大学院大学至善館(東京都中央区日本橋)は2018年の開設以来、科学技術イノベーションとヒューマニティの持続可能性の両立、西洋の合理性と東洋の精神土壌の融合を志向したMBA教育を通じて、サーキュラーエコノミーの原則を取り入れた実践的な学びを提供してきた。その取り組みを加速すべく2025年4月、「ISL至善館循環未来デザインセンター(Circular Futures Design Center)」を設立した。
同センターは、企業・自治体・教育機関・市民社会が連携し、日本におけるサーキュラーエコノミーのエコシステム構築を推進する拠点となることを目指す。共同センター長には、ハーチ株式会社代表取締役の加藤佑氏と、一般社団法人ゼロ・ウェイスト・ジャパン代表理事の坂野晶氏が就任。また、経済界や地域社会の中でサーキュラーエコノミー推進をリードする有識者がアドバイザーとして名を連ねる。
このたび、同センターは設立を記念した「循環未来デザインセンター 開設記念フォーラム」を開催。本フォーラムでは、オランダからサーキュラーエコノミーの第一人者であるトーマス・ラウ氏とサビーン・オーバーフーバー氏を招いて「マテリアル循環革命」と題した基調講演とディスカッションを行った。本稿では、2025年4月24日に至善館日本橋キャンパスで行われたフォーラムの模様をお伝えする。
サーキュラーエコノミーは社会を変える「革命」
はじめに大学院大学至善館・野田智義学長が挨拶し、循環未来デザインセンターの設立に至った今日の世界の状況に対する現状認識とともに、センターの目指す未来像が示された。
野田氏は「世界がプラネタリーバウンダリーを超えてしまっていることは、子どもでも分かる状況になっている。このままの形で経済活動を続けていれば、人類の文明は破たんしてしまう。こうした中で今、リニアエコノミーからサーキュラーへの移行が急速に進んでいる」などと言及。センター設立の意図を「単に経済と環境ではなく、社会全体、人間、政治の世界にもパラダイム変化をもたらすため」だとして、「大量生産モデルの20世紀からパラダイムシフトし、ローカルが自立分散し、廃棄物をなくし、人々のつながりが保たれ、意味のある仕事があり、社会的包摂を伴う民主主義を草の根で再生するという問題意識を持って立ち上げていく」などと表明した。
さらに「サーキュラーエコノミーは経済と環境だけでなく、社会を変える革命だと思っている。人材育成を通じてセクター横断でのコラボレーションを生み出し、新しいモデルを示し、社会実装を行い、経済社会モデルを変革していきたい」などと意気込みを語った。

必要なのは、人間は地球のゲストという「マインドセット変革」
続いて、サステナビリティ・循環経済分野の世界を代表するイノベーター、思想家、建築家であるオランダRAUアーキテクツ代表のトーマス・ラウ氏が基調講演を行った。ラウ氏は循環型ビジネスモデルの代表例として取り上げられることが多いフィリップス社の Light as a Service(サービスとしての照明)や、素材との新たな関係性を提案する Material as a Service(サービスとしての素材)、特に循環型建築の分野で注目されている Material Passport(マテリアル・パスポート)など、革新的なアイデアを世に送り出してきた。開催中の大阪・関西万博では、オランダ館の設計を担った。

ラウ氏は、人類は今、経済と環境とのデカップリングという過去に例のない難題に挑戦しているとして、これを克服するためには既存のシステム構造を根本的に変えなければならないと主張する。
「私たちは地球をホストするのではなく、地球のゲストであるという態度、マインドに変わらなければなりません。これは、すべての人々にできることです。地球はクローズドなシステムで、構成するすべてのものに意味があり、限りがあります。(中略)自然のアートでもあるマテリアルを、希少価値のあるアートのように扱うマインドが必要なのです」(ラウ氏)
アイデンティティを伴った廃棄物、それがマテリアル
希少性を帯びたマテリアルの価値を高めるにはどうすれば良いのか――。その答えが、建造物に使用されるあらゆる素材のアイデンティティを「マテリアル・パスポート」として登録できるオンラインプラットフォーム「Madaster(マダスター)」だ。ヨーロッパ各国を中心に7カ国で導入されており、日本では大成建設と連携して展開している。
ラウ氏は、オランダのエネルギーネットワーク管理会社Liander社から相談を受けた社屋の建て替えをめぐるエピソードを紹介。ラウ氏側が解体前の社屋に使用されていた材料についての情報を1週間でマダスターに登録し、その結果を先方に見せながら建て替え時の再利用を提案したところ賛同してくれたという。その結果、約80%の材料を新社屋でも再利用できた。
「アイデンティティのないマテリアルは単なる廃棄物になってしまいます。しかし、そこにアイデンティティを付与することでマテリアルになるのです」(ラウ氏)
同じくラウ氏が手掛けたトリオドス銀行本社の新社屋は、主要構造物の92%が木材でできている世界初の解体可能なオフィスビルだ。ビルの中央に木柱が配され、各階が同じ作りとなっている。わずか5つの要素と16万5000本のネジを使用して作られた銀行の新社屋は、ラウ氏の言葉を借りればさながら「マテリアルバンク」のようだ。
ラウ氏はこの建物について「40年後の建物の価値をマダスターで換算した結果、素材の価値が投資コストの18.5%でした。これは、(建築物での材料の再利用に向けた)経済的なインセンティブになり得ます」として、マテリアル・パスポートに裏付けられた建物の価値向上の可能性に期待感を示した。

バリューチェーンを逆回転させる新たな経済システムを
ラウ氏は、素材が循環するサーキュラーエコノミーへの移行に向けたマインドセット変革の必要性を象徴するエピソードも紹介してくれた。
期間限定で解体予定の建造物で鉄を使った屋根を作ることになり、できる限り少ない材料で屋根を完成させる方法を模索していたラウ氏。相談したのは、鉄を売れば売るほど儲かるビジネスを展開している鉄鋼会社ではなく、少ない量の鉄で構造物を作ることに長けたジェットコースターの設計職人だったのだという。その結果、鉄を使う量を30%以上減らすことができた。
「私たちが問題を作り出しているとも言えますが、同時に私たち自身がソリューションでもあるのです。何を選択するかは私たち次第。私はできると思っていますし、非常に楽観的です」(ラウ氏)
ラウ氏は最後に、作って捨てるリニアエコノミー型のバリューチェーンから決別し、消費者が製品を販売者に戻し、材料の価値に応じた金銭を受け取るという逆向きの新たなバリューチェーンを構築するよう呼びかけた。
「現在の自由に基づいたバリューチェーンは、バリューを破壊するチェーンになってしまっています。責任に基づいた永続的な物質の流れを持つ新しい経済システムが求められているのです」

すべてのステークホルダーを同じテーブルに、そして国境も超えて
ラウ氏の講演を受けて、ラウ氏のパートナーで循環型経営コンサルタントのサビーン・オーバーフーバー氏と、ヴェオリア・ジャパン代表取締役会長で日本経済団体連合会(経団連)環境委員長も務める野田由美子氏も交えて、CFDC共同センター長・加藤氏のモデレートでディスカッションを行った。
サーキュラーエコノミーをめぐっては、コンセプトへの賛同は得られるものの、コスト高やインセンティブ不足などが導入の壁となっている例を見聞きすることが多い。この点に関連して、顧客とどのようにコミュニケーションしているか問われたオーバーフーバー氏は、このように答えた。
「今やサーキュラーエコノミーもビジネス戦略化しています。単に売り切るのではなく、オーナーシップを持って顧客と向き合うことで、顧客がどのように製品を使っているかが分かり、次の顧客に適切に引き渡せます。これにより、Product as a ServiceからMaterial as a Serviceへと展開できます。途上国での資源採掘の悪影響が顕著になっており、次の世代のためにもサーキュラーエコノミーを進めていかなければなりません」(オーバーフーバー氏)

ここ数年のサーキュラーエコノミーの進展に対しては、野田氏もオーバーフーバー氏も評価した上で、今後取り組むべき事柄に言及した。
「2023年に経団連がサーキュラーエコノミーを提唱し、国家戦略ができて、産官学民が参加するサーキュラーパートナーズ(CPs)も創設されました。CPSの加盟団体数は600を超えており、官民連携のプラットフォームとしては世界的にもかなりユニークな存在になっています。サーキュラーエコノミーは1社だけではできません。システム変革のためにも、すべてのステークホルダーが協働して同じ方向に向かわなければなりません。CPsをベースとした取り組みが今年2年目に入りますので、具体的な実証事例をつくって、より明確なマイルストーンや目標を設定していく予定です」(野田氏)

「日本で皆さんが取り組まれているようなプロジェクトを、ぜひヨーロッパでも見てみたいと思っています。すべてのセクターのアクターを同じテーブルに乗せる必要がありますし、さらに国境を超えてともに進めていかなければなりません」(オーバーフーバー氏)
「一方で、ヨーロッパにも前向きな動きがあります。例えばEUの『サーキュラーエコノミー行動計画』で、中でも私が良いと思うのはエコデザイン規則のような循環型製品の設計方法やその測定方法が網羅されたものや、フランスで導入されている製品のラベリング制度などです。しかし本当に必要なのは、こうした取り組みを統合的に調整する力です。
例えば、税制の見直しとしてヨーロッパでは『Xタックス(X Tax)』と呼ばれる重要な提案があります。これは、素材や有限資源には課税し、人件費への課税を軽減すべきだとする考え方に基づいています。また、金融制度の抜本的な改革も必要です。現在の減価償却の考え方や資金調達の方法は、サーキュラーエコノミーのサービスモデルの導入にとって大きな障害となっているからです」(オーバーフーバー氏)

サーキュラーエコノミーは日本がリードできるチャンス
ディスカッションに触発されて、会場からはさまざまな業態やテーマで大小さまざまな質問がなされた。主なものをご紹介する。
会社員(不動産・建設業)「マダスターは新築だけでなく既存の建物のサーキュラリティ評価も行っているのか。素材のサステナビリティという観点では、いわゆるエンボディード・カーボン(製品に内包される炭素排出量)の測定や、製品のEPD(環境製品宣言)登録などが進められているが、マダスターはこうした取り組みとどのように連携しているのか」
ラウ氏「マダスターは、新築の素材登録よりも既存建物の素材情報の可視化に数多く取り組んでいる。そうすることで建物の素材の価値が分かるため、解体時に値下げの交渉もできる。また、マダスターはさまざまな種類のデータソースを統合するプラットフォームで、EPデータベースや素材データベース、ロンドン金属取引所などさまざまな外部データと接続されている。建物全体に関する膨大なデータの「デポジトリ(集積)」を形成し、その中で例えばエンボディード・カーボンを算出することも可能だ」
会社員(製造業)「サーキュラーエコノミーの実現への一つの答えとして、地域内で循環を閉じて地域内で素材を確保するという考え方、つまりスモールエコノミー(地域単位の小さな経済圏)があるのではないかと思っている。一方で、私たちはグローバルにビジネスを展開しており、言ってみれば逆のことを行っている。こうした状況について、何かアドバイスをいただけないか」
オーバーフーバー氏「グローバルとローカルのハブをうまく組み合わせた仕組みをつくる必要がある。グローバル市場に製品を輸出しつつも、より地域に密着した形で部品の回収や再生を行えるようにするというモデル。ローカルハブ(地域拠点)を整備し、循環型のプロセスを支える体制が必要になるだろう。協業も非常に重要で、他のメーカーとも連携することになるかもしれない」
大学共同研究者「国内の大学で政府の助成を受けて進めているプロジェクトを共同で主導している。このプロジェクトでは、家庭ごみや自動車の廃材、繊維くずといった混合素材からポリエステルを回収、再利用することに取り組んでおり、地域の自治体系のリサイクラーやブランド企業と連携しながらスケールアップしようとしているところだ。ただ、経済的に成立させようとすると、結局のところ顧客がその製品にいくら払ってくれるかに大きく左右されることが多いと感じる。サーキュラリティ(循環性)の価値を消費者に伝えるうえで、最も効果的な方法にはどのようなものがあるか」
オーバーフーバー氏「BtoBの場合はエンボディード・カーボンの情報が非常に重要となるので、炭素に関する認証や情報をしっかり表示することはサーキュラー製品を売るうえで非常に有効な手段になる。一方消費者に対しては、私たちはもっとマインドセットの部分に働きかける必要があると思う。ヨーロッパでは消費者がリファービッシュ(再生品)製品を選ぶ動きが少しずつ広がっており、その理由の一つとして費用対効果の高さが認識されているからだ」
最後に、野田氏とオーバーフーバー氏からサーキュラーエコノミーを推進する参加者にメッセージが送られた。
「私が日本でサーキュラーエコノミーを推進しようとしているのは、日本には世界に向けてこの分野をリードする大きなポテンシャルがあると信じているからです。『もったいない』という素晴らしい文化、リデュース・リユース・リサイクルに関しても長年の実践経験があります。さらに、日本には「ものづくり」の技術や専門性といった、非常に優れた基盤があります。文化・経験・技術というアセットを組み合わせれば、日本は協働的な形でサーキュラーエコノミーのムーブメントを牽引できるはずで、それは世界全体にとっての道標になると信じています。オランダやヨーロッパからも学び、ともに前進していきたい」(野田氏)
「今、私たちがサーキュラーエコノミーを実現するために必要なのは、これまでとは少し異なる形の産業的知性なのだと思います。もう一つ、日本にとって特に重要で、もしかすると課題になるかもしれない点としては、失敗を恐れないことです。イノベーションを起こすためには、新しい一歩を大胆に踏み出す勇気が必要です。たとえ最初はうまくいかないことがあっても、それを次のステップへのチャンスととらえ、学びに変えていくことが大切です」(オーバーフーバー氏)
大学院大学至善館は、約2400人の卒業生、日本の大手100社の経営幹部も輩出している。資本主義の未来を体現するアジア地域のハブになることも目指しており、循環未来デザインセンター(CFDC)が世界に影響を及ぼしながら日本のサーキュラーエコノミーを加速させるハブとなることができるのか、その役割に期待したい。
【参照記事】【4/24開催】日蘭のサーキュラーエコノミー実践者が語り合う。ISL至善館「循環未来デザインセンター」開設記念フォーラム
