私たちのフードシステムは失敗しています。

生産された食料の40%近くが無駄になっているのにも関わらず、多くの人が飢えに苦しむ世界に、私たちは住んでいます。
この無駄ばかりなフードシステムは、社会的に受け入れられないだけでなく、環境に対しても無責任です。

ーTaste before you waste HPより

2012年11月、当時25歳の学生だった「Taste before you waste」創設者のルアナ・カレット(Luana Carretto)氏は、膨大な食材が捨てられる食品廃棄のドキュメンタリーを見て衝撃を受けた翌日、行動を起こすことを決めた。

オランダ・アムステルダムの東側の食料品店の店主に、廃棄される食材をもらうことができないか訪ね歩いた。驚いたことに、ほとんどの店主は彼女に喜んで廃棄食材を渡し、1時間もかからないうちに10以上の食料品店から廃棄食材を集めることができたという。それからルアナ氏は、35人のボランティアを集め、自転車で毎日、地元の食料品店から廃棄食材を回収して回った。3つのお店を回る頃には、もう自転車のカゴは満杯になっていたという。

初めの頃、集めた廃棄食材は3つのチャリティーに寄付をしていた。これが、「Taste before you waste(以下、TBYW)」 の始まりだった。

食品廃棄を集めるTBYWのボランティア Image via TBYW
食品廃棄を集めるTBYWのボランティア Image via TBYW

TBYWはアムステルダムを拠点に、食料品店から出る廃棄食材を使ったディナーパーティーやフードサイクルマーケット、ワークショップなど、さまざまなイベントを行うイニシアチブだ。現在は、オランダのユトレヒト、ベルゲン、さらにはカナダのキングストン、ニュージーランドのオークランドにまで拡大し、世界で食品廃棄を削減するためのムーブメントを起こしている。2018年の報告書では、1年間におよそ5,500人を超える人々を巻き込み、9,800キログラムの廃棄食材を削減したとまとめられている。2016年2月にTBYWは商工会議所に登録され、公式の一般社団法人となった。

今回は、現在TBYWのジェネラルコーディネーターを務めるイザベル・アレン(Isabel Allen)氏にTBYWの活動や大切にしている考え方について話を聞いた。

イザベル・アレン(Isabel Allen)氏
イザベル・アレン(Isabel Allen)氏

規格外の農産物を見て、慣れてもらう「視覚的な教育」

TBYWの中核となる活動として毎週月曜日と水曜日に開催されているのが、近所の食料品店の廃棄食材を使ったディナーパーティーだ。TBYWのボランティアたちがヴィーガンのコース料理を作り、参加者に振る舞う。

ディナーパーティーは誰でも参加可能で、支払いは「pay-as-you-feel(払いたい分だけ)」方式で行われる。オランダ人だけではなく、ヨーロッパ各国やアメリカなど、さまざまな国からの参加者が集う。手軽に美味しい料理を食べることができ、仲間との交流やライブミュージックコンサートなども用意されているため、地元の人々からも大人気だ。さらに、要望に応じてケータリングも行う。

さらに毎週火曜日の16時〜17時には、周辺5店舗の食料品店から回収した廃棄食材のフードサイクルマーケットが開催され、毎回20人ほどの人々が足を運ぶ。

「こうした廃棄食材を使ったディナーパーティーやフードサイクルマーケットを通じて、『視覚的な教育』を行なっています。人々は普段、スーパーマーケットで完璧な形の野菜や果物ばかりを見ているため、規格外の農産物を見慣れていません。TBYWでは、果物や野菜の自然な変化や熟度のさまざまな段階をあえて消費者に見せることで、視覚的に規格外の野菜や果物に慣れてもらいます。」

フードディナー
ディナーパーティーの様子 Image via TBYW

はじめから指導するのではなく、まずは疑問が湧くように促す

「普通、人々はマーケットに行ったら何をするでしょうか?『買い物をする』と、多くの人が答えますよね。でももし、人がものを買わないマーケットがあるとしたら?」と、イザベラ氏。TBYWのフードサイクルマーケットは、誰でも無料で果物や野菜を持ち帰ることができる。求められるのは「家で食品廃棄をださないこと」だけだ。

「無料」と言われたら、マーケットに足を運んだ人々は疑問を持つだろう。TBYWでは、はじめから人々に指導するのではなく、まずは疑問が湧くように促している。

「なぜ無料なのか?」「何のために?」そんな疑問を持った人々は参加者やTBYWのボランティアから食品廃棄の現状を聞き、自分たちの住む地域でこんなにも食品廃棄が発生していることに衝撃を受ける。日常生活に潜む社会問題に対する気付きや危機感を人々に喚起させるインパクトは大きい。

また、開催するイベントの対価を、こうして無料または「pay-as-you-feel(払いたい分だけ)」方式にすることにより、経済的に恵まれていない人々に対しても、持続可能な食事を選択できるようにしている。

フードサイクルマーケット
フードサイクルマーケットの様子

マーケットの様子

地域単位で問題の大きさを視覚化し、住民主体のボトムアップ組織を作る

TBYWでは、コミュニティの構築や地域のネットワーク作りに焦点を当てている。英国の高校を卒業し、環境保護に取り組み始め、2017年に英国からアムステルダムに移り住んだというイザベル氏は、火曜日のフードサイクルマーケットに参加したことがTBYWに関わるきっかけだったという。TBYWのボランティアはほとんどがイザベル氏のように、フードサイクルマーケットやディナーパーティーに参加者としてやってきた学生たちだ。

「フードマーケットは、果物や野菜など、色々な種類の食べ物を安く手に入れることができたので、アムステルダムに移り住み始めた頃、よく通っていたんです。ここでたくさんの友だちもできました。この組織がユニークだったからこそ、私は食品廃棄問題に惹きつけられたのだと思います。TBYWのコミュニティには、『環境のために行動したい』という共通のミッションを持った人々が集まっています。」

さらに、廃棄食材の回収先をあえて1つの通りにある5店舗のみからにすることで「たった5店舗だけでこれほどの食品廃棄が発生しているのか」と、地域住民に想像させ、食品廃棄の問題の大きさを視覚化しているという。

「人々は、自分たちの地元の食料品店から、こんなにも大量の食品廃棄が出ていることに気付いて唖然とし、居ても立っても居られなくなります。それが、他人事ではいられなくなる仕組みを作るのです。」

TBYWには、地域の問題に危機感を持ち、食品廃棄を自分ごととして考えるようになった参加者たちが、今度は運営側として問題に取り組むことができるコミュニティ環境がある。まさに地域住民が主体のボトムアップのイニシアチブであり、こうしたプロジェクトのアクティブさが組織の成長につながっているのだという。

イベントの様子
ディナーパーティの様子 Image via TBYW

見て感じて味わって。廃棄食材の美味しさと価値を知ってもらう

食品廃棄を減らすために大事なものをイザベル氏に尋ねると、彼女はすかさず「教育」だと答えた。

TBYWでは、次の世代を巻き込んでいくことが食品廃棄を減らす第一歩となるとしており、小中学校や大学、企業、自治体と協力して定期的にワークショップも開催している。主に食品廃棄の知識を教えながら、3.5時間の料理教室を行う。たとえば、黒いバナナは新鮮なバナナよりも、実はケーキを甘くするということを実際に味わいながら伝え、廃棄食材の美味しさと価値を体験して感じてもらっている。

「ただ教えるだけではなく、廃棄食材でこんなに素晴らしい食事ができるというところを実際に見て、感じて、味わってもらい、なぜこんなに素敵なものが無駄になっているのかを考えてもらいます。人々に知識を与えることが、TBYWの使命です。」

人々は、賞味期限が切れたミルクを飲んで病気になることを恐れています。それならまず、匂いを嗅いでみてほしい。もし臭かったら窓を開ければいいのです。匂いが大丈夫だったら?飲んでみてください。もしダメだったら吐き出して、口をゆすげばいいのです。はい、終わりでしょう?

もしあなたが何も試さなかったら─あなたはミルクを捨ててしまいますよね。飲めるはずだった美味しいミルクさえも、捨てられてしまうのです。だから、これが私たちからのお願いです。

捨てる前に、味わって。(Taste before you waste)

ーTaste before you waste創設者ルアナ・カレット(Luana Carretto)

TBYW

編集後記

TBYWは、レシピや食品の保存方法などの情報交換や持続可能な食料システムを考えるための学びの場として機能しているのと同時に、人々のつながりを強くするコミュニティの場を提供している。そうしたアクティブなコミュニティを作ることが、参加者が自然と運営側に回って行くような住民主体のボトムアップ組織の形成につながっている。

「気候変動に対して効果的に集団行動ができるように、地域とのつながりを可視化する責任がTBYWにはある」と、イザベラ氏は話していたが、筆者が実際に参加した火曜日のフードサイクルマーケットでも、参加者はTBYWのボランティアたちが作った廃棄食材を使ったスープやお茶を飲みながら、会話を弾ませていたのが印象的だった。人々は、無料でもらえる廃棄食材以上に、TBYWでできたコミュニティを楽しんでいるように見えた。

世界のどの場所でも、TBYWの知見を借りて独自のイニシアチブを作ることもできる。まずは世界各地の地域単位で、こうした地域主体のムーブメントを起こす積み重ねが、社会課題を解決に導く大きなアクションにつながるのではないだろうか。

※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「IDEAS FOR GOOD」からの転載記事となります。