今あらゆる世代で広がる「孤独感」を和らげようと、地域のさまざまな世代の市民が気軽に立ち寄れて、交流できることを目指した多彩な場が全国で増えている。こうしたプロジェクトでは、地域の自治体だけではなく、地元の企業やNPO法人、市民などの多様なステークホルダーによる、いわゆる「協働」が欠かせないとされる。とはいえ、自らとは立場も文化も異なる主体同士の連携がうまくいかず、自組織からの理解も得られず、前に進めなくなってしまうというのもよく聞く話だ。そんな時、一体どうすればいいのだろうか――。

江戸時代から続く老舗の大丸・松坂屋を運営する大丸松坂屋百貨店。同社の創造型マーケティング組織として2017年に発足した「未来定番研究所」(東京都台東区)は、5年先の未来に定番となるモノやコトを発見、発明するという 活動を続けている。そんな彼らが今注目しているのが、自宅から出る生ごみを堆肥化させる 「コンポスト」だ。

地域内外の人たちが、研究所のある東京・谷中の古民家にコンポストを持ち寄る。その場に生まれる何気ない会話から広がる人と人とのつながり。その場の温かい雰囲気に、地域の課題解決の可能性を感じ取った行政も動き出して――。

未来定番研究所では、どのようにして地域のステークホルダーと協働しながらこうした場を運営しているのか。コンポストの先に、どのような未来のライフスタイルの定番や地域のあり方を描いているのか。未来定番研究所所長の笠井裕子さんと、研究員の中島実月さんにその秘訣と未来のビジョンを伺った。

未来定番研究所の笠井さん(左)と中島さん(撮影:編集部)

都内初、循環型ライフスタイルへの転換で連携協定を締結

未来定番研究所がコンポストに注目するようになったのは、中島さんの発案がきっかけだった。新型コロナウイルスの流行が始まった2020年当時、サステナブルな暮らしをテーマにリサーチしていた時、コンポストのことを知ったのだという。

「私自身、関東地方で育って土に触れる生活をほとんどしておらず、コンポストをそもそも知らなかったので 、生ごみが土に還ることそのものにまず驚きました。さらに調べると、江戸時代には生ごみやし尿が肥料として循環することで経済活動が成り立っていたことを知り、江戸にルーツを持つ当社が未来のくらしの定番として提案することに意味があるのではないかと思いました」(中島さん)

コンポストにはさまざまな種類があるが、初心者でも取り組みやすい、ローカルフードサイクリング株式会社(以下、LFC)が開発したバッグ型のコンポスト「LFCコンポスト」から始めた。コンポストへの関心は募り、2021年3月にLFC代表のたいら由以子さんのオンライントークイベントを開催したところ、80人の定員がすぐに満席に。今までになかった反響だった、と中島さんは振り返る。

「生ごみが朽ちていく様子を見ながら自分の暮らしを見直す。それを地域に還すことで、環境負荷を軽減できるうえ、ローカルコミュニティー ができることで心身ともに元気になれる。そんなお話でした。その後、地域との共生という百貨店の役割ともマッチすると笠井さんから煽っていただき(笑)、ここまで取り組みを進めることができました」

笠井さんと中島さんも自らLFCユーザーとなってコンポストで堆肥づくりを開始。 一度、店舗の施策として取り組めないかと検討を重ね、松坂屋上野店のメンバーとともに区役所を訪れ、コンポストを使ったコミュニティづくりについて説明に出向いたこともあった。

そして 22年8月、未来定番研究所とLFCが谷中事務所で行った初めての堆肥の相談・回収会に台東区の職員が訪れたことから、大きく歯車が回り始めた。笠井さんは、当時のことをこう振り返る。

「イベントを見て自分ごととして捉えてくれたようで、最初から最後まで見学してくれました。参加者にもたくさん質問していて、終わった後には興奮気味に『ご年配の方が多いと思っていたけれども、こんなに幅広い層の方々が来ていて、皆さん笑顔で、幸せな空気しか感じなかった』」と話してくれたのです」

未来定番研究所での堆肥回収会の様子(提供:未来定番研究所)

台東区も生ごみを減らすという切り口で新たな取り組みを模索中であったこともあり、それからすぐに お互いの動きが加速し、未来定番研究所での堆肥の回収イベントから1年後の23年6月、台東区と大丸松坂屋百貨店、LFCによる三者連携で都内初となる「循環型ライフスタイルへの転換に向けた連携協定」を締結するに至った。区民を対象としたコンポスト講座や堆肥の相談・ 回収会のほか、ワークショップ・啓発イベントを開催することが盛り込まれた。

「まずは自ら面白がってやってみる」で、社内も社外も仲間に

本格的なやり取りが始まって約1年という短期間で三者連携協定を締結できたものの、そこに至るまでにトントン拍子で物事が進んだわけではない。しかし、必ず実現させるという共通認識のもと、行政と民間企業というお互いの立場の違いを尊重しながら、前向きに議論できる関係性を築き、それが成果につながったのではないかということが、以下の笠井さんのお話から窺える。

「実現可能性を度外視して夢みたいなこともお伝えしたら、『今すぐできるのはどれだろう?』『時間をかけてできることは何だろう?』など、向こうからもどんどん反応がありました。行政は担当外のことでは突っ走れない面がありますので、色々と庁内の調整もしてくれたようです」

一方、同じ社内とはいえR&D拠点としての側面を持つ未来定番研究所と、日々売場でお客様と接している店舗との間には、コンポストをめぐる捉え方に当初は温度差があったことも否めなかった。

「LFCコンポストに出会った当初から堆肥の相談・ 回収会を店舗でやらないか?と提案していたのですが、当時は自分たちでやってみたことがない分、説得力が弱く賛同も得にくかったです。 そこで、まずは自分たちの拠点である谷中事務所でやってみることにしました。その様子をモデルケースにできたこともあって、社内の理解が進んだように思います」

今では、松坂屋上野店で毎月第三月曜日にコンポスト講座と堆肥の相談・ 回収会を実施するようになった。少し離れた場所にある未来定番研究所では、*偶数月の日曜日に開催している。台東区では、区役所での回収はまだ始まっていないが、区役所内の会議室でコンポスト講座を定期的に開催している。

台東区は東京23区でもっとも小さな区ではあるが、協働が実現できればインパクトは大きく、他の地域や店舗にも広げていけると思いながら取り組んできたと話す笠井さん。改めて、ゼロから台東区との協働に結びついた秘訣は何だったのか聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

「何より、自分たちが面白がっている空気で相手と話すことは大切だと思います。お互いに気になる、良いと思っているからこうしたテーマで話し合いをしているはずなので、お互いの立ち位置を理解しながら、『前例がないからこそ妄想しましょう!』というトーンで話していましたね(笑)。お互いにどれだけ上司に通すのが難しい局面になっても、仲間を探しながら進めてきました。トップダウンよりも、草の根同士の関係性が大切だと感じました」

中島さんも、こう呼応する。

「社外であっても一緒にやるという意識は大事だと思いました。私としては、台東区、LFCとの話し合いを社内プロジェクトぐらいのテンションでやっていますね。『できないからダメ』ではなく、『できないから協力して、お願い!』という感じです。『できない』よりも『できることは何だろう?』という姿勢で、お互いに仲間意識を持ちながら進められています。あと、笠井さんも話していましたが、妄想を発散するブレストは大事ですね(笑)」

未来定番研究所の事務所での関係者打ち合わせの様子。お互いに妄想=やりたいことを語り合うのに、古民家の雰囲気はうってつけだという(同)

コンポストが紡ぐコミュニケーションの不思議な循環

松坂屋上野店での堆肥の相談・ 回収会をあえて平日に開催することにしたのは、百貨店の新たな集客ツールとしてのコンポストの可能性を模索する意図もあった。

「谷中事務所でイベントをやっていると、『それ何?』とLFCコンポストや堆肥に興味を持つ方が多いと感じました。また、LFCユーザーはライフスタイルの感度が高く、年代も性別も幅広いです。店舗側からは『(コンポストに対する)これまでの感覚を覆された』『こういう方たちにもお客様として来てもらいたい』などと言ってもらえました」(中島さん)

堆肥の相談・ 回収会では、持ち寄ったユーザー同士で対話が生まれる。「コンポストをやってみてどうですか?」と話しかけると、コミュニケーションの幅が広がるという気付きがあったと二人は言う。

「継続している谷中事務所でのイベントに台東区内でアップサイクルの取り組み「KURAMAEモデルプロジェクト」をされている珈琲屋さんの『縁の木』や養蜂をやっている『鶯谷ハニーラボ』にも参加していただくようになると、食の循環に関心のあるLFCユーザーの方たちとの親和性が高いなと改めて感じました。また、お互いの価値観が近いので、集まった人たちが楽しく会話をしてうれしそうにお帰りになる 。このイベントがコミュニケーションの場になり、少しずつコミュニティになってきているなと感じます」(中島さん)

「コンポストを介して、お互いの家族や仕事の話になり、『こんなこと考えているので一緒にやりませんか?』といった話になるんです。そういった光景を目にしてくれたことで、百貨店ではこういうコミュニケーションはできていない、と上野店も本気になってくれました」(笠井さん)

コンポストが紡ぐコミュニケーションの循環――。これからの時代に求められる新たなコミュニティとしての手ごたえを笠井さんは感じているようだ。

「持ってきたコンポストをひっくり返してかき混ぜていると『何食べた?』という話になって、そこからプライベートな話になっちゃうから面白いですよね。地元のお店の場所などを教え合ったり、相談・回収会の時は堆肥を活用して作った野菜も売っているので、『これで何作ろうかな?』という話題になったりもします。こういうことって、昔はご近所さん同士で話していましたよね」

「相談・回収会の時は皆さん、電車や自転車に乗って、あるいは歩いて来られます。10分、15分ぐらいおしゃべりして帰るんですけど、ご自身の言葉として発する中で、ご自身の中にも何か良い循環が生まれて、浄化されて帰っていくって感じなのかもしれませんね。半径2kmぐらいの『新しい町内会』のようなコミュニティができているようで、とても面白いですよ」

半径2kmの「新しい町内会」――。サーキュラーエコノミーが作り出す新たなコミュニティの可能性と、大丸松坂屋百貨店としてのミッションである「地域との共生」とが今、重なり合いつつある。

循環生活の地域のハブになるために

2024年3月2日、松坂屋上野店に近い御徒町南口駅前広場でイベント「循環生活コトハジメ」が開催された。会場では「循環型のライフスタイル」をテーマにした区内事業者によるマルシェ、キッズフリーマーケット、ワークショップなどを実施。参加者が持ち込んだ使用済み資源(歯ブラシ、食用油、衣料品など)のほか、堆肥の回収も行われた。

イベントでも堆肥回収会が行われた(撮影:編集部)

このイベントの開催は、三者連携協定のハイライトとも言えるものだった。イベントを終えた台東区役所環境清掃部清掃リサイクル課・高畑信子氏は、本協定の狙いと成果についてこう話す。

「台東区は都内で最も小さい面積の区で、人口密度が高く、飲食店の数も多いという特徴があります。区から排出されるごみをさらに減らすためには 、行政だけでは課題解決に限界があると感じることがありました 。台東区に店舗を持つ大丸松坂屋百貨店や、コンポストによる食の循環の専門家であるLFCとそれぞれの強みを生かした協業により、区民が生活の中に取り入れやすい循環を始めるきっかけ、区民の生活動線の中でそれを循環させる場を持つことにつながりました」

三者連携の関係者。奥左から笠井さん、LFCたいら由以子さんと平希井さん、手前左から 台東区高畑信子さんと吉田美穂さん、中島さん(同)

今回の三者連携を「循環型ライフスタイル転換に向けた」協定としたのは、この取り組みをコンポストだけにとどまらせず、さらに広げていくことを目指しているからだ。台東区役所では現在、同協定に関する事業は清掃リサイクル課が中心となって進められているが、最近では教育委員会などをはじめ、関わる部署が広がっているという。笠井さんも、今後の広がりに期待を寄せている。

「LFCコンポストでつくった堆肥で花を育てることがあっても良いかもしれません。区内には養蜂をやっている活動もあります。台東区の職員の方々とは『台東区の中で栽培から加工、消費まで循環するようなアイデアを考えて、実現してみたいね』 など話していて、夢は広がっています。まさに、CSR(企業の社会的責任)からCSV(社会的価値の創造)です。エコノミーにしないと続きませんから」

さらに、台東区だけではなく、他の区とも繋がりながら循環の輪を広げていきたいと笠井さんは考えている。

「近頃大切だと思うのは、人との繋がりが何よりの防災で、自分たちの暮らしの豊かさとは何かを一緒に考えながら良い形で繋げていきたいということです。 この取り組みが進めば進むほど、人々の幸福感が大きくなり、より幸せを感じる人が増えればいい。社会のスピードが速い中で、少し立ち止まれる場所、一人ひとりが自分に合った場所を見つけられれば幸せになれると思っています」

循環の輪は、同社内での横展開を通じて日本全国へと広がりつつある。このうち、大丸心斎橋店では社員の発案で従業員食堂から出る生ごみを堆肥化、店舗沿いの御堂筋の一角に設置した花壇で活用している。23年4月からは堆肥の相談・回収会も不定期で行うようになり、コンポストの活用も模索している。

大丸心斎橋店が所属するNPO法人御堂筋長堀21世紀の会で実施した花植え作業の様子(2023年11月)。大阪市建設局の緑化アドバイザー指導のもとLFCコンポストで作った堆肥を混ぜ、会員の手で花壇を制作した(提供:未来定番研究所)

中島さんは、これからの百貨店の役割に思いを馳せながらこう話す。

「人それぞれにさまざまな”豊かな生活” がある現代において、コンポストのある暮らしもその一つだと確信を持てました。生ごみを捨てる罪悪感から解放され、土を育てながら、ゆったりした時間の中で落ち着ける。生活者一人ひとりの”豊かさ” を考える百貨店の役割として、これからの暮らしの一つのあり方だと伝えていきたいです」

5年先の未来に定番となるライフスタイルを見つけることをミッションとする未来定番研究所だが、笠井さんはさらにその先も見据えている。

「『ものを簡単に捨てない暮らし』をみんなで考えたり、共有できる拠点づくりにチャレンジしたいと考えています。 未来に向けて人と人とが繋がって、これからの社会のためになるようなものを生み出していきたいですね」

未来定番研究所に学ぶ、「協働」を成功させる5つのポイント

今回、編集部で未来定番研究所のお二人からお話を伺ったのは、他の地域や分野でもこの取り組みから「協働」のエッセンスを学べるのではないかと考えたからだ。

お話を聞き終えて改めて感じた、地域のステークホルダーと協力しながら循環的なプロジェクトを成功させるために必要な協働のポイントを5つ挙げてみた。

  1. モノだけでなく、人の心も「循環する」ような求心力あるプロジェクトをつくる。
  2. まずは、発案者自らが楽しみながらやってみる。
  3. 所属や背景が異なる人とも対等な仲間意識をもって、社内のプロジェクトと同じ熱量で取り組む。
  4. 困難に直面しても、必ず実現させるという共通認識のもと、行政と民間企業などお互いの立場の違いを尊重しながら、前向きに議論できる関係性を築く。
  5. 単発のイベントなどだけを目的とせず、5年後、10年後の「ありたい姿」を意識しながら取り組む。

5年後、さらにその先の未来で「捨てない」「循環する」を私たちのライフスタイルの定番にできるか――。未来定番研究所のさらなる研究活動を楽しみにしたい。

取材・撮影協力:和田麻美子(編集部)
*未来定番研究所での堆肥 の相談・回収会の日程は 、ホームページなどでご確認下さい。

【プレスリリース】
都内初!生ごみをごみとして処理しない!「循環型ライフスタイルへの転換に向けた協定」締結!

【参考記事】
新都市生活を提案。地域とつながり、5年先の未来を描く「未来定番研究所」(J.Front plus)
コンポストから始める、豊かなくらし。(未来定番サロンレポート)