サムスン社の上席副社長 Dochul Choi博士は、同社の暖房・換気・空調システム(HVAC)および家電事業におけるビジネス成長機会と製品開発活動の責任者だ。Choi博士は、今年4月にベルギーで開催された世界循環経済フォーラムのセッションにゲストスピーカーの一人として出席。登壇時には、開口一番冗談まじりの辛口トークで会場の笑いを誘った。「産業は、欧州における産業革命を発端として世界で発展しました。その意味では現在産業界が引き起こす環境問題は元はといえば欧州の責任なので、欧州が解決するべきです」セッションのテーマは「サステナブルな貿易における規制枠組み」。これにはサーキュラーエコノミー推進ツールであるエコデザイン規則や修理する権利などが含まれる。

ディスカッションに参加した欧州委員を前にChoi博士は物申すごとく、「EU規制は、部分的なフォーカスではなく、全体論的なアプローチによってはるかに多くの効果が期待できる」と切り込んだ。博士の言う全体論とは? Circular Economy Hub 編集部は後日博士に話を聞いた。

サステナブルな未来を実現する。強いモチベーションの源は?

リニア型経済による過剰な資源消費と温室効果ガス排出の問題は、これまでChoi博士の多大な懸念事項であった。博士のサステナブルな未来への強いモチベーションは、気候変動による自然災害が頻発・激甚化するにつれ、より良い世界と地球を次世代へ引き渡したいという強い希望に由来する。Choi博士の環境マネジメントへの関心は、米研究機関 United Technology Research Center におけるリサーチフェローのポストに就いたことにさかのぼる。博士は「私は300歳なんですよ」とよく冗談を言ったという。それは、博士の幼少時代から現在までに既存の家電のほとんどが発明されるなど、とてつもない技術革新を目の当たりにし、ほんの数十年におけるイノベーションの革命的な力を感じたことに端を発している。そして、技術革新は常に前進し続けていることから、Choi博士は、環境問題はイノベーションと適切なマネジメント戦略により対応していくことが可能であると確信しているという。

ここでは、気候変動対策・サーキュラーエコノミー移行において博士が必要と考える全体論的アプローチとは何かを紹介したい。

博士が考える気候変動対策・サーキュラーエコノミーへの移行に必要なアプローチとは?

「マクロレベルでものを見ること」だと博士は断言する。リニア型経済モデルの一部分に焦点をあて、そこを循環型へ移行するといったアプローチではなく、一歩引いて少し遠くから物事の全体を視野に入れるということだ。サステナビリティ時代において、例えば、博士が身を置く業界の製品である家電・機器・機械の「効率化」が語られる。欧州が発端となった産業革命により、世界中で多くの作業が効率化された。しかし、さらなる効率化を目指し続けた産業は、非効率な結果も多く招くことになったのである。それが地球温暖化であり気候変動だが、「効率化」とは誰にとって何を意味するのか。

常に根本的な効率性とは何かを問い続けるべき

博士は、あらゆる産業に対し「効率とは何か」という疑問を投げかける。例えば、米国をはじめ欧州でも多数の国で運営されるタクシー乗合サービスがある。利便性に優れ、従来のタクシーより安価で、個人の車の所有を必要としないことが売りだ。「ここで考えて欲しい」と博士は問いかける。自家用車と乗合サービス、どちらが効率的なのか?大気汚染・CO2排出量の観点からいえば、実際にCO2の排出が多いのは乗合サービスだと博士は言う。自分で運転する場合は、A地点からB地点までが車の排出量だ。だが乗合サービスを利用した場合、サービスをオーダーした時点で運転手のいるC地点からA地点までの排出量も加わることになる。B地点に到着した後も次のオーダーポイントへ行くまでの距離が加わることになる。より「グリーンな選択」だと宣伝される一方で、乗合サービスは、大気汚染・CO2排出量の観点では逆効果となることもある。周りを見わたすことでこうしたエネルギー効率に関する矛盾を多数発見できると博士は言う。

全体論的なアプローチとは見方・考え方を変えてみること

Choi博士は、厳しすぎるEU規制についても同様なことが言えるという。数が多く厳しすぎるEU規制は、産業界の競争力を弱めるものであり、消費者にとっても必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。重要なのは、規制の目的は一体何なのかを常に問うことだと強調する。

「ここで問わなければならないのは、全体論的なアプローチにより生じる問いです。まず人々にとって洗濯機とは何かを考える。家電は人々の生活の効率化をもたらしました。なくなってしてしまったら、次の日から人々の生活には非常に大きな負担が生じます。冷蔵庫も同様です。それを理解したうえで次の問題へと移るのです。人々と環境の両方が恩恵を受けるためには、どのように洗濯機を改善しなければいけないのか?」

「政治家はまず、家電の機械構造を理解することが必要です」洗濯機が機能するためには化学薬品(洗剤)・機械(洗濯機)・熱エネルギー(水)の3つの要素がある。博士は、消費者はより多くの洗剤を使うことで効果が高まると考える傾向にあると指摘する。過剰な洗剤の使用は、水の汚染にもつながり、長期的には洗濯機を消耗させることになる。一方で洗剤メーカーは、洗剤の過剰消費は販売向上と利益につながるため、この消費者の「思い込み」を正そうとしない。こうした例においては、エネルギー効率を改善し、資源消費を削減する一つの方法として、適切な洗剤量を使用するよう消費者を教育するというアプローチがある。博士の挙げた例から明らかなように、サステナビリティへの取り組みには、家電の包括的な分析が必要であり、それには消費者行動を研究する必要がある。

同じく家電である冷蔵庫についても、同様の幅広い分析が必須だと博士は言う。「日本では、多くの消費者が徒歩や自転車で買い物に行きますね。消費者は食品店を含む小売店へ頻繁に足を運んでいます」一方で、米国の消費者行動は自動車による輸送に依存しており、一度に多くの買い物をするため、日本のケースとの比較では大型の冷蔵庫が必要となるためエネルギー消費も上昇する。

 「私が言いたいのは、ここで一つの答えを出すというのではなく、世界各国における異なる生活習慣やスタイルに目を向けることなのです」日本と米国という二つの国で、エネルギー消費削減問題に取り組むには、それぞれの生活習慣や消費者行動を分析する必要がある。要するに、政治家は全ての角度から分析・評価を行い、それぞれのニーズと環境に適応した個別のソリューションを見つける必要があるというのだ。

EUのエコデザイン規則は素晴らしいアイデアだが。

一製品における効率性についてあらゆる角度から考慮したEUのエコデザイン規制の発案は素晴らしいものだと博士は述べる。環境負荷を最小限にするいくつかのサステナビリティ要件がこのエコデザインに一体化されるべきだというのが博士の考えだ。「開発メーカーは、生産・マーケティング・購買の段階で、本当の意味でのサーキュラーエコノミーを達成するため、生産の各段階と製品のライフサイクルにおける自身の責任をもっと認識するべきなのです」

消費者への負担を重くすることにつながってしまう規制の数を増やす代わりに、社会的・精神的・生態学的な要因への理解を広め、消費者の生活と一体化できる規制を設けるべきだというのが博士の意見だ。

サーキュラーエコノミーへの移行で最も重要なことは、全体論的なアプローチができる人材を養成する教育システムの形成

サステナビリティ・気候変動対策・サーキュラーエコノミーの推進は、政策として政府が牽引するのではなく、小学校レベルの教育で扱うべき問題であり、既存の教育では不十分だと博士は断言する。全体論的なアプローチができる、その考え方や見方を実践できる人材を養成する必要があるのだ。

博士は、子供もや若い世代を対象に、サステナビリティとは・気候変動とは・サーキュラーエコノミーとは何を意味するのかという教育から始めることが重要だと強調する。「子供や若い世代の教育こそが最も大事なのです。そしてそれは、単体の一プロジェクトではなく、教育期間を通して持続可能な取り組みでなければならない」

最終的に最も重要なのは、産業界や消費者がサーキュラーエコノミーへの旅でどこへ向かっているのかを理解すること、そして皆が生涯を通じてグリーン経済への取り組みに従事する人々を養成すること。それには、小学校レベルに始まる根本的な教育が必要であること。そして、一側面に関する分析結果は、他側面では相反する結果となる可能性もあること、可能な限りの側面を見ることを教えること。各国の政治・文化・言語や教育システムが異なるなか、我々が今考えなければならないのは、その国にあった具体的な教育法のようだ。

最後に、Choi博士は「私自身もまだ様々な選択を模索中なのです。しかしながら、今育ちつつある今後の若い世代がもたらしてくれる創造的なソリューションに大きく期待しています」と、楽観的な見方を披露した。

編集後記

世界循環経済フォーラムのような場所は、アイデアを出し合い議論し、参加者を鼓舞する場所だ。そして、そこで得た様々なアイデアを実行に移していく。成功も失敗もある。だが、発案がなければ実践もない。一つの答えなどないのだ。今回博士の話を伺って、ものを見る角度、考える角度を常に変えて、そこから発案することの重要さを実感した。一番気づかないのは最もよく見えていることといった人がいるが、我々にはそれが普通になっていて気づかないこと、疑問を持たないことが多くあるのだ。