コーヒーとサステナビリティは、切っても切り離せない関係だ。コーヒー豆の一生には、廃棄されるまでに多くの「無駄」が生じることはよく知られている。この無駄に対処しようと、栽培から加工・利用・廃棄段階での「無駄」の排除に加えて、価値を最大限「抽出」する取り組みが見られる。伝統的な木陰栽培への一部回帰やアグロフォレストリー、果肉の再利用、コーヒーかすの飼料への利用など、ライフサイクルの各段階で課題解決に向けた動きが見られる。
パーム油とサステナビリティの関係も深い。持続不可能な慣行で栽培されたパーム油においては、熱帯林はパーム油の原料となるアブラヤシ農園のために切り拓かれ、気候変動、泥炭地、生物多様性への影響、そしてコミュニティの分断などの課題が引き起こされている。そこで、持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)が2004年に設立され、持続可能なパーム油のサプライチェーン構築に向けた動きが広がるが、今後の需要拡大を見込むと大部分を持続可能なパーム油に移行しなければ抜本的解決は難しいとも指摘される。かといって、面積あたりの収量が高いパーム油を他の作物で代替することは、パーム油が引き起こしてきた問題を繰り返すことにもなりかねない。
現状の取り組みに加えて、これらの課題には追加的なアプローチが求められているが、ここに貢献できる可能性を秘めているスタートアップを紹介する。英国・グラスゴーに拠点を置くRevive Eco社だ。同社はコーヒーかすから再生油分を抽出し、パーム油の代替品としてアップサイクルする技術を有する。これまで、Zero Waste Scotlandなどから資金を調達し、BBCや世界経済フォーラムなどでも取り上げられている注目のスタートアップだ。同社を共同で創業したFergus Moore 氏とScott Kennedy 氏に、この2原料の課題解決につながる事業活動について伺った。
すべては持続不可能な慣行を「破壊」しようとしている
「すべては持続不可能な慣行を『破壊』しようとしている、といってもいいかもしれません」
冒頭、こう口を揃えるFergus Moore 氏とScott Kennedy 氏は、学生の頃に同じカフェに勤務していた。2人はストラスクライド大学の初期プロジェクトを経て、2019年にコーヒーかす由来の再生油分に着目し始めた。レストランやカフェで大量に捨てられるコーヒーかすの油成分を分析し、天然オイルや化学品として抽出することに成功。スキンケア製品や飲料、ホームクリーニング用洗剤、薬剤などに利用できる「高い価値」(同社)を持つ再生油分を抽出するプロセスを構築するに至る。抽出された油分はパーム油や他のいくつかの材料の需要を置き換えることが可能だという。2023年には英国やEUで大手ブランド数社との協業を予定。最近では、コーヒーかすから抽出した乳化剤とコーヒー残さを活用した「コーヒースクラブ」の開発に成功している。
同社によると、英国全体で毎年50万トン、スコットランドだけで4万トンのコーヒーかすが発生し、その大部分は埋立されている。言い換えれば、コーヒーかすは「余っている」状態だ。そこで、同社はグラスゴーの廃棄物管理会社と協働し、週に2.5トンのコーヒーかすを回収。コロナ禍でカフェが営業停止を余儀なくされるに伴いコーヒーかすの回収も停止していたが、現在では英国内のコーヒーチェーンを対象に回収プロジェクトのパイロットが始まっている。
コーヒーかすの半分は水分でできている。その後、水分を減らし材料を安定させ、その10-12%を油に利用。残りは、スキンケア製品・バイオマス・嫌気性消化など、さまざまな用途に活用する。
コーヒーかすの活用について、Kennedy 氏はこう話す。「コーヒーかすのさまざまな部分からさまざまな価値を抽出しようとしており、ゼロウェイストの状態まで持っていきたいですね」
コーヒーかすの活用は決して新しい話ではないが、コーヒーかすから価値を「抽出」してできた再生油分を活用することに新規性があるという。将来、スケール化に成功し、パーム油の需要を置き換えることができれば、その分だけ新たな原料生産の必要はなくなる。そのため、環境へ良いインパクトを与えるように見えるが、実際はどうだろうか。
「『サステナブルな材料のように見える』というグリーンウォッシングにもつながる事態の発生を避けるため、定量評価を行いました。LCAはある時点の状態を示すという特性があり、われわれはプロセスを最適化してスケールアップを図っています。この前提を念頭においたうえで評価すると、1トンのコーヒーかすは同量のパーム油と比較して、CO2排出量を3分の1まで抑えられているという結果を得ました」とKennedy 氏。今後、スケールアップするにつれてどういう効果が現れるのか、さらに期待したい。
コーヒーと利用側メーカーのエコシステム構築へ
結果的に同社は、パーム油が有するような成分を活用したい利用側のメーカー・ブランドと、コーヒーかすを埋立や焼却ではなく有効活用したい排出側のカフェやブランドなどを結びつける役目を果たすことになる。利用用途が限定されたアップサイクルではなく、コーヒーかすをさまざまな製品の原料として使用できるため、汎用性が高い。
しかし、これには両者との連携・エコシステム構築が不可欠だ。カフェなどコーヒーかすの排出側の反応はどうだろうか。Kennedy氏はこう話す。
「カフェからの反応は全体として好意的です。なぜなら、彼らの日々のオペレーションをほとんど変える必要がないからです。唯一変更が必要な工程は、コーヒーかすを違う容器や箱などに入れておくということで、特別なインフラを構築する必要はありません」
日々のオペレーションを変えることなく、コーヒーかすから高い価値が抽出できるなら、魅力的に感じるということだろう。では利用側はどうだろうか。
「使う側の反応も同様にポジティブです。しかし実際に採用段階になるとどうしても高い価格がネックとなることが現在の課題です。そこで、サステナビリティやサーキュラーエコノミーの価値観を持ち合わせている企業と手を組んでいくというのは得策だと考えています」
利用側は機能面・品質面・価格面など総合的に判断しなければならないため、慎重にならざるを得ない。そのため、アプローチ先の優先順位を決めて、価値を訴求していくという。価格は、スケール化すれば下げられる一方で、戦略的に決定したいという意図もあるようだ。
「現状はパーム油やその他材料に比べて価格は高いものになっています。弊社はまだまだ小さいスタートアップで、すべてが最適化されているわけではありません。ただ、今後スケールアップするにつれ、新たな戦略パートナーを得てスケールメリットが働くことでコストダウンが加速し、競合材料の価格と比較可能なレベルになっていくでしょう。ただし、意図的にパーム油と比較して少し高い価格を維持していきたいと思っています。なぜなら、自然環境に配慮し社会的に責任ある製造方法であること、そしてパーム油が有していないスキンケアや栄養分におけるメリットを価格に反映させたいからです」とMoore 氏。
再生油分で環境価値を価格に反映させていくことで、間接的に外部不経済の内部化を図ろうということなのかもしれない。この点について、同氏は明確な考えを持つ。
「パーム油が安価な理由の一つとして、消費者がサプライチェーンに対し十分な対価を支払っていないことが挙げられています。つまり、環境負荷を補填しない『人工的』な安い値付けとなるのです。そのため、このような原料にはそれに見合った価格付けが行われるべきであると考えています」
サーキュラーエコノミー構築において大切なこと
Revive Ecoの事業は、原材料あたりの価値最大化につながる。この点は、サーキュラーエコノミーの重要な側面でもある。
「『サーキュラーエコノミーはコストでしかなく、利益を確保できる場合にのみ機能させる』ということをよく聞きます。しかし、これまでなかった価値を創出するという意味で、こういった認識とは異なるのではないでしょうか。実際にはサーキュラーエコノミーに移行することで、廃棄量や利用原材料を減らすことができるので、結果として経済的に持続可能になります」Kennedy 氏は力を込める。
コーヒーかすからできた製品は、このような価値を訴えやすいという側面もあるという。
「コーヒは、誰でも知っていて目に見えるものです。そのため、コーヒーの余剰物は教育や啓蒙にも役立つと思っています。さらにスキンケア製品も目に見えるため、コーヒーかすが製品に使われるまでのすべてのストーリーを追いかけることができます」
「英国のリサイクル率は高止まりしていますが、リサイクルへの意識が低くなっているように感じます。リサイクルできるものが必ずしもリサイクルされているわけではないことも理由としてあるでしょう。そのため、サーキュラーエコノミーはこれを打破するためのワクワクするアイデアとして認識されているという側面があるのかもしれません」とMoore 氏はつけ加える。
海外へシステムの提供も検討
コロナ禍を経て経済が正常化した今、パートナーを獲得することが今後の同社の命運を左右する。どの市場を見据えているのか、最後に伺った。
「短期的にはスコットランドで展開していきたいと思いますが、現在このプロセスの特許を取得している最中ですので、ライセンス供与という形態で海外展開を図っていきたいと考えています。材料自体を販売するという形態ではなく、油分を抽出するシステムの提供によってできるだけ多くのコーヒーかすをリサイクルできる基盤を構築できればと思っています。実際、欧州や北米、オーストラリア、そして日本の企業から関心をいただいており、協議中です。もちろん日本も注目している市場です」
編集後記:無価値を有価値へ
Revive Ecoの取り組みは、これまでほとんど価値がなかったものに対して、価値をつけていく試みにだといえる。この試みでは、価値をつけた分に相当するバージン材の利用量を抑えることができる。そのため従来は無価値あるいは廃棄コストを支払っていた分、コスト削減または利益創出への展望を描くことができ、取り組むインセンティブが生まれやすい。Revive Ecoが開発する再生油分は、コーヒーかすを限定した用途に利用するアップサイクルではなく、相性の良い製品の構成物として汎用的に活用できることも今後の可能性が描ける要因なのだろう。直近で踏むべきフェーズは、再生油分の価値訴求とパートナー獲得、その過程で生まれる環境価値の創出だという。その先に、持続不可能な慣行を「破壊」する道筋が見えてくるのかもしれない。
冒頭写真は筆者撮影。それ以外の写真はRevive Eco社提供。