英国におけるマテリアルパスポート(MPs)実装に向けた動きの急先鋒にあるEdenicaプロジェクト(英ロンドン)。前編ではプロジェクト概要に加え、MPs実装による想定されるインパクトや関係者にとってのメリット特定について、Waterman Groupのコンテンツ長のNick Pilcher 氏とサステナビリティアソシエート Anastasia Stella 氏に話を聞いた。後編では普及に向けた鍵について考えていく。
普及には標準化が鍵
MPs普及に向けた鍵となるのが標準化だという。Waterman Materials Passports Frameworkにおいても、建設関係者による多くの情報を入力していくことになるため、「標準化と責任に関する明確なコミュニケーションがMPs実装に向けて重要だ」と強調されている。
「メーカーは製品の仕様情報を当然持ち合わせているのですが、正しいフォーマットに落とし込めるかどうかは別問題です。鉄骨一つとってもそうですが、サプライチェーンにおけるプレイヤーは非常に多岐にわたるため、標準化されたフォーマットで記録していくことも重要です」Stella 氏は、インタビュー中に標準化という言葉を何度も発した。
さらに標準化に際して重要なことは、簡潔さと自動化だと話す。これらは人為的なミスを防ぎ、入力・管理に関する手間と時間を省くことにつながる。
「我々は最も効率的で最適な方法を模索し、入力プロセスをなるべくシンプルにするようにシステムを構築しています。Edenicaでは、協力会社とどのフォーマットが適切か対話を重ねました。その後、データ収集を依頼して、そのデータが正しく収集されているか建築期間中に我々が支援しました。使用する入力フォーマットはエクセルです。情報は仕様情報に紐づけられ、その情報が正しいかどうかを証明されたうえでシステムへインポートされる、という流れです」
入力情報の内容
MPsは各階層からなる「ピラミッド構造」で構成される。
材料パスポート、コンポーネントパスポート、グループコンポーネントパスポートなど階層を積み上げていき、最終的には建物パスポートができる。下層(グループコンポーネントまで)で入力しておくことで、上層(構造レベルより先)は自動で数値などを算出してくれる。MPsが普及することで、将来的にはエリア単位で建築物における循環性の平均値を算出するといったことができるという。
材料レベルパスポートでは下記のような情報が含まれる。
- 材料タイプに関する情報(当該材料の写真、製品登録番号、材料タイプ仕様)
- 製造者情報(製造者ロゴ、名称、住所、名前、ウェブサイト、連絡先、製造地情報)
- 認証・データベース関連情報(名称、タイプ、認証・データベースに含まれる情報、有効期限)
- 材料形状に関する情報(密度や形状に関する情報)
- 材料関連循環性情報(想定寿命、リサイクル材の内容、回収スキーム、リユース潜在性、分離可能性、EOL管理)
- 炭素排出情報(炭素データーシートタイプ、申請した単位、製造に伴う/隔離された/利用段階の炭素/EOL炭素)
- 資源関連の情報(健康に関する情報、材料の光学・構造・熱・音響・耐火に関する情報。材料の物性により登録される情報は変動する)
市場形成促進・政策提言ともなりうるツール
フレームワーク作成のねらいの一つは、市場形成と当局への政策提言である。大ロンドン市(GLA)は現状、London Plan 2021においてCircular Economy Statementsを発表しており、建築分野におけるサーキュラーエコノミー政策を発展させようとしている。
「フレームワークは、どのように政策として導入されうるか理解を促し、政策担当者と対話を促進するツールになると考えています」と、Stella 氏は政策への関与を訴える。
フレームワークを通じて、MPsの政策化に向けた対話を促し、市におけるリユース材市場を構築し、建築部門の循環性を大幅に向上させることがWatermanの描く青写真である。リユース材市場が政策的なバックアップのもと、品質や安全などが保証された状態で取引が活発になれば、建設部門における環境負荷削減に大きく寄与する。
編集後記
海外では欧州委員会が進めるDPPやその他データ連携基盤プラットフォームが、サーキュラーエコノミーにおけるドライバーになるものとして注目を浴びている。建設部門においても同様であり、寿命の長い材を扱う業界だからこそ、使いようによっては循環性向上につながることが二人の話からもわかる。
普及の鍵は3つだと考えられる。
- フレームワークにはその利点とさまざまな使い道が示されている。既存建築物も含めてMPsを活用する意義について、コストを上回る利点を多くの関係者が見出せるかどうかが、MPsが普及するための最初のステップとなる。
- 1を踏まえて、MPsと建築の環境性能向上への取り組みが一体化すること。言い換えると、情報を可視化するだけでは想定した効果は期待できない。情報可視化とパフォーマンス向上を連動させていく必要がある。各ステークホルダーが循環性向上という共通目的に向かって各分野での取り組みが進むと、MPsの本来の目的が果たされる。たとえば、Edenicaプロジェクトでは鉄骨などに関しては解体が容易にできる設計(Design for Deconstruction / DfD)、結合部分をデータによって追跡できるようにすることなどだ。MPsが、建物のライフサイクルにおけるこれまでの行動変容を促すドライバーとなれば、本来の目的が達成される。
- 英国全体でのネットゼロカーボン建築の動きやサーキュラーエコノミーの政策的手立てがあってこそ、MPsの現実性が帯びてくる。一方で、まずは民間スキームとしてEdenicaプロジェクトが事例を作り、政策的な対話を促していく。こういったプレイヤーによる意思合わせをしていくことが、MPs導入が技術的には不可能でなくなった今、求められている。
最後にPilcher 氏は「建築業界はほかの業界の例に漏れず、コストがサステナビリティを追求する障壁として見られてきましたが、ここ最近は投資家が気候変動への取り組みをより重視しています。この時期に変化の激しい産業に身を置いていることに喜びを感じています。MPsが英国建設業界のサーキュラーエコノミーを実現し、ネットゼロ建設実現のドライバーになると考えています」と胸の内を明かした。MPsが業界で利点が認識され、想定した役目を果たしていくかが注目される。
【前編】英Waterman、建設業界におけるマテリアルパスポート普及に向けた戦略とは?ロンドン初の実証から学ぶ
【参考レポート】Waterman Materials Passports Framework
【参考】Circuland
画像はすべてWaterman Group提供。