2020年現在、世界各地に5000以上の店舗を展開するアパレルブランド大手H&M(H&Mグループ)は、全社を挙げてサステナビリティにシフトしている先進企業の一つだ。H&Mは、世界の主流ファッションブランドと小売業者を対象にそれぞれの企業の透明性を数値化した「Fashion Transparency Index 2020 (ファッション・トランスペアレンシー・インデックス)」で73%を獲得し、参加企業250社中1位に輝いた。

しかしながら、流行を取り入れたデザイン性の高い衣服やその価格の手頃さから、H&Mを従来のファストファッションブランドの類として捉えている人も少なくないだろう。そこで、本記事ではH&M2020年秋冬コレクション「Conscious Exclusive(コンシャス・エクスクルーシヴ)」で新たにお披露目されたサステナブルで革新的な製品の全容を明らかにするとともに、H&Mが目指すサステナビリティの形に迫る。

素材を通して包摂的なサステナビリティを実現する

もともとH&Mの素材におけるサステナビリティへの取り組みの起源は、1997年のブランド初オーガニックコットン一部使用製品の販売にある。その後2004年には通常販売の商品へのオーガニックコットン使用を開始し、2005年にStella McCartney(ステラ マッカートニー)とのコラボレーションにより100%オーガニックコットン使用のシャツを販売した。

そして2030年までに、ブランドの全製品でリサイクル可能原料またはサステナブルに調達された原料のみを使用することを目標に掲げたH&M。素材別に見ると、コットンでは2020年現在までにそれを達成しており、店頭に並んでいるコットン使用製品は、オーガニックコットン・リサイクルコットン・BCI(ベター・コットン・イニシアティブ)を通じて調達したコットンのいずれかを使用して製造されている。

そんなH&Mが取り組んでいるサステナビリティの大きな強みは、世界全体を巻き込みながらサステナビリティに取り組むことができる点だ。世界各国に拠点をもつ大企業だからこそできる取り組みである。H&M JapanのPR プロジェクトマネージャー田中都(たなか・みやこ)氏(冒頭写真左)は「時代の先駆者として業界のサステナブル化を牽引するH&Mでありたい」と話す。

その実現に向けた取り組みの代表例として挙げられるのが、H&M Foundationが主催する「The Global Change Award(グローバル・チェンジ・アワード)」だ。これは、常識にとらわれない先進的なアイデアを奨励し、循環型社会に向けた具体的な解決策を提示するファッションの開発を支援する国際アワードである。

過去の受賞者には、ワイン製造の過程で発生する廃棄予定のブドウの搾り粕をアップサイクルしてレザーとして活かすアイデアや、混ざり合ったコットンとポリエステルを分離し新たな繊維として再利用可能な形に変換する技術などがある。2019年には日本から出場したSynfluxの、生地の裁断に人工知能を用いることで端切れの廃棄を減らすアイデアが入賞している。

このアワードの大きな特徴は、H&Mでは受賞作品に対して特許を取得しないという前提を提示している点だ。それによって受賞者はH&Mに限定せず世界中の多様なステークホルダーとタッグを組み、受賞によって得た賞金や知名度を活かして新たな段階へと取り組みを進めることができる。これこそまさに、H&Mが掲げる業界全体を包摂的に巻き込んだサステナブル化への働きかけであり、大手企業だからこそできるサステナビリティへの向き合い方だ。

これまで当たり前に廃棄されていたものから美しさを生みだす

今季のテーマでもある「Conscious Exclusive(コンシャス・エクスクルーシヴ)」。その発端となったのは2010年に発表された「Conscious Collection(コンシャス・コレクション) 」だ。H&Mでは、通常商品も含め原料の50%以上にサステナブルに調達された素材を使用している場合には、その製品をConscious Collectionとし、専用の「グリーンタグ」を付けることでユーザーの主体的な製品選びをサポートしている。

その後2012年の発表より継続して行っているのが「Conscious Exclusive(コンシャス・エクスクルーシヴ)」のコレクションである。H&Mが過去に打ち出したサステナブルに調達された素材を活用したコレクションのなかには、デザイン性とサステナビリティの両立の難しさから思うような反響を得られなかったこともあったというが、その経験から学びを得た「Conscious Exclusive」ではパーティーでも着用できるようなハイエンドなデザインと素材のサステナビリティをバランスよく共存させている。

そしてこの度の2020秋冬コレクション「Conscious Exclusive」では、新たなコンセプトを掲げた。それが、

──これまで当たり前に廃棄されていたものから美しさを生みだす。

今季のコレクションの特徴は、廃棄物の活用と革新的な素材の使用にある。ここで、2020年11月に行われた展示会にてお披露目されたアイテムのいくつかを紹介する。

Made of Air(メイド・オブ・エア)


Made of Airは、バイオマス炭素を原料にすることで空気中の二酸化炭素を利用したプラスチック樹脂から製造されるサングラスだ。ファッションアイテムの製造過程で考慮されることの多い二酸化炭素排出量の削減を超えて、二酸化炭素を吸収することにも目を向けた画期的なアイデアと技術である。

Vegea™(ベジーア)


H&M Foundationの「The Global Change Award(グローバル・チェンジ・アワード)」の受賞アイデアの一つであるVegea™のブドウから出る副産物をアップサイクルしたヴィーガンレザーを使用して作られたブーツ。この「グレープレザー」は、植物性レザーであるという特徴から、従来の動物性レザーでは不可欠とされるなめしの工程を要さないため、動物性レザーと比較して環境負荷の低減を可能にしている。

Texloop™(テックスループ)・Naia™ Renew(ナイア・リニュー)

Texloop™(左・シャツ)、Naia™ Renew(左・ボウタイ)

これまで耐久性の低い素材とみなされていたリサイクルコットン。Texloop™では、従来製品では製品に使用するコットン全体の20%が限界とされていたリサイクルコットンの配合率を、50%まで高めることに成功。スーツと共に着用するシャツの素材として使用しても問題のない耐久性を保持しながら環境への負担を抑えている。

ボウタイに使用されているNaia™ Renewは、認証済み木材を使用した繊維60%とプラスチックゴミをリサイクルした繊維40%から作られたセルロース繊維。従来の繊維と比べ使用する木材資源を減らすことで環境負荷低減にアプローチしている。

日本の技術を活かして生まれた衣服のリサイクルシステム「Looop」

同展示会にて紹介されたH&Mのサステナビリティに向けた最新の取り組み。それが、Circular Economy Hubでも以前にご紹介した、H&Mの画期的なサービスの代表例であるLooopだ。これは、H&Mが本社を置くスウェーデン、ストックホルムの同社店舗内に新設された衣類の店内型リサイクルシステムである。店舗を訪れる人が持ち込んだ古い衣服をLooopに投入することで、その場で新しいファッションアイテムにリサイクルする。さらに、利用者はその工程をリアルタイムで観察することができるという斬新な仕組みとなっている。

このLooopのリサイクル工程は大きく次の8つに分類される。

  • 洗浄:投入された古着にオゾンをかけ、微生物を取り除いて殺菌する
  • 裁断:古着を裁断し、小さな繊維の塊にする
  • ろ過:不純物を取り除くとともにバージン素材を加え、強度の高い繊維に仕上げる
  • カーディング:繊維の方向を揃えて板状にする
  • ドローイング:板状にした繊維を組み合わせ、強度をさらに高める
  • 紡績:繊維を糸に紡ぐ
  • 撚り:糸を捻り合わせる
  • 編み上げ:アイテムに編み上げる
Looopの母体となるG2G(Garment to Garment)というリサイクルシステムを用いて古着から生み出されたニット

これら8つの工程では、水や染料が一切不要という点も環境負荷へのアプローチの一つである。2020年12月現在Looopはストックホルムの店舗でのみ利用可能だが、このシステムには日本の株式会社島精機製作所(本社:和歌山県和歌山市)の技術が活用されたことを特筆しておきたい。

このLooopを通して、ユーザーが古着にも価値があり決して破棄されるべきものではないということを自らの目で見て確かめることができる。今後より広く、より多くの人々の目に触れるものとなっていくことに期待がかかる。

サステナビリティを生活レベルに落とし込む

2012年から続いてきた、H&Mの「Conscious Exclusive」のコレクションでは、革新的な素材や製造方法をサステナビリティの視点と融合し、時代に左右されない古典的なデザインの衣服をコレクションとして供給してきた。

H&M JapanのPR プロジェクトマネージャー下久保文太(しもくぼ・ぶんた)氏(冒頭写真右)は、これまでの「Conscious Exclusive」のコンセプトとその今後について「『Exclusive』という言葉の通りこれまではラグジュアリーで晴れ着のようなコレクションアイテムを展開してきましたが、これから求められるのはよりカジュアルかつ日常的なデザインだと考えています。そこで『Exclusive』をテーマとしたハイエンドなコレクションは今季を最後とし、今後は店舗に並ぶ一般商品にも、今まで以上に革新的な素材や製造方法を取り入れた製品を、誰もが手に取りやすいデザインや価格で提供できるようシフトしていこうと考えています。より一層多くの人々を巻き込んで共に持続可能な社会を目指していきたいと考えています。」と語り、人々の暮らしに生活レベルでサステナビリティを浸透させる活動へ前向きな姿勢を見せた。

さらにサーキュラーエコノミーの視点についても、「製品製造に使用する素材へのアプローチだけでなく、その製造全体の設計を循環型にしていきたいと考えています。従来のやり方では、作りたい衣服のデザインがあって、それに合う素材を探すというステップを踏んでいましたが、これからはサステナブルな素材があって、それをファッションの楽しさと持続可能性の両立に落とし込むという、全く逆の流れを辿っていくのも手段の一つかもしれません。『サーキュラーデザイン』という言葉の通り、製品づくりの段階からサステナブルな循環を可能にする仕掛けをより取り入れたいです。」と下久保氏は言う。

また、同社CSR/サステイナビリティ・コーディネータの山浦誉史(やまうら・しげふみ)氏(冒頭写真中央)は、「1着1着の洋服を、より長く着ていただきたいと考えています。そのために今後は洋服の販売にとどまらず、サブスクリプションや修理といったサービスも提供できれば良いと思っています。」と語る。そのようなサービスの展開が実現すれば製品寿命を伸ばすことが可能になるだけではなく、企業にとっても製品販売以外の収益源確保につながるというメリットもあるだろう。

世界各地に拠点をもち、文化や年代を超えて多くの人々に愛されるH&M。その店舗数の多さや価格の手頃さを加味すれば、数あるサステナブル経営に尽力するアパレルブランドのなかで「最も手の届きやすいブランド」の一つと言えるのかもしれない。H&Mでは、その立場を有効的かつ友好的に利用することで、一社の独占ではなく社会全体と手を取り合って共にサステナビリティに取り組むことを理念に掲げている。ファッションを通して社会全体にサステナブルな暮らしの基盤を提供するH&Mの活動からは、今後も目が離せない。

取材後記

ここ数年、ファストファッション全盛期とも呼ばれる平成に流行したアパレルブランドが経営難に陥ったり閉店や事業縮小を余儀なくされたりするという事態が、世界規模で見られるようになってきた。その影には、やはりユーザーの環境意識の高まりやファッションに求める質の変化があるのではないだろうか。

その一方で、記事の冒頭でも触れたように、H&M製品のような豊富なデザイン性と気軽に手に取ることができる価格の製品に対し、「サステナブル」なイメージを浮かべづらいという人も多いだろう。しかしながら、H&Mへの取材を通じて、アパレル産業全体がサステナブル化・サーキュラー化へ向けて確かに動き出しているということを感じることができた。

「世界で2番目の環境汚染産業」と呼ばれるファッション業界。労働者の人権問題や伝統文化の保護など、多岐にわたる課題はまだまだ山積みだ。それでも、世界全体のサステナビリティを包摂的に促進しようと全社を挙げて取り組んでいる企業があるということを忘れないでほしい。

【関連記事】自分の古着が生まれ変わる瞬間を目撃。H&M店舗内の”見える”リサイクル工場

【参照サイト】Fashion Transparency Index 2020
【参照サイト】Global Change Award
【参照サイト】H&M サステイナビリティ
【参照記事】H&M’S CONSCIOUS EXCLUSIVE SS20 COLLECTION HAS CIRCULAR INNOVATION AT ITS HEART