アウトドアアパレル・ギアブランドのパタゴニアは、同社が事業を通じて取り組む、気候変動と生態系危機への解決策実現に向けた活動の進捗を報告する「Work in Progress Report」を公開した。
レポートでは、あらゆる企業は自社から得るもの以上に社会に還元しているとは言い難い状況にあり、自社が及ぼす環境への影響について、徹底して責任を担うことの重要性を強調する。同レポートは、自社が引き起こす環境負荷を認識し、軽減・修復するためにできる限りの行動を取ることの必要性を説き、同社の取り組みの進捗状況と、現在抱える課題について、社内外に対して透明性を高めることを目指して作成された。
同レポートは、同社がこれまで発表してきた活動報告のなかでも、最も包括的な見解を提供する内容として、アパレル産業以外からも注目が集まっている。自社のサプライチェーン全体を通して抱える構造的な課題、同社が掲げる理想にはまだ遠い環境負荷の現状などを、データとストーリーを交え報告している。本記事では、同レポートの概要と、特に循環経済についての取り組みの現状と、循環への移行に向けた課題について整理する。
レポートの主要4テーマ
レポートで報告される主要テーマは下記4点にまとめられる。2025会計年度(2024年5月1日から2025年4月30日まで)を対象とし、一部過去のデータも含む。
1. 責任ある事業活動
パタゴニアは故郷である地球を救うために存在する。これは単なる企業目的の表明ではなく、会社の所有とガバナンスのあり方に法的に組み込まれたものである。
2. 製品
高品質で機能的、丈夫なギアを作ることはビジネスの根幹である。製品が機能を発揮し、長持ちし、多機能性があり、害が最小限に抑えられ、過剰な消費を防ぎ、次の世代まで使えることを重要視する。
3. 地域社会への貢献
1985年以来、年間売上の1%を草の根の環境保護団体に寄付。未来の世代のために、土地と海を守り、保全し、再生する。
4. エコシステムへの寄与
企業は気候や生態系の危機に対する草の根の非営利団体に対し、自社従業員によるスキル提供などのボランティア活動、団体への寄付や嘆願書への署名活動など、長期的な支援を継続している。
ダブルマテリアリティ評価
レポートには、環境や社会に対し、企業が与えるインパクト、およびそれらのインパクトへの対応が企業の財務に与える影響を説明するダブルマテリアリティ評価が掲載されている。評価では、欧州企業サステナビリティ報告指令で要求されている欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)に基づき、重大なインパクトを与え、重要なリスクまたは機会に直面している以下11の項目を特定する。
- GHG排出量 (スコープ1、2および3)
- 水管理(サプライチェーンにおける消費と汚染など)
- サーキュラーエコノミー
- 化学物質管理
- ジャスティス&ビロンギング(自社の従業員)
- 適切な賃金額
- 結社の自由と団体交渉 (自社の従業員)
- 結社の自由と団体交渉 (サプライチェーン)
- 適切な賃金額 (サプライチェーン)
- 労働時間 (サプライチェーン)
- 強制労働と奴隷労働
バリューチェーンのあらゆる要素(製品の製造、販売、顧客への提供に関する全手順)を短期、中期、長期の時間軸で評価している。環境や社会に対する潜在的なインパクト、リスク、機会を特定するものであり、同社の管理外にある農場、繊維工場やその他の製造工場、そして製品を購入する顧客などサプライチェーン全体を対象とする。
サーキュラーエコノミーへの取り組み
上述の主要11項目のなかでも、サーキュラーエコノミーを実現する取り組みについては下記のように報告している。
最も成果を上げている取り組みは、リデュース、リペア、リセールを通して製品のライフサイクルを延ばす施策であり、新品の購入~ケア・リペア~下取り・買取サービス~ギアのリサイクル~Worn Wear~再度新製品へというサイクルを通じ、同社のギアを購入した顧客が出来る限り長く製品を使い続けられる仕組みを提供している。
1976年から行われている衣類や装備の修理は、同社で最も長く続くサーキュラリティイニシアチブである。米国から始まった修理プログラムは世界に拡大し、2025年度には世界中で174,799点のアイテムを修理した。
これらの取り組みが進んできている一方で、同社がこれまでに製造した製品のうち、リサイクルのために回収される割合は1%未満であるとレポートでは報告する。回収された製品のうち、リサイクル方法が確立されているのは約20%にとどまり、残りは米国ネバダ州や、ヨーロッパなどで無期限に保管されている。
製品を梱包する包装については、2026年までに、100%リサイクル素材、または森林管理協議会(FSC)や持続可能な林業イニシアチブ(SFI)の認証を受け、容易にリサイクル可能なものに変更予定である。すでに、すべてのポリ袋は100%グローバル・リサイクルド・スタンダード認証のリサイクルプラスチック製になっている。
製品の耐久性と、リサイクルの難易度というトレードオフ
市場に出すパタゴニア製品の平均85~90%は、 製品が複数の素材で出来ているため、寿命終了時のソリューションがない。
例を挙げると、3層構造の防水レインジャケットは、外側の生地、防水・透湿性の膜、裏地の生地が接着剤で貼り合わされており、それぞれが異なる繊維で製造されている。保温性の高いフリース、リサイクル原料95 〜100%のポリエステル・フリースで製造されたライトウェイト・シンチラ・ スナップT・プルオーバーを適切にリサイクルするには、5種類の異なる副資材をすべて取り除く必要があり、しかもそれらにはいずれも、取り除いた後のソリューションが無いのが現状だ。
現在のリサイクル施設は、単一素材を処理する目的で設計されており、機能性と耐久性を追求して製造された複合素材の製品は、既存の施設ではリサイクルが出来ない。これは同様の製品を生産する他のアパレルブランドにも共通する、業界全体での課題である。
リサイクル技術向上に向けた取り組み
廃棄物に関する課題解決のため、同社は、米国の研究機関との提携、研究資金の提供なども行う。イーストマン・ケミカル社との提携では、約3,600キロのプレコンシューマーおよびポストコンシューマーの衣類廃棄物リサイクルを実現した。
現在の推定では、最終製品製造段階で年間約3,175トンの廃棄物が発生しており、これらの廃棄物発生の要因を明確に把握し、負荷軽減を実現するべく2026年はデータ収集に注力予定である。
使用済みの衣類や裁断くずのリサイクルには、物流、仕分け、トリミングの除去、革新的な技術ソリューションが必要である。現状では、原材料の在庫が安定しないことや、リサイクルのために世界各地に輸送することの難しさが大きな障壁となっている。繊維to繊維リサイクルに取り組む複数のスタートアップ企業と連携し、資源と需要を提供してきたが、これらの企業の事業の多くはまだ研究段階や小規模な運用に留まる。これらの企業の能力拡大に合わせたパートナーシップを続け、最終的には、同社が事業を展開し、製品を製造する地域で利用可能なソリューションの確立を目指して、世界規模でインフラ整備を支援していく必要がある。
2025年目標の達成状況
同社は2015年、10年後の2025年までに達成すべき以下5項目に対する目標を公開していた。今回のレポートでは、それらに対する達成状況を次のように報告している。
1. カーボンニュートラルから、2040年ネットゼロに引き上げ
- 2040年までにGHG排出量ネットゼロを目指すという目標に変更し、毎年の排出量を約10%削減する
- 2025年度は、炭素集約型素材を多く使用したバッグ類の製品ラインナップ強化の影響で、排出量が2024年度に比べ2%強増加したが、2026年度は削減予想
- 世界中で所有・運営するオフィスや施設の電力を100%再生可能電力で賄う目標の98%を達成
- カーボンオフセットを使用して排出量を埋め合わせる方法を禁止する方針を掲げ、自社のバリューチェーン外で実施される気候変動緩和プロジェクトによる排出削減や除去に対する財政的支援は行わない
2. 望ましい素材100%
- 望ましい素材とは、従来素材よりも気候、自然、人々に与える影響を低減し、より大きな利益を生み出す繊維や原材料を指す。さらに、機能面で厳格な性能・耐久性基準を満たすことに挑戦する
- 2025年時点で、製品ラインの生地と副資材の84%(購入重量ベース)は望ましい素材であり、そのほとんどは第三者認証によって裏付けられている
- 100%達成のための最終段階として、コーティング、副資材、バックルやジッパーなどの硬質プラスチックおよび金属部材について、より良い代替素材の特定に注力している
3. 製品ラインから永遠の化学物質を排除する
- 2019年、PFASを意図的に使用せず製造した最初の製品を発表。2025年時点で、すべての新製品をPFASの意図的な添加なく製造している
4. 合成繊維の50%に二次廃棄物を使用する
- 2025年現在、同社の合成繊維のうち、二次廃棄物(繊維廃棄物や海洋投棄された網など)から作られているものは、6%に留まる
- 混合廃棄物や汚染廃棄物を処理し、高品質な製品素材へと再生することに困難を極めた
- 現在は、食品廃棄物や農業廃棄物、繊維to繊維のリサイクル技術など、製品開発のための代替資源を検討している
- 2026年は、製品の製造全体における廃棄物をより正確に評価するためのデータ収集に注力し、それにより、廃棄物の最大の要因を明確に把握し、将来的にこの負荷を軽減する革新的なソリューションの開発を目指す
5. サプライチェーン工場の すべての労働者に生活賃金を保証する
- パタゴニア製品の95%以上がフェアトレード・サーティファイドの工場で作られている
- 同社のサプライチェーンに携わる5万人以上が、毎年同社のプログラムの恩恵を受け、これまでに製造担当の従業員に3,700万ドルを提供した
- すべてのパートナー工場で生活賃金を確保できるよう取り組んでいるが、まだ100%の実現には至っていない
- 2024年時点で、すべての工場が最低賃金以上を支払い、その多くが最低賃金の2倍あるいは3倍を支給している
「地球が唯一の株主」経営体制の変更
レポートでは、創業当時からの同社の経営理念や体制の変化についても報告されている。2022年、オーナーのシュイナード家は、「地球が私たちの唯一の株主」であるという考え方のもと、保有するすべての株式を次の2点を目的として設立された2団体に譲渡した。
- 資産を気候危機との闘いに活用すること
- パタゴニアの存在意義と価値観を永遠に守ること
パタゴニアの新たなオーナーは、会社の存在意義と価値観を守るPatagonia Purpose Trust、そして株式と今後の利益を気候危機・生態系危機との闘いに活用するHoldfast Collectiveとなった。Patagonia Purpose Trustは、唯一の議決権付株主として、会社に対する最終的な支配権を持つ。Holdfast Collectiveは、パタゴニアからの配当金という形で、 地球を守る活動の資金を調達する。
2025年12月開催「Work in Progress」シンポジウムにおける循環型取り組みの報告
2025年12月中旬、東京都内においてパタゴニア日本支社主催の「Work in Progress」ビッグ・インダストリー・シンポジウムが開催された。シンポジウムでは、同社のプロダクト・フットプリント担当 バイスプレジデントであるマット・ドワイアー氏により、パタゴニアの53年にわたる循環型の取り組みの現状が報告された。同社が掲げる循環型戦略が紹介され、戦略に基づく事業はまだ循環が完結している状態ではなく、途中であるが前進させ続けることの重要性が強調された。
環境保護に積極的に取り組む印象の強いパタゴニアでさえまだ課題解決には遠いという現状には、アパレル産業全体が抱える課題の大きさ、障壁の高さが伺える。レポートで挙げられた課題から、製品だけではなく、ビジネスモデルやパートナーシップ構築、または設計アプローチをどう選択すればよいか、さまざまな観点から検討が必要であることが伺える。
同時に、ここまで広く細かく自社の現状を把握し、情報を開示する同社の姿勢には多くの賞賛が寄せられている。環境負荷削減に取り組む業界、企業が増える中、自社の活動を可視化・報告し、今後の目標設定と実現を目指す企業にとって非常に参考になるレポートであると期待できる。
【パタゴニア公式サイト】Work in Progressレポート
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