「Circular Economy Hub」を運営するハーチ株式会社は、東京都の多様な主体によるスタートアップ支援展開事業「TOKYO SUTEAM」の令和5年度採択事業者として展開する、サーキュラーエコノミー領域に特化したスタートアップ企業の創業支援プログラム 「CIRCULAR STARTUP TOKYO(サーキュラー・スタートアップ東京)」を運営しています。本特集では、プログラム参加者の取り組みをご紹介します。
株式会社ヘルシンキノコ(近年設立予定、 以下ヘルシンキノコ)は、コーヒーかすを用いた家庭用キノコ栽培キットの提供を通して、個人が循環型社会形成に貢献できる社会を目指す。
ヘルシンキノコを傘下に持つスタートアップ「Helsieni(ヘルシエニ、本拠フィンランド)」はフィンランドでは自社でのキノコの栽培と一般家庭向けにキノコ栽培キットの販売という2事業を展開しており、2023年に日本向けプロジェクト「ヘルシンキノコ」を立ち上げた。ヘルシエニが掲げるビジョンは、未利用資源の活用と都市地域の食料自給率向上だ。
ヘルシエニ創設者のBenoit Mantel さんとヘルシンキノコ日本プロジェクトマネージャーの宮垣真由子さんに話を伺った。


キノコの栽培セット「ヘルシンキノコ」
ヘルシンキノコはコーヒーかすを用いた家庭用キノコ栽培キットを提供し、消費者は同キットを利用することで廃棄物削減と循環型社会構築に貢献できる。キノコ栽培容器には、家庭にある使用済みプラスチック容器の利用を推奨している。
コーヒーかすはキノコ栽培に欠かせないセルロースや湿度を多く含み、熱湯に通しているためキノコ菌と競合する菌がいない状態になっている。湿度も高いことから、キノコの生育にはコーヒーかすを使った菌床は最適だという。
育てるのは「ヒラタケ」。栽培キットに封入されている菌糸を容器に入れ、定期的にコーヒーかすを投入するだけで栽培できる。室内に置き直射日光を避け、湿度が40%以下にならないようにし、容器が菌糸でいっぱいになるまでコーヒーかすを追加する。菌糸が増えてから約2カ月で収穫できる。
Mantel さんは、食品システムにおける循環型システム構築は持続可能性向上に貢献する取り組みの一つだとみている。
「私たちは、すでにある資源を組み合わせて新たな価値を創り出すことをポリシーとしています。使用済みプラスチック容器や使用済みコーヒーかすなど、普段不要だと思っているものを組み合わせて価値を生み出しています。ヘルシンキノコを手にすることで、未利用資源から価値を発見する喜びを体感してほしいです」と宮垣さんは語る。
ヘルシンキノコとサーキュラーエコノミー
ヘルシンキノコを栽培することで、サーキュラーエコノミーにどのように貢献できるのだろうか。宮垣さんは「一般社団法人全日本コーヒー協会によると、日本のコーヒー消費量は年間約40万トン。コーヒーかすには同量の水分が含まれるため、2倍の80万トンが廃棄されており、コーヒーかす処理にかかる費用は年間推定約240億円にのぼります。ヘルシンキノコ栽培キットを使うことで、大量廃棄されるコーヒーかすを有効活用できます」と語る。
ヘルシエニは、もう一つの事業であるキノコ農場をヘルシンキ郊外で次のように運営している。
コーヒーかすは、農場から5キロメートル圏内のレストランやホテルから回収する。配送トラックは顧客であるレストランやホテルにキノコを納品する際にコーヒーかすも回収することで、コーヒーかす調達を効率化し輸送による環境負荷を削減している。コーヒーかすを提供するレストランやホテルは、生ごみ排出量を低減できる。
キノコ栽培では、省エネも実現。伝統的なキノコ栽培方法では、オートクレーブ(大型の圧力釜)とよばれる機械で基材(稲わらなど)全体を殺菌する必要があり、エネルギーを多く消費する。ヘルシエニは、コーヒーかすを一定条件下で温度と湿度を保ちながら回収することで無菌状態を保つことができ、従来よりも少ないエネルギーで基材を調達できる。
小規模かつ必要最低限な生産も特徴だ。宮垣さんは「ヘルシエニの生産部門は小規模で、地元で操業できるため、最終製品であるキノコの輸送を最小限に抑えられます。高価な機械への投資回収に向けて高い生産量を必要とする大規模工場は不要ですが、当社のソリューションはモジュール式のため生産拡張できます」と語る。ヘルシエニは現在、フル稼働で週70~100キログラムのキノコを生産している。
キット開発
ヘルシエニは、フィンランドで下記のようにキットを開発した。
まず、容器込み栽培キットを開発。新品プラスチック容器ではなく、学生食堂やレストランなどと提携して適切な使い捨てプラスチック容器を調達し、容器に穴をあけるなど改良して同社のブランドマークをつけ使用している。
一方、同キットを郵送する際に使用する箱の大部分は空洞となる。そこで、ヘルシエニは輸送による環境負荷を軽減するべく、菌糸の入った小袋と説明書、容器作成に必要なテープのみのセットを開発した。新セットは、封筒で発送できる。
日本では現在、使用済みプラスチック容器の提供パートナーと菌糸のサプライヤーがまだいないため、フィンランドから栽培キットを輸送して容器なしのキットのみ公式サイトで販売している。今後、地元サプライヤーと協力して日本独自の栽培キットを開発していきたい考えだ。Mantel さんは「日本人は商品の見た目にも敏感なため、消費者が満足する容器を見つけることにも苦戦しています」と語る。
フィンランドと日本をつないで事業を展開
ヘルシンキでは毎年、世界最大規模のスタートアップイベント「SLUSH」が開催されている。2019年、ヘルシンキ市と福岡市はSLUSHでピッチイベントを共同主催し、ヘルシエニはSLUSH福岡賞を受賞。福岡市で事業を実施する機会を獲得し、2023年に日本向け販売を開始した。
フィンランドと日本をつなぎ事業を展開するヘルシンキノコ。環境問題に対する両国の意識について、Mantel さんと宮垣さんはどのようにみているのだろうか。
Mantel さんは「循環経済という概念が広まる前から、フィンランドが環境保護・高い生活水準・資源の効率的利用に注力してきたことに魅力を感じます」と語る。
宮垣さんは「フィンランドでは、ゼロウェイストやヴィーガンな食生活など日常生活の中でのサステナブルな選択肢が多く、国全体として環境問題解決に貢献できる仕組みが作られています。もったいない精神が古くからある日本では、ごみの徹底した分別など当たり前のように環境に配慮した行動がとられています」と述べる。一方、宮垣さんは日本人は環境問題に対する意識は高いが、環境に配慮した高価なオーガニック食品を選ぶ人は欧州と比べて少ないと感じている。
今後の展望
Mantel さんは今後の展望をこう語る。
「日本での事業展開は、大きな市場を得る機会です。ワークショップ開催を通した学習機会の提供や消費者向け直接販売のほかに、ライフスタイル関連店舗(HandsやLoftなど)やガーデニング関連店舗での販売も目指します」
既存のキノコ栽培者やレストラン・カフェなどのステークホルダーと協力し、都市型農場のソリューションも適用していきたい考えだ。日本市場での展開を進め、日本を拠点にアジア・世界でネットワークを構築していきたいとしている。
フィンランドと日本を結び、循環型取り組みを展開するヘルシンキノコ。両国で得られる学びと国際的および地元のネットワークを活かし、未利用資源の活用と都市地域の食料自給率向上に貢献していくことが期待される。
【参照ページ】ヘルシンキノコ公式サイト
【参照記事】コーヒー好きとキノコ好き必見!フィンランド発、コーヒー粕で育てるキノコ栽培キット「ヘルシンキノコ」
*記事中の画像の出典:ヘルシンキノコ
