インドネシア西端に位置するスマトラ島は、約47万平方キロメートルの細長い形状の土地に5,000万人が暮らす、熱帯雨林地帯の島である。オランウータンや、スマトラタイガーなど絶滅危機に瀕する貴重な野生生物の生息地としても知られている。

英国に本拠を置くコスメ大手のLUSH(ラッシュ)が、スマトラ島北部にある西トバの秘境と呼ばれる地域で、森林の保護や再野生化、再生などに取り組んでいる。現地で伝統的に行われてきた焼き畑農業を、その土地に適した環境再生型農法に変えていくための活動などを通じて現地の人々の生活を支援している。

今回編集部では、LUSH UK のサプライチェーン・環境インパクト担当 Cadi Pink(キャディ・ピンク)氏と、ラッシュジャパン合同会社 バイイングチーム  スーパーバイザー 黒澤千絵実氏に、同社が取り組んでいる環境保護や再生を目指す活動と、その達成に向けた活動のうちの1つ、SOSスマトラキャンペーンについてお話を伺った。

LUSH新宿店でのSOSスマトラキャンペーンディスプレイ

SOSスマトラキャンペーンとは

同社がグローバルに展開しているSOSスマトラキャンペーン(日本での開催期間は2022年6月1日から23日まで)は、野生のオランウータンと、その生息地である森の安全な未来を守るために設立されたチャリティ団体Sumatran Orangutan Society(以下SOS)の活動を支援している。期間中、同社の各店舗やオンラインショップにて販売される入浴剤「オランウータン ボム」の売上は、消費税を除き全額森林保全活動の支援に充てられる。

活動内容としては、現地の小規模農家に対し、オランウータンの生息する自然環境にも配慮した農業技術を指導すること、地域社会がアグロフォレストリー(森林農法)や再生技術を使って数千本の木を植え、木が成長できるようにすることなどがある。木は成長し、非木材製品を提供することで、生態系を破壊したり野生動物を脅かしたりすることなく、地域住民が収入を得られる状態を目指す。

オランウータン ボム

スマトラ、SOSを支援してきた経緯

地球上に存在する様々な地域や生物の中から、スマトラ島やオランウータン、彼らを保護するSOSを支援してきた経緯について、黒澤氏、Pink氏は次のように語る。

黒澤氏 : 生物多様性や自然環境の再生を重要視してきた当社の活動においてアフリカ・ケニアの砂漠化が進む地域や、渡り鳥の通り道にある塩田などを支援してきたなか、インドネシアが持っていた豊かな生物多様性が近年大きく喪失し、生物多様性のホットスポットと呼ばれる状態にあるという事実に出合いました。

また、当初、私たちの商品の原材料となるパームオイルを持続可能な方法で使用することが出来るのか、という懸念がありました。スマトラを訪問した当社のメンバーが、現地で生物が減っていることの危機感を体感し、長年の開発を経て、パームフリーの石鹸を作ることに成功しました。

Pink氏 :支援対象地域を選ぶにあたり綿密な分析を行った結果、スマトラは生物多様性の豊かさと、炭素吸収源としての機能が著しく優れているということが分かり、支援に至りました。SOSとは15年にわたって関係があり、支援開始当初は、パームヤシの畑に入ってしまったり森林火災の被害にあったりしたオランウータンを保護して森に帰すという彼らの活動を支援していました。

また、以前は現地での農法が森林伐採につながっていたという現状があり、農作物の多様化や、その土地に適した環境再生型の農法を提案することにより、熱帯雨林を守る活動を共に継続しています。時間の流れや環境の変化と共に、彼らの行動も変容しており、常に時代に必要とされるアクションをとり続けているのは一緒に活動をしていて誇れるところです。私たちは常に、現場で活動している人達を支援することを大切にしています。

SOSスマトラキャンペーンを通じた支援活動が目指すこと

同キャンペーンは、LUSHとSOSとが共同で行っているものであり、寄付先はOrangutan Information Center (以下OIC)というNGOである。キャンペーンが保護対象としている生物は、生態系に大きな影響を与えると定義される種類で、オランウータンやスマトラタイガーなどを含む複数種に及ぶ。

代表例としてオランウータンを挙げると、2016年時点で約14,000頭が野生に生息しているものの減少が続いている。焼き畑や森林伐採などの森林への環境負荷を伴う農法によって森が失われ続けると、さらなる減少につながる。このような生物多様性の喪失を食い止め、環境を再生させるために同キャンペーンを通じてLUSHが目指していることを伺った。

黒澤氏 : SOSスマトラキャンペーンで販売しているバスボムに使用されているダークパチュリオイルの主要な生産地は、Gayo Lues(ガヨルス)という地域で、ここでは伝統的に焼き畑農業が行われていました。野生生物が多く暮らす地域に近いため森林火災の要因にもなりやすく、火災によって森と森とをつなぐ回廊が失われます。また、身を隠す場所を失った動物たちが密猟者に狙われることにもつながりました。

そのような状況を改善するため、焼き畑農業に替わる、地元の生物と共存可能な農業に変えていくための研修を行ったり、その土地での育成に適した農作物の苗を提供したりする活動を通じ、生態系を守る農業にシフトした方が長期的な利益につながることを、現地の農家さんたちに伝えています。苗を植えたり、研修で知識を提供したりするという私たちが提供しているツールを通じて、現地のコミュニティをベースにした森林再生と、コミュニティの人たちがその後の環境再生活動を継続していけるような土台づくりを目指しています。

LUSHが大切にしている、環境再生や生物多様性の保全に対する考え方

LUSHがここまで長期にわたって、野生生物の生息環境やその土地の人々の支援に取り組んできた背景にはどのような考え方や方針があり、またどのような未来を目指しているのだろうか。

Pink氏 : 私たちは最も大きな懸念事項として、気候変動を挙げています。私たちのビジネスは天然資源に依存しており、私たちの商品も、私たちが一緒に働く世界中にいる人々も、自然環境から大きな影響を受けるからです。

当社の活動を支える3つの軸として、Protect(保護する)、Restore(修復する)、Rewild(再野生化する)ということを大切にし、これらを事業の中核に据えることで、持続可能な活動を継続できると考えています。そして、今回のようなキャンペーンを行う際も、LUSHだけで活動するのではなく、LUSHと一緒に活動している草の根団体の活動を支援することを大切にしています。人間の権利、動物の権利、自然環境の再生といった、LUSHが持つ倫理観に適した支援活動を、LUSHの店舗でのキャンペーンとして展開しています。

今後も、LUSHが持つサプライチェーンを、そのような支援活動のツールとして活用するべく、様々な協業を考えています。それによって、原材料の調達元を含む生態系全体において、炭素吸収や排出量の削減などを目指します。

取材後記

SOSスマトラキャンペーンの店舗での展開の様子を見せて頂くため、旗艦店である新宿店にお邪魔した。店内には西トバの森が再現され、オランウータンが木からぶら下がり、森林の音やオランウータンの声が流れる。そして店内には「2016年時点でのスマトラオランウータンの頭数は?」などのクイズが出題されているなど、スマトラの森を体験したついでに、その場所について少し考えてみたくなる。

また、「オランウータン ボム」は、入浴時に使用し本体が溶けると、中からメッセージカードが現れ、入浴後も西トバの森に思いを馳せられるような仕掛けが用意されている。このような楽しくなるような工夫は、バスボムの原材料の生産地について考えてみたり、行動を変えたりするヒントになるだろう。LUSHが取り組むサプライチェーン全体での環境の保護や再生支援活動と、店舗や商品を通じて消費者に伝えるメッセージの両方に注目したい。

【参照】SOSスマトラキャンペーン