近年注目されるサーキュラーエコノミー(循環経済)。これは建築や消費財、食品、プラスチックなど、私たちに身近な廃棄物をリサイクルすることではなく、あらゆるものの設計を根本から見直し、すべてが循環することで、はじめから「ごみ」をつくらない経済モデルのことだ。
「ごみ」をつくらないための設計に欠かせないのは、複数の企業間での協業である。電気や熱、水など、異なる産業のセクターでそれぞれが持つ「ごみ」や知識を互いに共有し合う仕組みのことで、英語ではIndustrial Symbiosis(産業共生)と呼ばれている。
その協業を一つの地域でいち早く確立させたのが、デンマーク・カルンボー市の「Kalundborg Symbiosis(カルンボー・シンバイオシス)」だ。創設から現在まで50年以上にわたって、資源やエネルギーを地域内の異なる業種の大企業のあいだで循環させている。ごみを減らし、気候変動の抑制に役立ち、地域を活性化させる官民連携のお手本として、複数の環境賞も受賞してきた(※1)。いまやカルンボーは、理想的な「サーキュラーエリア」として注目されている。
編集部は、同コミュニティで広報・ビジネス開発マネージャーを担当するTueさんに話を伺った。
工業都市で生まれた協業と循環
コペンハーゲンから西に100キロ離れたところにある、人口1万5,000人の小さな工業都市カルンボー。デンマークの大手電力会社オーステッドのアスナス発電所が置かれるなど、地域の重要な発電拠点の一つとして栄えている。一方、将来を担う子供たちに欠かせない学校などの教育機関は減少傾向にあるなど、寂しさものぞかせる。そんな特徴を持った街だ。この街が、サーキュラーエリアとなった経緯とは。
カルンボー・シンバイオシスの始まりは1961年、限られた地下水を節約するために、ノルウェーの石油・ガス会社のエクイノール(当時の社名はStatoil)が、地元のティッソ湖の地表水を再使用するプロジェクトが実施されたことからだ。
1972年には、エクイノールは地元の石膏製造企業であるGyprocと余剰ガスの供給に関する契約を締結。これをきっかけに、同社は他の企業と次々に契約を結ぶようになった。1980年代の終わりまでにはパートナーの数が増加し、Symbiosis(共同体)と呼べるほどになってきた。当時からカルンボー市もプロジェクトに関わってはいたが、あくまで民間企業が主体となって資源の利活用を進めてきたことが、この地域コミュニティの特徴である。「政府や、企業によるトップダウンのマネジメントがあったわけではなく、企業が互いのメリットから自発的に始めました」とTueさんは述べる。
現在は11のパートナーで、互いに熱や水、蒸気、廃棄素材などを循環させている。たとえばアスナス発電所の余剰熱は、地元の3,500軒の住宅を暖めるのに使われ、副産物として出る汚泥は農業用の肥料として販売されている。また、別の副産物である石膏はウォールボードのメーカーへと供給される。副産物の石膏で製造業者の需要をほとんど賄うことができるため、石膏の確保のために行われてきた露天掘り(鉱石を採掘する手法)の必要性が減り、環境への負荷も削減されるのだ(※2)。
地域でパートナーシップを持つことは、互いの資源を共有して再利用することにつながる。自社の「ごみ」を他社が有効活用し、またその会社が出した「ごみ」を別の会社が資源と捉えて活用する…… という風に循環のループを閉じることで、カルンボー・シンバイオシスではこれまで、約29億円以上のコストと、63万5,000トンのCO2、100GWhのエネルギー、そして8万7,000トンのマテリアルを節約してきた。
また、自分の会社が持つ資源だけに依存せず、有事の際には協力しあうことができるので、コミュニティに参加することでレジリエンスのある企業運営が可能になることも利点だ。
なぜこのような循環が地域で実現できたのか。Tueさんはこう答える。「理由は大きく二つあると思います。まず、カルンボーという地域が長く工業都市として知られていたおかげで、多様な産業がすでにあったこと。もう一つは、企業同士が上下関係なく話ができたことです。デンマークという国の特性かもしれませんが、人と人との関係がとてもフラットなので、協働しやすかったのです。」
循環がつくる人々のウェルビーイング
地域での循環がもたらすメリットは、環境面やコストの面だけではない。
カルンボー市民にとっても、生活に必要なエネルギーを安価で手に入れることができる、クリーンエネルギー関連の雇用が生まれるなどのメリットがあった。2,000年頃からはデンマークの製薬会社Novo Nordiskから2億円以上の出資を受けており、その一社の出資だけで、港の開発と、2,300の新たな雇用創出を行うことができたとTueさんは言う。
また、現在は教育機関の誘致も積極的に行われている。今日まで、252のアカデミックな人材が創出され、地元起業家や大企業の一員としてイノベーションを起こしているという。
一方、地域の人々の生活が化石燃料に依存している中で、循環型の地域への転換を無理に進めようとすると、対立が起こり、転換が遅れる可能性があることもTueさんは指摘する。
「立場の違う企業同士で合意を得ることは、たしかに難しいです。ですが将来のことを考えて、より互いに、そして地域にとってのベストを探します。僕たちは、すべてのSirplus(余り)が必要な場所に供給されている状態を目指したい。」
技術だけでなく「知識の共有」も
自然界では無駄なくすべての資源が循環していることが当たり前だが、人間がそれを企業の連携によって工業的に再現することはできるのだろうか。カルンボー市でも現時点ではすべての資源が循環しているわけではなく、これから活用を始める分野もあるとTueさんは言い、日本の地域でも僕たちがやっているような循環は可能だと思う、と付け足した。
「自治体と複数の民間企業で連携するのに、何か特別なアプリや共有ツールを使っているんじゃないか?と聞かれることがあるのですが、特に何もしていません。僕たちのコミュニケーションは、毎日の対話がすべてです。テクノロジーではなく、知識を惜しみなく共有しようと思う気持ちが大切なのではないでしょうか。」
カルンボー・シンバイオシスは、これから産業共生コミュニティを作りたい人や、自分の住んでいる地域で資源循環を実現したい人のためのガイド(英語)もウェブサイト上で公開している。ノルウェーやスウェーデン、ポーランドなどのプロジェクトパートナーへの取材から集められた調査結果に基づいて作成された、将来のファシリテーターのための情報源だ。
「僕にとってのウェルビーイングは、資源やエネルギー、もの全般をより少なく持とうとする地域に暮らしていること。雇用があって、快適な生活ができること。そして次世代について考えることができることです。
次世代のために、今何ができるのか。事業の長期的なインパクトを考える広い視野を持ち、新しいアイデアを受け入れる。それが地域循環の最初の一歩です。」
編集後記
最後のTueさんの言葉について、時間をおいて考えてみた。自分の普段の仕事が“長期的に”社会にどのような影響を与えているかというと、すぐには答えられない難しさがある。仕事や日常生活と「世界で起きている環境問題」の間にギャップがあるように感じられるのだ。
そのギャップこそが、私たちがサーキュラーエコノミーを推進していく上での課題になっていくのではないか。たとえ自分の日常とかけ離れていたとしても、環境のため、そして人々のウェルビーイングを実現するために、対話をベースとして地域で循環を進めていくTueさんらの姿勢は、SDGs達成度上位(※3)のデンマーク的な発想だと筆者は考える。
私たちは、異なる企業でのコラボレーションを行うとき、「連携」自体が目的となっていないだろうか。「競争ではなく共創」と言いながらも、ふと気が付けば自分の企業が「No.1」を目指して画期的なアクションをすることに焦点が当たっていないだろうか。ウェルビーイングとは、環境・社会・経済のすべてを見て(一部は向き合いたくない面と向き合うことで)達成されていく。引き続き、問いを続けていきたい。
※1 WIN WIN Gothenburg Sustainability Award と SUSTAINABLE CITIES AND HUMAN SETTLEMENTS AWARDS
※2 大規模な露天掘りに伴う植生喪失が環境問題になるという指摘が存在する。
※3 2020年度 SDGs達成度ランキングでデンマークは2位
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です。