世界で最も生産されている農産物をご存知だろうか。とうもろこしや小麦、お米などを思い浮かべた方も多いかもしれないが、正解はさとうきびだ。2020年の世界全体におけるさとうきび生産量は18.7億トンで、次に多いとうもろこし11.6億トンを大きく上回っている。
このさとうきびから砂糖を製造する際に出る茎や葉などの大量の搾りかすは「バガス」と呼ばれており、製糖工場のボイラー燃料や堆肥、飼料、パルプなど様々な用途に利用されているが、未だその全てを有効活用できているわけではない。
さとうきびの搾りかす・バガス。Image via Shutterstock
日本で最もさとうきびの生産量が多く、国内生産の約6割を担う沖縄県で、このバガスの可能性に着目した新しいサーキュラーエコノミー型のビジネスが始まっている。それが、バガスをアップサイクルした「かりゆしウェア」のシェアリングサービスを提供する株式会社BAGASSE UPCYCLEだ。
同社のビジネスモデルは非常にユニークだ。沖縄県内の製糖工場から出るバガスを県内で粉砕加工し、岐阜県の美濃和紙の製造技術を活用して和紙に加工。そのバガス和紙を撚り合わせて糸にし、日本一のデニム産地となる広島県福山市の工場にて生地に織り上げる。
バガスアップサイクルが展開するかりゆしウェア。画像提供:株式会社BAGASSE UPCYCLE
このバガス生地から作られた「かりゆしウェア」を、観光客や出張客向けのシェアリングサービスや月額サブスクリプションサービスなど、PaaS(Product as a Service)モデルで提供する。シャツにはICタグが埋め込まれており、利用者はスマートフォンでタグを読み込むだけで製品のトレーサビリティを確認できる。さらに、将来的には何度も着用されて寿命を迎えたかりゆしウェアを製炭炉で炭にし、土壌改良材として再びサトウキビ畑に戻すか、炭のまま利活用することで完全な循環を実現する予定だ。
これらの優れた循環型のビジネスモデルが評価され、株式会社BAGASSE UPCYCLEは2021年にはFabCafe Globalと株式会社ロフトワークが主催する循環経済をデザインするグローバル・アワード「crQlr Awards(サーキュラー・アワード)」を受賞するなど、高い注目を集めている。
今回IDEAS FOR GOOD編集部では、株式会社BAGASSE UPCYCLEの代表取締役・共同創業者の小渡晋治さんに、同社の取り組みや今後の展望についてお話を伺ってきた。
株式会社BAGASSE UPCYCLEの代表取締役・共同創業者の小渡晋治さん
ITとバガスと伝統文化が、サーキュラーエコノミーと出会う
バガスを活用してかりゆしウェアを作り、デジタル技術も組み合わせながらPaaSモデルで提供するというBAGASSE UPCYCLE(以下、バガスアップサイクル)のユニークなビジネスモデルは、一体どのようにして生まれたのだろうか。
小渡さん「私は沖縄で高校まで育ち、東京の大学に進学し、外資系の証券会社で10年働いた後にシンガポールで留学をしていたのですが、そのタイミングでIT企業を経営している父から事業承継をしてほしいと話をもらい、2017年に沖縄に戻ってきました」
「そこで、ITと沖縄の地域資源を掛け合わせた地域活性プロジェクトをいくつか行っていたのですが、その一つに琉球紅型(びんがた)という沖縄の伝統工芸の支援に関わる機会があり、今回のバガスアップサイクルの立ち上げパートナーとなるRinnovationさんと知り合いました。」
「Rinnovationさんはバガスから糸を作り、その糸から使った生地でデニムを作るという事業を展開していたのですが、沖縄由来の生地に対して紅型という沖縄の伝統的な図柄を活用したいという話をいただきました。そこで、アパレル産業の課題を解決する方法の一つとなる循環経済に、沖縄のかりゆしウェアで取り組めないかと考えたのです」
Rinnovationが運営するSHIMA DENIM WORKSでは、バガス生地を使ったデニムなどが販売されている。かりゆしウェアも取り扱っている
バガスアップサイクルが挑むのは、未利用資源バガスの有効活用や事業を通じた地域活性だけではない。石油業界に次いで環境負荷が高いと言われるアパレル業界のあり方に対しても一石を投じようとしている。
小渡さん「かりゆしウェアは観光客の皆さんが記念に買っていかれるのですが、地元に戻るとタンスでウェアが眠っており、シングルユースのようになっている状態がありました。それであれば沖縄にいるときだけ沖縄の伝統を楽しめるシェアリングサービスがあれよいのではないかと思い、2021年3月からバガスアップサイクルの事業をスタートしたのです」
伝統と文化を大切にする、地域のためのサーキュラーデザイン
バガスアップサイクルの秀逸な点は、素材から製造、ビジネスモデル、製品の利用後にいたるまで、バリューチェーン全体で一貫してサーキュラーエコノミーの原則が適用されている点だ。
小渡さん「バリューチェーンの上半分にあたるサプライチェーン側でいくと、まずさとうきびの製糖工程の中で自然発生的に出てくる副産物のバガスがあります。さとうきびを絞ると大体10〜30%ぐらいのバガスが出ます。さとうきびは沖縄の基幹作物ですが、最近は高齢化などで従事者が減っているという課題もあり、このバガスをどのようにアップサイクルできるか、というところからスタートしています」
「これまでバガスはボイラーで燃焼させるなどで活用されてきましたが、それでも余剰のバガスが相当量あるため、それらをパウダー化して和紙にし、糸にし、生地にして製品化をしていきます。」
バガスは砂糖の製造過程で必然的に発生するため新たに育てる必要がなく、他のバイオ素材とは異なり農地確保や食との競合といった問題が生じないのが魅力の一つだ。
写真右は小渡さんとともにバガスアップサイクルの事業づくりに取り組む萩田なるみさん(株式会社BAGASSE UPCYCLE)
小渡さん「次に製品についてですが、『かりゆしウェア』の定義は沖縄県の縫製業組合に登録されている工場で縫製されたもの、となっており、どちらかと言えばファッション文化をつくるというよりも縫い子さんたちの職業をしっかり守っていく意味合いでつくられたという歴史的背景があります。デザインも『沖縄らしいもの』という曖昧な定義のため、沖縄県では正装として使われているものの観光客からはリゾートウェアという形で捉えられており、ビンテージなどもあるアロハシャツなどと比べると付加価値が弱いのです。そこで、沖縄由来の生地に対して沖縄の工芸職人や地元で頑張っているローカルのクリエイターとコラボレーションしながら製品化をすることで、かりゆしウェア自体のリブランディングもしたいなと考えています」
沖縄の伝統染物「琉球紅型」のデザインや地元アーティストとのコラボレーションによるデザインなど、製品がメディアとなり沖縄文化の保全や発展につながるソーシャルなデザインが組み込まれているのもバガスアップサイクルの魅力の一つだ。伝統や文化へのリスペクトこそが付加価値のあるモノづくりの源泉となり、循環型ビジネスモデルの実現に伴うコストを吸収するための余白となるのだ。
PaaSとそれを支えるプロダクト・パスポート
また、バガスアップサイクルはこのかりゆしウェアをPaaS(Product as a Service)モデルで提供している点も特徴だ。製品の所有権を消費者に渡すことなく持ち続けることで、メーカーは製品寿命の延長に取り組む経済的なインセンティブを得ることになる。循環型のビジネスモデルに経済合理性を持たせる上で重要な戦略の一つだ。
小渡さん「私たちが製品の所有権を持ちながら、ホテルや旅行会社、ウェディング企業などと連携しながらBtoCのお客様に提供するほか、MICE(ミーティング・研修旅行・国際会議・展示会)などのBtoBで提供します。所有権を持つことでリペアやメンテナンスなどにより製品寿命をなるべく伸ばし、最終的には炭にして土壌改良材としてさとうきび畑に戻していく、という循環を作っています」
かりゆしウェアは、県内のホテルでレンタル可能になっている
まだサービスが始まったばかりのため、実際に何度も着用された服が炭となり、土に戻っていくまでにはもう少しの時間がかかりそうだが、すでに製炭炉は導入されており、現在は土壌改良材以外の用途における炭の利活用も含めて様々な検討と実験が進められている。
また、父から引き継いだIT企業、株式会社okicomの経営者としての顔も持つ小渡さんは、自社のIT技術を活かして他社に先駆けた先進的な取り組みも行っている。
小渡さん「服の1着1着にICタグを縫い付けており、『プロダクト・パスポート』のコンセプトで服がどのような経緯を辿って作られているか、サプライチェーンが分かるようになっています。また、服自体が何度着られているか、使用開始から何日経過しているかなども分かります。さらに、このかりゆしウェアをレンタルしたことで無駄な服の廃棄が1着防げたと仮定したときのCO2排出削減量も表示されるようになっています」
「現在、ライフサイクルアセスメントについては2021年10月から東京都市大学の伊坪先生の研究室と取り組んでおり、全てのバリュチェーン上におけるCO2排出量の算定を行っています。グリーンウォッシュもたくさんある中で、循環経済に真剣に取り組んでいることを数値で示していく必要があると考えています」
1年で成長し、その過程でCO2を吸収して糖分をたっぷりと蓄えるさとうきびは炭素固定の観点からも注目されている農作物だが、そこにバガスアップサイクルの仕組みが加われば、衣服の廃棄も減り、さらなるCO2排出削減効果が期待できる。脱炭素という点でも非常に魅力的なモデルだと言えるだろう。
沖縄のサトウキビ畑 – Image via Shutterstock
課題は共感を超えて行動を起こしてもらうこと
サーキュラーエコノミーのエッセンスが全て詰まったような秀逸な循環型ビジネスモデルを構築しているバガスアップサイクルだが、逆に課題はあるのだろうか。
小渡さん「事業を成り立たせるためには、当たり前ですが売上を上げる必要があります。サプライチェーンについてはある意味イメージ通りの仕組みを作りやすかったのですが、この価値や世界観をどのようにお客様に伝え、共感していただくだけではなく実際に借りていただけるか、さらに情報発信やリコメンドをしていただけるか、という点が難しいなと感じていますね」
「ウェアのターゲットは20~40代ぐらいの男性になるのですが、この層はアンケートをとると借りるよりも買いたいというニーズが強いことが分かりました。ただ、現在を循環経済への過渡期だと仮定すると、やはりそこで諦めるのではなく、どのように服を借りて楽しむというライフスタイルを浸透させ、そちらのほうが環境にも優しく良い取り組みだというブランディングをできるかが重要だと思っています」
未だにリニア型のビジネスが併存する過渡期において、サーキュラーエコノミーをどのように事業として成立させていくか。この課題は真剣に取り組んでいる企業であればどの企業もぶつかっている壁だろう。バガスアップサイクルは、その解決策の一つとしてPaaS以外の収益源も模索している。その一つが、使用後のかりゆしウェアから作られる「炭」だ。
小渡さん「炭についても、かなり古い技術ではありますが様々な利用方法があります。土壌改良材としてさとうきび畑に戻していきながら土壌を再生していくリジェネラティブなモデルを現実にしていきたいという思いもありますし、製炭炉を活用して提携しているホテルから出る有機物や服を炭にして石鹸にする、ホテルの温泉のバイオ燃料にしてもらうなどもあり得るかもしれません」
バガスアップサイクルが導入している製炭炉は大規模な設備は必要ない小型のものだ。もしこうした小型の製炭炉が様々な地域に分散して存在し、地域から出る廃棄物や未利用資源を炭にして地域の中で再活用するという循環モデルが構築できれば、土壌再生、炭素固定にもつながり、地域がどんどん豊かになっていきそうだ。
そうした地域に根ざした循環モデルのプロトタイプとしても、バガスアップサイクルの取り組みは大きな可能性を秘めている。
多様なローカルが、多様な循環をつくる未来
創業してすぐにコロナ禍となり、思うような事業が展開できなかったバガスアップサイクルだが、徐々に観光客も戻りつつあり、国内においてもサーキュラーエコノミーへの注目度が高まるなか、同社を取り巻く風向きは変わりつつある。今後、どのような展開を考えているのだろうか。最後に小渡さんに聞いてみた。
小渡さん「この2年間は観光客もいない、かりゆしウェアのオペレーションをサポートしてくるホテルの従業員もいない、など様々な阻害要因がありましたが、2023年はMICEやウェディング、修学旅行など市場が戻ってくるので、このタイミングでどこまで受け入れていただけるかが試金石になるなと思っています」
「また、その後はこのビジネスモデルを横展開できるとよいなと思っています。さとうきびは世界最大の生産量を誇る農作物で、主にブラジル、インド、中国、タイなどで作られていますが、これらのさとうきび産出国でバガスの高付加価値活用モデルとして紹介したいなと」
「また、サブスクリプションサービスのモデル自体は沖縄にこだわる必要はないなと思っています。現在はパートナーを組んでいるRinnovationさんとCurelab(キュアラボ)という会社をやっているのですが、そこではすでにビールのホップや麦、お茶やパイナップルなど、様々な食物残渣から和紙をつくることに成功しています。それぞれの地域が地域の素材で地域由来の紙をつくり、その生地に地域のクリエイターがコラボレーションしてシャツをつくり、結果としてそれぞれの地域の伝統文化が残っていく、といった連携ができると面白いなと思いますね」
SHIMA DENIM WORKSには、様々な食品残渣からできたパウダーと糸が展示されている
取材後記
バガスアップサイクルの何よりの魅力は、優れた循環型のビジネスモデルもさることながら、事業を通じて地域文化や地域社会に恩恵をもたらすという社会的価値の追求を重視している点だ。その背景には、小渡さんの地元である沖縄への愛と、沖縄が持つ文化や伝統、職人や産業に対する深い尊敬の念がある。
沖縄の場合は基幹作物であるさとうきびのバガスが未利用資源として存在しているわけだが、どのような資源が手に入るかは当然ながら地域によって異なる。また、どのようなプロダクトであればうまくその資源を活用してその土地の文化や活性化につながるモデルを作ることができるかも、地域によって正解は変わってくるだろう。
ただし、どんな地域であるにせよ、循環型のビジネスモデルを組み立てるときのエッセンスは変わらない。その意味で、バガスアップサイクルの事例は大変参考になる。
自分の地域にとっての「バガス」はどのような資源だろう。自分の地域にとっての「かりゆしウェア」はどんなプロダクトだろう。地域に根差した循環型のビジネスやデザインに興味があるという方は、ぜひ一度沖縄を訪れ、バガスアップサイクルのかりゆしウェアを借りてみてはどうだろうか。沖縄の文化や伝統を身に纏いながら、自分の地域に活かせるヒントを見つけにいこう。
【参照サイト】バガスアップサイクル・サービスサイト
【参照サイト】株式会社BAGASSE UPCYCLE
【参照サイト】株式会社Rinnovation
【参照記事】さとうきびの搾りかすをかりゆしウェアに。沖縄の文化を守る循環型ビジネス「バガスアップサイクル
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。