エラスムス大学ロッテルダム校の研究者はこのほど、サーキュラーエコノミー(CE)の推進が環境の持続可能性に与える影響は、国が置かれた状況によって大きく異なる「非対称性」を持つことを明らかにする学術論文を発表した。この研究は、EU加盟27カ国を対象に2010年から2023年までのデータを分析したもので、特に持続可能性が進んでいる国ほどCE推進の恩恵が大きい一方で、CEへの取り組みが後退した際のダメージも深刻であるという、政策立案者にとって重要な示唆を提示している。
本研究の大きな特徴は、環境の持続可能性を評価するために、従来のCO2排出量のような単一指標ではなく、「負荷容量係数(Load Capacity Factor, LCF)」という包括的な指標を採用した点にある。LCFとは、ある地域が持つ資源の再生産能力や廃棄物の吸収能力(生物生産能力)を、人間の活動による環境負荷(エコロジカル・フットプリント)で割った値だ。この数値が1を上回れば、その地域の環境は需要を賄える持続可能な状態にあり、1を下回れば負荷が超過していることを意味する。これにより、気候変動だけでなく、資源利用や生態系全体の健全性を総合的に評価できる。
さらに、研究ではサーキュラーエコノミーへの取り組み度合いを測るため、独自の「複合サーキュラーエコノミー指数(Circular Economy Index, CEI)」を開発した。これは、再生材の利用率といった「物質システム効率」、リサイクル関連特許などの「技術革新能力」、再生可能資源の貿易量で見る「国際的な循環貿易への統合」、CE分野への投資額や付加価値額で測る「経済システムのコミットメント」という4つの側面を統合した指標だ。これにより、CEへの取り組みを多角的に捉え、その影響をより精密に分析することが可能になった。
分析の結果、CEの推進は全ての国でLCFを向上させ、持続可能性に貢献することが確認された。しかし、その効果の大きさは一様ではなかった。もともとLCFが高い、つまり持続可能性が進んでいる国ほど、CEを推進した際のLCFの向上がより大きくなる「持続可能性プレミアム」が存在することが明らかになった。例えば、LCFが最も高いレベルにある国々(90パーセンタイル)では、CEIのポジティブな変化によりLCFが1.219%増加したのに対し、最も低いレベルの国々(10パーセンタイル)では0.229%の増加にとどまった。これは、持続可能性先進国に整備されているインフラやガバナンス体制が、CE施策の効果を増幅させるためだと考えられる。
取り組み後退時の影響には差異も
一方で、本研究が最も重要な発見として指摘するのが、CEへの取り組みが後退した場合の「非対称な」影響だ。CEIにネガティブなショック(投資の削減や政策の後退など)が加わると、LCFが高い国ほど持続可能性が劇的に悪化することが示された。LCFが90パーセンタイルの国では、LCFが-5.253%も低下するという深刻な結果が出た。これは、持続可能性先進国の経済社会システムが、高度に構築された循環システムに強く依存していることの裏返しだ。そのため、その基盤が揺らぐと、システム全体が大きな打撃を受け、持続可能性が著しく損なわれる脆弱性を抱えていることを示唆している。
対照的に、LCFが低い国々は、CEの後退に対する影響が比較的小さく、回復力があることも分かった。これは、CEへの取り組みがまだ経済システムに深く組み込まれていないため、CE関連の活動が縮小しても経済全体への影響が限定的であるためと分析されている。
例えば、リサイクル率が高く、再生可能エネルギーの導入が進むドイツやスウェーデンのような国では、CE推進の効果が最大限に発揮される可能性がある。一方で、これらの国々は循環システムへの依存度が高いがゆえに、ひとたび政策が後退すれば、その打撃はより深刻になるリスクを抱えている。対照的に、これからCEへの取り組みを本格化させる東欧諸国などでは、CEの後退に対する直接的な影響は小さいものの、そもそも持続可能性を向上させるための抜本的な改革が求められる、という構造が浮かび上がる。
これらの分析結果は、サーキュラーエコノミーへの移行が、全ての国にとって同じ道のりではないことを明確に示している。研究者は、EUの政策立案者に対し、加盟国の持続可能性レベルに応じて差別化されたCE戦略を策定する必要があると提言する。
具体的には、持続可能性レベルが高い国に対しては、一度築き上げた循環システムが後退しないよう、強固な「保護策」を講じることが不可欠だ。これには、政策の継続性を担保する規制や、景気後退時にも循環システムを維持するための緊急時計画などが含まれる。一方で、持続可能性レベルが低い国に対しては、高度なCE施策を導入する前に、まず基礎となるインフラ整備や人材育成といった「能力構築」に注力することが効果的だと指摘している。
EUでは「欧州グリーンディール」や「サーキュラーエコノミー行動計画」に基づき、循環経済移行に向け、官民を挙げて巨額の投資が行われている。本研究は、その投資効果が加盟国間で均一ではなく、各国の初期条件によって大きく異なる可能性を実証した点で画期的だ。これは、今後のEUの予算配分や政策評価の方法論に一石を投じるものであり、CEを成長戦略と位置付ける他の国々にとっても示唆に富むものといえる。
企業にとってもこの視点は不可欠だ。自社が事業を展開する国や地域の持続可能性レベルを把握することは、サプライチェーンのリスク管理や投資判断の精度を高める。特にCE先進市場に大きく依存する企業は、その国の政策変更リスクを事業継続計画(BCP)に織り込むといった、新たな備えが必要となるだろう
【参照論文】Circular Pathways to Sustainability: Asymmetric Impacts of the Circular Economy on the EU’s Capacity Load Factor
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