国土の約7割を森林が占める日本にとって、森林資源の有効活用によるサーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブの実現は国としての重要課題の一つだ。WCEF2025(世界循環経済フォーラム2025)のセッション「WCEF2025- Forest-based solutions advancing circularity and sustainability in value chains(森林ベースのソリューションによるバリューチェーンにおける循環性と持続可能性の推進)」では、世界の森林セクターをリードする企業や専門家らが、最前線の取り組みと未来への展望を熱く語り合った。本稿では、同セッションから、森林資源を活用した新たなビジネスモデル創出のヒント、異業種連携の可能性、そして日本企業が直面するであろう課題とその解決策を深掘りする。

サーキュラーエコノミーが生物多様性にもたらす多様な価値とは?

セッションの冒頭、モデレーターを務めたブラジル植林木産業協会(IBA)のカルロス・アウグスト・リシュビター氏は、森林セクターがバリューチェーン全体で循環性と持続可能性をいかに推進できるかという問いを投げかけた。IBA自身、ブラジル国内で毎日180万本もの植林を行い、1000万ヘクタールの植林地を管理する一方で、約700万ヘクタールの原生林を保全するという、植林地と原生林を組み合わせた景観管理のアプローチを実践している。これは、生産と保全を両立させる先進的な取り組みだ。

フィンランドイノベーション基金Sitraのティム・フォシュルンド氏は、循環経済が生物多様性損失を食い止める具体的な道筋を示した。「循環経済は、第一に生産管理手法を通じて生物多様性の再生を促し、第二に森林由来製品からの価値を最大化することで資源使用量を減らし、そして第三に汚染や排出を削減することで生物多様性への圧力を低減します」と、その多面的な効果を強調した。

Sitraは、世界初の国家循環経済ロードマップ策定にも貢献し、森林セクターを主要4分野の一つと位置づけてきた実績を持つ。フォシュルンド氏は、木材副産物からEVバッテリー素材を開発する事例や、クリスマスツリーを毎年再利用するサービスモデル「Vrau」など、革新的なビジネスモデルを紹介し、固定観念を打ち破る必要性を訴えた。

アマゾンの視点からは、Red Bio Amazoniaのダニエル・シュンク氏が警鐘を鳴らした。大気中のCO2濃度は428ppmに達し、地球の資源は年間予算を8月1日には使い果たしてしまう。「アマゾンも例外ではなく、近年の未曾有の干ばつでブラジルナッツの生産が70%も減少するなど、深刻な影響が出ています」とシュンク氏は語る。また、同氏は「『立っている森林は、伐採された森林よりも価値がある』という認識の転換が必要です」と訴え、キャッサバ澱粉とアグロフォレストリー廃棄物から包装材を製造するDuka社や、アマゾン在来魚の皮を使いクロムフリー・天然染料でなめした革製品を生み出すYara Kor社など、地域発のサステナブルなビジネスを紹介した。

巨大企業からスタートアップまで、循環への挑戦と革新

パネルディスカッションでは、各社の具体的な取り組みが紹介された。世界最大級のパルプ・紙メーカーであるSuzanoのマリーナ・ネグレソーリ氏は、同社が管理する約300万ヘクタールの土地のうち110万ヘクタールを保全に充て、電力の約90%を木材とその副産物から得るなど、大規模経営における循環性を追求していると述べた。「私たちは、産業廃棄物である無機質残渣を土壌改良材として自社サプライチェーンで再利用し、4万5000ヘクタールの土地で在来種による森林再生も進めています」と、具体的な成果を語ったほか、リグニンを利用したバッテリー開発企業への投資などについても触れた。

パーソナルケア業界向けに天然由来の有効成分を開発するAsessa社のダニエル・バヘット氏は、化粧品業界におけるバイオベース素材とアップサイクルの可能性を強調した。「私たちのイノベーションの約50%は、ジュース産業の廃棄物であるショウガの搾りかすなど、アップサイクル原料から生まれています。課題は、私たちのような中規模企業と、Suzanoのような巨大企業との間で、原料供給のスケールをいかにマッチさせるかです」と、異業種連携における現実的な課題を提起した。

フィンランドのスタートアップheelのユッカ・キティリン氏は、建設廃棄木材の革新的なアップサイクル技術を紹介した。フィンランドでは建設木材廃棄物の99%が焼却されている現状に対し、同社は木材表面を燃やして炭化させ、水洗いすることで不純物を除去し、再利用可能な建材へと蘇らせる。「当初は建設業界の廃棄物収集・分別システムが未整備という壁に直面しましたが、最近では多くの企業がこの分野に参入し始めており、状況は好転しています」と、キティリン氏は語る。驚くべきことに、同社の製品売上の70%は、既にこの循環型木材製品によるものだという。その秘訣は、「バージン材製品よりも低価格で提供すること。それによって消費者の選択を促しています」と明かした。

パルプ・製紙産業向け技術大手のValmet社CEO、セルソ・タクラ氏は、技術プロバイダーとしての役割を力説した。「私たちは、顧客企業が従来のパルプ・製紙モデルから、より広範なバイオベースのバリューチェーンへと移行するのを支援しています。例えば、製紙工程で発生するガスから硫黄を回収し硫酸を生産したり、リグニンから複合材や電池材料、化粧品原料、さらにはテキスタイル用の持続可能な繊維を生み出したりする技術を提供しています」。同社が納入したアラウコ社の新工場は、400メガワットのグリーン電力を生み出し、その半分を外部供給できるという。また、クラビン社向けの製紙機械では、100%短繊維での高品質な紙生産を可能にし、原料となる森林面積を40%削減、繊維使用量も10%削減した実績を持つ。タクラ氏は、「循環性を目的地ではなくマインドセットとして捉え、すべての繊維を価値に、すべての課題を共同の解決策に転換することが重要です」と述べ、同社が主導するR&Dイニシアチブ「Beyond Circularity」には、当初目標の3倍近い290ものパートナーが参画していることを明らかにした。

森林のサーキュラーエコノミーを推進する上での課題は?

循環経済への移行は平坦な道ではない。Suzanoのネグレソーリ氏は、「初期段階では技術が未確立であったり、経済的リターンが見えにくかったりします。長期的な視点での投資と、学術機関や技術パートナーとの連携が不可欠です」と指摘する。Asessaのバヘット氏も、異なる規模の企業間の「スケールのマッチング」の難しさを改めて強調した。Valmetのタクラ氏は、政治的変動、技術の概念実証の必要性、顧客のバイオマス利用への不慣れ、そしてバリューチェーンの断片化といった障壁を挙げた。

しかし、登壇者たちは未来への確信を共有していた。heelのキティリン氏は、価格競争力のある循環型製品への消費者需要の高まりを実感している。Asessaのバヘット氏は、「パーソナルケア業界は革新的で、サステナブルな原料を強く求めています。私たちの価値観と市場の需要が合致しており、未来は非常に明るいです」と語った。

Valmetのタクラ氏は、2030年に向けた野心的な目標を掲げる。「自社事業での温室効果ガス80%削減(既に70%達成)、サプライチェーンでのCO2排出量20%削減、そして顧客のCO2フリーなパルプ・紙生産の実現(2023年達成済み)など、具体的な目標を追求しています」。

最後に、Suzanoのネグレソーリ氏は、セクター横断的な協力の重要性を訴えた。「包装材からファッションまで、化石燃料由来素材の代替を目指すだけでなく、より良いランドスケープマネジメントを促進するために協力が必要です。そして、ブラジルのような国では、戦略全体に社会的な側面を組み込まなければ、真の循環性は達成できません」。

森林は、セクターを超えた連携の出発点となる

本セッションは、森林セクターがサーキュラーエコノミーとサステナビリティを推進する上で、重要な役割を担いうることを改めて示している。森林資源を「バイオリファイナリー」として捉え、木材副産物からEVバッテリー素材(Sitra紹介事例)やリグニン由来の新素材(Valmet社)を生み出す動きは、化石資源依存からの脱却に貢献する。また、heel社の建設廃棄木材のアップサイクル建材やVrau社のクリスマスツリーのサービス化は、廃棄物削減と新たな価値創造を両立させる好例だ。技術や循環型ビジネスモデルを通じて森林が持つ多様な価値を引き出すことで、既存の産業に新しい革新を起こすことができるのだ。

また、本セッションにおいてもパートナーシップの重要性が多く語られたが、森林は、建築や包装、食品などあらゆる産業にとっての重要な資源であり、森林を起点としてサーキュラーエコノミーを考えることは、セクターを超えた連携を生み出し、より全体最適な資源活用に向けた循環のデザインの視点を共有しやすいというメリットもある。

国土の多くを森林が占める日本においても、これらの森林資源の有効活用により森林生態系保全・再生、CO2排出削減、吸収量増加、地域創生などを同時に実現していくことは極めて重要となる。本セッションで示された世界の先進事例やセクター横断による連携、そして地域社会との共生を目指す姿勢は、今後の日本における森林のサーキュラーエコノミーを考える上でも大変参考になった。

【Youtube】WCEF2025- Forest-based solutions advancing circularity and sustainability in value chains [ENGLISH]