前編では、DYCLE誕生に至った背景を中心に紹介した。後編では、サーキュラーエコノミーの視点から同社の取り組みの特徴について考察していきたい。

DYCLEの環境を再生するリジェネラティブな仕組み

前編で紹介したように、新たな価値を創る考えを軸にしているDYCLEでは、環境を再生する「リジェネラティブ」な仕組みを実現させている。

生分解性のおむつを使い、排泄物とともに堆肥化させ、その堆肥を使って果物などの木を植えて育てる。そうすると、堆肥に含まれる栄養で土壌が改善するだけでなく、その土から育った新鮮な食材を地域住民が食べることができ、結果的に地域の人々も健康になる。その健康的な体からの排泄物を堆肥化し、土に与えることでさらに土壌が改善されていくといった流れが繰り返されていく。

このように、DYCLEの仕組みを多くの人が活用することでより多くの堆肥を作ることができ、それらの堆肥を使うことで土に栄養が蓄えられ、環境が再生される好循環を生み出すのである。DYCLEの仕組みを創り上げる一員になることで、人間も大きな自然の循環システムの一部ととらえ、共生していく視点を得ることができる。

DYCLEのシステミックフローの図
DYCLEのシステミックフローの図

さらに、DYCLEは一連の工程で生成される資源を一つの輪に留まらせるのではなく、上図のように資源のあらゆる要素を有効活用し、様々な循環の輪をつくり出して広げている。例えばおむつを堆肥化し、その堆肥を使って育てた木からは、果実だけでなく、剪定した枝もカスケード利用しているのだ。枝は廃棄せずにおむつに混ぜる炭に加工され、再度堆肥となり土へと戻る。このように、各工程で生成される資源を無駄なく活用し、循環させる仕組みになっているのである。

あらゆる人が協力して初めて、循環のモデルが実現する

サーキュラーエコノミーを考える時に生産方法や素材など、既存のものから少し変更を加えるだけではなく、システム自体を変えていかなくては成り立たないと松坂さんは語る。

「DYCLEはシステムチェンジを意識して新たなモデルを作っています。支援してくれる地域の行政や、おむつを作る人がいて、保育園、コンポスト会社、木を植えるNGO、農家など、地域のあらゆるステークホルダーがコミットして作りあげた仕組みです。多くの人の協力が必要なためとても時間がかかりますが、あらゆる人が協力しなければ本当の意味での循環は創れません。」

現状のDYCLEの仕組みを成立させるためには、地域の回収所が住宅地から徒歩圏内にある必要がある。そのため、ドイツのフリードリヒスハイン=クロイツベルクという地区の5~6か所で、24時間誰でも入れるような回収所を設置する予定だという。

現段階の最善を尽くして、心地よく使うための丁寧なコミュニケーションやサポートに注力している点も特徴的だった。

「DYCLEの生分解性のおむつには化学繊維を入れていません。それが理由で、現時点のDYCLEのおむつは、通常のおむつに比べて頻繁に取り替えなくてはいけません。しかし、その課題に対して商品を創る技術や完成度を高めなければならないのですが、私たちはスタートアップなので技術向上の限界があります。ですので、私たちの考えでは、赤ちゃんが排泄するタイミングを見分けることができるワークショップなどを実施し、よりソフト面に焦点を当てたサポートをしています。」

親に向けた説明会を行う様子
親に向けた説明会を行う様子

さらに、DYCLEのモデルには、地域内で取り組んでいるからこその利点がいくつかあるという。地域の利用者同士も顔が見える関係性になることで、共につくる堆肥への意識が変わる。母乳をあげる母親は、自分の体調や食べるものに気を付けるようになるという。

お父さんと息子が果物を収穫している様子
お父さんと息子が果物を収穫している様子

「オーガニックなものを少し増やしたり、ストレスを減らしたり、生活環境を考えていくことにもつながります。たくさんの人たちがオーガニックなものを食べて、地域で生産された新鮮なものを食べることで栄養価の高い排泄物が赤ちゃんから出てきたら、それが生きた土壌を作り、良い土で育った質の良い食材が家族にわたる循環が生まれます。全ての基準を少しずつでも上げると、必然的に関わるすべての人の生活にも良い影響を及ぼすことができる、そういう社会に貢献できたらと思っています。」

DYCLEを通して、地域のコミュニティができあがることで、オーガニック食品を普段の食事に少し増やすこと、ストレスを減らすこと、生活環境を見直すことにつながる。それが栄養価の高い排泄物を生み出し、それが地域の土壌づくりに貢献し、そしてその土で育った良い食材が家族に届くという循環が生まれるのだ。

DYCLEをサポートしている方々
DYCLEをサポートしている方々

自分の子供や家族の健康だけでなく、堆肥から育った食物を食べる人の健康にも貢献しようと、視点が地域コミュニティへと広がり、相互の関係構築にも繋がる取り組みである。

【今後の展開】地域の資源を活用し、地域に合わせた方法で展開

1. 簡易版製造機の開発

こうしたDYCLEのモデルは、今後他の地域にも展開していきたいと松坂さんは意気込んでいる。そのためには、おむつを手作りするのではなく、効率的に天然素材のおむつを作れるよう、新しく機械を作っているという。

「実はDYCLEのシステムを取り入れたいとご連絡をいただくことが多いのですが、その約4割が発展途上国からのお問い合わせなのです。おむつに使用できる各国特有の素材は何十種類もあるかもしれませんが、素材があってもおむつをつくる機械を買うだけの経済的な余裕がない場合、大がかりな機械を導入することが難しいケースも少なくありません。そこで、身近にある天然素材を使って生産できる方法を提供したいと思い、簡易製造機を開発しています。」

2. ラーニングネットワークの創出

今後の展開にあたって、「ラーニングネットワーク」の創出を目指している。導入意欲のある地域・すでに導入している地域・生産はできないが導入したいと考える地域がつながり、情報交換するネットワークだ。

DYCLEの仕組みを導入するためには、利用してくれる人を集めるだけでなく、資金面のサポートや収集場、堆肥化する企業など様々な協力が必要となる。従来とは違う、一方通行型ではなく資源の価値を活かした循環型システムの取り組みは一人や一社では完結できない。地域の資産を活用し、その地域のオリジナル製品を創り、使い、再利用し続けることで、無駄のない循環ができあがるのである。

サーキュラーエコノミーの視点から

今回伺ったDYCLEの取り組みについて、サーキュラーエコノミーの視点から整理して考えてみたい。

1. 技術サイクルから生物サイクルへの移行

技術サイクルで製造し、使用後は廃棄するという選択肢しかなくリニア型モデルからの脱却が図れていなかった従来のおむつ。吸収性などの機能性を高めるためにさまざまな化学物質が配合されていたために焼却や埋め立てしか出口がなかったおむつを、DYCLEは天然資源のみを採用し生分解可能にすることで生物サイクルで回せるようにした。生物サイクルを回すことだけでなく、DYCLEでは地域内で原料を調達し、製造、使用、そして堆肥化するといった地域内でループを回すことにも重きを置いている。

(技術サイクル・生物サイクルの詳しい説明はこちらの記事へ)

2. 土を通じた循環と環境の再生(リジェネレーション)に繋がる取り組み

エレン・マッカーサー財団が提唱するサーキュラーエコノミーの3原則のひとつに、「自然の仕組みを再生する」があるDYCLEは、まさに「環境の再生」を体現している。

DYCLEは、排泄物を堆肥化することで人も自然の循環プロセスの中に加わることができる仕組みである。さらに、DYCLEは廃棄していたものを資源として循環させるだけでなく、堆肥を土に使い、木を植えることで環境を再生させるといったリジェネラティブな要素も入っている。DYCLEによると、赤ちゃん1人の年間の排泄物から約1トンもの土をつくることができると算出している。そしてそれらは栄養豊富な土であることが特筆すべき点である。

3. つながりの創出

このプロジェクトを実現するためには、地域の住民や団体、行政の連携が欠かせない。DYCLEはおむつを提供するが、おむつの回収は地域の幼稚園などに協力してもらい、堆肥化も地域の企業へ依頼している。これらの連携なくしては出来上がらない仕組みであると同時に、連携するからこその良さがある。

調達、製造、回収、堆肥化など一連の流れを地域で行うことで、堆肥を地域コミュニティに還元し、地域内で木を植えることで環境面への良い影響だけではなく、雇用の創出や地域コミュニティの関係を構築し、地域社会をも支援する輪が出来上がる仕組みになっている。

さらに、地域内に留まらず、同じ仕組みを実践したい他の地域へのノウハウの共有するべく、オープンソースでノウハウを共有している点も特筆すべき点だ。こうした循環型おむつをきっかけに、あらゆる環境に配慮した取り組みが地域間で共有されるといった、グローバルなネットワークへと発展していくのではないだろうか。

DYCLE共同創業者の松坂さんとChristian Schlohさん
DYCLE共同創業者の松坂さんとChristian Schlohさん

編集後記

「おむつをどうリサイクルするかという視点でなく、排泄物の価値をあげ、どう自然に戻してくれるのかが大切です。」そう話す松坂さんからは、サーキュラーエコノミーを実践する上での重要なポイントをいただいた。

近年脱炭素社会やサーキュラーエコノミー化などという言葉をよく耳にするようになったが、それらを目指すことがゴールではない。目的は、その先にある自然の再生や人類の繁栄なのではないだろうか。あらゆる選択をしながら行動するなかで、物事の一面だけをとらえるのではなく、「本質」をとらえることの重要性を再認識した。

そして何よりも、課題解決に重要な視点のひとつに、ステークホルダー全員が楽しみながら、長期的なメリットが得られるかを考慮する視点も印象的だった。目の前の数字だけでなく、長期的な目線で、本質的な目標をもって取り組むことを意識する必要がある。DYCLEのシステムはベルリンの複数の地域で始まったばかりだ。DYCLEの知見を活かし、さまざまなハードルをクリアした形で、いつか日本でも展開されていくことに期待したい。

【関連サイト】DYCLE