サーキュラーエコノミーの基本は、従来のリニアエコノミー型モデルにおいて価値を見出されることなく廃棄されていたものを、価値ある「資源」として捉え直し、再び製品づくりの循環の中に戻す仕組みをつくることにある。
そのため、サーキュラーエコノミーを実現するうえで有効なアプローチの一つは、廃棄物を出す人と、それを資源として活用できる技術や事業を持っている人とが出会う機会をつくることにある。実際に、同じ業界の企業にとっては同じ廃棄物にしか見えないものも、違う業界の企業から見るとそれが非常に価値ある資源に見えるというケースはよくある。
このように、廃棄物を出す企業と、それを資源として活用したい企業を結びつけるデジタルマッチングプラットフォームを、AIとブロックチェーンという最先端のIT技術を駆使して開発しているスタートアップ企業がアムステルダムにある。それが、2017年に設立された「Excess Materials Exchange(以下、EME)」だ。
EMEを創業したのは、Maayke Aimee Damenさん。これまで数多くのサーキュラーエコノミープロジェクトに携わってきたMaaykeさんは、グーグルやNASAらの支援を受けてアメリカ・シリコンバレーに設立されたシンギュラリティ大学の卒業生でもあり、MIT Technology ReviewのInnovators Under 35にも選出されている女性起業家だ。
今回IDEAS FOR GOOD編集部では、MaaykeさんにEMEを創業したきっかけやEMEの仕組み、過去のマッチング事例、今後の展開などについて詳しくお話をお伺いしてきた。テクノロジーの力を活用してサーキュラー・イノベーションを起こしたいと考えている方はぜひ参考にしていただきたい。
素材にアイデンティティを与える「Resources Passport」
EMEのコアとも言えるアイデアが、製品を構成する一つ一つの素材にアイデンティティを付与するためのデータフォーマット、「Resources Passport」の存在だ。
Resources Passportは、製品のデザイン、製造、使用・修理、リサイクルといった一連のライフサイクルにおける素材データを複数のステークホルダーから収集し、一つにまとめたものだ。素材の特徴や状態、認証の有無、調達場所、販売後のメンテナンス状況、環境・社会へのインパクトなどが登録できるようになっており、標準化された比較可能なデータフォーマットとしてサプライチェーン上における全ての事業者と共有できるようになっている。
EMEは、このResources Passportのデータに基づいて、その素材が持つ経済的価値や環境・社会へのインパクトを計算し、その素材の価値を最大化できる再利用の選択肢を提示し、マッチングをコーディネートする。これまでコストをかけて素材を廃棄していた事業者に対して新たな収益源をもたらしつつ、その素材を活用したい事業者の資源調達もサポートするという、全員が幸せになる循環型のビジネスモデルだ。
きっかけは、素材のリストがなかったこと
素材一つ一つにパスポートを提供し、テクノロジーを活用して素材のマッチングプラットフォームを作るというのはとてもユニークなアイデアだが、Maaykeさんはどのようにしてこのアイデアに辿り着いたのだろうか。
「もともと、私たちや将来の世代がよりサステナブルな暮らしへと移行するためには社会システム全体の変革が必要だと考えており、『税』システムを変える研究をしていました。実際に、私たちは何に課税するかで社会の方向を大きく変えることができます。そこで、私は政府はどうすれば労働力に課している税金を資源に対する課税へと移行できるかを研究していたのです。簡単な例を出しましょう。あなたがトースターを持っていて、それが壊れたとします。もし新しいトースターを買うとすれば15€ですみますが、それを修理しようとすると、65~75€もかかるのです。なぜなら、人件費はとても高いのですが、素材はとても安いからです。このようなインセンティブは、私たちをサステナブルな方向へと導いてはくれません。」
「そこで、私はどのような素材に対して課税をすればよいかを調べようと思い、Googleで世の中で使われている素材のリストを探そうとしたのですが、なんとそれが存在しなかったのです。これには驚きました。そのため、私は素材にアイデンティティを与え、製品がどのような素材で構成されており、どんな環境負荷があり、そこに強制労働が関わっているかどうかなども分かるシステムを開発することにしました。」
「しかし、企業にとっては、素材の情報をシステムに登録するのには時間もコストもかかります。情報を登録してもらうためには、そえに見合ったROI(投資対効果)が必要でした。そこで私が共同創業者のChristian van Maarenと開発したのが、Excess Materials Exchangeなのです。EMEの市場では、企業は廃棄物をすぐに取引でき、お金に変えることができ、環境負荷も減らすこともできるのです。」
素材のデータベースを作るためには、企業の協力が欠かせない。そのためには、情報を登録することで廃棄予定の素材がすぐに経済的価値に変わるという仕組みが必要だった。それが、EMEが誕生した背景なのだ。
透明性とプライバシーを両立する解決策としてのブロックチェーン
EMEの特徴は、デジタルプラットフォームの運用にブロックチェーン技術を活用している点だ。Maaykeさんは、なぜブロックチェーンに目をつけたのだろうか。
「私たちは、グローバルに広がるとても複雑なサプライチェーンにおいて透明性を担保するために、ブロックチェーン技術を活用しています。ブロックチェーンはトレーサビリティ(追跡性)を実現するうえでとても役立ちます。しかし、もう一つの課題は、いかにプライバシーに対するニーズと、透明性に対するニーズのギャップを埋めるかという点でした。」
「企業は、他の企業がどんな素材を保有しており、その質や、廃棄されるタイミングなどを知りたがりますが、これらの情報の一部はとても機密性が高いので、企業は全ての情報をマーケットプレイス上に公開することを望みません。しかし、ブロックチェーンには、この課題を克服するプロトコルが存在するのです。」
廃棄される素材の取引を実現するためには、Resources Passportに登録された情報の信頼性が欠かせないが、そのためにはグローバルに複雑化したサプライチェーン上を移動する素材の状況を正確に追跡することが必要だ。一方で、その透明性の高さは、情報の機密性とのコンフリクトを生む。この問題を解決する手段として、EMEはブロックチェーンを活用しているのだ。
AIが素材マッチングを加速する
一方で、AIはどのように活用されているのだろうか。Maaykeさんはこう話す。
「AIは、人間よりもより早く、より優れたマッチングを実現するうえで役立ちます。なぜなら、よりよいマッチングには非常に多くの異なる要因を考慮する必要があるからです。現状はまだ手動によるマッチングを行っており、一部しか自動化はできていません。よりよりマッチングのためにはより多くのデータが必要であり、現在はAIの学習フェーズです。」
EME上に登録されるデータが増えれば増えるほど、AIはその本領を発揮し、マッチング効率や精度の向上に寄与することになる。Maaykeさんは、将来的な市場の拡大を見据えて初期段階からテクノロジーへの投資を進めている。
大企業とのコラボにより生まれるユニークな事例の数々
Maaykeさんによると、現在EMEではすでに10の大企業とパイロットプロジェクトを実施しており、約50のResouces Passportが登録されているという。協働先には、スキポール空港、鉄道会社のProRail、フィリップス、ソデクソ、DSMなどの大企業が名を連ねている。
また、EMEでは法規制や企業のニーズ、消費者の動向なども踏まえて幅広いセクターのマッチングに取り組んでいるが、特にオーガニック(有機物)・繊維・建設・パッケージ素材の4つを注力セクターに定めているという。これまで具体的にどのようなマッチングが生まれたのだろうか。実際の事例をMaaykeさんに訊いてみた。
「もっとも分かりやすいのは、コーヒーかすの事例です。現状、レストランなどではコーヒーかすはそのまま捨てられていますが、他の業界から見てみると、そこには大きな機会があります。例えば、コーヒーかすから水のフィルターを作ることも、インクの顔料として活用することもできます。また、石鹸の原料としても使えますし、かすから繊維を取り出して、紙を作ることもできます。バイオプラスチックも作れますし、きのこも育てられるのです。このように、コーヒーかすには多様な用途があり、何度も繰り返し活用して、最後には燃焼させてエネルギーにすることもできます。」
「また、他の事例としてはオレンジの皮も挙げられます。ソデクソは大企業で食堂を運営していますが、そこでは大量のオレンジを使用しています。ここオランダではパンとチーズとオレンジだけですから(笑)。現状、彼らはオレンジの皮をバイオガスに変えているのですが、実は皮の外側は、フレグランスやオイルに活用することもできるのです。また、皮の内側の白い部分は、家畜用飼料として使えます。オランダでは、現状家畜用飼料の大豆をブラジルのアマゾンから輸入していますが、それを食堂から出たオレンジの皮に変えるだけで、熱帯雨林の伐採も、輸送の環境負荷も下げられるのです。」
「ほかにも、鉄道の線路は、高速道路のフェンスや防音壁、建設資材にも活用することができます。現状、線路の素材は鉄のスクラップにされて1mあたり8€で売られていますが、建設用の梁として使えば、1mあたり20~50€にもなります。これは、経済面だけではなく環境面でも巨大な利益をもたらします。いちから梁を作る必要はないわけですから。」
EMEでは、大企業との提携によりすでにいくつものユニークなアップサイクルの事例を生み出している。こうしたマッチングがいたるところで自然と起こるようになれば、サーキュラーエコノミーは一気に加速するはずだ。
プラットフォームとしての強みは「業界横断」と「標準化」
廃棄物を取引するプラットフォームというアイデア自体は、決して新しいものではない。そのなかで、EMEはどのように他のプラットフォームと差別化しているのだろうか?Maaykeさんは、とても分かりやすく解説してくれた。
「他にも、廃棄予定の素材をアップロードして売買できるウェブサイトなどは多くありますが、他のウェブサイトとEMEが違う点は、私たちは自ら積極的にマッチングを作っていくという点です。また、ブロックチェーンを活用し、情報を登録する障壁を克服している点も特徴です。他のサイトでは、情報を公開したくないから登録しないというケースも起こっています。さらに、多くのプラットフォームはプラスチックや食品、家電など、特定の領域に特化しており、業界横断型のプラットフォームではありません。」
「このようにEMEには他とは違う点が多くあるのですが、何よりも大きな点は、素材にアイデンティティを与えているという点ですね。異なる素材に対して標準化されたパスポートを用意することはとても重要だと考えています。それにより、クライアントは類似した多くの素材を比較することができるからです。」
透明性とプライバシーのコンフリクトを克服するブロックチェーン技術。廃棄物に価値を見出す出会いが生まれやすくするように、業界横断型のプラットフォームづくりをしている点、そしてその実現に必要となる、標準化されたデータフォーマット。そのうえで、ただ情報を登録してもらい、マッチングが自動で起こるのを待つだけではなく、自ら積極的にマッチングをコーディネートしていく。これら全てがEMEの強みとなり、ユニークな事例の創出につながっているのだ。
問題は「素材」ではなく、企業の「構造」にある。
現状多くの大企業との協働により順調に実績を積み重ねているように見えるEMEだが、Maaykeさんは今後の事業拡大に向けてどのような点に課題を感じているのだろうか?
「二次素材を大規模にマッチングしていくという仕事は企業のサステナビリティ担当者の業務には含まれておらず、企業内に特定の担当者がいないことですね。そのため、もし彼らがEMEの仕組みに興味を持ち、導入したいと思っても、企業の日々の現実を踏まえると、大規模に導入を進めていくのはまだ難しいのが現状です。そのため、私たちはそのサポートもしていますが、最大の課題は、どのように企業に大規模にマーケットプレイスを利用してもらうかという点ですね。」
「また、企業が新たな素材を製造工程に乗せるためには、素材の品質もチェックしなければいけませんが、それには時間がかかります。そのため、最初のステップでしばしば課題になるのは、素材そのものではなく、組織の構造として新たな素材を受け入れる状態になっていないことなのです。」
問題なのは素材そのものよりも、それを取り込める構造が存在しないこと。サーキュラーエコノミーを実現するためには、企業内の組織や製品開発プロセス、バリューチェーン全体の仕組みを変えていく必要があるというのがMaaykeさんの考えだ。
一方で、Maaykeさんによればオランダでは多くの企業がよりサーキュラーなビジネスモデルへ移行しようと模索しており、希望も見えているという。
「いまオランダでは、とても多くの企業がゼロウェイストに向けた野心的な目標を掲げはじめています。しかし、その実現を支援してくれる企業はありません。もしゼロウェイストを実現したいなら、そのための戦略と、それを実行する方法が必要ですが、私たちはその両方を支援することができます。」
「Excess Materials Exchange」を実現する
EMEが実現しようとしているのは、廃棄物という「資源」を通じて企業同士のつながりをつくり直し、複数の企業がともに資源を循環させながらゼロウェイストで事業を運営できる世界だ。最後に、EMEが目指す未来の姿についてMaaykeさんに訊いてみた。
「Excess Materials Exchange という名前を聞くと、株式市場を思い浮かべるかもしれません。現状では、素材の多くは何年にもわたる長期の契約に縛られています。そして最後は廃棄処理され、多くの価値を失ってしまっています。しかし、もしそれがの素材が株式のように売買できたり、もしくはオプション取引をすることができたらどうでしょうか。例えば、とあるビルが2年後に取り壊されることが決まっていて、自分もビルを建設する予定がある場合、先に倒壊予定のビルの窓をオプション予約しておくといった世界です。最終的には、こうしたことが実現可能になるのです。これがExcess Materials Exchangeという言葉の意味するところです。」
世の中にある素材の全てにパスポートを付与してデータ化し、株式のように取引できるようにする。EMEの目指す未来が実現できれば、世界は大きく変わっていることだろう。
取材後記
将来はオランダだけではなく世界全体へとEMEの仕組みを広げていきたいと楽しそうに語るMaaykeさん。その眼は常に明るい希望に満ちていた。テクノロジーを活用して社会システム全体を変革するという、大きな挑戦を始めている彼女に、起業家として大事にしていることを訊いたところ、下記のような答えが返ってきた。
「私が大事にしていることは、ゴールを信じることです。もし私たちがこれまでのやり方を変えれば、世界はもっとよくなると。そして、個人的にもいくつかの信念を持っています。インテグリティを持つこと。透明であること。信頼できる、倫理的な人間であること。だからこそ、嘘は言わないし、騙すこともしないし、できない約束もしません。そして、とても一生懸命に働きます。私が向かう先に辿り着いた人はまだいません。だから、ベンチマークするのは自分自身です。私は、お金持ちになるためにやっているのではありません。インパクトを生み出したいからやっているのです。」
EMEという新しい事業そのものの魅力はもちろんだが、取材を通じて何より印象に残ったのは、Maaykeさん自身の人間としての魅力だ。自分の信念を大切にしながら、大きな目標に向かって愚直に前に進んでいる彼女だからこそ、多くの大企業も味方にし、たしかな実績を積み重ねていけるのだろう。EMEが社会の常識をどう変えるのか。これからの展開が楽しみで仕方がない。
【参照サイト】Excess Materials Exchange
【参照サイト】Resources Passport
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。