海洋プラスチック問題が深刻化しているが、そのなかでも「ゴーストギア」と呼ばれる漁業系の海洋プラスチックの問題はとりわけ課題となっている。世界の海に新たに廃棄されるプラスチックの量年間800万トンのうち、64万トンは漁業に使用される漁網や漁具が占めると推定されている。(*1) 今年9月には、太平洋ゴミベルトに蓄積しているプラスチック破片の75%~86%が、海洋での漁業活動に由来するという調査結果も発表された。

漁業に使用されるプラスチック製の漁網は、寿命を迎えた後にそれを活用できる仕組みが整備されておらず、多くが海中に廃棄されてきた。それらは海洋生物の命や健康を害するなど、環境へのネガティブな影響が指摘され続けている。

近年、廃棄漁網を原材料の一部として活用し、アパレル製品や、スマートフォン・車などの部品などにリサイクルされる例が国内外で登場し、廃棄物が資源に変わる例として注目を集めている。

パタゴニアのダウンジャケット「ダウン・セーター」に使用されている素材NetPlus®は、廃棄漁網をリサイクルすることにより誕生した繊維である。NetPlus®は、2013年創業、米国カリフォルニア州に本拠を置くBureoにより、南米の漁業コミュニティから回収した使用済み漁網を100%リサイクルして開発された。Bureoは、廃棄漁網をマテリアルリサイクルし、原材料の一部として活用したスケートボードやサングラスなどの繊維以外の製品開発からスタートし、パタゴニアや豊田通商との出会いによりケミカルリサイクル「ダウン・セーター」の開発に至った。

今回編集部では、パタゴニア製のダウンジャケットの素材開発に関わるBureo、豊田通商と、パタゴニアの3社より、次の4名にお話を伺った。

  • Bureo CEO(最高経営責任者)David M. Stover氏、CTO(最高技術責任者)Kevin Ahearn氏
  • パタゴニア 日本支社長 Marty Pomphrey 氏
  • 豊田通商株式会社 繊維事業部 高橋浩平 氏
(写真 : 左から Bureo のStover氏、 パタゴニア のPomphrey氏、Bureo のAhearn氏、豊田通商の高橋氏)

パタゴニアの「ダウン・セーター」に関わるBureo、豊田通商の役割

豊田通商 高橋氏 : 豊田通商は20年ほど前からパタゴニアに対して日本国内で製造された生地を提供してきました。パタゴニアからは常に、特にアルパイン用の衣類やレインウェアなど、強度・機能性の高い製品に使用される生地を提供することを求められており、そのための素材を、主に日本の生地工場様と開発してまいりました。リサイクル素材を使用した素材開発という点に関しては、業界に先駆け10年以上前より取り組んでいます。ペットボトルからリサイクルしたポリエステル繊維の開発に始まり、今はリサイクルナイロンも含めた繊維全般の循環技術開発もしています。当社は、会社としてサーキュラーエコノミーへ移行していくために何が出来るかという点を重要視しており、顧客に対して生地を提供するサプライヤーとしてだけではなく、顧客と共にサーキュラーエコノミーへの移行を支援・牽引していくパートナー、リーディングサーキュラ―エコノミープロバイダーになることを目指しています。

Bureo Stover氏 : 当社は、南米を中心に漁網を回収し、回収した漁網の洗浄・破砕を行います。それをベトナムでケミカルリサイクルによりペレット(粒状の合成樹脂)に戻し、高い紡糸技術を持つ台湾で糸に加工し、日本に輸入します。輸入された糸を使って豊田通商が生地を作り、出来た生地はパタゴニア製品の製作を請け負う縫製工場に渡されます。

廃棄漁網が資源に変わることを啓蒙する重要性

Bureo Ahearn氏 : これまで海中に廃棄されてきた漁網を回収するというプロセスに関してですが、回収はチリで行っています。廃棄漁網の回収を始めた2013年当時は、なぜそんな「ごみ」を持っていきたがるのか、地元の漁師コミュニティからは理解されませんでした。そのコミュニティで回収してもらった廃棄漁網から生まれ変わったスケートボードの実物を見せて、それまでごみとして認識されていたものが製品として価値あるものに変わることを理解してもらいました。漁師さんたちが廃棄漁網を回収して持ってきてくれることが、ビジネスとして成立するという価値が理解されたのです。

漁網は、重量あたりの価格をつけて買い取る場合も多く、地元の家族経営の漁師さんなど、回収に協力してもらった当事者に利益が還元されるような形での買い取りを行いました。また、収益の一部を、そのコミュニティに所属し、海洋保全活動やマングローブの保護活動を支援するNGO、NPOなどの団体に対して資金提供することで、コミュニティ全体に経済的価値だけではなく環境価値を提供できるような仕組みを作っています。

地元の漁師さんたちに、漁網を廃棄することなく回収して持ってきてもらうことの重要性、それが価値に変わるという事実を理解してもらうことがとても重要です。廃棄漁網にインセンティブを提供するプログラムを始めてから、地元では口コミで協力者が増え、それまで廃棄されていたものが価値ある資源として認識されるようになりました。

漁網回収の取り組み、今後の可能性は

Bureo Stover氏 : 今後、この活動を拡大していくことを当社のミッションと考えています。南米から始めた取り組みですが、北米やメキシコなどでも始めていますし、回収の取り組みに興味を持っている日本の企業も出てきています。今後、エリアを拡大していく可能性もあり、リサイクル素材を使って高品質な製品を作っていくことも進めていきたいと考えています。

豊田通商 高橋氏 : パタゴニアのアウトドア製品など、機能性の高さが要求される製品に対して再生素材を提供することは、非常に技術的難易度が高いのです。一方で、そこまでの難易度を求められないアパレル製品(日常的に着られるTシャツなど)も多くあります。それらを作っているメーカーであれば、より再生素材の活用に挑戦しやすいため、弊社もより多くのお客様へ積極的に活用を呼びかけ、インパクトを増やしていきたいと考えています。

素材開発にあたって難しかった点

豊田通商 高橋氏: 市場において、パタゴニアのジャケットが他製品と比較して特別なものになるポイントを考えると、以下の点が挙げられます。まず、実際に漁師の方が使用を終えた漁網のみから作ったリサイクルナイロンは、現在のところ他に存在していません。これを100%ポストコンシューマーリサイクルナイロンと呼んでいます。廃棄漁網から作った素材は、これまでは技術的な制約により、固い製品(帽子のツバの内部に使用する部品など)にしかリサイクルできなかったのですが、今回、ジャケットの生地という柔らかさが求められる製品に使用する素材を作ることを追求した結果、リサイクル手法のアップグレードに成功しました。

極寒地にも耐えうる高性能な製品を作るという難易度の高い製造工程において、新しい素材を生地にするという挑戦にともに協力してくれる、質の高い技術を持つパートナーの協力が得られたことが成功要因のひとつと言えます。これは日本でしかできなかったことと考えています。これまでパタゴニアが、サプライチェーンの末端にいるパートナーに対してまで、ビジネス面での成功を公正に還元できていた結果でもあります。

この製品は日本以外でも販売されています。このプロジェクトにおいては、ケミカルリサイクルによる再生材を100%活用するビジネスを通じて環境負荷を低減していくという、パタゴニアが実現したかった社会課題の解決策を提供できたということが関係者にとって非常に大きな点です。

Bureo Stover氏 : 私たちは”move people emotionally”ということを大事にしており、サプライチェーンに関係するステークホルダーに、目的を理解・共感したうえで動いてもらうことが出来ました。

パタゴニア製ダウンジャケットの外側および内側生地にNetPlus®を使用

 

漁網から漁網へのリサイクルの可能性は?

今回の3社連携とは少し話が逸れるが、漁網から漁網への水平リサイクルの可能性についても伺った。

Bureo Stover氏 : 技術的には可能であるものの、経済的な側面から考えると実現が難しいのが現状です。今のところは、バージン資源を使用した漁網の方が安く生産できるため、それが一度使われた後リサイクルさせる方が現実的です。リサイクルされる廃棄漁網の割合はまだ低く、その割合を上げていきたいと考えています。一方、バージン素材で作られたプラスチックを使用することに対しては圧力がかかってくる可能性は高く、新しい化石燃料を使用しなくて済むように仕組みを変えていく必要があります。

豊田通商 高橋氏 : 個人的に漁網の水平リサイクルには非常に関心を持っています。ケミカルリサイクルというのは最もコストがかかるステップであり、リサイクルにより作られた製品に、経済的な価値以外にも認められる付加価値を付けていくことが重要です。それが実現すれば将来的には可能性もあるのではないかと考えています。

このジャケットの先に目指すものは

豊田通商 高橋氏 : 豊田通商とパタゴニアは、コットンTシャツを国内で回収・リサイクルするプロジェクトを行っており、他のアパレル製品やメーカーの製品にも広げていきたいと考えています。今回開発されたダウンジャケットも、いつかそのように消費者の皆さんから回収することが出来るかもしれませんし、そうなれば製品の作り方から使用後の循環の仕方まで、他のメーカーさんにとってもモデルケースとなれる可能性があります。

消費者に対しては、インセンティブを提供してリサイクルを促進することも大切ですが、リサイクルしようと意識しなくてもできている状態、考えなくてもできるような社会を作ることを最終的な青写真として描いています。

Bureo Ahearn氏 : リサイクル素材を含むアパレル製品は増えてきましたが、その含有率が低い製品もまだ多く、含有率を上げていき、100%リサイクル素材を使った製品を増やしていきたいと考えています。

パタゴニア Pomphrey氏 : 将来を見渡すと、ビジネスを行っていく難易度はより上がると考えています。地球環境が破壊されてしまうと、そこでビジネスを行うことはできなくなるわけで、幸いなことに当社の創業者が環境を第一に考えてビジネスを始めたことは非常に重要なことです。私は豊富な自然環境を持つアラスカで育ったのですが、アラスカにいた当時と比較して自然環境や気候が大きく変わり、夏がなくなってきたと感じたことが問題解決について考える大きなきっかけとなりました。

企業のミッションとして、地球によいことをすることと、ビジネスを行うことを、同時に両立させる必要があります。ビジネスから収益を上げられると、その結果地球にポジティブな影響を与えることができるという形でビジネスを行っていくことが大切です。

【編集後記】

記事冒頭でも触れたように、廃棄漁網の再生材を部分的に利用した製品は登場し始めている。リサイクル素材を100%利用して作られた生地、それを使って極寒地での着用にも耐えられる機能性を備えた製品が開発されたという点で、NetPlus®の開発と、それを使用したジャケットの実現は、リサイクル素材の利活用の可能性に風穴を開ける存在になるだろう。

使用済み漁網を海洋に廃棄する慣習を変えない限り、今後も廃棄漁網は発生し続ける。漁網を廃棄せず回収することが、現場で漁網を扱う漁師や彼らのコミュニティにとってメリットをもたらす仕組みを作り浸透させ、従来の漁業慣行の変容を実現した取り組みの意義は大きい。

廃棄されてきたものを資源に変え、その状態が、関わる人達に利益をもたらす循環を目指す3社による連携は、今後それ以外のステークホルダーにも波及していくと期待できる。

(*1) Richardson, K., Gunn, R., Wilcox, C., & Hardesty, B. D. (2018). Understanding causes of gear loss provides a sound basis for fisheries management. Marine Policy, 96, 278-284.

【参考】ネットプラス・リサイクル漁網