2025年3月、英国ロンドンで開催された建築・サステナビリティの展示会「Future Build 2025」に訪れた際に、ひときわ目を引いたのが「Natural Building Systems」社のブースだった。金属パネルが立ち並ぶ会場のなかで、麻製の展示パネルやベンチが並ぶ空間は温かみを感じさせ、多くの来場者が足を止めていた。

同社は英国発のスタートアップで、麻・木を使ったモジュール建材により循環型建築に取り組んでいる。2019年の創業以来、地元パートナーと密接に協力しながら実証と改善を進め、英国で施工例を着実に増やしつつある。本記事では同社の目指す循環型住宅の姿、および麻によるモジュール建材の利点と展望に迫る。
重機不要、小型軽量なモジュール建材
モジュラー建築は、低価格・短工期を売りに住宅不足の欧州で広がりをみせると同時に、循環経済の鍵としても注目されている。建材寸法が規格化されていると同時に、接着剤ではなく機械的接合が一般的なため、リユースしやすいと考えられるためだ。一方で実際のリユースには、重量や施工条件、建物所有者の意向、建材データの信頼性など課題も多い[i]。
これに対して「Natural Building Systems」社は、建材のBIMデータ(マテリアルパスポート)の提供を行うとともに、パネルの「小型・軽量化」というアプローチを取っている。
同社の主力製品「ADEPT®」システムは、寸法を規格化した構造材で、床・屋根・外壁・内壁に適用できる。たとえば壁パネルは厚み175mm、幅650mmを基本とし、高さは600mmから2400mmまで300mm刻みで選べるようになっている[ii]。麻製の断熱材も一体化しており、主に住宅など低層建築への適用を想定している。
ADEPT®システム
特に注目したいのはパネルの小ささ・軽さだ。たとえば、壁パネルは最大高さとなる2400mmの製品でも重量は60kg以下。成人男性2人であれば重機を使わず運搬できるため、狭い場所でも施工が容易だ。さらに最小600mm×600mmという小さめの部材を組み合わせることで、規格材でありながら設計の柔軟性も確保されている。
日本の伝統木造建築にもヒントを得ており、接合部にはT&G(さねはぎ)や木栓が採用されている。建設の容易さだけでなく、解体の容易さも実証済みだ。
「(建物を)使用しながらでも組み入れられます」と、同社の共同創業者Chloe Donovan 氏は語っている[iii]。「外部パネルを1枚取り外しても周囲のパネルに影響を与えないため、局所的なメンテナンスや交換が可能です。将来的には、家を移動せずに余分な寝室を売却できるかもしれません」
家の改築や減築、窓を追加――本来なら、いずれも大がかりな工事だ。これが、レゴブロックを組み立てるかのように手軽にできるようになったら。ライフステージや環境の変化に応じて家をカスタマイズし、建材を廃棄する必要もない。DIYも可能だろう。このようなシステムが普及すれば、環境負荷を低減できるだけでなく、住宅のあり方が変わるかもしれない。
環境にも住宅にも優しい ― 建材としての「麻」の実力
ADEPT®システムのもう一つの特徴は「麻」を主建材として採用している点だ。断熱材・内部構成材は麻、外側パネルに木が用いられている。
自然素材、特に麻の採用が環境にもたらす利点は大きい。たとえば欧州委員会によると、麻の耕作面積あたりのCO2吸収量は1ヘクタールあたりの5.5〜9.0トン。スギ人工林1年間に吸収する二酸化炭素に匹敵しうる量で(※)、しかも麻の成長にかかる期間はわずか5ヶ月だ[iv]。建材としてCO2を隔離するという観点からは、成長に数十年を要する木材と比べて「生産地面積あたりの温暖化抑止効果が高い」と表現されることもある[v]。※36~40年生のスギ人工林1ヘクタールが1年間に吸収する二酸化炭素の量は約8.8トン[vi]
さらに麻は生物多様性にも貢献するほか、耕作地のローテーションに組み込むことで害虫を減らし、土壌を保護する効果もあるなど農家にとっても利点があるとされている[v]。
もちろん建材としての強みもある[vii]。
・「健康住宅」に適している
同社によれば、麻は断熱材としてよく用いられるグラスウールやウレタンフォームなどに比べて通気性が高く、多層構造によって熱を遮断しつつ水蒸気を透過させるため、結露が起きづらい。そのため防湿層を設けずとも断熱層のカビの発生リスクが低いという。さらに室内の湿度を調整する役割も果たし、有害物質も使用しないため、「健康住宅」に適しているといえる。
・「グローカル」なスケール化が可能
麻は生産地を比較的選ばず、短期で収穫できる。同社は現在、拠点とする英国東部で生産される麻を用い、地元で建材を製造しているが、今後は英国の他地域や海外でも、麻の栽培が可能な地域であれば同様の生産・製造拠点を設けられると展望を示している。環境負荷を抑えつつスケール化する、「グローカル(グローバル×ローカル)」なビジネス展開の可能性があるのだ。
Donovan氏は同社の創業前、農業に携わるなかで麻の利点に魅了され、建材としての活用へと動き出したという。
循環経済の鍵となるか。自然素材×モジュール建材の可能性
モジュラー建築といえば、工業的なイメージから鉄やアルミなどの金属部材をまず思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし、モジュラー建築でも自然素材を活用でき、むしろさまざまな利点があると、Natural Building Systems社の製品を取材して感じた。
自然素材を用いたモジュール建材は、廃棄後の処理や再資源化のしやすさという点でも循環経済に直結する。Natural Building Systems社の製品は接着剤を使わないため、使用後の分別やリユースが容易だ。たとえリユースできず廃棄することになったとしても、生分解されるため環境汚染の懸念が少ない。
さらに、同社が公表する「Circular Economy(循環経済)」の解説記事では、構造上の軽量化が基礎部分にも波及することが強調されている。上部構造が軽くなれば基礎に必要なコンクリート量も減らせる――つまり、建物全体での資材削減につながる。リフューズ(使わない)、リデュース(減らす)は、循環経済において最も重要といって良い対策だ。
ところで、日本でも同様の製品が使えるだろうか。Natural Building Systems社のADEPT®システムは、英国での事例に基づくものであり、日本の建築基準・気候・災害条件にそのまま適用できるかは未知数だ。鉄筋コンクリートや鉄骨構造に比べれば、自然素材には強度面での課題もある。一方で日本には、麻のほか森林資源や竹、藁など多様な自然素材が存在する。地域特性に応じた素材を活用しながら、同社のような「小型・軽量・規格化」という設計思想を導入することで、住宅・公共施設・仮設建築など幅広い分野で活用できる可能性がある。
循環経済の本質である「使わない・減らす・繰り返し使う」を住宅分野でどう実装するか――住宅を柔軟に組み替え、自然素材を循環利用するという同社の未来像は、その答えの一つを示しているのではないだろうか。
※冒頭の画像:「Future Build 2025」展示会場で筆者撮影
[i] Yang. Y, et al., 2025, Disassembly and Reuse of Demountable Modular Building Systems
[ii] ADEPT® 175 Intermediate Floor
[iii] Circular, Modular, Hemp Construction-Chloe Donovan; Building Sustainability Podcast
[iv] European Commission, Hemp
[v] Verena. G, et al., 2022, Barriers and opportunities of fast-growing biobased material use in buildings
[vi] 林野庁、森林はどのぐらいの量の二酸化炭素を吸収しているの?
[vii] Natural Building Systems
