英国のトースト・エールは、ビール愛好家の間でそのクオリティが高く評価されている注目のクラフトビール醸造会社である。
同社が注目されている理由は、ビールの美味しさの他にもう一つある。トースト・エールという社名は、廃棄されてしまうパンの耳やパンくずを原料としてビールを醸造していることが由来で、同社は社会・環境にポジティブな影響を及ぼす社会的企業として注目されているのだ。公益性の高い企業に与えられる国際認証「B Corp(B Corporation)」も取得済みだ。
株主に社会貢献へのコミットメントを求めるEquity for Good
そんなトースト・エールは、2022年12月に世界最大規模のNPOであるナショナルジオグラフィック協会、世界第2位のシェアを持つビール会社ハイネケンなどを引受先とする第三者割当増資(※1)を行い、200万英ポンド(約3.3億円)を調達した。巨額のマネーが行き交う資本市場でこの小さな資金調達が話題となった理由は、同社が“Equity for Good(エクイティ・フォー・グッド)”と呼ぶ投資モデルにある。
※1 会社の資金調達方法のひとつ。株主であるか否かを問わず、特定の第三者に新株を引き受ける権利を付与して行う増資のことをいう。
トースト・エールは今回の増資にあたり、保有期間中に生じた余剰収益は配当金ではなくチャリティに用いること、株主は保有株式の売却により得たキャピタルゲイン(※2)の一定割合を社会的企業やインパクト投資ファンドへの再投資または慈善団体等に寄付することなどを条件とした。この仕組みが同社の投資モデル「Equity for Good(エクイティ・フォー・グッド)」だ。
※2 株式や債券など、保有している資産を売却することによって得られる売買差益
通常のビール製造に必要な麦ぬかの代わりにトータル・エールはパンの耳やパンくずを使うことで、CO2の排出量削減、水資源の節約に貢献している。同社は、このようなビジネスへの投資により株主が得た利益が、社会や環境に悪影響を与えることに使われては元も子もないと考えた。英語の「for good」という表現は、「良いことのために」という意味を持つと同時に、「永久に」という意味もある。
なかには当然、こうした余剰収益が配当金ではなくチャリティに用いられることなどを飲めない投資家もいるであろう。そうした意味で、資金調達側がその企業のパーパスに真に共感する投資家を選んでいるともいえる。
「新しい資本主義」で注目されるベネフィットコーポレーション
日本でもこうした動きはあるのだろうか。岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の目玉政策の一つに、欧米で広がりつつあるベネフィットコーポレーションの日本版の導入がある。
ベネフィットコーポレーションは、パブリックベネフィットコーポレーションとも呼ばれ、米国の半数以上の州やフランス、イタリアなどで法制化されている企業の一形態である。一般的な企業が株主利益の追及を一義的な目的としているのに対して、ベネフィットコーポレーションは、従業員、顧客、取引先やさらには社会全体を含むステークホルダーへの貢献をその存在目的とすることを定款等に明記している。
トースト・エールのEquity for Goodが、株主との契約により事業の公益性の追及を確保しようとするのに対し、ベネフィットコーポレーションは企業の存在目的自体に公益性がビルトインされている点で異なる。
Equity for Goodが示す企業の社会課題解決への貢献の可能性
前述のとおり、ベネフィットコーポレーションを設立するにはその国・地域に法令があることが前提となる。日本のような法令がない国で公益性の高い事業をする場合は、社団法人や財団法人、あるいはNPOという形態をとるのが一般的だ。これらの組織形態は税制面のメリットがある一方、企業が株主に行う利益還元ができないことから、大規模な資金調達ができないというデメリットがある。
資金調達ができなければ設備や人材、研究開発への投資もままならず、せっかくの素晴らしい事業も規模の拡大が難しくなる。この問題への一つの解がトースト・エールのEquity for Goodだ。同社はこれまでに約260万枚のパンを原料に活用してきたが、Circular Onlineのインタビューで「今回の増資により『10億枚のパン切れを活用する』という目標に向けて、我々の社会的インパクトを格段にスケールアップすることができる」
と述べている。
ビジネスで社会を変えようとする企業、投資を通して社会を良くしたいと考える投資家。その両者をつなぐのが投資モデルとしてのEquity for Good。トースト・エールの事業展開とともに、この投資モデルが資本市場に普及していくかどうかにも注目だ。
【参照記事】英ビール醸造所の投資モデル「Equity for Good」に見る、企業と株主の新しい関係性
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。