「ユネスコ世界ジオパーク」に認定されている島根県・隠岐諸島。4つの有人島のひとつ、隠岐郡海士町(あまちょう)は人口約2,300人、1島1町の自治体だ。海に囲まれた豊かな自然は多くの人を魅了するが、交通や生活インフラなどに乏しい国境離島でもある。

しかし約20年前、町をあげ産業・教育の魅力化が起きたことを機に、この地に移住する人が以降増えている。さらに近年、島民同士の交流から、その暮らしに新たな価値を見出す動きも出てきた。二拠点生活を送りながら、サーキュラーエコノミーにビジネスの可能性を見出し、広げようとする藤代圭一氏、寺田雅美氏に、隠岐の魅力と可能性を聞いた。

藤代圭一(ふじしろ・けいいち)氏 メンタルコーチ/デザイナー

離島の美しい自然に囲まれた島根県の海士町と沖縄の二拠点生活を送りながら、全国各地で「自分らしく生きる」をテーマとした講演・セミナー活動を行う。問いかけを通じて自分を知り、幸福度を高めるアプローチが人気。また、サッカー全国優勝チーム、日本代表チームなどさまざまなジャンルのメンタルコーチを務める。2024年より海士町の隠岐ユネスコ世界ジオパークの「泊まれる拠点施設Entô(エントウ)」と「セルフウェルビーイングプラン」を発売。「本来の自分とつながり直すきっかけになった」と好評を得ている。著書に「私を幸せにする質問」「教えない指導」ほか多数。
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寺田 雅美(てらだ・まさみ)氏 海士町ジオ魅力化コーディネーター/ジオガイド

海士町(隠岐)&東京の二拠点暮らし6年目。学生時代の科学記者との出会いを機に、「サイエンス×社会」の橋渡し役として科学コミュニケーションに従事。進化生物学者を志していた背景から、「自然×人」の橋渡し役としてインタープリテーション・環境教育にも携わる。「様々な価値観の人が集う対話、協働の場づくり」が未来をつくると信じている。現在は、海士町の自然や文化の凄みに魅せられながら、教育×観光の橋渡し役として奮闘中。日課:2歳児との2時間の山・海・まち散歩。
#ジオログ02|46億年の時間軸から隠岐を見る。かけあわせで生まれる『ジオパーク』の未来とは。

島の仲間の輪が、サーキュラーエコノミー事業のアイデアに

──はじめに、お2人が隠岐でスタートアップの事業を始めていこうと思ったきっかけは。

寺田さん「コロナ禍で、『今後の未来、何を大事にしたいか?』を仲間たちとあれこれ話していた日々の中、藤代さんがサーキュラエコノミー(以下、CE)に関する事業アイデアを考えているとふと呼びかけてくれました。私も隠岐に来る前から、CEの仕組み作りにとても関心があったので、CEの領域で何ができるか、どんなことをしたいか、自然に話すようになりました。『現状は、決して環境の先進都市というわけではないけれど、実はこの町にはすでにCE的な取り組みが当たり前のようにあって、根づいていたり、それを皆楽しんでいたり。できていること、できていないこと、どれもフラットに等身大に発信したり取り組んでいける動きをつくりたいね』と。

『隠岐サーキュラーデザインラボ』のメンバーは島の知人同士で、公私共にいろんなことを一緒にしている仲間です。約2,300人の島で暮らしていると、いつの間にかお互い知り合いになっていたりします。仲間と話しながら小さなトライアルも始めてみて、もう少し範囲を広げて場を作ってみようとなって。そんな時に循環型の暮らしを体験できる横浜発の移動式ミュージアム『』の活動にインスピレーションを受け、『泊まれるジオパーク拠点 Entô』にて企画展『隠岐サーキュラーデザインミュージアム』を開催しました」

寺田さん「その企画には、島の中ですでに行われているCEにつながる活動だけでなく、島の中ではまだ実現できていない島外の事例も展示したんです。その展示をきっかけとなって島の中でCEに興味を持つ仲間の輪が広がりました」

藤代さん「海士町は、島外からの移住を積極的に受け入れていることで注目されています。ただし、CEを前面にしているわけではありません。島の人たちは、暮らしの知恵と地域にあるもので解決する『生きる力』みたいなものを持っています。自分たちが既にやっていること、既になされてきたことがCE的で、面白い事例がたくさんあると感じました。

例えば図書館。海士町立図書館は島内で昔から受け継がれてきた種を保存していて、『シードライブラリー』として、種を貸し出しています。借りて育てて、種ができたら返却するシステム。

それから、地域に一軒しかない豆腐屋さんからでる副産物のおからを使ったドーナツを作る友人がいます。これが本当に美味しい。

廃棄物の有効活用というだけじゃなく、地元にそういう取り組みがあることが嬉しい。『これはすごく素敵なことなんだ』と、島の方に伝えたいと思いました」

島の内外に広がる循環の輪と、見えてきた課題

寺田さん 「展示をきっかけに島内の方に『いいね!一緒に何かやりたい!』『こういうこと知りたかったし、話したかった!』と声をかけていただける機会が増え、島内での関係も徐々に深まっていきましたが、一方で、自分たちの手の届く範囲でできることへの充足感と楽しさを感じるのと同時に『大きなしくみ』など、すぐには変えられないものもたくさんあると気づきました。個人的には知識も全然不十分だし、もっともっと多くの人の力を借りてやっていく必要があるんじゃないかと。今回私たちが東京都の多様な主体による創業支援プログラム『サーキュラースタートアップ東京』に応募させていただいたのはそういう理由です」

──自分たちでできたことと、自分たちだけでは変えられないと思った課題は?

藤代さん 「例えば水回りの件で、浄化槽管理会社に、島で使われる洗剤を海や環境に良い『海をまもる洗剤』に変更する可能性について話をしに行きました。洗剤を変えることによって上下水道とか浄化槽、そして海にどんな影響があるのかを知りたいから、一緒にテストして欲しいと。

最初は『難しい』と言われてしまいましたが、その後『海をまもる洗剤』を販売しているSave the Ocean株式会社の協力を得て、中長期的に海洋環境を豊かにするメリットについて一緒に説明を重ねました。最終的には浄化槽管理会社や島のリーダー的存在の方にも飲食店に洗剤を紹介する活動に協力いただけることになりました。

私たちは隠岐に住んでまだ5年目ですけど、この島で生まれてずっとお仕事されてる方の信頼を得ることによって、自分たちだけではできなかったことに少しずつ挑戦できるようになってきた実感はあります。

一方で、離島だけに物理的な制約も多い。資材の運搬や、たくさんある漂流物を、細かく裁断したり、洗浄する機械がない。そもそも、機械を買ってまでやる規模でもない。やはり自分たちだけでは限界があって、一緒に取り組みたいという方々とタッグを組まないとできない。そこに知識と実績がある島の内外の方の協力があってこそ次の段階に進めると感じています」

隠岐ならではの視点と「旅」をコンテンツに

──これから協力者や知識、経験の裏付けが増えていくことを期待したいですね。今後、目指す方向性は?

寺田さん「隠岐は私たちの大切な暮らしと活動の拠点ですが、物理的に隠岐のみで(人を)迎えようという考えではなく、私たち自身が国内外のあちらこちらのCE的な事例の「起きつつある」土地に出向き、皆で対話・協議、あれこれと具体的な動きを生み出していくような流れをつくりたいと思っています。私たちは、もともと2人ともそれぞれに旅好きで、自分たちから人や土地に出会いに行きたいし、国内外のCE事例を自分たちも見に行きたい。そうして巡っていくプロセスとしての『旅』自体をコンテンツにできないかと考えています。

例えば、まちづくりという文脈で、いろいろな自治体の方が視察に来られたり、私たちも多くお迎えし、対応させていただいていますが、ぜひ今後はCE的な取り組みをしている先進的な自治体ばかりではなく、これから始めようとしている自治体も多い現状の中、「挑戦中』の私たちだからこそハブとしての役割を果たせるんじゃないかと考えています。『完成した、洗練された先進事例を紹介する、見て学ぶ』という一方向のベクトルの場ではなくて、『できていないこと(=これから取り組みたいこと・願いがつまっている)』もあえて真ん中に置くからこそ始まる対話や、新しいアイデアが生まれるきっかけになるかもしれない。そういう場をたくさん創り出していきたい」

藤代さん「できていないこと、できないこともあります。CEっていろいろな人と繋がらなければできない。その過程で、不完全な部分もあえて出すことも大事なのではないでしょうか。外にさらけ出すことで、そこを埋められるピースが見つかったり、集まってくる。持続的に機能する仕組みは、そうやってできていくんじゃないかと思います。

海士町は、『ないものはない』というロゴマークを掲げています。『無くてもよい』『大事なことはすべてここにある』、そして「ないなら作り出せばよい」という三重の意味です。離島でモノは豊富ではないけれど、自然の恵みや、それを活かす知恵がある。大事なものはすべてある、なければ作ればいいじゃないかっていう、ポジティブな視点が素晴らしい。島ではみんなの合言葉のようになっています」

藤代さん「僕たちは、さらに、それを目に見える形にすることの重要性を感じています。今、ゴミとして捨ててしまっているものにも実は価値があるっていうことを、町の姿勢として見せていけないかと。これは、CEの領域でもありますよね。島のリソースは限られていて、CEのプロフェッショナルも、もちろんいない。でも、いい意味でアマチュアリズムが許される部分がある。やりたいことがあれば、自分たちでチャレンジしてみよう、という気概が隠岐島にはあります。もしここが東京だったら、自分たちでやろうとは思わなかったかもしれません」

仲間と共に「資源循環」を学び合うフィールドワークが始動

この隠岐サーキュラーデザインラボの事業として、海士町を起点にした視察・研修プログラム「GREEN ACADEMY」が始動する。「旅を通じて資源循環を学び合うフィールドワークアカデミー」として、1年間を通じて複数の地域を巡り、多様な地域に根差した循環モデルの事例(具体事例と挑戦事例、課題)を学ぶ。また、実践者や地域と繋がり、現地での対話を通じて語り合い、お互いに新たなアイデアやCE事業を創造・共創する場を作るというプログラムだ。

研修は海士町・東京・沖縄のほか、講座で縁をいただいた多様な地域をめぐる。コンセプトは「参加する仲間とこれからの成功事例をともにつくる旅」。

訪問に加え、地域の人々との深い交流 成功事例だけでなく課題や未解決の問題も共有され、共に考え、共に作る。想定される参加者は、自治体職員、企業のCE事業推進担当者、大学生、CE起業家、関連自治体の事業者など。参加者それぞれが能動的に関わり、多様なフィールド視察を具体的な行動に結びつけることができる創発的な場づくりを目指す。

海士町では、清掃事業者、町役場、農家、漁師、畜産農家、お菓子工房、種の図書館、リユース事業、高校生などと交流予定(調整中)。詳細は近日公開予定だ。参加したい方は記事末の申し込みページを参照してほしい。

最後にこのフィールドワークに寄せる特別な想いを、2人はこんな風に語ってくれた。

「隠岐島では離島する旅人に『さようなら』ではなく、『いってらっしゃい』と手をふります。その言葉は、次にあったときに『おかえり』と伝えられる喜びを込めています。出会った一人一人と、モノ(資源)たちに『いってらっしゃい」と『おかえり』を繰り返す旅を、私たちは提案したいです」

そんな藤代さんと寺田さんの旅への尽きぬ想いと、隠岐サーキュラーデザインラボで得た経験とが結実したのがこのプログラム「GREEN ACADEMY」だ。島が育んだ知恵と移住者の感覚、さらに島外の人を巻き込み、CEの領域に資源の循環だけではなく「心の豊かさの循環」も広げていく、彼らの事業に今後も注目したい。

【参照サイト】 隠岐サーキュラーデザインラボ「「GREEN ACADEMY (グリーンアカデミー)」への参加申し込みページ

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「Livhub」からの転載記事となります。