九州工業大学大学院工学研究院の吉田嘉晃准教授と、フランス・ロレーヌ大学のDimitrios Meimaroglou准教授らの共同研究グループは6月13日、自己修復性とリサイクル性を両立した新しい光学樹脂「ポリジチオウレタン(PDTU)」を開発したと発表した。この樹脂は、スマートフォンのディスプレイやメガネレンズの保護フィルムなどへの応用が期待され、製品の長寿命化とプラスチックごみの削減に貢献する可能性を秘めている。
従来、光学フィルムに用いられる樹脂は、高い透明性や屈折率といった光学特性が求められる。
一方で、循環型経済への移行が加速するなか、製品の寿命を延ばす自己修復性や、廃棄物を資源として再利用するためのリサイクル性も重要視されるようになった。しかし、これら「光学特性」「自己修復性」「易リサイクル性」という3つの性質は、それぞれ異なる分子構造の設計指針に基づいており、すべてを単一の素材で実現することは困難とされてきた。
今回開発されたポリジチオウレタンは、この課題を克服する画期的な素材だ。研究グループは、樹脂の分子構造を工夫することで、3つの特性を併せ持つことに成功した。
自己修復機能は、分子間に働く弱い水素結合の性質を利用している。この結合は切れやすい一方で、常温ですぐに再結合するため、フィルムに傷がついたり破断したりしても、断面を合わせるだけで自然に修復される。実験では、破断したフィルムが数分で接合し、常温常圧で静置することで切断前と同程度の強度まで回復することが確認された。
リサイクル機能は、熱によって化学結合が可逆的に切断・再結合する「付加-解離反応」に基づいている。この樹脂フィルムを加熱すると、元の原料(モノマー)にまで分解される。そして、分解された原料を再び室温で重合させることで、新品同様のフィルムを再生できる。修復を繰り返して性能が劣化したフィルムでも、このリサイクルプロセスを経ることで性能を回復させることが可能だ。
さらに、このポリジチオウレタンは光学特性にも優れている。光を大きく屈折させる能力を示す屈折率は1.65以上、色の滲みの少なさを示すアッベ数は25.5~27.7と、現在メガネレンズ材料として実用化されているチオウレア樹脂やエピスルフィド樹脂に匹敵する性能を持つ。これにより、薄くても度数が強く、色のにじみが少ない高性能レンズや保護フィルムの製造が可能になる。
この成果は、「傷ついても修復し、壊れても再生できる光学フィルム」という新しいジャンルの材料創出につながるものだ。スマートフォンのディスプレイやメガネレンズだけでなく、ARグラスやウェアラブルデバイスといった、より高性能な光学部品への応用も期待される。
研究グループは今後、溶剤や触媒を使わない、より環境負荷の低いグリーンケミストリーに基づいた製造・リサイクル技術の開発を進める方針だ。
【プレスリリース】共同発表:自己修復とリサイクルがともに可能な光学樹脂を開発~ディスプレーや高性能レンズの保護フィルムとして期待~
【論文(英語)】Self-Healing and Recycling Properties of Networked Polydithiourethanes With Reversible Crosslinked Moieties via Hydrogen and Dynamic Covalent Bonding
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