今、世界では金継ぎに注目が集まっている。
金継ぎとは、欠けた食器類を漆で継ぎ、金などの金属粉で装飾を施して仕上げる日本の伝統的な修繕方法だ。金継ぎの始まりは室町時代頃だと言われている。中国や朝鮮半島から輸入されていた陶磁器は非常に高価だったため、割れてしまったりしてもすぐに捨てたりはせず、当時すでに日本国内で花開いていた漆技術で補修し使い続ける金継ぎという技法が生まれた。傷跡をなかったことにするのではなく、金や銀、朱色などを振ることで美しい景色としてその歴史ごと受け止めて愛でるのだ。
近年日本国内でもお家時間が増えたことやモノを大切に長く使い続けたいといったニーズからプチブームとなっている金継ぎ。
なぜこの金継ぎが世界的に注目を集めているのだろうか。
Googleトレンドを見ると、「kintsugi」の検索数は2012年頃から徐々に増え続け、特にこの数年で急増していることがわかる。
2015年に飛び抜けて検索数が増加したのは、アメリカの人気インディーロックバンドDeath Cab for Cutieが楽曲アルバム「Kintsugi」を発売した頃に重なる。前年に1人の重要なメンバーが離脱してから初めてのアルバムとなったが、過去を受け止め、自己を修復し、この先も活動していく意思を示したものとなった。楽曲についての賛否は様々だったようだが、金継ぎという哲学について多くの人が知るきっかけとなった。
アメリカ人気インディーズバンドDeath Cab for Cutieの8枚目となるアルバム「Kintsugi」のカバー/Image via Amazon
2017年にはハイエンドファッションブランドのヴィクター&ロルフが金継ぎをテーマにした春夏のクチュールを発表。そのデザインの斬新さと哲学の興味深さから話題をさらった。
Spring Summer Viktor & Rolf Couture 2017 / Image via Viktor & Rolf Website
2019年にはアメリカ・カリフォルニア州にスタートアップ企業「Kintsugi」が誕生。女性創業者2人によって設立したこのスタートアップは音声で心の健康状態を把握し、うつ病などの心の不調を早期に検知・ウェルビーイングを保つための行動につなげるヘルステック企業だ。今年には投資家らからの900万ドル(日本円約8.8億円)の資金調達にも成功している。
アメリカのヘルステック・スタートアップ「Kintsugi」/Image via Kintsugi facebook page
さらに2019年後半にはGoogleトレンドの注目度が加速。これは同年12月に公開された映画「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」によるものとみられる。本編の中で印象的なのは、メインキャラクターのひとり、カイロ・レンの壊れたマスクが修復され、再び登場するシーン。前作で本人によって破壊されたこのマスクだが、傷を隠したりなかったことにするのではなく、傷跡やヒビが赤いラインで縁取られている。これは過去の物語を受け止め、自分の一部として受け入れ、前に進むための象徴として描かれており、日本の金継ぎにインスピレーションを受けたものだという。
ヒビや傷跡が修繕を施され、朱色に彩られたヘルメット/Image via スターウォーズ公式Twitterアカウント
英語圏では金継ぎの哲学を紹介する本も相次いで執筆・出版されている。2018年には日本のバックグラウンドを持つアメリカ人料理家Candice Kumai氏による著書「キンツギ・ウェルネス:心・体・魂を慈しむ日本芸術(原文英語タイトル:Kintsugi Wellness: The Japanese Art of Nourishing Mind, Body, and Spirit)」が発売されるとForbeやNBCニュースなどにも取り上げられ話題となった。2019年1月に発売された「金継ぎ:不完全さの中に強さを見出す(原文英語タイトル:Kintsugi: Finding Strength in Imperfection)」はより良い世界を形作る本に送られるNautilus Book Awardの金賞を受賞している。
2020年には玩具メーカーLEGO社がグローバルマーケティングキャンペーン「Rebuild the World」の中で、金継ぎをテーマにした「レゴツギ」キャンペーンを展開。壊れたものを直す楽しさと創造性を、金継ぎの考え方とともに世界に向けて発信した。
これほどまでに金継ぎの哲学が求められ、広がりを見せるのにはいくつかの理由が挙げられる。
1つ目は、飾らず、欠点も受け入れて見せていくことを賛同する潮流だ。人と違うことを欠点として隠すのではなく、自分らしさとして大切にできるようになるまでの主人公のストーリーを描いたディズニー映画「アナと雪の女王」は2013年に公開されると、世界中で熱狂的なブームを巻き起こした。2016年頃からはそばかすなどを隠さずにノーメイクで自信を持つ姿勢を支持する声が高まり、ボディ・ポジティブムーブメントからのプラスサイズモデルの台頭、白髪を染めないでそのままのシルバーヘアとして楽しむことなどといった、欠点も含めて自分であり、完璧ではない自分を受け入れて自信を持つことこそ美しいといった考え方が圧倒的に支持を集めていること。
イギリス版「Vogue」副編集長サラ・ハリスの美しいグレイヘア/@sarahharris
2つ目は、マインドフルネス、瞑想などの加速。特にコロナ禍で人との交流が絶たれ、オンラインに切り替わり、ウェルビーイングを保つことが難しくなったことも要因のひとつにあるだろう。こういった中で、近年欧米で重要視されていたマインドフルネス、瞑想などといった心のウェルビーイングを保つための嗜みを求める傾向が加速した。
大切な人を失くす、病気になる、といった人生の大きな悲しい出来事を受け入れ、乗り越えるためのセラピーとしてのキンツギに関するニュースや文献は数多く見受けられる。例えば、今年4月にはガーディアン誌が、幼い頃亡くした親しかった兄の死を、金継ぎを行うことで理解し、受け入れていった女性へのインタビュー記事を掲載している。
さらには、ビジネスの話でも金継ぎの哲学が持ち込まれ始めている。アメリカのニューヨーク・タイムズ紙や経済誌のエコノミスト誌などは金継ぎに関する記事を繰り返し掲載している。さらにはフォーブス誌は、財務計画書について金継ぎの哲学から考察する記事を掲載するなど、ビジネスの場でも金継ぎの哲学は着実に浸透の気配を感じさせる。
3つ目は、欧州やアメリカを中心に、サステナビリティとサーキュラーエコノミーを推し進めるための取り組みが強く推奨されていることだ。
今、世界各国が目指すサーキュラーエコノミーとは資源や製品が高い価値を保ったまま循環し続ける社会経済だ。このサーキュラーエコノミー実現において、製品をできるだけ長く使い続けることは特に重要視されており、修繕はその要となる。金継ぎは、一度は壊れてしまった製品をただ巻き戻して壊れていない状態にするだけではなく、美しいアートを施し、歴史というストーリーとともに芸術的価値をともなった製品に仕立て上げるのだ。
また、製品にいくら修繕を施し、物理的に長く使えるようになったとしても、使い手が興味を失って捨ててしまっては意味がない。金継ぎは、製品の物理的耐久性だけでなく、情緒的耐久性を上げるためのひとつの手段ともなる。
サーキュラーエコノミーのためのプロダクトデザインの専門家で、『Emotionally Durable Design』(2005年・2015年)の著者ジョナサン・チャップマン氏によると、製品に対する情緒的耐久性を高めるためにはストーリー、趣き(経年が個性となること)、愛着などを生み出すことが効果的な戦略だとしており、金継ぎはこれらを製品に与えてくれるのだ。
これは、世界各国が目指す持続可能な、循環する社会経済において、金継ぎは非常に大きなポテンシャルを秘めていることを意味する。
このように世界では心のウェルビーイングのため、多様性の象徴として、ビジネスの指針として、環境への意識の高まりから、様々な形でキンツギが広がっており、この潮流は更に大きくなるとみられる。日本企業にとっても身近なようで意外に知らない金継ぎの哲学を今改めて学び、ビジネスに活かすことで拓ける可能性があるのではないだろうか。
※本記事は、ミテモ株式会社が運営する世界視点で課題を掘り下げるウェブメディア「Deeper」の「なぜ今、世界はキンツギに魅了されるのか」より転載された記事です。