FAO(食品農業機関)の調査によると、世界の食料生産量の3分の1にあたる約13億トンの食料が毎年廃棄されている。今回、IDEAS FOR GOOD編集部が取材で訪れたオランダも、消費者は年間一人あたり47キロもの食料を捨てており、これは約25億ユーロ(約3160億円)の損失に相当するという。

食品廃棄は経済損失を生むだけではなく、食品の包装や輸送、冷却、調理の過程で発生する多大な労力を無駄にすることとなり、農家から消費者まですべての人に影響する社会課題であるといえる。

食品廃棄を解決する最善の方法は、食に関係するすべての人と力を合わせ、クリエイティブな要素と結びつけることです。食品廃棄を削減し、問題に対する人々の意識を高めること。それが、私たちのミッションです。

そんな食品廃棄を削減するための熱いミッションを持つレストランが、オランダのアムステルダムにある。おしゃれで雰囲気の良い店内、テーブルには一流シェフの料理が並ぶ。一流のシェフが料理を振る舞うレストランなのだから、お客さんはセレブばかりなのかというと、実際そうではないようだ。店内を見渡すと、若者からお年寄りまで多くの地元民や観光客で賑わっている。

レストランの名前は「Instock(インストック)」。インストックは、まだ食べられるのにも関わらず廃棄されてしまう食品を、オランダの大手スーパーチェーン「Albert Heijin(アルバートハイン)」や生産者から購入し、一流シェフがそれらを調理して提供しているレストランだ。廃棄食材は通常より安価で調達ができるため、一流シェフの料理もリーズナブルな価格で食べることができる。

インストック店内
インストック店内。おしゃれでモダンな作り。

元大手スーパーチェーン「アルバートハイン」の従業員だった創業者たち

インストックの始まりは、今から6年前に遡る。もともとアルバートハインの従業員だったインストックの共同創業者であるセルマとメレル、バート、フレークの4人は、スーパーで毎日のように大量に廃棄される食品の多さに頭を悩ませていた。

「賞味期限が近い」「食材や在庫が過剰にある」「見た目が良くない」といった理由で、まだ美味しく食べられるのにも関わらず、スーパーで売れなくなってしまった食品たち。これらをどうにかできないかと考えた彼らは、2014年1月に社内のビジネスコンテストで「廃棄食材を使ったレストラン」を提案した。

コンテストで見事勝利した彼らのアイデアは、アルバートハインからの支援を受け、2014年6月にポップアップストアとしてスタートした。それが大きな反響を呼び、2015年6月には常設レストランを構え、さらに昨年2019年1月に完全に独立した社会的企業となった。

2020年現在、オランダのアムステルダム、デン・ハーグ、ユトレヒトの3か所にお店を構え、100人以上の従業員を雇うまでに成長した。今では世界中のメディアから取材が絶えない。

フードレスキューに使われる電動自転車
スーパーからのフードレスキューに使われていた電動自転車

クリエイティビティの力で食品廃棄を減らす

「インストックのシェフにとっては、毎日がチャレンジです。私たちは今日作る料理の材料が何になるか、朝の時点でまだ知らないのですから。」(インストック共同創業者、セルマ・ルディク氏)

現在、インストックで使われているメニューの80%が廃棄食材で作られており、オリーブオイルやバター、乳製品などのいくつかの製品のみを新たに購入している。オープン当初、レストランで使用される食材は、インストックの食品レスキュードライバーによって毎朝スーパーから回収されており、お店にどんな食材が届くかを事前に把握することはできなかった。

事業が大きくなるにつれて次第に集まる食材が増え、2017年10月には独自のロジスティクスを整え、大型倉庫「フードレスキューセンター」を構えた。さらに、シェフたちはこれまでの廃棄食材のデータを集め、どの食材がいつ運ばれてくる可能性があるかを推測し、食材によって調理可能なメニューのデータベースを作成した。

それでも、店に運ばれてくる廃棄食材を100%予測することはできない。インストックのシェフたちは、廃棄食材を誰からも愛される美味しい料理に変えるためには「クリエイティビティ」が欠かせないとしている。日々改善を重ね効率化を図りながら、運ばれてきた食材で何ができるかをイメージし、新しいメニューを生み出していく彼らは、シェフでありアーティストでもあるといえる。

万が一、インストックで食材が余ってしまった場合も、シェフたちのクリエイティブなアイデアで食品をレスキューするという。彼らは廃棄食材を「何かに使えないだろうか?」と常に思考を巡らせ、スタッフの食事にしたり、可能な限りバイオガスにリサイクルしたりしている。

インストックのメニュー
インストックのメニュー
インストックがこれまで救出した食品の量
店内には、インストックがこれまで救出した食品の量が掲げられている。

誰もが食品廃棄の問題解決に貢献できる

食品廃棄量の39%は生産者から、5%はスーパーマーケット、14%は外食産業、そして42%が消費者から発生しているといわれる。インストックでは、食品廃棄発生源のほぼ半分を占める消費者にも注目し、地元の人々が食品廃棄に関心を持つための取り組みも進めている。

毎月の料理教室を行ったり、学校向けに食品廃棄に関する教育プログラムを提供したりすることで、地域の人々のコミュニティを作る。子ども向けの教育カリキュラムも公式ホームページから誰でもダウンロードが可能だ。さらに、廃棄食品を使ったレシピ本「Instock Cooking」や、ミシュランの星付きのシェフと一緒にゼロウェイストに取り組む本「Circular Chefs」なども店内で販売している。

インストックの本
インストックで販売されている書籍「Instock Cooking」

他にもスーパーやジャガイモの包装会社から出る、じゃがいもの廃棄から作ったビール「PIEPER BIER」や、オランダでもっとも多く廃棄される食品であるといわれるパンから作ったビール「BAMMETJES BIER」、さらにビールの搾りかすから作ったグラノーラなども販売している。

2019年5月には法人向けにオンラインで廃棄食材を販売するサービス「INSTOCK MARKET.NL」も開始した。

グラノーラ
ビールの搾りかすから作ったグラノーラ。賞味期限は「at least delicious until(少なくとも美味しく食べられるまで)」。

インストックは「食」に関係するすべての人と力を合わせることが食品廃棄を解決する最善の方法だと説いている。

共創を生むために大切なトランスペアレンシー(透明性)の確保を徹底しており、ネット上でもできる限りの情報を公開している。情報公開は簡単ではないが、インストックの情報開示は今後、他のレストランが食品廃棄削減を進めていく上でも重要な指針となるだろう。

インストックのオープンキッチン
インストックのオープンキッチン

インストックの一流シェフの手にかかれば、廃棄食材も価値ある「美味しいもの」に変えることができる。それと同時に私たちは、冷蔵庫の中で眠っていた廃棄予定の食材が、実はまだ食べることができるものだったことに気づく。インストックは、廃棄食材が美味しいことを伝えるだけでなく、誰もが食品廃棄の問題解決に貢献できることを証明しているのだ。

Instockの詳細
施設名 Instock(インストック)
住所 Czaar Peterstraat 21, 1018 NW Amsterdam
営業時間 月〜金曜:8:30〜23:00/土・日曜:11:00〜23:00 
URL www.instock.nl

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。