「バイオマス産業杜市(とし)」として知られる岡山県真庭市。同市は「バイオマス」という言葉が登場・浸透し始める頃からその取り組みが注目、藻谷浩介氏・NHK広島取材班によるベストセラー著書『里山資本主義』(藻谷浩介、NHK広島取材班著 角川新書(2013))で紹介され、一躍脚光を浴びることになった。

今、真庭市は「バイオマス産業杜市」としての「ブランド」を強みに、着実に歩みを進めている。今回、真庭市の現状や今後の方向性をサーキュラーエコノミーの観点から探るべく、真庭市役所 総合政策部 総合政策課 未来杜市(SDGs)推進室主幹の森田学さん(冒頭写真右)と真庭観光局次長の中村政三さん(冒頭写真左)、同局事業部森脇由恵さん(冒頭写真中央)を取材した。前編と後編の2回に分けてお届けする。

真庭市が歩んできた道とは?

バイオマスの取り組みで注目を集めてきた真庭市の変遷について、まずご紹介したい。

真庭市内で完結できる木材サプライチェーン

面積828k㎡の中山間地域である真庭市の人口は約43,000人。2005年3月31日の9町村合併により誕生した。北の蒜山高原や、湯原という美作三湯と呼ばれる温泉地、城下町として栄えた勝山エリア、医療福祉の機関を担う落合エリア、移住者が多い北房エリアなど、多様な地域で構成されている。

市内の森林面積は約79%と森林資源が豊富。そのうちの約6割が人工林で、杉が22%、ヒノキが72%と、ヒノキの産地としても知られる。このような森林資源構成を強みとして、林業・木材業が古くから発展してきた。森林から原木市場(3市場)、製材所(約30社)、製品市場(1市場)と、木材のサプライチェーンが市内で完結できることが特徴で、これが後述する真庭市のバイオマスへの取り組みを可能にしている。

真庭市役所総合政策部 総合政策課 未来杜市(SDGs)推進室主幹 森田学さん

「21世紀の真庭塾」-民間主導の取り組み-

市内で完結する木材のサプライチェーンを基盤に「木を使い切る」ことを進めてきた真庭市。その方策の一つとして木の部位でも使えない端材や廃材を使ったバイオマス事業を進化させてきたが、取り組みの発端は何だったのだろうか。

そのキーワードは「民間主体」である。1993年に、20代後半から40代の地元若手経営者や各方面のリーダーをメンバーとする「21世紀の真庭塾」という組織が創設された。高速道路の建設による地域への影響に対処することが当初の真庭塾の目的だったという。

21世紀の真庭塾の様子(写真提供:真庭観光局

真庭塾では、町並景観保存と循環型地域社会に向けて議論。出てきたアイデアの一つが、バイオマス。民間が主体となり、やがては「真庭市木質資源活用産業クラスター構想」の策定と「21世紀の真庭塾」のNPO法人化など推進体制を整備していった。その後「真庭バイオエネルギー株式会社」、「真庭バイオマテリアル有限会社」など事業基盤が拡大。この間民連携も強化されている。

市全体としては、2006年に木材副産物以外の家畜排泄物や食品廃棄物も含めたバイオマスを活用するためのバイオマスタウン構想を打ち出し、国からバイオマスタウンとして認定。その後も、有機廃棄物資源化や後述するバイオマスツアー、さらなるバイオマス利用促進の新たな将来ビジョンを策定して、2014年にバイオマス産業都市に認定、真庭バイオマス発電所の稼働など、着実に取り組みを進めてきた。

このように地元民間事業者が起点となり、行政を巻き込んでいったことが歴史からもわかるだろう。

「ほとんど実現できている。」1997年時点に描いた2010年の真庭の姿

1997年の時点で2010年の真庭市民のある1日を描いた『2010年の真庭人の1日』は特筆すべきものだろう。

2010年の真庭人の1日

60代の「造り酒屋の均ちゃん」の視点で、2010年の真庭の1日がストーリーとして描かれている。環境再生を軸にシビックプライドを醸成するような構成だ。「自然を生かした環境教育」「グランドワーク(住民・行政・企業が一体となった環境改善活動)」「製材業の自家発電による温水プールや電気供給」「日が経つと自然に戻るセメント『セメタント』」「淡水魚の回帰」などの具体的な活動も盛り込まれている。真庭市役所の森田さんによると、これらの8割程度は実現できているというから驚きだ。

地域で資源・エネルギー循環。バイオマスの取り組み

真庭市におけるバイオマスの取り組みは多種多様だ。代表的な取り組みを下記に挙げる。

木質バイオマスのエネルギー・燃料としての有効活用

木質バイオマスのエネルギー・燃料としての活用は、同市の取り組みを象徴する。もともと利用が難しい林地残材や端材は山に捨てられ、加工の際に発生するかんな屑などの木質副産物は産業廃棄物として廃棄されていた。一方で、木材乾燥用のバイオマスボイラを導入する製材所が増え、バイオマスエネルギー利用の展開においては、木質資源の安定調達・供給が課題となっていた。そこで2008年、バイオマス原料供給を目的とした全国初の拠点である真庭バイオマス集積基地を建設。ここに集積された年間11万トンの木質副産物(未利用丸太、製材端材、樹皮など)を用途別に加工(チップ化など)し、製紙工場や畜産農家、そして2015年に建設された真庭バイオマス発電所に供給している。

木質バイオマス流通体制(バイオマス産業杜市 “真庭”ツアーガイダンスより(真庭観光局提供))

同基地ができる前は、収集コストや含水率の高さ、配送システムなどの課題があった。基地建設後は、地域で合意された燃料価格を設定し、含水率を抑え質の高い燃料を供給するなど、地域のエネルギー・経済循環の新たな付加価値を生むことに貢献した。環境面では、石油代替効果によるCO2排出削減(104,300t-CO2/年(2017年度推計値))に加え、残材の整備によりCO2吸収源としての森林健全化にも寄与しているという。

その後、2015年に稼働した木質バイオマス発電所は、約22,000世帯分の電力を供給。石油代替による経済効果は、23.5億円に上り、50人以上が関連産業(同発電所含む)において雇用されている。

燃料とマテリアルの用途別に沿った優先順位に基づいて利用を進めることで、環境へのアプローチのみならず、お金の循環、そして雇用をも生み出している。

木質バイオマスのマテリアルとしての有効活用

これまで、本流の木材業をベースとして、木材のさらなる高付加価値化とカスケード利用に向けた取り組みは活発に進められてきた。先述の「2010年の真庭人の1日」では、「セメタント」という自然と同化する環境配慮型コンクリートが描かれていたが、実際に木片コンクリート(チップ・おが粉とコンクリートのハイブリッド製品)が開発され、成果の一つとなった。

その後開始したバイオマスリファイナリー事業の一環として設立した真庭バイオマスラボでは、6つの企業・団体が入居。このラボは、セルロースナノファイバーなどの素材開発、高い品質を持つ高規格木粉(真庭木材事業協同組合)、真庭産ヒノキ由来のリグノセルロースナノファイバー粉体化成功など、新たな素材開発につなげてきた。

真庭バイオマスラボ(写真提供:真庭観光局)

今後はCLTのさらなる普及を含めた木材の需要拡大に努める。CLTとはCross Laminated Timber(直交集成板)の略で、ひき板の繊維方向が直角に交わるように接着した強度の高いパネル材。欧州で発達し、中層住宅の材料として使用されている。最近の利用例としては、子どもたちの実教材となっている北房小学校や真庭市立中央図書館が挙げられる。現在、日本全体で官民一体となり国産材利用を促進しているが、真庭市としても真庭産CLTを全国各地へ展開していくなど、価値の高い木材の使い方であるマテリアルの利用を多面的に進めていく予定である。


真庭産CLTのサンプル

食品廃棄物の有効活用

木材の有効活用と並んで、食品廃棄物の有効活用は重要な取り組みだ。

この取り組みは、真庭市の一部地域から収集した生ごみ・し尿・浄化槽汚泥を年間計画量1,500トンのモデルプラントでメタン発酵させ、液肥として市民や農家に提供するもの。副産物のバイオガスも発電に利用される。

毎日約5トンの液肥が製造、無償で提供されているのだが、すべて「捌ける」という。「皆さん、軽トラに積んだポリタンクに入れて持って行かれます。質も含めてとても好評です」と自身も利用者である森田さんは話す。無償のため、農家にとっても当然ながら肥料コストが抑えられる。

バイオ液肥スタンド(写真提供:真庭市)

今は市内の一部地域のみにおける取り組みだが、2024年に全エリアに拡大予定とのこと。原液を濃縮(水分量を減らす)し効率よく運べるようにすることで、さまざまな場所で使えるようにする予定だ。

来年度からは行政の重点施策であるプラント建設が始まり、2024年度には稼働予定だ。年間7億円ほどを占めるごみ処理費のさらなる抑制を見込む。森田さんはプラントの意義をこう話す。「プラント建設は、ごみの減量化による焼却コストの削減や焼却場の集約化を促すことにつながります。同時に、液肥は地域の有機資源の循環にも貢献でき、農産物の付加価値化にもつながるのです」実際に、肥料として化学肥料同等の収量や食味が期待できるという。(消化液の肥料料利用を伴うメタン化事業実施手引(一般社団法人地域環境資源センター)などより)

バイオマスの最大活用に向けた今後の課題

さらなるバイオマス活用の推進に向けて課題も山積している。たとえば、木質資源の活用の課題としては、真庭市では再生可能エネルギー100%を目指してさらにエネルギー利活用の展開を検討している。利用を拡大するためには、資源(燃料となる木質バイオマス)の確保が必要だという。まだ活用が進んでいないが、資源としては豊富に存在する広葉樹の活用などの検討が始まっているところだ。

また、上述の食品廃棄物のより一層の再資源化に向けて、分別がキーワードとなる。事業者や家庭での役割が今後求められるが、どう乗り越えるかが知恵の出しどころとなってくる。

さらには、真庭市だけに限らない問題ではあるが、一部野積みされている稲わらや焼却されている剪定枝などの廃棄物、真庭バイオマス集積基地設立後も残る林地残材など、まだまだバイオマス利活用の「余地」は多くある。

新たな鼓動

バイオマスや液肥以外にも、ここ最近次々と新しい動きが生まれている。真庭里海米もその一例だ。里海米自体は岡山県全体で取り組まれており、真庭産のお米を真庭里海米と呼ぶ。


真庭里海米紹介パンフレット(提供:真庭市役所)

真庭里海米のほ場(提供:真庭観光局)

真庭里海米は、瀬戸内海で育った蠣殻に含まれるミネラルを養分として利用され育てられたお米である。つまり、「海」から「山」に栄養を戻す取り組みである。

牡蠣が健全に育つためには山のミネラルが豊富でなければならないことは知られているが、山の恵みを享受した海で育った牡蠣(殻)を再び山に戻すというのが、この取り組みのポイントだ。

他にも、「真庭なりわい塾」という、真庭市をフィールドに昔から受け継いできた暮らしや文化から新たなライフスタイルを築くという場所、30年前に生産されなくなった丸太棒の復活、薬草ギフト開発、空き家活用、後編で述べる観光と地域づくりを兼ねた動きなど、例を挙げればキリがない。

ここでの原動力もやはり民間だ。そもそも真庭市のバイオマスの取り組み自体が「民間主導」であったように、豊富な自然資本を使って経済を循環させるための視点が早くから民間に根付いているように思えてならない。真庭の取り組みは、中山間地域における循環のあり方の一つのスタイルを示しているようである。

このように、バイオマスの取り組みを始め、持続可能な地域を目指した取り組みを推進しており、「SDGs未来都市」へも選定されている。それぞれの活動が、経済・社会・環境のそれぞれの側面へ好影響を与えつつ、SDGs達成へも貢献しているという。後編】に続く。

【参考】