気候変動や資源枯渇など、大量生産・大量消費型のリニア型経済モデルの限界が明らかになりつつある今日、世界では地球環境が許容できる範囲内で社会的な繁栄も目指すサーキュラーエコノミーへの移行が進んでいる。国内では、江戸時代に資源を極力廃棄せず循環させる社会・経済のしくみがある程度確立されていたことはよく知られている。

当時の循環の仕組みには、人間の糞尿を肥料として農業に使用するという手法が取り入れられていた。育てられた食料は体内に入り、排泄されたものは再び肥料となる。人が多く住む都市部の長屋で糞尿を回収し、肥料として農村に運搬する仕事は、当時の社会において最下層から人々の生活を支えていた。

そんな当時の人たちの生き方、暮らし方を、当時のサーキュラーエコノミーという視点をふんだんに交えながら描いた映画「せかいのおきく」が4月28日より公開される。

作中に描かれる当時の庶民たちの暮らし方は、総じて貧しく質素であるが、そんな時代をたくましく生きる人情味あふれる人達を描いたヒューマンドラマである。紙屑拾いや下肥買いなどの仕事をする若者たちが、自分たちの仕事に不満を言いつつも、腐ることなく力強く取り組む姿は誇らしげでもあり、彼らの仕事が支えていた当時の生活における「循環」のあり方を垣間見ることができる。

日本では縄文時代からトイレが存在したとされ、鎌倉時代にはトイレでくみ取った排泄物を肥料として農業に使用するようになったといわれる。江戸時代には、町でくみ取られた排泄物(肥料)と近隣の農家による野菜との交換がされるようになり、のちに肥料は有料で取引されるようになった。農業の生産性を高める価値ある商品として肥料が流通し、循環するしくみが確立したのである。

150年以上前のこのしくみを支えた人達の暮らしを知ることは、今後の資源循環の在り方を身近にとらえるよい機会になるだろう。

劇中に登場する美術・衣装・小物類は、新品は一切使用せず撮影

この作品では、使用する美術や道具類に関しても循環が意識されている。

映画美術のセットは、劇中に登場する建物や装飾、小道具など撮影のために新しく作られ、撮影後はごみとして廃棄されることが多々あるが、同作品では、美術セット・小道具・衣装に至るまで、劇中に出てくるものすべて、新品を一切使用しないルールのもと撮影の準備が行われた。

例えば、主人公おきくが住む長屋のセットは、東映京都撮影所にある様々な名作が生まれたオープンセットをリユースして作られている。ポスターにも登場するおきくと下肥買いを生業とする中次・矢亮が雨宿りする厠の建物は、古材を使って作られた。中次と矢亮が仕事に使う「汚穢(おわい)船」は栃木市で川の遊覧船として使われていた船の材料を加工して使用され、同作品の撮影終了後は、別の作品で昭和初期の屋形船として再度使用するなど、映画の製作現場においても資源は循環されている。

回収した糞尿を運搬するのに使用される汚わい船(出典:映画「せかいのおきく」)

今回編集部ではメディア向け試写会に参加、下記のような感想を持った。これから作品をご覧になる皆さんは、どのような点に興味関心や疑問を持たれるだろうか。

  • モノが循環していくなかに、江戸時代の下肥買い(排泄物を回収する役割)のような、汚いとか辛いという要素は存在しうる。今の時代であればその部分はテクノロジーの力を借りて、軽減したり人から見えないようにしたりすることができるようになったが、果たしてそこが隠されてしまってよいのだろうか?隠されてしまうと、循環されていることの実感が湧きづらくなるのでは?という点が気になった。
  • 江戸時代の「もったいない精神による循環型社会」の話はよく聞かれる。しかし、本作で前面に出ていたのは、まさに下肥買いにとって今日明日の「飯」をどう食べるかという「エコノミー」の視点。下肥を「販売する」長屋の住人にとっても、衛生維持のため下肥買いに頼っていた部分が伺える。もったいない精神も根底には持ちながらも、こういった経済・実用部分や階層・貧困の要素が複層的に絡み合っていたということが本作の重要なメッセージとなっているのではないだろうか。
  • 下肥買いは人々の生活を支える需要な役割であるにもかかわらず、誰もがやりたがらないなど過小評価されていることが描かれていた。現代においても、同様の状況が起きている点はないだろうか。
  • 作中、大雨が続いて糞尿の回収が困難な状況においても、下肥買いのふたりはお金を出してそれらを買い、肥料として売っていた。これは回収する側がお金を払ってする仕事なのか、という点は発見だった。同時に、いつから糞尿は価値ある肥料として取引された存在から、要らないものに変わったのだろうか?という疑問を持った。
  • もし今日本で、人間の糞尿を肥料として活用しようとすると、食べ物の質がよくなり排泄物の質もよくなった、といえるのかが疑問。食材が地産地消ではなくなり、日本にいながらアフリカ産のコーヒー豆を消費している。化学調味料が使われた食事や加工食品を食べ、薬を飲むような生活習慣もあることを考えると、現代人の排泄物は肥料にはなりえないのか?

映画情報

【公式サイト】せかいのおきく 4月28日(金)GW全国公開

出演:黒木華 寛一郎 池松壮亮 眞木蔵人 佐藤浩市 石橋蓮司
脚本・監督:阪本順治
配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
©2023 FANTASIA

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