国連の新しい報告書によれば、現在の農業支援の87%にあたる約4,700億ドルは価格を歪め環境や社会に悪影響を及ぼしているという。2030年にSDGsを達成し、「生態系回復の10年」を実現するために、マイナスの影響を与えるインセンティブの見直しを各国政府に呼びかけている。
国連食糧農業機関(FAO)・国連開発計画(UNDP)・国連環境計画(UNEP)が9月14日に発表した報告書「数十億ドル規模の機会:農業支援を見直して、食料システムの変革を(A multi-billion-dollar opportunity: Repurposing agricultural support to transform food systems)」によると、現在の生産者への支援は、関税や輸出補助金などの価格インセンティブや特定の商品・投入物の生産に連動した補助金が中心となっている。こうした支援は非効率で、食料価格を歪め、人々の健康を害し、環境を悪化させるという。また、多くの場合、女性が多い零細農家よりも大規模農業ビジネスを優先させるなど、公平ではないと指摘した。
農業支援の大部分は負の効果をもたらしているが、約1,100億ドルのインフラ・研究開発支援は食と農業に利益をもたらしている。そこで、生産者支援を廃止するのではなく、支援内容を見直すことで貧困の解消・飢餓の撲滅・食料安全保障の確保・栄養状態の改善・持続可能な農業の推進・持続可能な消費・生産の促進・気候危機の緩和・自然の再生・汚染の抑制・不平等の是正が可能になる。
2020年、世界の8億1,100万人が慢性的な飢餓状態にあり、世界のほぼ3人に1人(23億7,000万人)が年間を通じて十分な量の食料を入手できない。2019年は、世界で約30億人の人々が健康的な食生活を送っていないとされた。
農業は、牧草地の糞尿・化学肥料・稲作・作物残渣の焼却・土地利用の変化などを含む理由により、温室効果ガスの排出が多く気候変動の主な原因の一つになっている。また、農業生産者は、猛暑、海面上昇、干ばつ、洪水、イナゴの襲来などの気候変動の影響に脆弱である。
パリ協定の目標を達成するためには、高所得国において世界の温室効果ガス排出量の14.5%を占める食肉・乳製品産業への支援を転換し、低所得国では有害な農薬や肥料、単一栽培への支援の見直しが必要だとレポートは説いている。
UNEP事務局長のInger Andersen氏は、次のように述べた。
「各国政府にとって、今が農業を人類の幸福に向けた推進力に変え、気候変動、自然破壊、汚染などの差し迫った脅威に対して解決することのできるタイミングです。より自然に配慮した、公平で効率的な農業支援にシフトさせることで生活を向上させると同時に、排出量の削減や生態系の保護と回復、農薬の使用量削減を実現することができます」
報告書では、好事例として、ゼロ予算自然農法を採用したインドのアンドラ・プラデシュ州、鉱物質肥料や農薬の使用削減を支援する2006年の中国の農業政策改革、全国農民組合と合意して補助金を廃止した英国の単一支払い制度、共通農業政策(CAP)の改革により作物の多様化を奨励した欧州連合、農家に多様な作物を栽培するインセンティブを与えるセネガルのプログラムPRACASなどを紹介している。
農業生産者に対して一律に万能の支援策はないが、報告書は政府に対して6つのステップを推奨している。6つのステップとは、「提供された支援の測定」「そのプラスとマイナスの影響の把握」「代替策の特定」「その影響の予測」「提案された戦略の改善と詳細な実施計画の立案」「実施された戦略のモニタリング」である。
国連開発計画(UNDP)総裁Achim Steiner氏は、次のように述べた。「農業支援を見直し、農業・食料システムを環境に優しく持続可能な方向にシフトすることで、生産性と環境の両方を向上させることができます。また、公平な競争条件を確保することで、世界の5億人の零細農家(その多くは女性)の生活を向上できるでしょう」