循環型経済もしくはサーキュラーエコノミーというキーワードは、日本でも最近頻繁に聞かれるようになった。循環型経済とは、ものを作って、使って、捨てる、というリニア(直線)型の経済に対し、限られた資源を再利用し、循環させることで環境負荷を減らし持続可能な社会を目指す経済のことだ。地球環境での私たちの暮らしをサステナブルにしていくためには、この新しい経済への転換が不可欠とされている。そしてごみが出続ける社会に比べると、それは私たちの暮らしをウェルビーイングにしてくれそうだ。
しかし、果たして全ての資源を循環させることは、本当に可能なのだろうか?
半世紀前の創業時から建設系の産業廃棄物処理を行い、現在では減量化・再資源化率98%を誇る石坂産業。近年では工場のある埼玉県入間郡の里山を再生し作り上げた、「三富今昔村」の運営も行い、その技術を見るため、海外からの視察も絶えない。「ごみをごみにしない社会」「Zero Waste Design」をかかげ、循環型社会の実現の鍵となる部分を担う彼らは、どんな世界を目指しているのか。そして私たちは、これからどう行動していけば良いのか。「循環」をテーマに、石坂産業代表取締役の石坂典子氏に話を伺った。
話者プロフィール:石坂典子
高校を卒業し、デザイナーを目指し米国の大学へ留学。帰国後、父親が創業した石坂産業へ入社するが「廃棄物ゼロの社会をつくりたい」という創業者の強い想いに共感し会社を継ぐことを決意する。2002年に社長就任。男ばかりのいわゆる3K業界のイメージを払拭し、地域に愛される企業となるため、プラントの全天候型化、ISO7種統合マネジメントシステム導入、国内外からの視察・見学の受け入れといった数々の改革を断行。現在では年間4万人以上の来場者が石坂産業を訪れる。2020年新たなビジョン「Zero Waste Design」を掲げ、再資源化率100%、ゴミがゴミにならない社会を目指し、東京ドーム4個分の敷地を誇るサステナブルフィールド「三富今昔村」で環境教育プログラムを提供している。2020年「KAIKA大賞」「日本経営品質賞」受賞。
まだ使えるのに廃棄されるものの多さを目にして
石坂産業株式会社は、現在の代表取締役である石坂典子氏の父である石坂好男氏が創業した会社だ。埼玉県入間郡に工場を構え、今年で創業54年目になる同社は、1964年の東京オリンピックが終わったころ、建設土木の廃棄物処理をすることから始まった。
「当時は、平家から高層ビルが立ち並ぶようになる高度経済成長期の真っ只中でした。お台場の海沿いにダンプカーが100台くらい並んで、朝5時ごろから、壊した建物の廃材をどんどん海に投棄していたそうです。父は、まだ使えるものがたくさん海に捨てられている現実を目の当たりにし、廃棄物を再利用する“ごみをごみにしない社会”を作らなければと強く感じ、石坂産業を創業しました。」
しかし、会社が創業されたころは、廃棄物を再資源化しても、それを活用してくれる肝心のメーカーや事業者がほとんどいなかったと言う。
「当時、ものを作る人たちの意識はクオリティ(品質)だけに向いていました。自然界から生み出されたものって、不純なものが混ざっていなくて、すごく美しいんですよね。だから、薬品など、いろんなものが混じってしまった再生素材を使ってくれる人はまずいなかった。
人々が日本の経済界が危機的状況なのを理解したのは、おそらく2018年の中国のプラスチックごみの輸入禁止からでしょう。プラスチックごみを受け入れてくれる大国がなくなり、廃棄物の行き場がなくなったことが、世界が持続可能な社会への転換に勢いを持って動き出したきっかけだと思います。日本でも昨年あたりから、SDGsをもっと経済にきちんと導入していこうという動きが見られるようになりました。
私は、若いころはネイルデザインの仕事をしたいなと思っていて、あまり環境のことに興味はなかったんです。でも、20代の頃にこの会社に入って父の創業の想いを聞いた時、素晴らしい考え方だなと思ったんですね。この考え方を社会にきちんとつないでいかなければいけないと。そして、30歳の時に社長になりたいと父に申し出ました。」
“安さ”の裏にある理由を考えて欲しい
創業者の想いを受け継ぎ、「ごみをごみにしない社会」を目指す石坂産業。98%の減量化・再資源化率を実現できた理由について、石坂氏はこう語る。
「廃棄物処理の仕事は、廃棄物を受け入れた後、燃やす、埋め立てる、資源化する、と大きく3つに分けられます。そして、再資源化するためには廃棄物の種類をより細かく分け、複雑なプロセスを経る必要があるので、非常にコストがかかります。私たちは、これまで他の事業者さんと比べ、圧倒的に研究や設備導入に投資をし、再資源化率の向上に取り組んできました。それこそが、自分たちの存在意義だと考えているからです。」
しかし、コストをかけて再資源化することを、社会や消費者は必ずしも高く評価してくれない。SDGsの認知や環境意識がこれだけ高まっている昨今において、なぜそうしたことが起こってしまうのだろうか。そこには、業界、そして消費者も含めた社会全体の「値段に対する意識」が関わっている。
「当然ですが、再資源化のためにかけたコストは、処理費用としてお客さんに支払ってもらわなければなりません。しかし、廃棄物を持ってくるお客さんにとって私たちのような廃棄物処理業者は、“いらないものを引き取ってくれる会社”。だから、お客さんが廃棄先の会社を選ぶ時に最重視するのは、コストが安いことなんです。結果、処理業者はごみをそのまま埋めたり燃やしたりするなど、処理をシンプルにしてコストを下げようとしてしまう。さらに、リサイクルした素材の売り上げは、石坂産業でも全体の売り上げの1%程度。コストをかけてリサイクルした素材が充分な値段で売れないとなると、やはりやる意味がないと判断されるのがビジネスです。
私は決して、“安い値段”が悪いと言いたいわけではありません。問題は、“安い値段”の裏に、どのような理由があるのかが透明ではないことです。廃棄物をあまりにも安く回収する処理業者は、もしかしたら最終処分場に持ち込まずに不法投棄しているかもしれないし、働く人たちに適正な賃金を与えていないかもしれない。結果それが、環境や社会に悪い影響を与えている可能性だって充分に考えられます。
私たちが工場を開いて一般の人の見学を受け入れているのは、どこにどれだけのお金を投資しているから、廃棄物処理にはこれだけのお金がかかるということを明確にするためです。企業は、そうやって見えない部分をしっかり見えるようにすること。消費者は、中身が透明なのかをきちんと確認し、見えていないのならば選択しないこと。そうしていかないと、廃棄物の値段の適正化、そして環境問題はいつまでも解決されないと思います。」
「Zero Waste Design」にこめた想い
廃棄物の再資源化。そこにどれだけの手間やコストがかかるのかについて真剣に考えたことがある人が、果たしてどれだけいるのだろうか。私たちは毎日のように自分たちのごみを出していながら、その廃棄の現場についてはあまりにも無頓着だと、話を聞いていると感じる。
石坂氏はさらに、石坂産業でも再資源化できない「残りの2%」について、同社がかかげる「Zero Waste Design」にこめた想いを交えて、教えてくれた。
「実は、私たちだけで必ずしも再資源化率を100%にする必要はない、と考えているんですね。
近年になるにつれて、廃棄物の種類は年々複雑になっています。石坂産業でも再資源化できない2%の廃棄物というのは、私たちが便利さや長持ちするものを追求した結果生まれた素材なんです。例えば、私たちが購入する住宅に対して、耐震性や耐久性、防火性などを望むと、木の中にプラスチックを混ぜたり、鉄と木屑を混ぜるような工法が生まれたりする。そうすると、それが廃棄物になった時に素材の複雑さゆえにもう再生できないことが多いんです。
もちろん、またさらに研究や開発にコストをかけ、100%に近づけていくことはできるかもしれません。でも、私はそれができれば良いというわけではないと思っているんです。たとえ私たちが100%を実現できたとしても、世の中の廃棄物を全て私たちが処理できるわけではないからです。
本当に考えなければいけないのは、『そもそもそういったものがどうして作られてしまったのか?』『それは本当に作り続けなければいけないのか?』といったことです。石坂産業としては、これを社会全体に問い直したい。」
「私たちの経済や生活を現実的に考えた時、何ひとつ廃棄しない社会を作るのは不可能ですよね。どんなものでも時間がたてば、いつか必ず廃棄されることになる。今は、生産に携わる人がそれを意識できていないことが非常に問題です。これは、これまでのものづくりが“売れるか売れないか”“消費者にとっていいのか悪いのか”という視点のみを重視してきたからです。
しかしこれからは、“地球にとっていいのか悪いのか”もプラスして考え、廃棄される時、そして再利用される時のことまで見越してデザインするべきです。私たちの『Zero Waste Design』というビジョンには、そういったメッセージもこめられているんです。」
「捨てない社会」がもたらす、私たちの“豊かな暮らし”とは?
石坂氏はさらに、ものを買う側である消費者の意識改革も必要だと強調する。
「まず、私たちの衣食住の全ては、自然環境からいただいているものであるという前提に立った時、自然環境が健全でないと私たちも健全ではいられないということをみんなが意識していくことが必要だと思っています。
どんな素材も、そのまま永遠に再生し続けることはできず、少しずつバージン材を加えて再生していかないといけません。そうすると、全てを完全に再利用することは、現実的には非常に難しいと思っています。だからこそ私たちは、なるべくごみを出さない“豊かなライフスタイル”へ転換していく必要があるのではないでしょうか。」
「そのためには、まず自分の身近なものの持ち方を変えること。例えば、みんながマイボトルを持つようになれば、ペットボトルで販売される飲み物より計り売りで売られる飲み物の方が多くなるかもしれない。ヨーロッパではすでに公園でミネラルウォーターが飲める場所が多いのですが、消費者の行動次第では日本もそうなるかもしれません。
また、安いものをとりあえずで買ってすぐ捨ててしまうのではなく、高くてもいいから、長く使えるモノを買う。気に入ったデザインのものをリペアしながら長く使う。こういったことをしていると、心の中に“豊かさ”が生まれてくる思うんですよね。そうしていくことで、ごみがバンバン出続ける今の状態からは、少しずつ離れていくのではないでしょうか。」
少しずつ広がってきた、「循環」を軸にしたつながり
石坂産業は、廃棄物の処理に加えて、廃棄物の不法投棄で荒れていた里山を再生し、オーガニックファームや自然体験のできる場所を有する「三富今昔村」の運営も行っている。この三富今昔村は、2012年に生物多様性の保全や回復に資する取り組みを評価する制度であるJHEP認証“AAA”を取得し、生物多様性の高い里山に復元されたことが公に認められた。廃棄物の循環だけでなく、自然の循環もデザインする石坂産業だが、この活動は会社や社会にどのような影響を与えているのだろうか。
「私たちの資源循環の仕事は、なかなか一般の人にはわかりにくいものです。だから、里山を散歩し、草花などの自然循環をわかりやすく見てもらうことで、全てが滞らず循環していくことが地球や人にとって大切なプロセスなんだということを知ってもらいたいと思っているんですね。それが結果として私たちの「循環」がキーワードのビジネスを知ってもらうことにもつながっています。」
会社として「循環」をキーワードにかかげるようになってから、社員の意識も昔とは異なってきたという。
「石坂産業の社員たちは、自分たちの会社は単純に『廃棄物の処理をする会社』ではなく、『資源を循環させる会社』だという認識を持っています。里山の保全管理をしている人も、『里山の循環を保全する仕事』という認識を持っています。それぞれやっている仕事はかけ離れていても、共通して『循環』というキーワードを持っている。そして、最近ではこの『循環』というキーワードに惹かれて入社してきてくれる新入社員も増えてきました。
『Zero Waste Design』が実現されたら、私たちの仕事がなくなるのでは?と聞かれることがあるのですが、そんなことはありません。素材がきちんと最利用できるもので作られるようになれば、私たちは今よりもさらに、『循環』の担い手になっていくことができると考えているからです。」
編集後記
取材を終えて、循環型の社会を実現していくために一番必要なのは、最先端の化学や技術よりも、結局は私たちひとりひとりの消費や廃棄に対する意識の改革であると強く感じた。
私たちは、環境問題について議論していたり、気候変動に対して具体的なアクションを起こしたりしていても、自分たちの生活に必要な製品やサービスに対しては企業に「安いこと」や「便利であること」を当然の権利として強いていないだろうか。
安いサービスを受けられたり製品を手に入れたりすると、その瞬間はお得感を得られ、喜びを感じられるかもしれない。しかし、それは必ずしも私たちの長期的な幸せ=ウェルビーイングにはつながらない。製品の生産や流通背景、そして廃棄のプロセスにまでしっかりと意識を向けて、包括的な視点で自分のお金を使う先を選んでいくこと。そんな小さな積み重ねが、私たちの未来のウェルビーイングを作っていくのではないだろうか。
※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事です