新生活が始まる春。最近は日本でも家電のサブスクやレンタルのサービスが増え、新品の家電一式を揃えてお引越しというおなじみのスタイルに新たな選択肢が加わりつつある。そんな家電の「PaaS(製品のサービス化)」ビジネスをオランダでいち早く創業したベンチャー企業のHomieは、環境配慮型への行動変容を促す製品・サービスのあり方という研究テーマをビジネスモデルに落とし込んで実践している企業でもある。蘭マーストリヒト大学教授で同社の共同創業者のナンシー・ボッケンさんに、事業の現在地やサーキュラーエコノミーに関わるテーマでの起業に際して留意すべきことなどを聞いた。

ナンシー・ボッケン(Nancy Bocken)さん
マーストリヒト大学・マーストリヒト持続可能性研究所(MSI)教授。専門はサステナブルビジネスとサーキュラーエコノミー。現在欧州委員会の研究機関ERCの研究プログラム「Circular X」 を主導し、日本を含む各国の循環型ビジネスモデルの実験を行っている。Homie共同創業者として、ビジネスモデルへの助言などをしている。

 

サーキュラーエコノミーを概念から実践へ

Homieは2016年、蘭デルフト工科大学発のスピンアウトベンチャーとして創業。ボッケンさんは当時、同大学の研究グループに属しながらサステナブルビジネス関連の講義もしていたが、ある思いを抱き始めていたという。

「サステナブルとされるビジネスモデルの多くは概念的ですが、実際のところ機能するのか確かめたくなったのです。そのためには、人々が日常的に使うモノやサービスで実証するのが良いのではないかと思い、家電を取り扱うことにしたのです」

ボッケンさんたちは、数ある家電の中でも特に、洗濯機を取り扱うビジネスモデルを検討することに。洗濯機は水も電気も使用する点で、サプライチェーン全体における環境負荷が他の家電よりも大きい。とりわけ、欧州では洗剤が溶けやすい温度に洗濯水を加温するため、消費者に環境配慮への行動を促す上でも象徴的な家電製品だ。

既存の論文などを調べてみると、洗濯機を含む家電製品の新たなビジネスモデルに関する研究は少なく、そうしたビジネスモデルがどの程度環境負荷を低減するのか計算された研究もほとんどなかった。このため、消費者の行動によって洗濯機の使用過程での環境負荷も低減できるサービスを構築する必要があるとボッケンさんたちは考えた。

「産業生態学が専門のアーノルド・タッカー氏は、2004年の時点で利用回数制課金モデル(pay per use)がサーキュラーエコノミーを促進すると論じていました。しかしそれだけではなく、インパクトをもって消費者に受け入れられるようにするにはどうすべきか考え、行動経済学のナッジ理論なども勉強しました」

その後、利用回数制課金モデルによる洗濯機のPaaSビジネスとしてHomieをスタート。最初は市販の洗濯機を提供する形で事業を運営していたが、その後消費者の利用状況を把握できるシステムを装備した洗濯機を開発した。

「洗濯機から使われ方をトラッキングできるよう、機器のメカニクスとクラウドシステムが機能するか実験しました。大学に洗濯機5台を送ってもらい、課金モデル用に改造した上で、友達や同僚に使ってもらって実際に機能するか確かめました。その成果を踏まえてオランダ政府からビジネスモデル開発実証のための助成金を受けることができ、非常に助かりました」

こうしてHomieの骨格となるサービスの概要が完成した。利用者の洗濯データを分析し、利用者にとってもっとも環境への負荷の少ない洗濯方法を専用アプリ「Homie App」を通じて提示。洗濯回数が少なく、洗濯水の温度が低いほど料金が安くなるというインセンティブを設けたことで、利用者の環境配慮行動を促す仕掛けを盛り込んだ。

その結果、1カ月あたりの洗濯回数は欧州平均の13.5回に対してHomie利用者は12回に、洗濯水の温度も同43度に対してHomie利用者は月を追うごとに38度にまで下がり、全体としてエネルギー使用量を25%削減できたのだという。

Homieのビジネスモデルは利用者の習慣を変え、環境への負荷を抑える行動を生んでいるのだ。

学生向けに洗濯機のレンタルを訴求したイメージ(Homie提供)

サーキュラースタートアップの継続に必要な3つの視点

Homieは現在、オランダを中心に洗濯機のほか冷蔵庫や掃除機、電子レンジ、アイロン、コーヒーメーカーにもサービスの幅を広げ、5000人超の登録ユーザーを持つまでに成長している。スタートアップとして立ち上がった当初から現在に至るまでどのようなことを意識しながらサーキュラーエコノミー型のビジネスを運営してきたか話を聞いていくと、サーキュラースタートアップの継続に必要な3つの視点が浮かび上がってくる。

1. サステナブルかつサーキュラーな製品・サービスを手ごろな価格で

Homieが実施した利用者インタビューによると、コア利用者層である30~50代女性はサステナビリティへの意識が高いとともに、価格にも敏感なこと明らかになっていた。このため、同社としてはサステナビリティを追求するのはもちろんのこと、さらにサーキュラーエコノミーの要素を盛り込んで、利用者からも支持されるビジネスモデルを構築してきた。

「安い洗濯機を購入して3年ほどで壊れてしまい、修理代金が高すぎるので結局廃棄して再び新しい安い機器を購入することになるのは意味がありません。できるだけ耐久性の高い機種を安価に提供できるよう、送料や修理代もすべて込みの料金体系を提示することで価格に敏感な利用者に応えています」

2. スケールアウトは時間をかけて

Homieは当初、環境への意識の高い若者が多く住むとされるデルフトでサービスを開始。機器の輸送や修理を担う業者とのパートナーシップを徐々に広げながら、オランダ全土へサービスを拡大していった。現在は、隣国のベルギーとドイツにもサービスを拡大しようとしている。

「私たちのようなビジネスモデルは他の国や地域でもうまくいきそうに見えるかもしれませんが、そう簡単には広げられません。同じ欧州であっても文化的には各国で異なりますので、スケールアウトする際には文化的にフィットするかどうかも含めた市場調査が必要です。スケールアウトにはコストがかかるので、時間をかけて少しずつパートナーシップを広げながら拡大していくことも大切です」

3. 顧客のニーズに柔軟に対応する

先述した2つのポイントは、サービスを提供する事業者側でコントロールできる部分でもある。一方で、事業を始めてみて見えてきた現実に対して、当初の想定とは異なる形で柔軟に対応することも求められる。

「実際にやってみると、利用回数制課金モデルを望む顧客ばかりではないことが分かったので、レンタルモデルも始めました。ただ、レンタルはサーキュラーエコノミーには寄与しますが、自動的にサステナブルな利用を促せる行動変容という点では課金モデルほどの効果を得られません」

サステナビリティと消費者の利便性との両立という点では別の形のジレンマもある、とボッケンさんは指摘する。

「初期の洗濯機はシンプルで修理しやすかったですが、最近の機種はコンピューターに関わる部分が増えているのに伴って修理も複雑化しています。手間をかけずに環境配慮できる機種を開発、提供できるようになった一方で、機種の構造が複雑化しているので修理しにくくなるというジレンマに直面しています。これからのサーキュラーエコノミー型のビジネスデザインを考える上では、このトレードオフについて留意しなければなりません」

Homieでは、海外駐在員や大人数の家族向けのサービスも用意しているほか、賃貸住宅やランドリーへの導入も進め、多様な顧客や市場ニーズにも対応している。今やHomie利用者の多くが駐在員なのだそうだ。

「顧客の欲求に向き合い、彼らにとっての課題をどう解決していくかにフォーカスすることがすべてだと思っています。サステナブルという理由で製品やサービスを買う人は、やはり少ないのです。だからこそ、満たされていない顧客ニーズに柔軟に対応しながら、同時にサステナブルかつサーキュラーであることを大切にしています」

とにかく動き出してみて

ボッケンさんは、Homieのようなサーキュラーベンチャーがさらに多く育っていくために、金融機関のビジネスモデルやリスク評価のあり方の変化にも期待を寄せている。

「私たちがオランダ政府から初期投資を受けたように、サーキュラービジネス立ち上げの初期段階での支援がもっとあると良いと思います。PaaSモデルは定期的に一定の収入があるため、それほどリスクの高いビジネスでもないはずです。サーキュラービジネス単体ではなく、他のビジネスも含めてポートフォリオ化することによって、リスクを低減できるのではないでしょうか」

最後に、サーキュラービジネスでの起業を考えている人たちや、すでに動き出している人たちに伝えたいことを聞いてみると、こんな力強いメッセージをくれた。

「デザインや耐久性などを意識しながら、とにかく早く実験を始めて動き出してほしいですね。また、志や方向性が同じような人たちとつながって、あなたがやりたいことを話してみてください。そうすることで、事業のストーリーを信じて投資してくれる人に出会えるかもしれませんから」

編集後記

サーキュラーエコノミーは概念としては確立しつつあり、少しずつ理解も広がってきたように見える。ただし、実際にその概念を一定の形に落とし込むビジネスとしての実践は、果たして十分に足りているだろうか――。私たちはこうした問題意識から、サーキュラーエコノミー領域に特化したスタートアップ企業の創業支援プログラム「Circular Startup Tokyo」の運営に携わるなど、日本におけるサーキュラースタートアップの育成を支援している。

ボッケンさんのお話から一貫して感じるのは、サーキュラーエコノミーの概念を発展させると同時に、それを必ずビジネスとしての実践につなげるべきだという強い信念だ。金融機関との対話を通じて、サーキュラービジネスが生まれ、広がり、続いていくための環境整備に欠かせない新たな金融のあり方を提言しているのも、そんな信念を持った彼女の成せる業なのかもしれない。

日本のCE市場調査のために、大手企業だけでなくいくつかのベンチャー・スタートアップ企業にもインタビューしたボッケンさん。サーキュラースタートアップのロールモデルの一人として、欧州と日本をつないでサーキュラースタートアップの成長に寄与してくれることに期待したい。

【参考論文】
EIGHT TYPES OF PRODUCT–SERVICE SYSTEM: EIGHT WAYS TO SUSTAINABILITY?EXPERIENCES FROMSUSPRONET (Arnold Tukker 2004)

Pay-per-use business models as a driver for sustainable consumption(Brocken N.M.Pほか 2018)

【参考記事】
【循環型PaaS特集#2】サーキュラーエコノミーの鍵となるビジネスモデル「PaaS(製品のサービス化)」構築において、3つの前提と考えておくべき6つの観点