イタリア・ローマのサピエンツァ大学とラトビアのリガ工科大学の研究チームは7月13日、電気自動車(EV)と従来のディーゼル車の環境負荷を、製品の生涯にわたって評価するライフサイクルアセスメント(LCA)の手法を用いて比較した学術論文を発表した。

分析の結果、EVはライフサイクル全体での温室効果ガス(GHG)排出量においてディーゼル車より大幅に優位である一方、バッテリー生産に起因する鉱物資源の消費が著しく大きいというトレードオフの関係が明らかになった。

本研究は、欧州連合(EU)が2035年に内燃機関(ICE)搭載車の新車販売を禁止する方針を掲げ、EVへの移行が加速するなかで、その環境持続可能性を多角的に評価することを目的としている。分析対象として、欧州市場で広く普及しているCセグメントの乗用車「プジョー308」のEVモデルとディーゼルモデルが選ばれた。評価は、車両の生産から使用、そして廃棄・リサイクルに至るまでの「ゆりかごから墓場まで」のアプローチで行われた。

分析によると、走行距離20万kmのシナリオにおいて、ライフサイクル全体でのGHG排出量はディーゼル車が52.2トン(CO2換算)であったのに対し、EVは23.6トンと半分以下に抑えられた。さらに、バッテリーの長寿命化を想定した54万kmのシナリオでは、ディーゼル車の131トンに対し、EVは36.6トンと、その差は約3分の1にまで拡大し、走行距離が長くなるほどEVの気候変動緩和への貢献度が大きくなることが示された。

しかしその一方で、本研究はEVが抱える資源面での課題を浮き彫りにした。特に、車両の生産段階における環境負荷はEVの方が高く、その主な要因はリチウムイオン電池の製造にある。バッテリーにはリチウム、コバルト、ニッケルといった経済安全保障上重要で供給リスクが高い「重要原材料(CRM)」が大量に必要となる。これらCRMの採掘や精製は多くのエネルギーを消費し、環境負荷が大きい。論文では、鉱物資源の枯渇ポテンシャルを示す指標において、EVはディーゼル車を大幅に上回る結果となった。

研究チームは、使用済みバッテリーのリサイクルの重要性も強調している。特に、酸などの化学薬品を用いて金属を分離・回収する「湿式製錬」は、高温で処理する「乾式製錬」にくらべて環境負荷が低く、より多くの種類の金属を高純度で回収できる可能性がある。

LCA分析においても、湿式製錬によるリサイクルはGHG排出量を削減し、資源回収による環境クレジット(負荷削減効果)を生み出すことが示された。しかし、これらの効果をもってしても、生産段階での高い資源消費量を完全に相殺するには至らないのが現状だ。

本研究は結論として、EVへの移行は気候変動対策の観点からは有効であるものの、それは万能な解決策ではないと指摘した。同時に、現在のLCA手法には、CRMの供給リスクや地政学的な脆弱性といった「クリティカリティ(重要性)」を評価するための指標が欠けているという方法論的な課題も提示した。

EVの持続可能性を真に高めるためには、GHG排出量の削減に加え、バッテリーの長寿命化やリサイクル技術の向上、そしてCRMへの依存を低減する次世代バッテリーの開発など、資源循環の視点に立った取り組みが欠かせない。

【参照論文】A Comparative Life Cycle Assessment of an Electric and a Conventional Mid-Segment Car: Evaluating the Role of Critical Raw Materials in Potential Abiotic Resource Depletion
【参照ページ】International Energy Agency (IEA), Critical Minerals Market Review 2023
【参照ページ】European Commission, Foresight study on raw materials
【参照ページ】International Energy Agency (IEA), The Role of Critical Minerals in Clean Energy Transitions
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