専用のデスクはなく、好きな場所で仕事をする。自分好みの照明の明るさや室温をアプリが記憶しており、どの場所にいても居心地の良い環境で仕事ができる。エスプレッソマシンは、いつでも自分好みのコーヒーを淹れてくれる。エネルギー消費量は最小限で、環境にも優しい──10年前には考えられなかった世界が、今や現実のものになった。

オランダのアムステルダムの南にある開発地区には、そんな世界の誰もが羨むようなスマートなオフィスビルがある。建物の名前は「EDGE Olympic(エッジ・オリンピック)」。健康や快適性に焦点を当てた、建物環境評価システムである『WELL™Core&Shell Platinum認証』を取得したオランダで初めての建物だ。

2018年に建てられたEDGE Olympicは、もともと郵便局だった古い建物を取り壊さず、既存の建物を再利用したため新しい建築材料を使用していない。元の建物で使用できなくなっていた古い天然石は、EDGE Olympicの1階の床として再び使用している。さらに、建物の寿命も考慮されており、2階部分は、将来再利用するために簡単に分解可能な木製構造になっているという。

EDGE
オランダ、アムステルダムにあるEDGE Olympic外観

この建物を手がけたのは、不動産大手「OVG Real Estate」の子会社であるオランダの不動産テクノロジー企業「EDGE Technologies」(以下、EDGE)だ。2019年には欧州不動産ブランド協会から「不動産ブランドオブザイヤー」を受賞し、世界中から注目を集めている。

EDGEが世界に認知されるきっかけとなった建物は、世界最大の会計事務所の一つであるデロイトトーマツのアムステルダムオフィス「The Edge」だ。同ビルは、世界で最も持続可能なスマートオフィスとして公式に発表され、建物の環境性能を証明する「BREEAM」で史上最高のサステナビリティスコアとなる98.4%を獲得した。

働く人の健康と幸福を最優先に考えるだけではなく、環境への影響を最小限に抑える持続可能なEDGEのスマートオフィス。今回は、EDGEの本社でもある「EDGE Olympic」で見た画期的な新世代のスマートオフィスの仕組みをレポートする。

従業員の生産性と創造性を高める最先端のテクノロジー

EDGE Olympicで特徴的なのは不動産と融合した最先端のテクノロジーである。すべての従業員が、アプリを通じて建物とつながっており、アプリにはそれぞれ、自分の好みの照度や室温を登録する。そうすることで建物の天井に設置された15,000以上のセンサーが、従業員が建物のどの場所に移動しても、個人に合わせた居心地の良い環境を創り出すことができる。

さらに、従業員が効果的かつ時間通りに行動することができるよう、基本的な部屋やデスクの予約や外出時のルート検索などがアプリから瞬時に行えるようになっている。

私たちはみんな、異なる遺伝子および個人の指標を持っているので、最高のパフォーマンスをするためには、それぞれ違った環境が用意される必要があります。
個人の成功が組織のパフォーマンスを最大化する鍵です。

(EDGE公式ブログより)

天井
オフィスの天井にはセンサーがいたるところにある。

人間中心のデザインで従業員の健康と幸福を最大化

アトリウムの中心に階段がある構造を見てもわかるように、EDGE Olympicの優れている点は、人間中心のデザインであることだ。EDGE Olympicではほとんどの従業員が階段を使い、さらに所定のデスクを持たないため通常のオフィスと比べて歩く機会が増える。

さらに、自由な空間で人と人との交流が増え、自社の従業員だけでなく、簡単に他の企業の従業員ともコミュニケーションをとることができる。これが、予期せぬ相互作用を日常的に促進し、常にアイデアがあふれるオフィス環境を創り出す。

アトリウム
建物に一歩足を踏み入れると、明るい太陽の光が差し込む吹き抜けのあるアトリウムが広がる。

EDGE Olympicへの来客者が一番驚くのは、緑の多さだという。フロアのいたるところに植物が置かれ、リラックスできる雰囲気が創出されている。オフィス内に緑があるだけで従業員の幸福度と生産性は向上するという研究結果もあり、オフィスの緑化はビジネスにもプラスの効果をもたらす。

緑が生い茂るオフィス
緑が生い茂るオフィス内

また、建物の建築素材には有害物質であるVOC(揮発性有機化合物)を含まないものを使用しており、室内の空気質を安全に保つ。さらに、従業員の健康的な睡眠サイクルを維持するために、自然光を最大限に活用し、生体リズムを考慮した照明が採用されている。

働く場所も個人のニーズ別に用意されている。自由に誰でも使えるデスクや会議用のミーティングルーム、防音対策がされている個室などもあり、用途によって使い分けることができる。さらには瞑想室や、ジム、マッサージルーム、昼寝をするハンモックまでもが用意されており、仕事の合間に利用可能だ。

アトリウムで仕事をする人々
アトリウムで仕事をする人々

従業員が利用できる食堂では、健康的でオーガニックな食事が用意される。さらに従業員は健康診断も無料で受けることができ、個人的なガイダンスやアドバイスなどをもらうことが可能だ。

食堂
食堂はバイキング形式で、好きな食事を選ぶことができる。

テクノロジーの力でエネルギー消費量を最小限に

EDGEが手がけるスマートなオフィスビルは、2つの課題解決を目的としている。一つは、これまで見てきたように、従業員の生産性と創造性を高めること。もう一つは、環境への影響を最小限に抑えることだ。

建物の多くは、非効率的な暖房や換気システム、エネルギーと水の消費により環境を汚染している。これまで、気候変動に関する議論では、建物に関してはあまり取り上げられていなかった。しかし、実際は建物から消費されるエネルギーとCO2の排出量は格段に多い。現在、CO2排出量の約40%が建物から排出されているという調査結果があり、2010年以降、毎年1%ずつ増加しているという。

適切な対策を講じなければ、2050年までに測定値は世界で3倍になる可能性があると推測されている。これは単純に、貧しい地域の人々が適切な住宅と電気を利用する機会が増えることによって到達する数字とされている。したがって気候変動を止めるためには、建物のエコバランスを大幅に改善することが急務であり、EDGEではテクノロジーの力を使い、環境への影響を最小限に抑えている。

EDGE Olympicでは、天井につけられたセンサーが、どのエリアが使用中であるかを検出し、それに応じて照明と温度を調整する。これによりエネルギーの消費量を必要最低限に抑えることができ、予約されていない会議室に24時間365日、エアコンで空気を送り込むことを防ぎ、誰も使用していないエリアの掃除もしなくて済む。

また、建物内のすべての照明は日光の90%に相当するLEDライトを使用している。さらにソーラーパネル296,000kWhが、建物の屋根やガラス、ファサードなどに設置されており、通常の建物であれば223kWh/m2のエネルギーが消費されるところ、EDGE Olympicでは72kWh/m2に抑えている。EDGE Olympicの最高水準の設計技術は、アムステルダムのような人口の多い都市部でもエネルギー消費を改善できることを示しているのだ。

屋上に設置された太陽光発電
屋上に設置された太陽光発電

人にも環境にも優しいオフィスビルが今後世界のトレンドに

こうしたスマートなオフィスビルは、従業員の快適性やQOLの向上、エネルギーの削減にとどまらず、水光熱費のコスト低減も期待できる。これまで企業の環境対応はコストがかかるなど、収益面でマイナスのイメージが強かったかもしれないが、ここ最近では日本でもサステナビリティへの取り組みは長期的に企業にとってプラスであるという見方が広まってきている。

EDGEは今やオランダのみにとどまらず、ドイツやアメリカ、さらに2019年にはグローバル都市、ロンドンでもスマートオフィスのプロジェクトを開始した。ユニリーバやAmazon、コカコーラなどの世界の名だたる企業が次々とEDGEのスマートオフィスを採用している。

こうした従業員の健康と幸福を最大化し、環境にも優しく、企業のコスト削減にもなるスマートオフィスが、世界で支持される時代が来ている。

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。