フランス国内の公共交通網は、首都パリを中心として放射状に張り巡らせる首都中心型として機能している。言い換えれば、パリを出発点とする交通手段は非常に発達し利便性が高いが、パリを経由しない場合の交通手段は極めて不便だ。フランスの新幹線(TGV)の発達によって、大都市間を結ぶ交通が発達し移動時間が短縮される一方で、地方では廃止や削減される路線が相次ぎ、大都市とは全く逆の現象が起こっている。国内の多数の小都市や村では、公共交通手段が不足し、住民は自動車の使用を余儀なくされている。地方の小都市や村における平均収入は、大都市との比較では低く、自動車維持にかかる費用が住民の家計を圧迫している現状がある。

2019年に施行された「移動手段の方向づけにかかる法(La loi d’orientation des mobilité)」は、「容易で低料金かつクリーン」という概念により、国内の移動手段に関する政策をより近代化すると同時に、このような現状を根本から変える目的で導入された。また、「クリーン」な交通手段は、2040年に化石燃料車の販売を禁止する国内法に準ずる目的も兼ねている。

同法導入の背景には、炭素排出の30%を占める輸送部門における交通手段の改革の必要性に加え、地方の公共交通手段が等閑にされてきた現実を踏まえ、「国内のすべての人へ均等に移動手段を」という目標を掲げ、当該政策を根本から見直す必要性が唱えられたことがある。

フランス政府の調査によると、4人に1人が通勤手段がないことが理由で雇用機会を失っているという。そのうえ、公共交通手段の過疎化が進む地域の80%の自治体は、日常の交通手段の提供に関して何の対策も行っていないようだ。このような地域における世帯の生活費の内訳では、交通費が最も高い割合を占めている。国内の平均では、10人に7人が自動車で通勤しているという状況下、政府は国内の移動手段の改革を行い、これまで公共交通手段から遮断されてきた地域に焦点を当て、すべての国民へ均等に低価格な移動手段を提供する政策を打ち出した。

2018年に政府が発足したフランス・モビリテ(France Mobilité)は、輸送業界、スタートアップ、地方自治体、投資ファンド、産業団体など、モビリティに関わる全てのプレイヤーへ開かれた共同体で、環境負荷を削減する交通手段の開発を推進するプラットフォームである。

このフランス・モビリテは新法を施行するにあたり、国内におけるモビリティ関連プロジェクトの推進役を担うことになり、企業・研究機関や一般から広く革新的なプロジェクトの募集・資金援助を行っている。なお、フランス政府は「移動手段の方向づけにかかる法」により、2022年までに交通手段改善プロジェクトへ130億ユーロ(約1兆7,000億円)の投資を計上している。モビリティ・プロジェクトの選考条件は、移動手段の改善に貢献する共同体の構築・活性化、移動手段における革新的な取り組み、特に公共交通手段の不足している地域を対象に、全ての人へ移動手段を提供することに貢献することとなっている。

フランス・モビリテにより、上述の条件にかなうプロジェクトとして選ばれたスタートアップ会社の一つに、小さな街や村が集まる地域を対象としたカーシェアリングを提供するMOBIDREAMがある。2019年に設立された同社のプロジェクトは、超小型のEVのセルフ・サービスレンタルだ。特に人口密度の低い地域をターゲットとし、地元住民の日常生活における移動の簡易化に貢献する「脱炭素モビリティ」である。

MOBIDREAMの最高経営責任者(CEO) Philippe BECOULETさんは9月、フランスのロワール地方にある小さな街や村を対象に、地元住人、市・村役所などの自治体へEVの試乗を兼ねた同社プロジェクトのプロモーションを行った。今回、そのうちの一つ、サンセール (Sancerre)という人口2,000人に満たない村の広場で行われた試乗会の模様を取材し、BECOULETさんへ話を聞いた。

すべての人へ低料金で移動手段を

写真:地元住民に説明を行うPhilippe BECOULETさん(右)

MOBIDREAMのカーシェアリングは、16歳以上の若者、独身者、母子・父子家庭などをターゲット層としている。若者層では求職活動や職業斡旋所・仕事の面接へ、あるいはちょっとした外出に。独身者や母子・父子家庭では、幼稚園へ子どもの送迎、病院や薬局、買い物、友人宅訪問などへの利用を提案する。超小型のプラグインEVは、最高時速45km、自動車免許は必要ない。

BECOULETさんは、「自動車の所有と維持には、かなりのお金がかかります。特に収入の少ない若者や独身世帯には大きな負担ですが、サンセールのような公共交通手段が非常に限られている場所では、自動車がなければまず仕事に就くことが難しい。日常の買い物さえできない。MOBIDREAMは、自動車を買う経済力のない人たちが、孤立して社会から取り残されないようにという、ESGに配慮したプロジェクトでもあります」と語る。

MOBIDREAMは、カーシェアリングを利用し、自動車を所有しないことによる経済効果を強くアピールしている。同社の見積もりでは、年間自動車所有とその維持にかかる経費は、保険、車庫代、駐車料金、修理代、車検代など最低3800ユーロ(約50万円)。車を持たず、カーシェアリングを利用することで、およそ2,500ユーロの経費が節約できるとしている。

BECOULETさんがカーシェアリング事業を考案したきっかけは、大都市ではなく公共交通から遮断されている地域で、経済的に車を所有するのが難しい若者や、車がないために孤立しがちな人々へ容易に移動できる環境を提供したかったからだ。今後の事業展開としては、各地域の自治体との協力のもと、地方におけるカーシェアリング網を構築することで、一時間あたりの使用料金をできるだけ引き下げ、低所得層が利用しやすいサービスを提供したいという。

MOBIDREAMのカーシェアリングによる利点は他にもある。EVの使用はカーボンフットプリントを削減し、最高時速45kmという設定も安全性においては理想的だとする。車が少ない道では、制限速度を守らずスピードを出す人が多く、見通しの悪い場所などの事故多発地域も多い。MOBIDREAMのようなカーシェアリングが普及すれば、スピードの出し過ぎによる事故の削減にも貢献する。また、同社のEVは新型コロナウイルス感染症対策も考慮。車内の運転席には「殺菌システム」が設置され、利用ごとに細菌やウイルスを消去する仕組みだ。

外から見るより広い車内

このほど各地で行ったプロモーションでは、自治体や住民の反応は非常に良好で、多数の自治体がレンタルステーションの設置に興味を示しているそうだ。ちなみに、今回の取材地サンセールの村長もそのうちの一人だという。

サンセールは最寄りの鉄道駅が非常に遠いことや、接続バスが少ないこと(その数少ない公共交通も、ストや気候により急な運休が起こる)、また丘の上に立つ村のため上り坂が多いことなどがあり、車を所有していない人たちには非常に暮らしにくい。そのため、MOBIDREAMによるカーシェアリングポイントが村に設置されれば、地元の人にとって利用価値は非常に高い。また、BECOULETさんは、この村がワインの産地で夏の観光地であることにも注目しており、観光客の足としての利用も眼中に入れている。「観光シーズン中は、自動車の台数を増やせば、観光客の利用も促進できます。レンタカーより格安で必要時にレンタルして周辺を移動できるので、集客に繋がり、村の観光産業へも貢献できる」

目下の契約状況については、「MOBIDREAMによる最初の車が走るのは、今年の終わりになる予定です。訪問介護サービスを提供する協会との契約で、介護士さんが各世帯を訪問するのに車を使用する予定です。また若年層の職業支援組織からも2件の契約が決まっています」とBECOULETさんは続ける。

将来的には、MOBIDREAMは、ロワール地域だけでなく他地域への展開も目指している。今回、サンセールの広場で紹介されたカーシェアリング用のEVは、仏自動車メーカー・シトローエン(現在はステランティスが所有するブランドの一つ)で同社の事業パートナーである。近い将来、自動車の最高速度を運転手の免許書のタイプによって自動的に選択できるシステムの導入(原付免許所有者の場合は45km、自動車免許所有者は75km)を予定しており、他の大手自動車メーカーとの提携も積極的に行っていく。

MOBIDREAMのカーシェアリング利用システムは、次のように手順になっている。

  • 自分用のアカウントを開設し、最低額50ユーロ(約6,600円)を入金
  • 自分用のパスワードと携帯用アプリをダウンロードするリンクが送信される
  • 最寄りのステーションで、自動車の空きがあるかを確認・予約
  • 車の開閉は携帯のアプリで行い、自分用のパスワードでエンジンを始動させる

使用するにあたって、利用者には2種類の選択が用意されている。

1:契約なしで必要に応じて利用する場合

  • 使用者は、運転を開始したステーションへ車を返却する
  • 車の電池の残量を確認し、充電する
  • 充電ステーションへの駐車は無料

2:契約利用

  • 運転開始ステーションとは別のステーションへ車を返却できる
  • このサービスは、一定の地域に居住していることが条件となる
  • 使い終わった後の充電の必要はなし

利用料金は車の使用時間に基づいており、1時間5ユーロ(約660円)で2時間を超えると割引、また身体障害者には50%の割引が適用される。求職中の若者には、職業斡旋所との協力で無料にて車を提供することになっている。

MOBIDREAMのカーシェアリング、決して安価ではない普通車のカーシェアリングに比べ、自動車のサイズや時速に制限はあるものの、低料金でのサービス提供は、公共交通手段の不足、若者の高失業率、離婚率が高いため母子・父子家庭率が高いこと、平均所得が低いことなど、フランスの地方の抱える問題を十分に把握したイノベーション・プロジェクトだ。炭素排出・騒音ゼロ、スピードは出ないが、その分安全性も高い。このようなタイプのカーシェアリングが普及すれば、車を所有しない「新しい通常」が生まれ、近い将来地方における移動手段における大きな変革が訪れるかもしれない。

取材協力: MOBIDREAM最高経営責任者(CEO) Philippe BECOULET氏

【参考サイト】MOBIDREAM
【参考サイト】Les solutions de mobilité pour tous
【参考サイト】La loi d’orientation des mobilités