世界的な人口爆発やそれに伴い見込まれる資源の使用量の増加、そして増加し続けるCO2排出量。さらに人間が地球で安全に活動できる範囲の限界を示すプラネタリー・バウンダリーについては、2023年9月時点で、その9つの領域のうち気候変動を含む6つの項目ですでに限界を超えているとされており、地球のレジリエンスを維持できないほど人間による活動が地球環境に負荷をかけていることが明らかになっています。

こうした状況の中で、経済成長と環境負荷を切り離すデカップリングが求められています。そんな中、サーキュラーエコノミーは、すでに経済システムに投入された資源を活用し続け、自然のシステムを回復させながらビジネスや社会、生活者にとっての価値を生み出していくことを目指す方法として注目されています。

人間が使用できる資源量の制約に、一刻も早く気候変動の進行を食い止めなければならないという時間的な制約。これらの複雑な問題に立ち向かっていくとき、サーキュラーデザインを実践することが求められる私たちは、果たしてどんな視点を持つことが求められているのでしょうか。

「創造力で、気候危機に立ち向かう」をテーマに、気候危機に関わる様々なテーマについて発信し、そこに集う人々とともに考え、行動するプロジェクトが、Climate Creativeです。Climate Creativeでは、サーキュラーデザインを通じて、プロダクトやサービスの循環性だけではなく、それらを取り巻くビジネスモデルや組織のあり方、法制度やインフラなど社会のシステムそのものをデザインし直していく可能性を模索しています。

サーキュラーデザインにおいて、何が制約となるのか、そして可変なものは何なのか。それらを理解しながら、様々な視点・視座を行き来することで、目の前の課題に対してクリエイティブな解決策を見出していく。今回、Climate Creativeでは、サーキュラーデザインの考え方に基づく製品・サービスの開発に向けた視点や思考法を身につける全3回のワークショッププログラムを実施しました。

本プログラムでは、第1回にサーキュラーエコノミーの基本的な考え方やその必要性、ビジネスデザインに応用するための観点を理解するセッションを行い、第2回では循環型のビジネスアイデアとすぐれたユーザー体験の両立を目指すワークを実施。第3回では、思考のヒントや制約条件としてデータを活用するため、CO2排出量などLCA(ライフサイクルアセスメント)のデータをもとに課題の特定や解決アイデアの検討などを行い、環境やユーザー、事業の実現可能性など様々な観点からアイデアを見つめる検証ワークを実施しました。

サーキュラーエコノミーをキーワードに新たなビジネスアイデアや共創の可能性を探る新規事業開発担当者から、社内で環境負荷の可視化や情報開示に取り組む実践者まで、のべ約40名が参加した今回のプログラム。本記事ではその模様をダイジェストでレポートします。

Vol.1 サーキュラーエコノミー・サーキュラーデザインへの理解を深める

1回目は、サーキュラーエコノミーへの理解を深めるためのインプットセッションを行い、その後、身の回りにあるプロダクトをサーキュラーデザインの観点で分析するミニワークを実施しました。

循環とは、関係性のリ・デザイン

はじめに、サーキュラーデザインの実践に向けて、モノからシステムへと視点を移していきながら「循環の本質とは何か?」を見つめていきます。ここでのポイントとなったのが、人と人、人ともの、人と自然など、ありとあらゆるアクター同士の関係性を再定義し、互いに役割を付与し直すことで、物質の循環や自然のリズムを取り戻していくこと。

エレン・マッカーサー財団が提唱する3つのサーキュラーエコノミー原則を深掘りして見ていくと、まず「廃棄物の概念をなくす:Design out Waste」は、「出てしまった廃棄物をなんとかして活用する」という発想から、「そもそも廃棄物が出ないように」へと「廃棄物」「資源」の捉え方を変えることで、廃棄物がそもそも発生しないような仕組みへと転換することを促します。

続いて、「製品や素材を(最も高い価値のまま)循環させ続ける:Circulate products and materials(at their highest value)」について掘り下げていくと、製品の「価値」を下げるのはエネルギーのロスや温室効果ガスの発生であると言えることから、脱炭素やカーボンニュートラルなどの言葉に見られるような「悪者としての炭素」という見方を変え「炭素が、間違った場所に、間違った量、間違った期間置かれていること」を問題と捉え、炭素の循環バランスを正しくデザインしていくことが求められると言えます。

さらに「自然のシステムを再生する:Regenerate nature」については、「人間が自然に対して生み出している負の影響をゼロにしよう」という考え方から「人間が自然を含むシステムに存在していることで、人間が活動するほど自然が再生されるような役割を担えないか」と一歩踏み込んだ見方をすることで、単に資源やものが循環するだけでなく、自然のシステムのリズムを取り戻していくという抜本的な変化を追求しています。

循環の概念は、境界線を曖昧にする

サーキュラーデザインの「5つの資源戦略」と「3つの階層」

このようにシステムレベルで循環をとらえる視点を持った後は、ビジネスで循環を実現していくためのワークに入っていきます。ここからのワークで使用していく「Circularity DECK(サーキュラリティデッキ)」は「Narrow:より少なく使う」「Close:より閉じた環境で使う」など5つの資源戦略と、プロダクト・ビジネスモデル・エコシステム(業界や地域など)の3つの階層を掛け合わせた51枚のカードで構成されており、様々な視点・視座を行き来しながら課題探索やアイデア出しを手助けしてくれます。それぞれのカードには、資源戦略と階層を掛け合わせたアイデアや具体的な事例が書かれています。

5つの資源戦略と3つの階層
アイデアや視点が書かれたCircularity DECKのカード

Vol.1の最後に行ったミニワークでは、サーキュラーデザインの第一歩目として、「Circularity DECK」を使用したプロダクトの現状分析を行いました。今回はランニングシューズをテーマに、カードに書かれたサーキュラーデザイン戦略がすでに採用されているかを「Yes/No」で仕分け。そのような中で「再生材を使ったランニングシューズもすでにある」「分解可能なスニーカーは実現できそうだけど、まだ見たことがない」「耐久性の問題があり難しいのでは」など様々な観点から意見が交わされ、サーキュラーなプロダクトのアイデアを考える「種」が生まれてきていました。

階層を超えてプロダクトやサービスを見つめ直すことで、本当の問題がどこにあるのかを見極める

Vol.2 「Circularity DECK」を活用してビジネスのアイデアを創出し、ユーザーエクスペリエンスの観点でアイデアを検証する

続くVol.2では、Circularity DECKを活用して具体的なビジネスアイデア創出を実践。今回はサングラスや傘などをお題に、Vol.1で行った現状分析・課題発見の復習と、それらの課題を解決するためのアイデアを考えていきました。

「傘は、天候の変化によって急に必要になる」「サングラスは寿命が来る前に飽きが来てしまう」など、製品ごとに異なる課題に着目し、再生型の素材や回収システム、多機能なデザインによる付加価値向上などの戦略を組み合わせたアイデアが生まれていました。

ここで、プロダクト開発者の視点から、ユーザーの観点にスイッチ。資源循環のループが形になり、一見理想的に見えるアイデアも、実際にユーザージャーニーを追ってみると、「気軽に使いたいから、多機能で高価なものはいらない」「このインセンティブがあっても、回収に出そうと思えない」といったリアルな課題が見えてきます。ここで行っているのは、それが「使われる」サービス・製品であるかどうかを確かめること。必要とされ、使われなければ、それは商品として成り立ちません。ユーザー目線で考えるということは、すなわち、循環視点で考えたアイデアの事業性を検証するということにもつながってきます。

サーキュラーデザインとユーザー体験のコンフリクト

サーキュラーデザインにおいてユーザー体験の観点でぶつかりやすい課題として、「回収・再生システムを構築したいが、返却や洗浄などに手間がかかる」「サブスク型のサービスを展開したいが、定額課金が割高に感じられる」「再生材やバイオ素材は質感が従来品に劣る」などが挙げられます。また、視点を変えると、「説明書のデジタル化により高齢者がアクセスしにくくなる」「修理・回収の仕組みが移動が困難なユーザーに負担を強いることになる」といったアクセシビリティの課題も見えてきます。

このワークでは、ユーザー観点で検証した結果生まれてきた課題に対し、さらなるアイデアを考え出していきました。

ありのままの状態のユーザーがリニア的発想を超え、循環的発想になるための視点|Image via 株式会社メンバーズ(EEAの資料をもとにメンバーズ作成)

アイデアのさらなる磨き込みに向けて

循環型モデルの構築による環境負荷の削減に、ユーザー体験の観点。ここまで2つの視点からアイデアを見つめてきましたが、アイデアをより実現に近づけ、本質的なものへブラッシュアップしていくためには、他にも様々な観点を加えた複眼的かつ批判的なフィードバックを繰り返していくことが必要です。

「従来の商品・サービス価値を損なわずに循環を実現できるか?」「実行のために新たに巻き込むべきステークホルダーや、業務プロセスを変える必要性があるか?」など、実現可能性に関わるさらなる問いを投げかけに対し、「ただ物質が循環するだけで環境負荷が減っていなければ意味がない」「循環しつつも、『必要とされ、使われる』サービスや商品を設計する必要がある」「UXや事業性の視点で考えていたら、環境視点が抜け落ちていた」などの気づきが生まれていました。

Vol.3 LCAデータからインパクトの大きい環境課題を特定し、解決アイデアを創出する

最終回となるVol.3では、環境負荷データを活用したワークを実施しました。サーキュラーデザインを実践する中で陥りがちなのが、資源循環のループは描けたものの、新たに必要となる設備や輸送、エネルギー利用などが発生し、結果的にカーボンフットプリントが増えてしまうというケース。環境負荷を削減するという当初のゴールを見失い、循環という手段が自己目的化してしまうこともあります。今回は、サーキュラーデザインによって本当に解決すべき環境課題を発見するための出発点として、LCA(ライフサイクルアセスメント)データを活用しました。

LCAとは、製品の原料調達から製造、輸送、販売、使用、そして廃棄に至るまでのライフサイクル全体の環境負荷を可視化する評価手法のこと。CO2排出量(カーボンフットプリント)をはじめ、水消費量や廃棄物量などさまざまなカテゴリがあります。製品の環境負荷を可視化し、算定データを通信簿のように活用したり情報開示に役立てたりするのが分かりやすい例ですが、実際にはLCAの結果、当初構想していた循環型の事業アイデアを断念するといった経営判断を下す企業もあります。LCAは、サーキュラーデザインを後押しするものにも、シビアな判断を下す材料にもなるのが特徴です。データをもとにプロダクトやサービスの改善策を立て、さらに算定して結果を検証するというように、サーキュラーデザインのPDCAサイクルの起点として捉えるのがポイントです。

Image via サステナブル経営推進機構(SuMPO)

LCAデータから見る、テイクアウト容器の環境課題

今回のワークでは、飲食店のテイクアウト容器をテーマに、ワークショップ用に用意されたLCAデータのサンプルを活用して課題の特定からアイデア創出・検証までを行いました。提示されたデータは、使い捨てのテイクアウト容器を使用した場合と、リユース容器に切り替えた場合のカーボンフットプリントデータ。リユースに関しては、容器の回収方法や回収率が異なる3つのシナリオについてLCAデータが提示されました(※)

※ LCAデータはワークショップ用に独自の方法で算出したデータを使用。実際には単純なデータ比較ができない場合があるため注意が必要です。

シナリオ別にプロセスごとのカーボンフットプリントを示したグラフ。(ワークを行うため便宜上比較しやすいサンプルデータを提示)

これらのデータも参考にしながら、リユースモデルにおけるカーボンフットプリントを削減するための仮説を立てていきます。「一定の回収率を実現できないと、トータルでは環境負荷が増えてしまうのでは」「洗浄プロセスで発生するカーボンフットプリントも無視できない」などの意見が挙がり、チームとして注力していく(=削減インパクトが大きいと考えられる)課題を絞り込みました。

続いてのワークでは、課題に対するアイデアをCircularity DECKを活用して発散し、Vol.2で実践したユーザー観点や事業性の観点からのフィードバックも行いながら、最後にはサービスアイデアを一連のストーリーにまとめ、アイデア発表会を行いました。

アイデアの発表と振り返りを経て、参加者からは「短絡的な発想で、ついつい(バタフライダイアグラムでより環境負荷の高い)外側のループに思考が寄りがちだと気づいた」「やっていく中で正解が見えるわけでもない。繰り返し検証する中で本来の目的達成に近づいていくことが大事」「社内の一部のメンバーだけでは実現し得ず、他の部署やサプライヤーとも議論をしていくことが最初の一歩」といった声が挙がりました。

次のステップに向けて

サーキュラーデザインの「Why?」から始まり、環境・ユーザー・事業としての実現可能性という複数の視点からビジネスアイデアの発散と絞り込みを行った今回の全3回プログラム。考えるべき観点が増えることで、「あちらが立てばこちらが立たず」で頭を悩ませる場面もありました。そのような中でもアイデアを一つに絞っていくため、ディスカッションでは「今回はこれでいこう」という言葉が度々聞こえてきます。

「これでいこう」の言葉は、実際の現場ではその重みが大きく変わってくるもの。サーキュラーデザインを実践していく中では、様々な制約があるのが常です。ベターな妥協点はどこにあるのか、本当の目的を達成するために今回取るべき選択は何なのか。Climate Creativeでは、完璧な循環を描くことを目指すよりも、そういった制約を受け入れ、判断のための解像度を上げるために様々な視点と視座(=Circularity DECKにおける「資源戦略」と「階層」)を行き来するプロセスを重視しています。課題の特定や解決策の発散・収束のサイクルを繰り返すなかで正しい問題を見つけ、解決策を探っていこうというスタンスを皆さんと共有し、サーキュラーで再生型のビジネスや社会のあり方を探っていきたいと考えています。

Be Climate Creative!

Climate Creativeでは「創造力で、気候危機に立ち向かう」を合言葉に、これからも脱炭素やネイチャーポジティブへの足掛かりとなるデザインプログラムを展開していきます。企業内でのワークショップ実施のご相談から、Climate Creativeチームとの共創プロジェクトのアイデアまで、Climate Creativeに共感いただける方はぜひお気軽にご連絡ください(お問い合わせはこちら)。

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※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。