手ぶらで運動に来たけれど、小腹が空いた。汗をかいた帰り道、現金を持ち合わせていなくても、キャッシュレスで手軽にパンが買える場所がある。

横浜銀行アイスアリーナのロビーには、地域のパン屋で売れ残ったパンの入った「食品ロス削減SDGsロッカー」が設置されている。

食品ロス削減SDGsロッカー

「食品ロス削減SDGsロッカー(以下、SDGsロッカー)」は、消費期限内にもかかわらず廃棄されてしまうパンや、形が不揃いな規格外野菜などを手頃な価格で購入できるロッカー型自動販売機だ。この取り組みは、横浜市内に本社を構える株式会社アルファロッカーシステム(以下、アルファロッカーシステム)がロッカーを提供し、2024年1月に始まった。市内各所で、パン屋をはじめとする食品の製造・販売者と、ロッカーによる食品提供を希望する施設管理者をマッチングすることで、地域内で食品の循環を促進し、新たな地域パートナーシップを生み出す機会にもつながっている。

2025年3月現在、市内7か所に設置されているSDGsロッカーだが、横浜市では今後30か所への増設を目指している。

今回Circular Yokohamaでは、横浜市神奈川区にある横浜銀行アイスアリーナに設置されているSDGsロッカーについて取材。ロッカーの提供者、パンの提供者、設置場所の提供者、そして普及啓発を担う行政、それぞれの視点から、SDGsロッカーの魅力や今後の展望を伺った。

話し手

▽三木 正造さん:株式会社アルファロッカーシステム 営業部 担当部長
▽小谷 康敬さん:公益財団法人横浜市スポーツ協会 横浜銀行アイスアリーナ スケートリンク事業部 スケートリンク事業課
▽曹 恒風さん:エッセングループ 総務部
▽佐々木 結花さん:横浜市 脱炭素・GREEN×EXPO推進局 循環型社会推進課 担当係長

聞き手

▽室井 梨那:Circular Yokohama編集部

左から:小谷さん、曹さん、佐々木さん、三木さん

横浜の老舗ロッカー企業が挑む「食品ロス削減」

アルファロッカー・三木さん「ヨコハマに本社のあるアルファロッカーシステムは、創業から60年が経ちます。国内最大手のロッカー専門メーカーで、コインロッカーや貴重品ロッカーなど様々なロッカーを製造販売しています。自動販売機型のロッカーもその一つで、20年以上前から規格外の野菜や卵の無人販売等に活用されています」

「横浜における取り組みのきっかけは、2020年のコロナ禍でした。無人の非対面販売が可能なロッカー型自動販売機の需要が高まったのです。そんなときに、千葉県にあるパン工場で、規格外のパンの販売にロッカーを活用している事例を知りました」

三木さん

「コロナ禍で社会全体が厳しい状況でしたが、ロッカーの力を活用して地元に貢献できないかと考え、以前よりお取引のあった横浜銀行に相談してみたところ、横浜市の交通局や脱炭素・GREEN×EXPO推進局をご紹介いただきました」

「それから、脱炭素・GREEN×EXPO推進局が運営に携わる『ヨコハマSDGsデザインセンター』のマッチングと課題解決支援の枠組みを活用して、同センターが運営する拠点『SDGsステーション横浜関内』にSDGsロッカー第一号を設置しました」

「関内では大変好評で、ぜひ横浜市内のさまざまなエリアにこの取り組みを拡大していこうということになりました」

「食」の課題に「場所」のアイデア。アイスアリーナとSDGsロッカーの出会い

「設置場所に関しては、まず横浜銀行にご相談したところ、同行がオフィシャルパートナーを務める横浜銀行アイスアリーナをご紹介いただきました」

横浜銀行アイスアリーナ

アイスアリーナ・小谷さん「横浜銀行アイスアリーナでは、以前から運動の前後で食事をしたいという声を多くいただいていました。しかしながら、スケートリンクという施設柄、季節や試合の有無などで利用者数が大きく変動するため、コンビニや飲食業者では、収益性の観点から持続可能な営業が難しいという側面がありました」

「とはいえ、施設は選手によるリンクの貸し切り利用や試合のために深夜や早朝も営業しており、氷の管理も24時間365日欠かせません。そのため、ニーズに対応できる柔軟なサービスについて考えていました」

「そんななかで出会ったこのSDGsロッカーは、我々が抱えていた需要を満たしながら課題を解決してくれる、まさに適材適所の仕組みでした。アイスリンクは季節を問わず24時間涼しい環境ですので、パンの管理にも最適なのです」

小谷さん

売れ残りの「ロスパン」が発生するのは、パン屋の宿命なのか

アルファロッカー・三木さん「設置場所が決まった後は、ロッカーに入れるパンを提供してくれる事業者探し。取り組み開始当初は一軒ずつパン屋を回ってパートナーを探したこともありました。横浜銀行アイスアリーナでは、設置当初にご協力いただいていたパン屋さんが撤退されるタイミングで、後継の事業者を探していたところ、エッセングループ(以下、エッセン)さんと出会いました」

編集部・室井「パン屋さんの視点では、食品ロスに関する課題にはどのようなものがあるのでしょうか」

エッセン・曹さん「パンの製造と販売では、食品ロスが発生しやすいタイミングがあります。それは、夕方から閉店までの時間帯。パン屋を訪れるお客様の視点に立つと、パン屋さんでのお買い物の楽しみは、多種多様なパンから好みの商品を選ぶことです。たとえ同じパンでも、少ない種類から選ぶ時と、たくさんの種類から選ぶ時では、買い物の満足度が違うはずです。また、店先で焼き立てのパンの良い香りに誘われてついパンを購入したという経験が、皆さんもあるのではないでしょうか」

「つまり、朝焼いたパンを1日かけて売り切るということではなく、日中もパンを焼き続けながら、夕方になってもできる限りたくさんのパンを並べることが求められているのです。賞味期限も短いため、そうして売れ残ったパンの多くは廃棄されています。お店としては、廃棄にもお金がかかりますので、環境にとっても業界にとっても幸せではありません」

曹さん

編集部・室井「アパレル業界でも、特定の色や柄を目立たせたり、選択肢を増やすことで購買意欲を促進したりするため、本来売れ筋ではない色『捨て色』のアイテムを店頭に並べていることがあるといいます。パン業界でも、このような理論からあえて多くのパンを製造しているケースがあるのですね」

「いつもの配達ルート」に生まれた、ベストなマッチング

編集部・室井「食品ロスロッカーは、まだ食べられるパンを救済するのにぴったりの仕組みです。一方で、パン屋さんにとって割引価格で販売することの金銭的なメリットはあるのでしょうか」

エッセン・曹さん「パンを工場やお店で廃棄すると処理費用が必要となるため、かえってコストがかかります。たとえ割引価格だとしても、それを欲しい方に買っていただけるなら、我々パン屋にとっても”おいしい話”です」

SDGsロッカーで販売しているエッセンのパン(一例)

アイスアリーナ・小谷さん「横浜銀行アイスアリーナの目の前の国道は、もともとエッセンさんの配達ルート。配達にも追加のコストがかからないという点でも、本当にベストなマッチングが実現していると感じます」

編集部・室井「提供事業者の皆さまにとって、かゆいところに手が届く仕組みなのですね」

エッセン・曹さん「エッセンでは、SDGsロッカーで販売するパンは通常価格の約3割引きを目安にしています。また、パンは単品ではなくセット販売にしており、内容にもよりますが、ロッカーひとつにつき700〜1000円程度の価格で提供しています」

編集部・室井「先ほどヨガのレッスン帰りにパンを購入されている方がいました。セットには惣菜パンはもちろん食パンやクッキーも入っており、家族や友人と分けて食べたりお土産にしたりするのにぴったりのボリュームでした」

SDGsロッカーのパンを購入する利用者

現金不要、スマートに買い物できる仕組みが思いがけず好評

編集部・室井「実際に運用してみて、利用者の皆さまからはどのような声が届いていますか」

アイスアリーナ・小谷さん「施設では、利用者から大変好評です」

エッセン・曹さん「このSDGsロッカーは優れもので、中身が売り切れるとパン屋さんに通知が来ます。ロスが出たらロッカーに入れるという仕組みですから、『売り切れました』と連絡があっても、補充するパンがないことも多々あります」

編集部・室井「食品ロス削減という観点では嬉しいことですが、消費者の需要に応えるという意味ではもどかしい状況ですね。ただ、売り切れ状態のロッカーをみて初めて、SDGsロッカーのコンセプトに気づくという方もいるのではないでしょうか」

アイスアリーナ・小谷さん「ほかに驚いたことは、キャッシュレス自販機への好反応です。もともと横浜銀行アイスアリーナでは、入場券から物販まで、すべて現金のみの取り扱いでした。特に、シニアや子どもの利用も多いことから、キャッシュレス対応は向かないのではという考えもありました」

「しかし、アルファロッカー様のご尽力がありキャッシュレス対応のSDGsロッカーが登場し、それを導入することになりました。実際に設置してみると売れ行きは高まり、利用者は思いの外キャッシュレス決済に抵抗感を持っていないということがわかりました。運動に訪れる際は軽装の方も多いため、小銭を持たずともパンを購入できるところに、むしろ便利さを感じているようです。また施設にとっても、お釣りの補充が不要なため、無人営業となる夜中や早朝でも安心して販売できることが大きなメリットとなっています」

初めてでも使い方がわかりやすいような表示が施されています

横浜市・佐々木さん「横浜市では、脱炭素やSDGsの達成に向けた食品ロス削減に力を入れています。特に脱炭素・GREEN×EXPO推進局 循環型社会推進課では、市内事業者の皆さまのもつ知識や技術をマッチングすることに加え、生活者の皆さまが暮らしをよりサステナブルにするための具体的なアイデアを提供したいと考えています。このSDGsロッカーは、メディアからの反響も大きく、市民の皆さまに『パンを買うだけでSDGsに取り組めるんだ』『こんなに簡単なことでも貢献につながるんだ』と実感していただくきっかけになっていると感じます」

佐々木さん

編集部・室井「特別なアクションを取らなくても、生活の中で当たり前に必要とするモノやコトがより良い環境や社会の実現につながるという仕組みが理想的ですね」

SDGsロッカーの普及に向けて必要な「あと一歩」とは?

編集部・室井「横浜銀行アイスアリーナにおけるSDGsロッカーの取り組みが始まってまもなく1年が経つ。この取り組みを持続可能としていくために、どのような課題や挑戦がありますか」

アイスアリーナ・小谷さん「施設としては、利用者のニーズに応えるサービスの提供が目的となっていますので、取り組みを継続するモチベーションが尽きることはないと思っています。ニーズの変化に柔軟に対応し続けることが、持続可能な運営の鍵となりそうです」

エッセン・曹さん「パン屋の視点では、お客様にとって飽きが来ないようにすることが挑戦だと思っています。常に商品を補充できることが理想ですが、食品ロスが発生してはじめて供給が生まれる点や、たとえばクリームパンのように衛生の観点からロッカーに入れられない種類のパンがある点は、この仕組みの難しさです」

横浜市・佐々木さん「SDGsロッカーは、仕組み上パン以外のアイテムを入れることも可能です。食品ロスはパンに限らずさまざまな食品で発生しているため、日々変化する需要と供給を把握し、課題の解決につながる仕組みを模索し続ける必要があると考えています」

取材の様子

アルファロッカー・三木さん「この取り組みをご紹介すると『良い取り組みですね、ぜひやってみたい』という声を多くいただきます。実際に始めるには、需要と供給、設置場所など、いくつかの条件が整う必要がありますが、一度設置できれば運用自体はとてもシンプルです。また、運営はロッカーに入れたパンの売り上げを100%の原資としており、大きな初期投資や追加のコストはかかりません。必要なパートナーを見つけるまでが一番の課題かもしれませんね」

エッセン・曹さん「エッセンの場合は、もともとパンの配達を請け負っていたため、パンの配送や補充は課題になりませんでした。ただ、地域に根付いた個人経営のパン屋さんでは、車や人手がなく配達が難しい場合も多いかもしれません」

三木さん(左)と、曹さん(右)

アルファロッカー・三木さん「そうですね。小規模なパン屋さんでも、配送をアウトソーシングできる仕組みがあれば理想的です。経済面でもどのように価値を循環させ、多くの方々とつながることができるか、引き続き模索していきたいです」

「また、食品を入れるという観点では、設置場所にも注意が必要です。たとえば、夏場の炎天下となる屋外は食品を安全に提供できないので、温度管理できる環境であることが重要です」

アイスアリーナ・小谷さん「横浜銀行アイスアリーナのように空調管理が整い、人が多く訪れる施設であれば他にも候補地はたくさんありそうです。電源と自動販売機1台分のスペースさえあれば良いので、認知がさらに広がれば、もっと需要と供給が増えていくのではないでしょうか。ちなみに、アイスアリーナでは整氷のために毎日大量の氷が出ます。将来的には、SDGsロッカーの冷却にその氷を活用することも、新たな地域循環として実現できたらいいなと思います」

アルファロッカー・三木さん「SDGsロッカーは非常にシンプルな仕組みです。パン屋さんで売れ残りがあればロッカーに入れる。無ければ入れない。事前の登録などは不要で、お客様も通りがかりに気軽に購入できる。引き続きパートナーシップを広げながら、脱炭素先行地域の好事例として成長させていきたいですね」

横浜市・佐々木さん「横浜市には、市外の企業や他の自治会からもSDGsロッカーの取り組みを学びたいという問い合わせが数多く寄せられています」

アルファロッカー・三木さん「もともとアルファロッカーシステムの商品名だった『コインロッカー』は、60年経ったいま、誰もが使う普通名詞になりました。私たちの経験からすると、この『SDGsロッカー』も、将来的には誰もが当たり前に使うような社会インフラになっている未来も十分あり得ると思っています。そんな未来を目指して、これからも力を入れていきたいですね」

取材後記

取材が終わってからも皆さまの話し合いは続き、「温かい食べ物も提供したいから電子レンジや給湯ポットを置いてみては」「トースターも良いですね」「防災備蓄のカップラーメンをロッカーに入れることもできるのでは?」など、食品ロス削減を超えて地域全体の課題解決を考える意見が活発に交わされていた。

これは、自社の利益だけではなく、地域全体を良くしたいという皆さんの共通の想いがあるからこそ生まれる、温かい交流であると感じる。

Circular Yokohamaでは、この取り組みが今後さらに多くの人を巻き込みながら拡大していく様子を引き続き追いかけていく。

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「Circular Yokohama」からの転載記事となります。