いろいろなプロジェクトがありますが、一つのプロジェクトを極めることには関心がありません。今年間20万人の人がLa REcyclerieを訪ねてくれていますが、もしイベントだけをやっている場所だったら、5万人で止まっていたかもしれませんね」
La REcyclerie Sinny&Ooko代表のStéphane Vatinelさん
いま、世界が進めているグローバリゼーションによってうまれた課題の解決策が、サードプレイスなのではないかと話すStéphaneさん。
「グローバリゼーションによって、先進国にいる私たちは莫大な富を手に入れました。しかし、これらはエコロジーや貧困問題に目を向けられないシステムです。アフリカやアジア、南米の国は貧困のままで格差はどんどん広がるばかり。私たちは、先に行くことばかり急いでいませんか?」
Sinny&Ookoは、それに相対する形で「ローカル」を大切にしている。自分たちの足元や、地域を見直すサードプレイスに希望を感じ、サードプレイスを生み出す学校「CAMPUS DES TIERS-LIEUX」などを通して、人々にナレッジを広めているのだ。
社会的連帯企業の特徴でもあり、Sinny&Ookoが大切にするのは、常に「従業員みんなで話し合って決めること」「収益をみんなで配当すること」「ミッションを持つこと」。“急ぎすぎない”彼らが作り出すLa REcyclerieという空間の心地よさを感じながら、「私たちが守らなければいけないもの」に想いを馳せた。
▶︎参考記事:格差の大きなパリで、みんなにエコ習慣を。まちに開かれた実験場「ラ・ルシクルリ」訪問記
ポスト成長社会に関する研究所「Institut Momentum」に聞く、「脱成長」の背景にある思想
「脱成長」と聞くと、反テクノロジーや不況をイメージする人もいるかもしれない。脱成長とはもともと、環境問題や社会的公正性に対する懸念から、製品主義と消費主義に対する批判として発展したものだ。
この脱成長の概念が、複雑な問題を生み出している資本主義社会をより良くするためのヒントになりうるとして、ツアーでは脱成長の概念を研究するフランスのシンクタンク「Institut Momentum(アンスティチュ・モメンタム)」を訪問した。
2011年に設立されたInstitut Momentumは、産業社会の問題と脱成長についてのアイデアを提供。人間が地球の生態系に与える影響「人新世」とその解決策についての研究を行っている。
ディスカッションは、パリのエコ地区といわれるLa halle Pajol(ラ・アル・パジョル)で開催。
Institut Momentumを立ち上げた一人である、建築家・造園師・教師であるChristophe Laurensさんと、オルタナティブ都市を研究しているSylvie Decauxさんの二人に脱成長がフランスで広がった経緯とその広がりについて話を聞いた。
「Institut Momentumは東日本大震災と福島の原発事故後に設立されました。そのタイミングは偶然ではないと私たちは思っています」(Christopheさん)
Institut MomentumのChristopheさん(左)とSilvyさん(右)
2002年にユネスコで開催された学会のテーマ「発展を止める。世界を作り直す」。そこから脱成長ムーブメントが活発になり、フランスを中心に広がった。
「新聞や雑誌で取り上げられるようになり、フランスのリヨンで出版されている『Silonce』という雑誌では脱成長がキーワードとされてきました。20年前から、パリの駅のキヨスクですら脱成長を掲げる新聞が置かれています」(Silvyさん)
Silonce
Christopheさんは「脱成長は経済的な思考の話だけではない」と話す。「世界的な経済成長は想像上のことでしかないという批判的な思考です。脱成長運動は、経済成長の必要性を問い直し、持続可能な社会を目指すもの。自給自足や地産地消、人との絆を重視し、社会の平等や社会正義を追求しているのです」
一方で、企業側からすれば「脱成長」というワードをすぐに受け入れるのは難しいかもしれない。「なぜ“脱成長”という言葉を選んだのか?」という参加者からの質問も。それに対してChristopheさんは「挑発的な意味を込めている」と答える。そうすることで、人々の議論を促しているのだ。
「もともとは『持続可能な開発』という言葉を使っていました。成長や開発を語る有耶無耶さに対して、そうではないことを突きつける意味で使われています。他にも『パフォーマンスを求める社会から耐久性を求める社会へ』などと思考の言い換えもされています」
また、東洋の哲学や考え方は脱成長に大きなインスピレーションを与えたという。Christopheさんは、日本の生物学者である今西錦司から今の活動の影響を受けているのだと教えてくれた。今西錦司は、生物は互いに競争するのではなく、棲む場所を分け合いそれぞれの環境に適合するように進化していく「棲み分け理論」を唱えた生物学者でもある。
日本でも斎藤幸平氏などを筆頭に議論されている「脱成長」の概念。参加者からは、「頭がグルグルしたが、テーマとしてもっとも興奮した」「経済の状況や文化や政治、エネルギーや食糧自給率などフランスという国の前提があっての話ではないか」などの声も。Institut Momentumとの議論は、改めて日本に適する成長のあり方を考える場となった。
編集後記:フランスの人々から学ぶ、「節度のある豊かさ」
NUやVentrus、Sinny&Ookoのように自分たちの足元にある「ローカル」を大切にすること、そしてPackaging-free NetworkやCirculabのように、市民が「つながり」ながら声を上げ、国や企業に働きかけていくこと、VEJAのように「スロー」な成長ペースを保つことで企業としての耐久性を維持するなど、資本主義の波に飲まれぬよう、それぞれが大切にしたいものを意思を持って守り抜いていたパリの人々。
そこで思い出したのは、「節度のある豊かさ(abondance frugale)」という概念だ。「脱成長」の軸となる価値観であり、フランスの哲学者Serge Latouche(セルジュ・ラトゥーシュ)氏が提唱したもので、生活の質や人間のウェルビーイングを重視し、物質的な過剰や消費主義から離れたシンプルで持続可能な生活を追求することを意味するものだ。今回の訪問先では、会話の節々から、そうした要素が垣間見えたように思う。
今回のツアーの訪問先や、最後に紹介した「社会的連帯経済」や「脱成長」の思想が、「正解」や「目指すべき姿」であるわけでは決してない。パリの人々も口を揃えて言っていたのが、「世の中の課題は複雑で、これが正解だとは限らない」ということだ。
だからこそ、訪問先の人々が「あなたたちのことを知りたい」「日本ではどうなのか?」と、耳を傾けてくれたように、外の人々と「対話」し、自分なりの視点で世界を見ること。そしてその中で見つかる「自分自身が信じたいもの」や「大切にしたいもの」を守っていきたい、そう思った旅だった。
Photo by Masato Sezawa
【参考文献】「社会連帯経済と都市ーフランス・リールの挑戦ー」(ナカニシヤ出版)
【参考文献】「脱成長」(白水社文庫クセジュ)
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※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。