「Circular Economy Hub」を運営するハーチ株式会社は、東京都の多様な主体によるスタートアップ支援展開事業「TOKYO SUTEAM」の令和5年度採択事業者として展開する、サーキュラーエコノミー領域に特化したスタートアップ企業の創業支援プログラム 「CIRCULAR STARTUP TOKYO(サーキュラー・スタートアップ東京)」を運営。本特集では、プログラム参加者の取り組みをご紹介します。
今や世界じゅうの若者や観光客がスクランブル交差点を目指してやって来るようになった、巨大都市・渋谷。大規模な再開発で豪奢な高層ビルがそびえ立つようになった一方で、土地に根差したモノやコトが生み出されている感覚を抱きづらい場所になっているというのが正直なところではないだろうか。合同会社渋谷肥料は、そんな渋谷を「『消費の終着点』から『新しい循環の出発点』にシフトできないか?」という問いのもと、大都市を起点としたサーキュラーエコノミーのモデルを創り上げようとしている。
同社が今最も注力しているのが、渋谷エリアで発生した生ごみを肥料化し、その肥料を使って栽培されたさつまいもで作る「サーキュラースイーツ®」の数々だ。マカロンやケーキ、クッキーにアイスクリームなど、サーキュラースイーツの甘い誘惑が醸し出す都市と近郊地域の循環のカタチとは――。渋谷肥料の代表・坪沼敬広さんと野田英恵さんのお二人に話を聞いた。
話者プロフィール
坪沼 敬広さん
フリーのコンセプトデザイナーとして、プロダクト開発・事業展開・ブランディングなど多方面でクライアントの課題解決に携わる。渋谷スクランブルスクエア内の共創ワークスペースSHIBUYA QWSで2019年に渋谷肥料、2020年に渋谷土産の2つのプロジェクトを立ち上げ、現在は代表として両者の全体コンセプト設計と各プロダクトのディレクションを手がけている。2021年に合同会社渋谷肥料を設立。
野田 英恵さん
国際政治や格差への関心から、学生時代には東南アジアでの商品開発や、視覚障がい者向け事業に従事。サステナビリティコンサルタントとして、新規事業創出、情報開示、資源循環スキームの構築などに携わり、国内外の企業を支援。その後エリアマネジメントや地方創生の分野においてプログラムの企画を担当。
循環モデルの一つのカタチ:「サーキュラースイーツ」
坪沼さんが渋谷肥料を立ち上げるきっかけとなったのは、渋谷スクランブルスクエアのオープン前の2019年9月に開催されたアイデアソンイベントで、渋谷のごみ問題と向き合うパレードの開催を提案したことだった。ただ、アイデアソンの終了後には、より生活者の日常に浸透する取り組みを行えないかと考えるようになり、改めて渋谷のごみ問題を調べ直してみた。すると、推計ではあるが、渋谷区から発生するごみの7割が事業系ごみで、年間排出量約11万5000トンのうち3分の1に当たる4万3000トン余が生ごみであるとことが分かったのだという(渋谷区資料)。
「事業系の生ごみを単に捨てて燃やしてしまうのではなく、皆さんが欲しくなるような資源に生まれ変わらせることができたら、渋谷をはじめとした大都市はごみを出しておしまいという『消費の終着点』から、『新しい循環の出発点』になれるのではと思いました」(坪沼さん)
そうして、さまざまな施策に取り組む中で生まれたのが循環型の食品産業モデルの「サーキュラースイーツ®︎」である。茨城県内のリサイクル工場が渋谷の事業系生ごみの一部を肥料として再生し、現地の大学の農学部と紅はるか(さつま芋)を栽培していることに着目。収穫されたさつま芋を再び渋谷で仕入れてマカロンやアイスクリームといったスイーツとして商品化し、カフェや店舗で販売するという循環モデルを作り上げた。

実は、サーキュラースイーツを販売する際には、必ずしも渋谷を起点とした循環について強く打ち出しているわけではないのだという。お菓子として選んでもらえるような見た目の美しさ、そして何よりも美味しさを提供しようとする中で、特に関心を示す顧客に対して、都市と地域が結びついて人と人のつながりが生まれていることを中心に伝えるようにしているのだそうだ。
サーキュラースイーツの主な購入者は、クリエイティブな商品やストーリーのある取り組みに関心のある20〜30代の人たち。サーキュラースイーツのプロジェクトを坪沼さんとともに進める野田さんは、お客様からの反響をこのように見ている。
「昨今サステナビリティ色が強まっているので購入してくださっているというよりも、プロジェクトの背景に共感したから購入いただいているように感じています」(野田さん)
アクセル役とブレーキ役がいるからこその価値
野田さんは上京したタイミングで以前より面識があった坪沼さんに誘われプロジェクトに関わり始めた。とはいえ、プロダクト作りの経験があったわけでも、関心があったわけでもなかったのだそうだ。
「小売という業界は、売れば売るほど資源が投下され、最終的にモノは廃棄されることから、消費と循環は対立するものだと捉えていました。けれどCircular Startup Tokyoを通じてメンターの方々とお話しする中で、『そもそも最初から完全に循環する事業は存在しない。渋谷肥料の取り組みは今でこそモノの消費があっても、プロダクトを通じて循環の概念を広げていけるのではないか、ステップバイステップで理想の循環に近づいていけばよいのではないか』とおっしゃっていただきました。私自身の価値観が変わってきたと感じており、今は、スイーツを通じてサーキュラーの価値を広めていくことに少し自信が持てるようになっています」(野田さん)
こう話す野田さんを、坪沼さんは「モノの可能性を拡張できる人」と評しつつ、こう続ける。
「モノづくりに関心がないからこそ、一緒にやりたかったのです。デザイナーは新しいものを生み出してナンボという面がありますが、多くの人は洗練された質の高いモノに触れるだけでなく、時間をかけて大切なコミュニティを育てたり、穏やかな日々とそこから生まれる交流も求めていると思います。さらに、これからはグリーンウォッシュにどう向き合うかについても考えていかなければなりません。僕は前進することにワクワクするタイプですが、野田さんのように本質に立ち戻って問いかけられる人はとても大事です」(坪沼さん)
アクセル役の坪沼さんと、ブレーキ役の野田さん。さらに、他のメンバーも含めた各々の思考の違いは、プロジェクトの質をさらに高めようとしている。
「流通やコストの面も踏まえて、スイーツの包装に従来のプラスチック素材を使おうとしたら、野田さんから『もっと工夫を重ねた方が良いのでは?』という意見が上がりました。打ち合わせでは外部の方も交えて喧々諤々議論したほか、二人で展示会に行って色々な素材を調査したこともありました」(坪沼さん)
とりわけ流通の問題から、バイオマス由来の生分解性プラスチックを本格的に菓子の個包装に取り入れることにはまだ時間がかかるのが現実だ。では、どうすべきなのか。未来に向けて開発を進めるべく、「渋谷肥料だからこそできること」を整理しながら、大学や研究機関との連携を加速させていきたいと坪沼さんは言う。
「今、答えがないからといって諦めるのではなく、さまざまな人たちの知恵を掛け合わせて、自ら答えを作っていくチームでありたいと思うのです」(坪沼さん)

地域循環がもたらす価値とは何か?
アップサイクルに象徴されるサーキュラーエコノミーのモノづくりではしばしば、リニア型のモノづくりでは作り出せない「付加価値」をつけることができると考えられている。しかし坪沼さんはそのようには考えず、モノ自体に内在する価値を意識しているのだという。
「モノの価値は、外から付け加えるのではなく、内在する要素を見つめ直すことが大切と考えています。サーキュラースイーツで言えば、まずは循環のプロセスを通じて都市と地域のつながりが可視化されることで、特に関係性はないと思われていた土地同士の顔が見えて人の交流が生まれます。また、この仕組みで収穫されたさつま芋は、都会の人たちにとっては自分たちと縁のある農作物と感じられ、地域の人たちにとっては自分たちの農作物をより多くの人たちに食べてもらえる絶好の機会になります。『ごみを減らす』ために行われていた施策を見つめ直すことで、秘められていたストーリーを見える化することに成功しています」(坪沼さん)

「もう一つは、つながりやストーリーといった情緒的なものだけではなく、思い込みを外して数字や事実を見つめ直すことも重要です。サーキュラースイーツは元々、スクランブルスクエアのビルから発生する大量の生ごみを肥料化できないか問い合わせたところ、すでに行われていたことが分かったところから始まりました。『そういえば、このごみはその後どうなっているのだろう?』といった好奇心に蓋をせず、数字や事実を粘り強く追ってみたことで新しい切り口を生み出すことができたのです」(坪沼さん)
一方、野田さんはさらに俯瞰した視点から、渋谷肥料による循環モデルの価値を捉える。
「私自身、マンション暮らしで隣人の方との交流がほとんどなく生活しており、地域の中での人と人とのつながりの薄さに寂しさを感じます。一方で顔の見える関係性の中でモノやコトの循環が起こると楽しそうですし、お互いの顔が見える関係性の中だと、チャレンジもしやすいのではと思います。年齢や性別、学歴に関係なく、誰かの『やってみたい』や『やってみた』が増えてくると、色々なことに出会う機会も増えて、毎日が一層楽しくなるのではないでしょうか。東南アジアに暮らしていたこともありますが、都市化する中でも地域内の関係性が失われない在り方をいつか現地の人たちと一緒に創ってみたいです」(野田さん)
つながりや安心を感じられる循環を
渋谷肥料として今後、サーキュラースイーツのネーミングから、ロゴデザイン、パッケージデザインまでブランドとして確立しようとしている。開発中の新商品のパッケージについては、間伐材を活用しながら高級感とプロジェクトのコンセプトを両立させることを目指すとしている。
坪沼さんがもう一つ掛けている渋谷発の土産物開発プロジェクトでは、東急百貨店東横店の解体時に発生したコンクリートを用いたデスクオーガナイザー「ma_(建築土産)」をリリースした。ECサイトもオープンしており、商品のストーリーや完成までのプロセスを伝えながらプロジェクトのコンセプトを活かした商品展開と情報発信を行っていきたいという。

さつま芋の本格的なシーズンとなる秋を目標に、サーキュラースイーツの新商品も発売する予定だ。北海道など、首都圏以外の地域からも事業コラボレーションの依頼が届いているほか、開催中の大阪・関西万博での出展も決まった。渋谷からさらに多くの地域へ事業を拡大することを見据えて、資金調達の準備も進めている。
坪沼さんと野田さんは、今後の展開についてこのように見据えている。
「渋谷肥料の事業をグローバルに展開することで、人がワクワクする循環型の経済圏を世界各地に広げていくことを目指しています。その中で、野田さんや他のメンバーの思いも掛け合わせることで、生産者と消費者を区分するのではなく、一人一人が自らの暮らしの中でより主体的に作り手にも受け手にもなり、そのことを前向きな手応えを持って実感できる社会をつくっていきたいと考えています。渋谷肥料を通じて、人が希望を持って生きていくことを後押しできるような事業を生み出していきます」(坪沼さん)
「私は、さまざまの地域の方と一緒に、地域の文化や歴史、特産などを紐解きながら、その地域の特徴を活かした循環を作り出していきたいです。そのため渋谷肥料が80~100キロ圏内で循環モデルを作ろうとしていることに共感しています。東京で販売するものは、東京近郊で育てたもので作るという仕組みを、大阪などの他地域や世界の他の都市でも実施できると面白そうだと思います。渋谷が新しいビジネスや暮らしの実験場になって、モノや想いが巡る社会を、全国あるいは世界に、ほんの少しでも示すことができれば嬉しい限りです」(野田さん)
世界の多くの国々でも今後、都市化が進んでいくことが予想されている。そんな近未来に都市と近郊地域でヒト・モノ・コトがちょうど良い範囲で循環する適切な大きさの輪が求められるのは間違いない。東京・渋谷発のサーキュラースイーツはその一つのモデルになるかもしれない。
